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『 第十三話 標は夜空に輝いて 』

 星をつなぎ、絵を描いた。星を見て、海を渡った。星は古代から、今に至るまで、ずっと誰かの標となってきたのだろう。

 だから、こんなにも美しい。大好きな海と、美しい星。私の大好きな景色。


「まだ寝ないのか? 明日の早朝には出るんだろう?」

「星が綺麗ですので、もう少し」


 そういえば、勇者様と個人的な話は今までありませんでしたね。明日が正念場なら、今日の内に。


「少し、お話に付き合ってくださいませんか?」

「ん、あぁ、いいよ」


 心なしか、勇者様がにやけているような気がするのは、一体?


「何故、笑って……?」

「誰だったか覚えてないけどさ、『月が綺麗ですね』ってのを、口説き文句に使った作家がいたんだよ。似ているなってさ」


 ……!? いや、そんなやましい気持ちは一切!


「えっと、これは」

「分かってる。星、好きなんだな。ロマンチストだよね、アンタ」

「そう……でしょうか?」


 ロマンチストですか。あまり言われたことが無かったのでなんとも……。勇者様からすると、私はロマンチストなのでしょうか?


「男達を束ねる長とは思えない位、乙女だよね、いい意味で。あと、むず痒いから『勇者様』って呼ぶのよしてくれる? ルーシーでいいよ、ルーシーで」

「えっ、あ、はい。ルーシー様、でよろしかったですか?」

「様もいらねーや。呼び捨ててよ。変に敬語使わなくてもいいし」

「では、ルーシー、でいいですね?」


 勇者様、もとい「ルーシー」は、あーよ、と一言呟いて笑いかけてくれました。初対面の時は、随分と尖った方だと思っていましたが、落ち着いている時は、良く気が回る方らしいです。良かった。


「何話すかな~。とりあいず、好きな物とか教えてよ!」


 無邪気な笑顔。少年のような笑顔。この人も、話すことは好きなのでしょうね。

 好きな物……か。


「海と、姉様と、あとは……歌、ですかね」

「へー、海と姉さんと歌か~。詳しく聞かせてよ!」


 詳しく……ですか。こんなこと、ベンジャミン位しか、聞いてこなかったのに……。


「面白い話ではありませんが、よろしいですか?」

「いーよ。俺は聞きたいから」


 では。


幼少期の私は、宮廷よりも、海がずっと好きでした。青い空、白いカモメ、大漁旗を掲げた漁師の船、潮風。そんな、当たり前の海が大好きでした。どこまでも広くて、何でも受け入れてくれそうな海に、自由を感じていたのです。


 私は、そんな海を眺めながら、歌を歌うのが大好きでした。


歌は姉様の影響です。姉様は歌が大好きで、とっても上手で。歌っている姿が、誰よりも綺麗でした。それで、という訳ではありませんが、私は姉様が大好きでした。とても優しかったですし、私と違って、気品や頼り甲斐のある方でしたから。


 今は私が? いいえ。姉様のようになりたいと思い、精進を続けた甲斐あってです。姉様のように、天性の気高さは私にはありません。貴族としては、私、出来の悪い子だったのだろうと思います。


 何度も姉様を海に誘いました。大好きな海や空の美しさ、人の手では到底辿り着き得ない美しさを、姉様と一緒に楽しみたかった。港のブロックの上で、二人で合唱したかった。

 

でも、姉様はあまり海がお好きではないようでした。結局、私はいつも、一人で海に向かって歌っていました。


 寂しくはなかったのか、ですか? 寂しくはなかったです。ずっと一人という訳では無かったので。漁師さんや行商の方が話しかけてくれたり、褒めてくれたり、上手だねって果物を貰ったこともありました。姉様程では無いですが、歌は得意だったので、褒めてもらえるのは、素直に嬉しいことでした。


 姉様と一緒に歌ったこと? 何度もありますよ。私達は、同じ合唱団で歌を学んでいたので。姉様に憧れて入団して、何度も一緒に歌いました。一人で歌うことも好きですが、一緒に歌うことも、とても楽しかったですから。


 どうしました? 聞きにくいこと? 大丈夫ですよ。どうぞ。


 レジスタンスを始めたきっかけ、ですか。驚かないでくださいね、きっかけは本物の海賊に攫われたことなんです。たしかあれは、十三歳になった日のことです。パーティーの雰囲気があまり好きでは無くて、そこを抜け出し、いつものように海を見に行ったんです。今日みたく、星の綺麗な夜でした。


 海は静かで、いつも通りだと思ったんですが、その日は違いました。歌っていたら、突然背後から襲われて、気づけば船倉の中でした。手足は縛られ、猿轡を噛まされていましたが、殺す気はないようでした。監禁されて、大好きな海の上なのに、一度も見ることが出来ない日々が何日も続きました。


 そんな中、私を救ってくれた人がいた。ベンジャミンでした。レジスタンス活動を始め、船長をしていたベンジャミンは、どこかで私の情報を掴んだらしく、私を捉えていた海賊を倒して、私を解き放ってくれました。


 誰かが君を狙っている。すぐに宮殿に帰るのは危険だ。彼の忠告でした。私はそれに従い、暫くの間、彼の船に身を置かせてもらうことになりました。


 みんな本当に優しい方ばかりで、海の上の生活は、本当に楽しかった。歌がとても好評で、毎日甲板で歌いました。


 でも、楽しいことばかりじゃ無かった。ある日、海軍の船に襲撃されました。こちらからではなく、あちらからです。多くの船員が怪我を負い、命を落とした者もいました。私は泣きました。ひどく泣きました。


 その日初めて、ベンジャミンはレジスタンスのことを、私に教えてくれたんです。


 私の人生が変わったのは、その日からでした。


「そっか。話してくれてありがとな」

「いいえ。聞いていただけて、嬉しかったですよ」


 話が終わって、ゆったりとした間が流れ出しました。でも、心地良いものでした。


「お嬢さんが寝付けないってよ。勇者殿」

「あら、ベンジャミン!」

「んー、船長! ここは一つ、あいつに子守唄でもお願いできない? 俺、そーゆーのサッパリでさ」


 もっと話したいけれど、ネムちゃんとも話してみたいですしね……。よし。


「はい。任せてください! ベンジャミン、話者交代よ!」

「はぁ……」




 こいつの話し相手か……。そういや、殺り合った時しか話していなかったか。


「だとよ、勇者殿。どうする?」

「そっちの気が乗れば、俺は話聞きたいな」


 毎度毎度、微妙に鼻につく話し方をしやがる。まぁ、良いか。もう慣れた。


「何を話せばいい? 話のタネなんて、そんなにねぇぞ」

「ヒメロペーを助けた時の事、際どいとこ教えてよ」


 こいつ。


「際どいってなんだ? 船長が話してくれたんだろう? それが全部だろうさ」

「情報の出処は?」


 こいつ。聡いというか、ほぼ確信してやがるな。


「んな事聞いてどうする」

「いやまー、出処はいいや。“誰が”やったのかだけ、スゲー気になるのよね」

「嫌な男だな、お前は」

「どーも。アンタは優しい男だろ。だから“誤魔化した”。違う?」


 隠しても無駄か。ったく、面倒なヤツだ。若ェってのに、賢い野郎だよ。


「はぁ……。間違っても、言うんじゃないぞ」

「あぁ」

「見当はついてるのか?」

「親族、更には、彼女に非常に近かった存在。だろ?」


 敢えて言わない所が余計に憎たらしい。確信があるんじゃねぇか、テメェ。


「何故そう思う?」

「パーティーがある日をわざわざ狙うような奴、他に誰がいる? 普通に考えれば、何もない日を狙った方が確立は高いと踏むだろう?」

「そりゃなぁ」

「けど、パーティーの日を狙った。海賊に手を廻した奴は、彼女がパーティーを抜け出すであろう事を知っていた。海に行くだろうことも」


 そうだよ。良く分かってるじゃねぇか。そういうことだ。


「で、誰なの?」


 ド屑野郎め。ここまできて、結局言わせるのかよ。


「そうだよ。船長の姉だ。邪魔な妹を消そうとしたんだよ」


 胸糞が悪ィ。


「どうしてそんなことしたか、そこは分かるの?」

「さぁな。サッパリだ。権力闘争とか、そんなじゃないのか?」


 言ってたまるかよ。真実なんざ、糞くらえだ。

『自分より愛される妹がいることが許せなかった』

 そんな身勝手な理由が、真実であっていいハズがねぇ。


「また“誤魔化す”の?」

「良いんだよ。糞くらえな真実より、下手な嘘の方が救われる時だってある」


 七十年は生きた。培ってきた哲学は、俺のプライドだ。


「どんな真実があろうとな、彼女が努力してきた事実は変わらねぇ。辛い経験を乗り越えて、多くの民の幸せの為に、海賊の汚名を背負い続けている覚悟は嘘じゃねぇ。くだらねぇ詮索なんてするな。お前はただ……、俺らと一緒に、彼女を支えてくれりゃ良いんだ」

「早く教えといたほうが、後の衝撃は薄まるかもよ?」

「……隠し通せばいい。汚い事は、俺の手でやればいい」

「嘘はいつか破れるよ」

「俺の命が尽きるまで、それは絶対に許さない」


 絶対に。絶対に。そんな真実はあり得ない。あり得ないことにするのだ。


「まぁいいや。なら、頑張れよ」

「どこへ行く?」

「散歩だよ~。甲板狭いけどな!」

「……お前も、早く寝ておけよ」


 碌な夜じゃねぇ、全く。まぁ、アイツなら信用してもいいか。


「ったく、らしくねーな」




「あーあ、格好いいねぇ、二人とも」


「俺はどーだよ。なぁ。俺は」


あの時、どうしたら正解だった?

あの時、どうしたからダメだった?

あの時、黙ってなにもしないのが、正解だったのか?


そうしたら今も、アイツらみたく、真っ直ぐ生きていれたのか?


「俺みたくならなきゃ良いが。二人とも、優しすぎる」


「結局、過去に縛られっぱなしか。俺は」




 船長さん、お話上手なんだなぁ。私が見たこと無いものを、一杯見てきたからかなぁ?


「ネムちゃんは、何が好きなの?」


 私の好きな物……。


「優しい人。色んなお話してくれたり、頭をポンポンってしてくれたり……」

「ポンポンされたいの?」


 あっ、船長さん。


「……ありがとう」

「うん。どういたしまして」


 誤魔化しちゃいました。本当に好きなのは『私の正体を知らない人』。知っている人は、私を怖がって、離れて行っちゃうから。ごめんなさい。船長さん。


「今更だけど、降りても良いんだよ? 本当に危険だから、ネムちゃんみたいな小さい子を無理矢理に連れてなんていけないわ」


 優しい人だなぁ。


「大丈夫です。心配しないでください! 旅に出るときに、死ぬ覚悟は済ませてきました!」


 あれ? 何か変な事言っちゃいましたか? どうしてそんな悲しそうな顔をするんですか?


「死ぬ覚悟なんて要らないのよ、ネムちゃん。大切なのは、明日も必ず生きてやる、っていう強い覚悟。死ぬことより、生きることの方が、よっぽど難しいんだから」


 そっか。心配してくれていたんですね。


「……はい。頑張って生きます! でも、船旅にはついて行きます。一度決めたことだから、最後まで貫きたいんです」


 ごめんなさい。船長さん。


「そう……。なら、もう止めないわ。でもね、一つ約束よ? 誰かの命と、自分の命を、天秤にかけなくちゃいけなくなったら、迷わず自分の命を選びなさい」


 えっ? どうしてですか?


「難しかったかしら……? 簡単に言うと、自分の命を一番に考えなさいということです。無理しなくていいの。人間、一番大切なのは自分なんだから、それでいいのよ」


 “人間”は、自分の命が一番なんだ。そうなんだ……。知らなかったな。


「ありがとうございます。船長さん」


 でも、私は。


「~♪~♪~♪」


 歌? ……遠くの船から聞こえる。


「あら? 聞こえた? 多分、みんな眠れないのでしょうね。色々な理由で」


 そっか……。みんな一緒なんですね。


「一緒に歌いましょうか? 待っていてね、歌詞を持ってきますから」


 優しいな、船長さん。あの子(わたし)も、良い人と巡り合えているかなぁ?




「ん……なんの歌だ?」

「景気づけの歌だよ。行進曲みたいなモンだ。俺達のな」

「へー、海の男は歌が好きなのか」

「だろうな。船長が歌で勧誘した野郎もいるぐらいだ」


「歌うか? 歌詞なら教えてやる」

「いいね」




星が輝く、歌が響く、死ぬ気で生きる覚悟を誓う。

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