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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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メイアン騒乱・4

 シオンから話を全部聞き終えたあと、アスターは「うーむ……」と顎をしゃくる。

 侵入した穢れの討伐を行うにしても、神殿の権限を使っていきなり王城に入る訳にもいかないし、だからといって攪乱状態になってしまっている近衛師団がシオンの言葉をそのまま信じてくれるとは思えない。

 だとしたら。


「……アスターが、カリステプス公爵にお話をして、そのまま近衛師団に潜入した穢れの討伐に出ることはできないんですか?」


 思ったことを言ってみる。アスターにお父さんの話をそのまま振ってみていいのかは悩んだけれど。

 アスターは少しだけ虚を突かれたような顔をしたあと、「ふっ」と笑った。


「まあ、しゃあないか。このまま放置しておいて王が暗殺、なんてことになったら洒落にならねえからな」


 そう言ったあと、おばあちゃんのほうに顔を向けた。


「ちょっと親父と話を付けてくる。その間だけでも、愚弟のことを頼む」

「はいな。アスター坊ちゃんの無茶な話を聞くのには慣れていますよ」


 そう言ってのほほんと笑った。この人、本当に誰なんだろう。私たちはおばあちゃんに会釈してから、貧困街をあとにした。

 貧困街を出たあとも、相変わらず人は閑散としている。ときおり近衛師団の甲冑を着ている人たちが歩いて、なんらかの象徴の力を使ってシオンを探しているのを見るけれど、未だに貧困街に逃げ込んだことまでは掴めていないらしい。

 私たちは近衛師団に見つからないように避けながら、富裕街へと出る。この一帯は貧困街となにもかもが反対だ。

 石畳の上にあちこち地下へと繋がるマンホールがあるけれど、そのマンホールすらデザインがひとつひとつ違うっていう細やかさだ。灯りが並び、どこの邸宅もどこで途切れるのかわからないくらいに大きい。

 この辺りもやっぱり人がいなくなって閑散としているけれど、それぞれの貴族が雇っている見張りの人はピンと背筋を伸ばして家の前で待機している。

 そこまで見ている間に、ひと際大きな邸宅が見えてきた。


「ほら、うちだ」

「まあ……」


 ゲーム内だったら、ちょっとしか出てこなかったけれど、その大きさを見て呆然としてしまう。

 この辺りの邸宅は皆大きいけれど、ここは大きい上に、門は閉ざされていて、見張りの人がふたり建っている。

 他の邸宅はかろうじて柵の向こうから庭を覗くことができたけれど、ここだけ警備がどこにも増して厳重なのだ。

 アスターが見張りの人に「よう」と手を挙げると、途端に驚いたように目を見開く。


「アスター様……現在王都は封鎖されておりますのに、どうやってこちらまで……!」

「まっ、ちょっと無茶したんだけどな。シオンがなんかやらかしたみたいじゃねえか。親父はいるか? それとも王城のほうに?」

「……旦那様は現在おられますが……その、そちらの皆さんは」

「親父に俺を連れ戻すよう依頼された神殿のだよ。今回の件で役に立つだろうから連れてきた。いいよな?」


 その言い方に、私は思わず笑いつつ、ちらっとふたりのほうを見る。

 アルは相変わらずのしっぶい顔をして、クレマチスは困惑しているみたい。

 でも一応見張りの人も納得してくれたらしく、門を開いてくれた。

 中に入ってみても、そこはまるで学校の校門からグラウンドが広がって、そこをとおって校舎に入る程度に距離がある。

 当然中庭はグラウンドみたいにただ真っ平に砂が広がっているんじゃなく、メイアンらしく赤いバラが咲き誇っていた。この花は街路樹の象徴の力が施されていたものとは違うらしく、アーチに伝ってただ咲き誇るだけだった。

 そこを通って邸宅を見上げる。そこもまた大きい。美術館みたいに幾何学模様が施された壁に、大理石のすぐに傷が付きそうな床にビクビクしながら、滑ってこけないように気を付けながら、中に入っていった。

 見張りさんが連絡を入れてくれたらしく、すぐに執事さんが出てきてくれた。


「お帰りなさいませ、アスター様。そして神殿の皆様。今回はアスター様を連れ戻してくださり、大変感謝しております」

「いえ。本当に、あの……現在大変なことになっておりますが」

「ええ、王城が大変なことになっておりますね。旦那様も現在対処に追われております」

「親父には今会えるか? それとも、今は近衛師団の連中と話し合い中か?」

「お会いになれますよ」


 執事さんはそのまま、私たちを送ってくれた。赤い絨毯に重厚な家具。この世界の値段の価値はわからないんだけれど、高いんだろうなっていうのはなんとなくわかる。

 連れて行かれた先の応接間で、赤毛を束ねた貴族の壮年の男性が、甲冑の人としゃべっているのが見える。どちらも空気が重い。


「旦那様、アスター様と神殿の皆様をお連れしました」

「……アスターか。よりによってこんな大変なときに」


 こちらにちらっと顔を向けた男性は、あからさまに顔をしかめていたけれど、私たちの存在に気付いてすぐに穏やかに笑顔をつくった。

 ……この人も、結構な狸なんだなとなんとなく思ってしまう。


「巫女様、今回は息子を戻してくださりありがとうございます」

「……巫女様とは、つまり……」


 あーあーあーあーあー……。

 そういえば、神殿に大量に寄付をしている人なんだから、私は知らなくっても、カリステプス公爵はリナリアが巫女だって知っててもしょうがないんだ。このことはアスターにだって言ってなかったのに。

 アスターはほんのすこしだけ目を丸くしたけれど、それより反応が早かったのは近衛師団の方だ。こちらも甲冑を着込んで真っ白の頭の人だ。


「巫女様!? だとしたら今回の件で……! ああ、失礼しました、自分は近衛師団の団長を務めております者です」

「……今回は、本当に私たちがたまたま立ち寄ったところで遭遇しましたので、一応事情は全て把握しておりますが」

「そうですか……! 今回は近衛騎士が分裂してしまい、どちらの肩を持つかで暴動に発展しかけまして……」


 王都を守るはずの騎士が王都で暴れては本末転倒だから、こうやって王都が閉鎖されてしまっているんだものね。

 あまりにも前のめりに出ている師団長に私は思わず仰け反ってしまっていたら、アルが代わりに口を開いてくれた。


「それで、自分たちは肝心の穢れに憑かれてしまった騎士の顔を知りません。現在容疑がかけられている者がふたり。その片方は現在逃亡中で、もう片方は王城に潜伏中とまでは把握しておりますが」

「はい……現在は片方の存在を追いつつ、王城の騎士を監視しております」


 つまりシオンはまだ見つかっていない。もう片方の狡猾な穢れは、まだなにも仕掛けてないってことか。

 私はどうにか言葉を選ぶ。


「……その穢れを祓うために、王城に向かいたいんです。私たちが神殿の権利をそのまま行使してしまったら、王との信頼関係にも問題が出ますから、カリステプス公爵のお声かけにより入城という形を取りたいんですが」

「……かしこまりました」


 カリステプス公爵はそのままさらさらと手紙を書いてくれて、それを私たちに差し出してくれた。


「これで王城に入れるはずです。……このまま近衛騎士が大量に押し寄せてしまったら、民衆の心象も悪くなりますし、不安は穢れを引き寄せてしまいます。できるだけ、このことは早いこと終わらせたいんです」

「かしこまりました」


 一体メイアンが閉鎖されてしまってどれだけ時間が経ってしまっているんだろう。あまり長期間閉鎖状態になってしまっていたら、本当に穢れが溜まってしまうし、最悪穢れが穢れを呼んでしまう。

 私たちは急いで王城へと向かう中、疑問をクレマチスに投げかけてみた。


「このまま私たちは問題の近衛騎士に会いに行きますけど……浄化部隊の皆さんでも浄化しきれなかったんです。私も……穢れの浄化の方法までは、思い出せていません。できるものなんですか?」


 それにクレマチスは眉を寄せた。


「……リナリア様。大変申し訳ないですが……穢れがまだ、形を持っていない内は穢れを祓うことが可能です。神殿でもその術は学べますし、その手の象徴の力を持っている騎士であったら祓うことも可能です。ただ、物や人、動物に憑いてしまった穢れは、祓うことは不可能です。……大変申し訳ありませんが、器にされてしまった人間ごと、殺す以外に対処方法がございません」

「私にも……ですか?」


 思わず声が震えた。

 狼や犬に憑いてしまった穢れだったら、怖くて仕方がなくって、殺すのにもそこまで躊躇がなかったけれど、元が人間だったと言われてしまったら、どうしても殺してしまうのはためらわれた。

 ガス人間になってしまった人たちに続いて、人間のふりをしている騎士の人を、そのまま殺せるのかが、私には自信がなかった。

 私が小刻みに震えていると、私の肩をアルが叩いた。


「リナリア様が手を下す必要はありません。それをするのが、俺の役目ですから」


 これは、アルが私を慰めてくれているのか、単純に自分の使命を指しているのかが私にはわからなかったけれど。


「……ありがとうございます」


 それだけは短く口にした。

 真っ白な王城が見えてきた。……穢れの憑いた騎士を探し出さないといけない。

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