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円環のリナリア  作者: 石田空
禁断の象徴の力編

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盗賊と義賊・2

 最初に耳に入ってきたのは、パチンパチンという火の粉の音。鼻に滑り込んできたのは、脂の燃える獣臭い匂い。


「本当に、これで神殿は動いてくれるんですか?」


 密やかな男の声が耳に飛び込んできた。

 ああ……私は盗賊団にさらわれてしまったんだ。だとしたら、ここは盗賊団の縄張りなんだろうと思う。

 私のことは、多分ペンダントを落としてきた以上、それを元にクレマチスが探してくれるはず。アルが自分を責めないといいけれど。彼は(リナリア)に対して責任感が強過ぎる。

 そう思いながら、私は自分の腕の感覚に気付く。

 手首が布で縛られている。麻縄だったらもっと手に食い込んで痛いと思うけれど、これくらいだったらそこまで痛くはないなと私は考える。

 さて、さっきから話していることはなんだろうと、気絶しているふりをしたまま、私は耳をそばだてた。

 正直、一回しかしていないサブシナリオだから、前後があやふやになってしまっていて、記憶が怪しい。だから思い出すためにも、情報が必要だ。


「神殿も困るだろうからな、巫女姫が誘拐されてしまっては、世界浄化の旅を継続させることはできない。神殿には次の巫女はまだ育ってはいないのだからな」


 そこまで聞いて、私はあれ……と思う。

 しゃべっているのは、私に睡眠薬を使って眠らせてさらった人だと思う。鍵開けの魔法は、おそらくは象徴の力由来のものだと思うけれど。

 でも世界浄化の旅は巫女姫がいなかったら成立しないのはわかるけれど、どうして神殿で次の巫女が育ってないことまで知っているの。

 そこまで考えて、サブシナリオの内容がうすらぼんやりと思い出してきた。

 たしか、穢れの侵攻のせいでひどい目に合っている人たちは、必然的に神殿の神を信仰しているけれど、それ以外の人たちの中では神殿に対して不満がある人たちだっている。

 カルミアやスターチスの指摘する、神殿に虐待されている人たちや、穢れを研究したくても信仰の関係で研究が進まない学者以外にも、神殿の教えに沿って生きているのにも関わらず放置されている人たちだ……それは、世界浄化の旅がはじまるときに、あちこちパレードをさせられて嫌というほど思い知った。本当に穢れに困り果てている村や町には、私たちは行かせられることはなく、平和な町や村にだけ出かけ、観光PRに使われてしまったようなもんなんだから。

 その放置されている村や町に、豊かな村や町の食糧を盗んでばら撒いている人たちがいるんだ。それが義賊【ウィロウ】。

 私をさらったのは【ウィロウ】の頭領、ヘメロカリスだ。

 ヘメロカリスの象徴の力は、たしか【拒絶と解放】だったはず。鍵開けの魔法なんかを使えるのも、解放に関する象徴の力によるものだった。

 私が聞いているのをわかっているのかわかっていないのか、ヘメロカリスは豪胆な物言いで続ける。


「大丈夫だ、神殿も必ず我らに味方をする。そのときが、皆が上から解放されるときだ」


 途端に辺りはどよめいた。

 ……私はそれに、なんとも言えないと思ってしまった。神木のおかげで守られていたペルスィの人たちは、周りの村から盗難に困り果てて、自警団を結成して脅えていた。多分同じような目に合っている人たちは多いと思う。

 もちろん、本当に困っている人たちもいるんだと思う。だからといって、盗みが原因で困らせてもいいの? それともそれは私の綺麗事? とついつい考えてしまうんだ。

 それに。私はこの辺りのことを思い返していた。

 ……このままいったら、【ウィロウ】は壊滅してしまう。わざわざ死ななくってもいい人たちが死ぬのを見て見ぬふりをすることは、私にはできない。

 傲慢かもしれないけれど、私は未だにここに来て、人の死ぬことには慣れていない。


****


 鼻に付いていた脂の匂いが消えたのは、既に火を消したせいだろう。

 目を開くと、辺り一面真っ暗だ。ここはどこだろうと辺りを見てみれば、広い洞窟みたいだ。

 辺りでは盗賊団【ウィロウ】の人たちが雑魚寝しているのが見える。目を閉じていたせいで、途中で眠ってしまったんだろうか。思っているより時間を食ったみたい。

 確認を済ませたところで、ようやく私は身を起こそうとする。土のじゃりじゃりとした感覚が痛いし、手が使えないせいで起きるのも苦しいけれど、起きないことには話をすることもままならない。

 私が起きようと身をよじったところで、首筋に金属の冷たさを感じる……何回かされているけれど、こんなもの慣れたくない。私は思わず身を固くすると、耳元でふっと声をかけられる。


「お姫様が起き出すとは。ずっと狸寝入りをしていたところで、隙があったら逃げ出そうとしていたかい?」

「……逃げ出そうとしていません。どうせ私の仲間が、私を見つけ出しますから、ここにいたほうがすれ違うこともありませんから」

「ずいぶんと信用しているんだな」

「……信頼しているんです」


 私がどうにか言葉を絞り出すと、金属の感触は離れた。そして私の首根っこを掴んで、ひょいと身を起こしてくれる。

 目に入ったのは、闇夜でもつるりと光るのがわかる銀色の髪に、皮の鎧を最低限付けた男性だった。剥き出しの腕の筋肉は分厚く、胸元の筋肉も際立っている。

 こちらを探るような目で見てくるのは、私の言葉の真意を確かめるためだろう。


「それで、逃げる気もないお姫様が、俺にいったいなんの用で?」

「……私の仲間が、もうすぐ助けに来ます。それが来たら早く私を彼らに引き渡して、ここから離れてください。命に係わることなんです」

「それは、俺たちが巫女姫誘拐の罪で、殺されるからか?」

「違います」


 この辺り、本当はサブシナリオだったら、リナリアはヘメロカリスとしゃべって、彼の人となりを知っていい人だと思う場面だったと思うけれど、時間が足りない。

 ……ここの盗賊【ウィロウ】は、穢れに取り込まれて、全員殺さないといけなくなる。眠りながらも誰かが取り込まれない内に祓ってしまえば問題ないと踏んだんだけれど、穢れ特有の肌寒い気配もやってこないし、どの人が穢れに取り込まれているのか特定できなかった。ゲーム中でも、名前の付けられていない盗賊の人から穢れが出てきて、皆取り込まれるってシナリオだったはずなんだけれど、見つからない。

 だとしたら、この場に穢れが溜まっている可能性がある。この人たちが出て行ったところでさっさと祓ってしまったら、ここに巡礼の人たちが来たとしても取り込まれる恐れはなくなるんだけれど。

 この人、神殿の事情に明るいみたいだから、迂闊に「これは予言だから従うように」と口を滑らせたら話がややこしくなる。

 ヘメロカリスは、笑顔を引っ込めて再びこちらを探るような目つきで見てくる。


「それで、ここで『はい、わかりました』と言った場合、俺たちに対してなにか益はあるのか?」

「……あなた方が死ぬのを、私は見なくて済みます」

「見えない場所で何人死のうが、それはお姫様にはかまわないってわけか?」

「そんなことは言っていません、私の力が及ばず、見殺しにしなければいけない場面は、何回も立ち会いました。死ななくてもかまわない人が死ぬのをよしとするようにはできておりません」

「じゃあ……」


 私の肩は乱暴に押され、再び地面に転がされる。そのままヘメロカリスに馬乗りにされ、こちらを見降ろされた。

 ……これって、私。彼の地雷を踏んだか?

 心臓がバクバクとうるさいのは、恐怖のせいだ。体勢的に、どう考えたってまずい。

 ヘメロカリスはこちらを見下ろす目は冷ややかだ。


「どうして神殿は、自分の采配でしか施しをしない?」

「それは……」

「出資金か? 金が全てか? それで豊かな国は信仰で守られているから、神殿のおかげだと謳っておきながら、弱った村や町は見放すのか? 信仰が足りないから? 教義に反したからか? 冗談じゃない……!!」


 そのまま巫女装束の裾に手を突っ込まれる。

 ……まずい、これは本当にまずい。

 私は必死に脚をばたつかせて抵抗しても、体勢が体勢のせいで力が入らないし、だんだんとヘメロカリスの口元に歪んだ笑みが浮かんできたのが気にかかった。


「ああ、そうか……巫女だって所詮は女か。自分が一番可愛い、自分が一番大事な」

「それは……!」

「貞操の危機になった途端に暴れるということは、そういうことなんだろう?」


 話の趣旨がすり替わってる。そうわかっていても、私も上手い言葉で反論ができない。

 まずい、本当にやめてってば。

 脚をばたつかせたとき、私は太腿越しに冷たい感覚が迫って来ることに気付き、身を震わせた。

 ……一瞬恐怖のせい、と思い込もうとしたけれど、違う。

 これは……穢れ。

 私はそう気付いた途端、力いっぱいヘメロカリスの胸板を叩いた。


「なんだ、そんな抵抗をしても」

「……違います、穢れです。この洞窟から穢れの気配が……! もし私が逃げ出そうとするならば、私を殺してくれてもかまいません。腕も縛ったままでかまいません。どうか、穢れを祓わせてください! このままだと……盗賊団が全滅します」


 そこまで言って、ヘメロカリスは眉間に皺を寄せてこちらを見下ろしてくる。

 ……正直、今の体勢をアルやクレマチスに見つかったときのほうが、ヘメロカリスが殺されてしまう算段が高くなってしまうから、それだけは避けたいというのもある。私も貞操は大事だし。

 しばらく押し黙ったあと、ようやくヘメロカリスは私から降りて、首根っこを掴んで立たせてくれた。


「お姫様は人質だ。ちゃんと人質の仕事をしてもらわないと殺すこともできない。で、その穢れはどこだ?」

「……待ってください」


 私の腕をじっと見るヘメロカリスも、こちらに浮かんでいる鳥肌が恐怖のせいなのか穢れを察知した影響なのかわからないんだろう。どっちも、なんだけれど。

 私はじっと目を閉じて、感覚を研ぎ澄ませると、洞窟の奥から風が吹いてきて、そこから冷たいものが流れてくることに気付いた。でも、どうして洞窟の奥から風なんて吹いてくるの。


「あの……洞窟の奥から穢れの気配を感じるんですが、どうして洞窟の奥から風が吹いてくるんですか?」

「奥? ああ、俺たちの町に通じている」


 ……これって、ますますさっさと穢れを祓わないとまずくないか。盗賊団ひとつが穢れに取り込まれたせいで、全員殺さないといけなくなったくらいなんだ。こんなところに穢れが溜まり続けたら、町ひとつ飲み込みかねない。

 私は「急ぎましょう」と言って足早に歩こうとしたけれど、腕が後ろ手になっているせいで、まともに走れずに、そのままつんのめってコケかけたところを、ヘメロカリスが首根っこを掴んで押しとどめてくれる。


「……ありがとうございます」

「……お前さん、変わっていると言われないか?」

「私は、いろんなことに疎いですから」


 巫女姫としての常識も、この世界の常識もわからないんだから、本当の話だ。

 それより、さっさと穢れを祓ってしまわないと。力を酷使し過ぎて、また浄化の旅の再会を遅らせる訳にはいかない。

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