『 第七話 海賊流交渉術 』
膠着状態にある二つの船団、激しいにらみ合いの最中、二つをつなぐ青い道を、一つの樽がプカプカと航海していた。囲い込み作戦の停止を要請したのは勇者であった。単身、隣の司令船に(約十メートル近い距離があった)飛び移り、策があるからと、海軍司令を無理に説得したのであった。が、いざ任せて見ればこの通り、空っぽの酒樽の上に器用に立ち、単身、海賊船へと進んでいる。海軍は何とも言えぬ不安を噛み締めていた。
「おい、大丈夫かあれ?」
「まぁ、上手くバランスを取っているし、大丈夫だろう」
「違う、そういう事じゃねぇ。あれは何の作戦なんだ? って話だよ!」
「知るかよ……。勇者が大道芸人だったとか聞いてないぞ……」
海軍はざわついていた。勿論、海賊も同じく。この、あまりにも奇天烈な客人に笑いを堪えられずにいた。樽の上に男が一人、尚、手ぶらだ。上下共にたるんだ町民服、腰下くらいまでの長さの羽織はグレーだった。高貴さも、勇猛さも、欠片すら感じることは無い。戦場に一人、農民が紛れ込んだ。そんな空気間であった。
「えっと……。勇者様は一体何を?」
船内の一室、毛布の上で横になっていた少女が問う。
「あー……、うん。きっと活躍しているはず、きっと……」
新兵は自信なさげに答える。ルーシーと別れ、彼女を横たえた後、彼はもう一度甲板に出ていた。丁度その時、ルーシーは海上に樽を投げ込んだ所だった。隣の船の彼へ、急いで問うと、その樽で海に出るという。そして、海賊と直接交渉を試みるというのだ。なんとなく真意が悟れた。それで、せめて筏を進めるも、面倒だからと一蹴。挙句、手ぶらで樽に飛び乗って、海賊船の方へ行ってしまった。唖然として物も言えず、逃げかえるように、少女の世話役へと戻ってきたというわけだ。
「そう……ですか。なんか皆さん、ざわざわしていますよね。勇者様が変なことでもしでかしたではありませんか……?」
「い、いや、そんな事はないと思うよ。勇者様は、海賊の説得に向かったはずだから。大丈夫、大丈夫」
ネムの地獄耳、加えて聡いのに、男は肝を冷やす。ネムはそれ以上追及しなかった。だが、その一室では、そこら中を疑問符が跳ね回っているような時が流れ続けた。
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「おい、コラ! 物なげるなよ。危ないだろ!!」
樽が海賊船に近づくと、面白がった海賊たちが、酒瓶やら鶏肉の骨やらを至る所から投げ入れてくる。ルーシーはそれらを手で弾きながら、大声で悪態をついていた。海軍側からも、海賊へと静止の声がかかる。海賊は、当たり前のように無視し続け、好き放題に遊び、笑い転げていた。
そんな、「どんちゃん騒ぎ」が始まって約五分。ルーシーはやっとのことで、海賊船の横底まで辿り着いた。
「あのバカども、やってくれやがって……」
毒を吐きながら、羽織の下へ右手を入れる。抜いた手には、二本の鋭利なナイフが握られていた。ほっ、と掛け声を一つ、握られたナイフは、木の板を容易く裂いて突き立った。ルーシーはクライミングの要領で、次々とナイフを突き立てて、船の側面を登って行く。海軍からは歓声が上がった。海賊側はそろそろ危機を感じ、彼めがけて次々と物を投げる。ルーシーも右へ左へと舞うように、妨害を交わし、甲板を目指した。
「いい加減、死ねやっ!!」
海賊の一人がピストルを引き抜き、ルーシーに狙いを定める。罵声と共に撃鉄が引かれる。弾道を追うように、赤い幕が走る。弾丸は勇者の左腕をかすめていた。
「運のいいヤロウじゃねぇか! 次はねぇぞ、オラ、逃げろ、逃げろ!!」
「野蛮人ども……。今に見てろ」
ルーシーは船の側面を蹴り、斜め後方上空へと跳躍する。右手に持っていたナイフは左手へ、右手は羽織の下、腰の後ろへ。二つ目の秘策、鍵縄を取り出した。それっ、大きくしならせた右腕から、鍵縄が真っ直ぐに飛んでいく。マストの横骨に巻き付いた。ルーシーは右手に力を込める。空に舞っていた体が、再び船へと引きつけられる。彼は、船の真横を地として、側面を文字通り「駆けた」。海賊が奇声を上げる。歓喜だったり、好奇だったり、憤怒だったり、焦燥であったりで。船首まで一直線に駆け抜ける。船首を蹴って、空へ。ロープを手放す。一、二、三。着地の音は軽やかに、勇者が海賊船へと降り立った。
「中々派手なアトラクションだね。ホントに死ぬかと思ったよ。責任者を出してくれ、海賊さん達。俺は交渉をしに来た」
海賊たちは勇者を笑顔と剣先で迎え入れる。張り上げた声に対し、荒くれ者達の後ろから、一際凶悪そうな海賊が現れた。片目は縦に傷が入り、鼻は無く、口角はわずかに上がり、薄ら笑いをたたえる。帽子は被らず、真っ赤に染まった布を巻いている。それ以外の服装は、貴族の物をそのまま頂戴したような服であったのが、尚更、不気味な男だった。
「交渉ねぇ……。俺達流で良いなら構わねぇよ」
そう言って銃を引き抜き、ルーシーの額に狙いを定める。見ればその男は、ルーシーを撃ち殺そうとした男だった。
「海賊流ってのは、殺す準備をしながら話すもんなのか?」
「そうなるな。先に銃を突きつけたモン勝ちって訳だ。後は、お前は要求を呑むしかない。そうだろう?」
ガハハ、と汚い声で海賊全体が嗤う。
「まぁ……。そうねぇ。でもいいや、こっちの要件は一つ。帰ってくれないか? これだけだよ。お宅らは何?」
「まず、武器を捨てろ。あんだろ? そこからだ」
「あらら……。酷い脅しだね。全く」
ルーシーは呆れたように首を振る。だが、要件には従った。羽織を脱ぎ、体に巻き付けた武器を降ろす。ついでに上着も脱ぎ捨てた。
「ほら、これでいいだろ? じゃ、話し合おうよ」
「その必要はねぇよ。要求は二択だ。ここで死ぬか、それとも、そのまま海に飛び込むか。二つに一つ。さぁ、選べ」
「……交渉、する気はない。そういうこと?」
「してやってるだろう? 死に方を選ばせてやってる。こんなに真摯な対応は、俺も初めてだぞ」
「あっそ。じゃ、ここで死ぬ方でヨロシク。……あとさ、一個質問。アンタには、死ぬ覚悟はある?」
「当たり前のこと聞くんじゃねぇよ。死ぬのが怖い海賊が、どこにいる! 馬鹿にするんじゃねぇ!」
周囲の海賊が、この叫びに同調する。その波が、船団全体へと広がり、海賊の叫びは、雷鳴のように轟いてゆく。
「目を瞑れ。三秒後にはゆっくり眠れるぜ。三、二、一!」
男の指がピストルの引き金を引く。ゼロコンマ数秒の世界。銃声が轟く。
「あっ……、が……。て……めぇえええええ!!!」
発砲の瞬間、ルーシーは人の反応速度を遥かに超えて、海賊の男に迫っていた。引き金が三分の一程引かれた時には、もう、海賊の左斜め前に。そこから相手のサーベルを引き抜き、心臓へと突き刺す。銃声と共に流れ出したのは、海賊の命。絶叫を前に、勇者は笑っていた。
「死ぬ覚悟はあるんだろ? 良かったね、これでバイバイだよ」
勇者がサーベルを心臓から引き抜く。男の胸から、赤い噴水が上がった。右腕を首に巻くように引き、力を込める。煌めく軌跡は海賊の首へ。男の顔面は空を舞い、蒼い海へと落ちていった。
「両方達成! これで俺も海賊流交渉術、免許皆伝だね! さぁ、交渉の続きをしようか!」
青い空、青い海、赤く咲いた死の蓮華。




