大地の祭壇の試練・2
ゴーレムがレンズ越しにこちらを観測している。まだ攻撃はしてこない以上、こちらの動きを観測してから動くんだろう。
私は炎を大剣にまとわせたカルミアと一緒に、ゴーレムの胴に向かっていった。
カルミアは大剣だけでなく、炎を使ってゴーレムの胴を薙ぎ、私は短剣に付与した炎をゴーレムに流し込む。ゴーレムは熱を感知したのか、土くれの首をぐるぐると動かしはじめる。
──テキ、ニンシキ。コウゲキ、カイシ
機械音でそう言うのに、私は冷や汗をかく。
ゴーレムが胴に仕込んでいる魔科学の装置は、普段スターチスが皆に配布してくれたペンダントの比ではないほどの攻撃呪文の詠唱だ。
ゴーレムは詠唱なしで、こちらに対して攻撃してきた。
体が途端に重たくなり、動きが鈍くなるのがわかる。床に足がのめり込みそうな感覚。でも、きっとここで横になってしまったら、そのまま床にのめり込んで起き上がれなくなってしまうと、必死で耐えることしかできなかった。
これは……重力場。
本来だったら、試練で使える聖書詠唱が増えていくクレマチスが覚える呪文だけれど、ゴーレムに圧縮されている詠唱が搭載されているせいで、こうやって私たちの動きが制限されたんだ。
「ちっ……」
カルミアは忌々しそうに舌打ちしながら、重力で足が動かないのをこらえながら、私の肩を大きく、重力の負荷のかかる場所から押し出す。
私はころん、と転がってどうにか体勢を整えるけれど、まだアスターの呪文詠唱が終わっていない以上、アスターまで重力の負荷をかける訳にはいかない。
重力場で動けなくなった私たちに向かって、ゴーレムが腕を振り回して襲い掛かってきたのを、彼は大剣で腕を受け止める。でも、足が突っぱねられないせいで、そのまま床へと叩き付けられる。
「カルミア……!」
ゴーレムに目くらましは効かないから、閃光の模造品を使っても意味がない。せめて、あの魔科学の回路を狂わせることができたら、動きを少しは止められるのに……!
このままだとゴーレムにカルミアが踏みつぶされてしまうと、私は必死に考えるけれど。
「水の矢!!」
間一髪。アスターの詠唱が間に合い、一気に水の矢がゴーレムに叩き付けられる。
ゴーレムは水をぱしゃりとかぶって一瞬動きを止めた隙に、どうにかカルミアは横に転がってゴーレムの足元から抜け出した。体勢を整え直した際、ゴーレムの足止めとばかりに、今度は大剣を振るってゴーレムの足場を凍らせる。
ゴーレムは「ピ、ガガ……ピピィ」と不可解な音を上げながら、呪文を検索して氷を溶かす呪文の検索に入っている間に、私たちは顔を見合わせる。
「あの重力場を使われたら厄介だ」
カルミアがそう毒づくのに、私も頷く。
「リナリアちゃんがカルミアや巨人族に聞かせたようなもんは、多分ゴーレムだったら無効よねえ……」
「ゴーレムは仕掛けられている命令を実行しているだけだろう、そこに感情は含まれない」
「あのう……そもそも疑問なんですが。クレマチスはゴーレムにより神殿を建てられたと教えてくれましたが。今はゴーレムは、この祭壇の試練の獣なんですよね? 命令を入力したのは、誰なんですか?」
私は何気なく質問してみる。
ここには神官がいない以上、世界浄化の旅に合わせてゴーレムに命令を入力する訳がない。
試練が終わったら現れる神が、そんなサービスをしてくれるとも思えないから、誰なんだろうと素朴な疑問だ。
ここに来ていたはずのリナリアも考えたけれど……いくら周回していて、ここの試練の獣がゴーレムだって知っているからって、ゴーレムにわざわざちょっかいをかけるとも思えないから、彼女ではない。そもそも彼女は試練の前後にちょっかいをかけてきても、試練の内容自体には介入してきたことは一度もないんだから。
私の言葉に、アスターは軽く首を振り、カルミアは少しだけ目を細めて「命令した者に意味はないだろう」とだけ答える。
カルミアの張った氷がジュージューと溶かされていくことから、そろそろ戦闘再開だなと思う。
水と炎を使って、魔科学の装置が熱暴走起こしてくれたらよかったなと考えていたけれど、思っている以上にあの古代兵器は厄介な産物だ。
雷でも落とせればいいんだけれど、そんな呪文を使える人間はこの場にいない。
ちらっと背後を見る。
アルは悔し気に胸元を抑えている。……大剣を振るう体力が、まだ戻っていないんだ。スターチスはメガネ越しに険しい顔でこちらを眺めていて、クレマチスはおろおろしながらこちらの様子を見ている。多分、まだ詠唱で削れた精神力が戻っていない。今無理したら、妖精や巨人族が戻ってこないうちにここを出ないといけないのに、逃げられるだけの体力まで削れてしまう。
三人がまだ本調子じゃない以上、私たちだけで頑張るしかないみたい。
でも……。
氷はすっかりと溶けたけれど、ゴーレムがガガガと音を立ててこちらのほうに向き直ったけれど、攻撃を仕掛けてこない。
壊れた? 一瞬そう思ったけれど、レンズでこちらをじっくりと観察している以上、攻撃してこないだけで、普通に動いてはいるみたい。
「もしかして……カウンター式? 攻撃してきたら反撃するけれど、自分からは攻撃しない……?」
私がそれを口にしてみると、カルミアは「ふむ……」と眉間に皺を寄せてから口を開く。
「魔科学がどうと考えるよりも、皮のほうをどうにかしたほうがよさそうだな。やはり近くには寄れないが」
「皮っていうと……あの土人形の部分かあ?」
「あんな呪文を詠唱抜きに打ち込まれ続けたらかなわない」
そりゃそうだ。こちらだって詠唱しなければ象徴の力を解放することはできないし、魔法だって使えない。ペンダントに溜め込める呪文だって、何小節かは呪文を唱えなかったら使えないんだから、詠唱抜きで呪文を使われ続けたら、こちらだって対処のしようがない。
カルミアは私をちらっと見る。
「前に回復呪文を短剣に付加して投げていたが、俺の氷は付加できるか?」
そう聞かれて、私は自分で短剣を具現化して見せる。近くでカルミアの氷を見ていたし、彼みたいに足元を完全に霜で動かなくなるほどの強度はないと思うけれど、霜がつく程度には冷やすことができるはず。
「……うん、できる」
「それでいい。アスターは」
「お前らが冷やす方向なら、今度は俺が熱くする方向だろうさ。了解了解。でも、カルミアほどの威力は期待すんな」
アスターはそう軽口を叩くと、詠唱をはじめた。
うん、私たちはできることをしていこう。攻撃したら反撃してくる以上は、距離を取って足止めメインで仕留めていく。
カルミアは大剣を振るい、ゴーレムの足元を凍てつかせ、そのまま固める。固まったところで、私もゴーレムの足元ギリギリにまで短剣を投げつけ、霜がつく程度に冷やし込む。
その中で、アスターは軽く詠唱を終える。
「火の玉!!」
火の玉は弧を描いて、ゴーレムへとぶつかった。ゴーレムはレンズをぐるぐるとさせて、こちらのほうへと動く。
──テキ、ニンシキ。コウゲキ、カイシ
詠唱抜きで、距離を取っている中、いったいなんの呪文をぶつけてくるんだろう。そう思っている中、バチバチと音を立てて、祭壇全体に円陣が浮かび上がることに気付く。
そして、突然の暗雲。
「しま……っ!!」
まだ完全に回復してない、アルたちを巻き込む。
この詠唱は、まだこの場にいる誰ひとりも覚えていないはずのものだ。
雷雲。広範囲攻撃の呪文のはずだ。こんなもの、障壁抜きで浴びたら、いったいどうなるのかわかったもんじゃないのに……!
そう焦る暇もなく、白迅がこの場に降り注いだのだ──。
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ゴロゴロと雲が唸る声。そして天井がカタカタと鳴る音。
大方、ゴーレムが雷雲を放ったのでしょう。彼らはまだ、あれの対処方法を覚えていないですから。古代兵器だからと身構えてしまうと、なかなか本質が見えないものです。
私はそれを耳にしながら、大地の祭壇の地下を歩いていました。
この地下の隠し通路から、風の祭壇の直通通路に出られますから。この隠し通路の存在は、神殿すら把握していません。この存在を知っているのは、この地にゴーレムを放った古代の神官たちだけですから。ゴーレムの複製を禁術指定した際に、隠し通路の存在もまた封印したのです。
観測者は、少しずつ私の与えた象徴の力【幻想の具現化】を使えるようになっていますが、この力の真価に気付いても、使いこなすには程遠いです。
もし、真価に気付いてしまったら、あのゴーレムくらいは簡単にいなせるようになるはずです。
風の祭壇も、光の祭壇も、簡単に突破できるようになるのです……時の祭壇だけは、私の象徴の力だけではなかなか突破することはできませんが、できない訳ではありません。
彼女はきっと私を恨んでいることでしょう。
なんでこんなにつらいことをさせるのか。どうして私だけでは駄目なのか。どうしてこんな目に合わないといけないのかと……。そう思われても仕方がありませんし、実際に彼女と対面するたびに同じような質問を繰り返されています。
……ですが。
私はこれ以外のやり方を知りません。これ以上の方法もわかりませんし……時間だって足りませんから。
シンポリズムは言葉が全てを支配する世界。
ひとりひとり違う与えられた象徴の力を駆使して生きる世界であり、違う象徴の力の使い方を教えることはひどく困難です。
使い方を引き出すことはできても、使いこなせるようになるには、自力で体得しなければ意味がないのです。
観測者は何度も何度も私の体験を、観測という方法で追体験してきました。何度も何度も見てきたのならば、それを思い出せば使えるようになるのです。
私は、私たちは、象徴の力がなければ生きていけません。ですが、観測者だけは違うのです。
そのことに気付いたのならば、この場を突破できるはずです。
「頑張ってください、観測者。早くあなたは……」
やらなければいけないことがあるんです。
為さなければいけないことが待っているんです。
これは誰かがやらなければいけないことで、実行するのが、私とあなただったという。それだけのことなのですから。




