『 第六話 朱鷹 』
宮殿から真っ直ぐと伸びる大通り。逆端は海へと開き、整備された港へと続く。海洋王国の自慢の港には、多くの漁船や貿易船が停泊している。だが、そのいずれにも、人気は感じられなかった。行きに通った大通りの賑わいも、先に響いた警鐘の為か、どよめきへと変わっていた。港には軍船が十隻ほど、彼方に見える悪党たちの方へ、弓なりに陣を組んでいた。三日月型のくぼみに海賊船を引き込み、周囲を囲んで叩く。目標の殲滅に重きを置いたフォーメーションである。陣形の中央の船、十隻の中で一番巨大な船が、空へ向け空砲を放つ。轟く砲声、海軍の船団は陣を一切乱すことなく船首を進め始めた。
「いたい!」
フラグシップの右隣を固める船上、甲板に慣れていない少女は、突如として動き出した船に軸を奪われ尻もちをつく。視覚情報のない彼女にとって、不意に動くものへの対処は困難であった。それが、床であったのだから、尚更に起こるべくして起きた事故だった。そこから約三メートル離れた所、ルーシーは海軍兵の一人と話をしていた。
「見事な陣形だな。もう慣れっこって訳か?」
「慣れた……というわけではありません。ですが、海賊の襲撃はここ数年で急増しているので、場数も踏んでいますし、演習も幾度となく繰り返していますので形にはなっています。でも、戦うのは怖いですよ。どうしても慣れません」
「まぁ、そうだろうな。殺り合うのも人間だし、余計に面倒だろうな」
ルーシー皮肉っぽい口調にも、若い海軍兵は誠実に答える。一見したところ、目立つ傷跡などはない。場数は踏んでいると話したが、どうも怪しい。恐らく新兵だろう。ルーシーはそのように判断していた。
「場数踏んでいるって事は、アレともやったことあるのかい?」
ルーシーは遠くに見える徐々に距離の詰まっていく海賊船団を指さしながら言う。新兵らしき男は一瞬うろたえたが、また誠実な口調で返事を始めた。
「私は彼らとはまだ……、ですが、どういった海賊であるかについては話を聞いています」
「そ。んじゃ、どういう海賊なのよ?」
「彼らの名は『レッドホーク』です。今は見えないかも知れませんが、旗に描かれている朱色の鷹から名を取って、そう呼ばれています。かなり悪質な海賊として有名です。荷物を輸送中の船を狙ったり、貿易船を狙ったりして、商品から水、食料まで根こそぎ奪っていく悪魔のような輩です。そのくせ、自分達より強そうな相手とは戦わない。卑怯な奴ららしいですよ」
「あらら、まるで悪党代表みたいな海賊か。で、前回の交戦では潰せなかった訳は?」
ルーシーは表情一つ変えず、さらに酷な質問を投げかける。男は激しい動揺を隠せなくなった。
「……っ、それはですね……。あいつら、非常に凶悪な海賊でして……。銃や剣は全員が装備していますし、略奪が生業なので戦闘スキルも高い。海軍側も、かなり苦戦の上での勝利だったので……」
言い訳、ルーシーはそう感じた。ルーシーは、とかく大人相手には容赦がない。尚且つ、真面目な相手を皮肉ることが、半ば趣味のような男だった。歯に着せる衣などナシ、水兵の男へとナイフのような質問が続く。
「まどろっこしい言い訳はいいよ。なんにせよ勝ってるんだろ? なんで逃がしたのかだけ聞いてるの。そこだけでいいよ」
答えは簡単なことだった。
「下っ端……。本隊ではなかったのです。非常に強力だったのですが、雑兵だった、それを相手になんとか引き分けに持ち込むのが精一杯。これが、現在の我がアルゴー海軍の実力です」
「そっ。じゃ、ピンチってワケか今回の迎撃戦は」
「はい……。正直、怖いです。ひどく。生きて帰れるか、それすら怪しいですから」
男の顔は暗く曇っていた。快晴、照り付ける日差しが、残酷に男達を灼いた。その向こうの甲板の上、揺れる足元に少女が苦戦し続けていた。
「勇者様……。ゆうしゃさま……。フラフラします~」
「ん? あぁ、酔ったか。だから、ついてくんなと言っただろうに」
ルーシーは呆れ声を漏らし、少女へと振り返る。その背中から、静かに言葉を残した。
「いいよ。海賊の方は、俺が片付ける。アンタは死なない。俺は信用が得られる。win-winだ。アンタはあのチビの子守を頼むよ」
「いや、ですが……」
ルーシーはその言葉を無視して歩き出す。少女の姿から三歩手前、一瞬だけ、勇者は男の方を振り向いた。彼を見て、新兵の男は硬直する。ルーシーは不気味な笑みを残して、少女のほうへと向き直った。
「お前は留守番。お前、今、船酔いしてるの。気持ち悪いだろう? 戦力にならないから、ついてくるな。いいな?」
ルーシーは最後の言葉に力を込めた。ネムは悔しそうな声を上げた後に、はい、と返事をした。
勇者の口元に浮かんだ言葉、『皆殺しだよ』、男は戦慄していた。