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『 第八話 無礼者 』

 海上で繰り広げられた盛大な血祭。その三刻ほど後に、勇者は、再び王宮の応接間にいた。差し込む陽は既に大きく傾いて、茜色に染まっていた。


「勇者様……。ご活躍は十二分に海兵達から、先刻はご無礼をお許しください」

「あー、気にしなくていいから。腹立ったから潰しただけだし。それで……、えっとさ、俺らがここに呼ばれたのって、どういう訳でしたっけ?」


 この男の服装は、出立の時とは、大きく異なっていた。海兵の軍服一式。本人はあまり気に入っているわけではない。海兵たちに着せられたものだ。理由は明白、着ていた服が返り血で、どす黒く染まっていたからだ。陸地に戻る際、これではただの殺戮者に見えてしまう。そんな配慮からの着替えであった。そのお陰か、この男の印象は、初めて王宮を訪れた時より、三割程清潔に感じられるようになっていた。


「勇者様のお力添えを頂きたい件が一つあるのです。そのことについて、お話したいと思っておりました」

「あーそー。じゃ、それ教えてください」


 勇者の気の抜けた返事にも、貴族らしき女性は顔を引き締めたまま崩さない。油断のならない男と知ってか、はたまた元よりの性分か、いずれにしろ、そのうち分かる。勇者もまた、腹の内で彼女を読んでいた。


「勇者様は、わが国『アルゴー』が海上貿易で栄えていることはご存知ですか?」

「評判はね、少しばかりは。港の整備も完璧だったし、海軍もそれなりの規模だから、想像はつきます」

「はい、ですから、海上貿易に障害がでると、国家全体に影響が出てしまうのです」


 海賊、海兵も貿易船を襲うこともあると言っていた。恐らくは、その本格討伐の話だろう。


「海賊ですか? 厄介なのは」

「そうです。ここ数年程で、一気に海賊による被害が増加しました。王宮や海軍の保有する船の数々が襲撃を受けています。それによって、貿易もそうですが、外交関係にも大きな影響をおよぼしているのです」


(今の言葉、多少引っかかる点がある。王宮? 海軍? 商人の貿易船ではないのか?)


「お上の管轄の船ばかり襲撃を? 商人の船とかは?」

「商人の船も襲撃は受けています。それによって被害が出ているのは事実です。ですが、被害の大半は貴族の保有する船団なのですよ。重要機密の漏洩や、外交文書の流出なども考えられます。可及的速やかに解決しなければ、膨れ上がり続ける問題です」

「だから、それを討伐してほしい。そういう事でいいです?」

「はい。申し訳ありません。我が国の海軍は、勇者様が一人で討伐成された海賊船団を、せいぜい引き分けに持ち込むのが精一杯といったところです。ですから……」

「いいよ、分かった。また同じことすれば良いだけですから? でも、全征伐なんて無理ですよ、キリがないから。俺らにも、一応仕事がありますから。どこまで、って目標決めてくれるとありがたいなと」

「それにつきまして既に。近海で最大の海賊船団を討伐して欲しいのです」

「デカいの潰せばおとなしくなる、そういう算段で?」

「はい……。そう願うばかりです」


勇者は、顎に手を当てる。少し安易な策である気もするが、それ以上も思いつかない。それに……、『厄獣』が出るなら、普通の環境ではないだろう。直感、あくまで直感でだが、その海賊船団は、厄獣の出現に関わっている気がした。


「……はい。じゃ、その海賊船団の討伐までは引き受けます。以降は海軍の尽力を期待、これでよろしいですか?」

「もちろんです! 討伐の成った際には、必ず相応のお礼を」

「あ、はい、じゃ、期待しときますわ。で、詳細を教えてください。その最大の海賊ってのは、どういう船団で?」

「私はあまり多くは……、海軍の者に訪ねて頂ければ、何かしら情報は得られると思います。私が知りえていることとは一つ、その船団は、不埒にも我が国名『アルゴー』を号していることくらいです」

「国名を?」

「はい。我が国は遠く昔、ある冒険者たちにより、建国されたのです。『アルゴノーツ』と呼ばれる勇猛な探検者たちに。『アルゴー』というのは、ここからきているのです。そして、私を含め、王族は皆、『アルゴノーツ』の船長だった『イアーソーン』の血を継いでいます。ですから……、アルゴーの名を騙る輩がのさばることは、実害以上に許しがたいことなのです」


 彼女の声には力がこもっていた。彼女も王族の血を引いている、装飾の豪華さから考えても、王女か、それと同等の発言権を持つ者だろう。プライドも十分高いはず、となれば、今回の祖先の名を騙る海賊船団への恨みは、幾倍にも膨れ上がるはずだ。成程、最大の海賊船団を倒すという案で通ったのは、こういう経緯もあったわけか。勇者は一人納得し、心中で手を打っていた。


「分かりました。あと追加で条件を一つ、一か月以内に片付かなかったら、その際は諦めさせて頂きます。あまり、悠長に取り組める程、時間が無いのです」


 王女らしき女性は、難しい顔をして俯く。一ヶ月、通常で考えれば、余りに短すぎる時間だ。それでも、勇者の旅路を滞らせ続けることは、難しいことだろう。救世の旅を、一国の問題だけで引き止め続けるのは不可能だ。これが大いに彼女を悩ませた。最終的に、彼女は折れた。そもに、一国で解決すべき事案だ。一ヶ月でも、助力が得られるだけマシなのだ。


「……そうですか。では、一か月間、その期間内での討伐は可能そうですか?」

「いけると思いますよ。自由にやらせてくれるなら」


 勇者は間の抜けた笑顔を見せる。余裕に決まっているだろう、とでも言うかのように。


「できるだけ便宜を図るよう、海軍に伝えておきます。どうか、ご武運を」

「ま、任せといてください」


 勇者は立ち上がりながら応える。話は終わった。居心地の悪い空間とはオサラバだ。


「最後に一つ、あいつどこ行きました? 俺のツレ、ここにいます? 居場所は分かりますか?」


 長い髪が左右に振れる。ノーだ。


「そっすか。じゃ、自分で探します。さよなら~」


 勇者は右手を挙げて軽く振った。歩くのが早い。背を向けたと思ったら、もう扉の前にいた。扉が静かに開く。


「あっ、名前だけ教えてもらえますか? 一応」

「テルクシペイア、イアーソーン・テルクシペイアですわ」

「長いな~。テル王女でいいですかね?」

「…………はい、それで構いません」


 沈黙。それは、テルクシペイアが苛立ちを抑えるために要した時間だった。勿論、ルーシーにも、その沈黙の意味は理解できた。頭で。しかし、気にしない。そういう男だ。


「テル王女、テル王女っと」


ルーシーは頭に刻みこむように、ブツブツと何度も呟く。


「それじゃ、行ってきますわ。テル王女も色々頑張ってくださいね~」


 勇者は、背を向けながら言い、扉の向こうへ消えていった。



「海賊も不敬。彼も大概……。王族も舐められたものね」


 テルクシペイアは吐き捨てるように言った。




誇る王家、騙る海賊、嘯く勇者

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