大地の祭壇の試練・1
ひとまず朝ご飯を食べたあと、全員に声をかける。
「本当に、これで全員で試練を受けに行くことはできるでしょうか? 今が祭壇に行く最大のチャンスだとはわかっているんですが、皆さんの体力が……」
「いえ、リナリア様。全員で向かわないと意味がないと思います」
一応出した干し肉は全部食べ終えたものの、いまいち声に覇気の足りないクレマチスは、それでもおずおずと口を開く。
ずっと閃光を使って目くらましをしていたせいで、一日寝ただけでは体力は戻らないんだろう。
「試練を受けるというのは、なにも闇の祭壇に向かうためだけではありません。あそこで神の加護をいただかなければいけませんから」
「神の……あの最後のですか」
「はい、闇の祭壇で穢れを消すには、神の加護をいただかなければ、難しいと思います」
ゲーム上では、祭壇の試練の戦闘に参加した全員が神の加護により、パラメーターを上げてもらえる。少なくとも、私が体験している限り、パラメーターはよくわからないけれど、たしかに象徴の力でできることは増えているように思う。
たしかにそう考えると、ここで元気なメンバーとだけ行って試練を受けるっていうのは損なんだけれど……現実問題、戦えない皆を背にして戦うのは、怖過ぎるとも思ってしまう。万が一、皆になにかあったとしても、どうすればいいんだろう。
そもそも、今戦えるのが私とアスターとカルミアだけっていうのは……。いくらなんでも、戦闘できる人数が少な過ぎないかと、ついつい考え込みそうになるけれど。そのときアスターがちょんと私の眉間に触れてくる。
「リナリアちゃんリナリアちゃん。眉間に皺。君がアルやカルミアみたいに皺寄っちゃうのはよくないんじゃないの?」
「なぁっ!?」
思わずぱっと手で眉間を隠しつつ、アスターはヘラリと笑う。
彼は緊張感がちっともない。満身創痍状態のパーティの中においても、それは変わらない。
「そこまで深刻に考えることじゃないと思うよー。少なくとも、巫女であるリナリアちゃんが戦えるんだから問題ないし、野郎共が戦えないからって気ぃ遣うのはよくないんじゃないのぉ~?」
「で、でも。そういう訳には」
「……軽薄な物言いだが、それは俺も同感だ」
意外なことに、カルミアがそれに同調してきた。性格が真逆に見えるアスターとカルミアは、意外と意見が合うことが多い。私が思わずきょとんとしたら、まだ疲労の色を残しているアルも頷く。
「リナリア様、あまり俺たちにお気遣いはなく」
「ですが……」
「巫女。一応聞くが、貴様のその旅は、仲良しごっこの旅か? 貴様は耳障りのいいことを言っていたように思うが、それはただの綺麗ごとか?」
そうカルミアに言われて、グサリとするものの。カルミアはいちいち厳しい物言いをするだけで、ただ口が悪いだけの人じゃない。
……ああ、そういうことか。女の背に隠れてくたばるような男なんか放っておけ。自分の身くらい自分で守ると、それはいくらなんでも私の口が悪過ぎるけれど、そういうことか。
私が気を遣うほうが、よっぽど失礼だっていうことを、この人たちのほうがよくわかっている。
男がどうとか女がどうとか言うつもりはないけれど、このあたりのことは、たしかに私には理解が及ばないところだ。
……もっと険悪なのかと思っていたけれど、そうでもないのかもしれない。彼らは彼らで、ちゃんと絆を深めている。
そのことに私はほっとしつつ、後方支援担当のスターチスとクレマチスのほうを振り向く。
今回はこのふたりの象徴の力でのサポートをもらえないのは厳しいけれど、ふたりには体力回復のほうに専念してもらわないと。
「……おふたりには無理をさせたと思います、ごめんなさい」
頭を下げると、スターチスはゆったりと笑い、対してクレマチスは慌てた様子で手と首を同時に振った。
「い、いえ! こちらのほうこそ申し訳ありません! 今回は戦えずに!」
「謝らないでください。昨日は本当にありがとうございました」
「やりたいように、やっただけですから!」
「そうですよ。リナリアさんも、力をくれぐれも過信しないように。ここが大地の祭壇だということは、試練に出てくる獣もまた、大地にまつわるものなのですから」
「……はい」
たしか、ここに出てくる試練の獣は……獣ですらなかったような気がする。
せめてもの回復として、スターチスはアルメリアから持っていくように言われた彼女特製の薬草茶を振る舞ってくれた。その滋味深い味を堪能してから、私たちはいよいよ大地の祭壇に足を踏み入れる。
苔むした石の向こう。管理する神官がいないせいで、少々蔦が絡んでしまった場所の蔦をむしりながら進んだ先に、祭壇はあった。
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炎の祭壇のときは、巫女が近付いた途端に熱が強くなった。水の祭壇のときは、巫女が近付いた途端に祭壇は最上階以外は湖に沈んでしまった。
大地の祭壇のときは、まさか地震で割れて祭壇が飛び出してくるんじゃないかと思ったけれど、そんなことはなく。
至って普通に祭壇に辿り着けてしまって「あれ?」と思っていたものの、すぐに試練の獣が出てきた。
「あれは……」
カルミアは眉間に皺を寄せる。
そりゃそうだろう。そもそもフルール王国側にどうしてこんなもんがあるんだろうって思うだろうね。
「……前から思ってたけど、『試練の獣』って名前を付けておけば、なんでも獣になるわけないでしょうが。この辺りのネーミングセンスどうなってんの」
アスターのツッコミももっともだ。
私だってそう思うもの。
私たちを待ち構えていたのは、一歩動くたびに地鳴りが響き、一歩動くたびに「ギュイン」と言う。
土でできた泥人形……だったらどれだけよかっただろう。目の場所にあるのはどう見たってレンズであり、幼児のようにぽっこりと出たお腹の部分には、前にウィンターベリーでさんざん見た機械でこちらの行動を計算しているのが見て取れる。
古代兵器……ゴーレム。土で固めた容姿とは裏腹に、魔科学がこれでもかと詰め込まれたそれが、ここの試練の獣だ……。
冷静なのは、クレマチスだけだ。
「あれを送り込むことで、妖精と巨人族を退けて、神殿はここに祭壇をつくることに成功したんです……もっとも、こんなものを大量生産して対人戦につかったら最後、その土地は人が住めなくなってしまいますから非人道的とみなされ、今では神殿によりゴーレムの複製技術は禁術に指定されています」
「そりゃこんなもん送り込まれたら妖精だって人間が嫌いになるし、巨人族だって敵認定するだろうよ!!」
アスターの悲鳴ももっともだけれど。
ギュインギュインと動くだけの、ただ的になってくれるわけでもないだろう。レンズでこちらを見ているのは、恐らくは戦闘パターンを観測して、観測終了したら反撃に映り出るパターン。
戦闘が長引けば長引くほど、私たちが不利になるんだから、先手必勝の短期決戦でカタを付けないといけない。
行動をずっと先読みされ続けたら、こっちだって打つ手は限られてしまう。
「カルミア、ジェムズ帝国は魔科学が発展しているとお聞きしましたが、ゴーレムと戦ったことはありますか?」
恐る恐る聞いてみると、カルミアは鼻を鳴らしながら、大剣を引き抜いた。
「わざわざあんなものと戦おうと思ったことなんてない」
ですよねえ。
でもこれ試練なんですよねえ。これ倒さないと駄目なんですよねえ……。三人で。
ちらっと見たら、アルは大剣を振り回す体力はないらしく、胸元に仕込んでいる短剣に手を当てている。スターチスはペンダントを弄ってはいるものの、まだ障壁を使える程度にも、体力は回復していないみたい。それはクレマチスも同じことだ。
距離を取っている今の内に、打開策を考えないといけないけれど。本当にどうしよう。
私はそう思いながらも、手に短剣を具現化させる。これであの固そうな魔科学の部品を壊せるとは思わないけれど……巫女がとどめを刺さないことには、試練は終わらないんだから。
私はアスターに振り返る。
「私とカルミアで前線に出ます。アスターはサポートをよろしくお願いできますか?」
「そりゃいいけれど。でもゴーレムが観測終わる前に倒さないとやばい奴でしょう? 大丈夫?」
アスターもゴーレムが魔科学の産物だとわかっているから、観測が終わるのを危惧しているみたい。
わかっている以上は、なんとかできるかもしれない。
「獣じゃないから、なんとかできるかもしれません」
私の知っている科学とはどう違うのかはわからないけれど、魔科学の産物だったらなんとかなるかもしれない。
具現化した短剣に仕込んだのは、炎。カルミアに私は言う。
「カルミアは炎の剣を。アスターは水の矢をお願いします」
「炎と、水?」
一瞬カルミアは眉間に皺を寄せたものの、アスターは「了解」とすぐに詠唱をはじめた。




