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円環のリナリア  作者: 石田空
チュートリアル編

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メイアン騒乱・5

 王城のほうは、やっぱりというべきか近衛騎士たちが剣をかまえて見張りをしていた。

 アスターはそれに声をかける。


「失礼、カリステプス公爵の遣いで来たんだが、王への謁見は可能だろうか?」

「国王陛下に?」


 近衛騎士たちはすぐに伝令が届いているかの確認をはじめる。

 一見すると一般人に見える私たちだけれど、少なくともアスターの顔には覚えがあったみたい。この人も一応は貴族だから、顔が利くみたいね。

 ……こう、大きな組織になればなるほど、ほうれんそうがちゃんと届いているかどうかで、動くのが遅くなるような気がする。そこはいくら象徴の力を持っていて、いろんなことが簡略化できるはずのシンポリズムでも変わらないみたい。

 すぐに連絡の確認してくれ、カリステプス公爵の用意してくれた手紙の蝋印を確認してくれた近衛騎士の人たちは、「こちらからどうぞ」と門から通りまで案内してくれた。

 赤い絨毯に、通路だけでマンションの一階のフロア全部入れそうな広さなのに絶句する。カリステプス邸だって相当大きかったと思うけれど、それよりも広いし豪華なのは、さすが王城。でも……。

 王城勤めのメイドさんや執事さんたちがきびきびと仕事しているのをちらりと見つつも、この辺りはたいして近衛騎士がいるようには見えない。そもそも穢れの憑いている人の区別なんて、本当につくんだろうか。

 私が心配しながら辺りを見ている中、アルはちらっとクレマチスを見る。


「穢れを見つけられそうか?」

「近衛騎士の溜まり場をひとつずつ潰していくしかありませんね。二手に分かれて探したほうがいいかと。リナリア様、ぼくはアスター様と一緒に参りますから、リナリア様はアル様と」


 クレマチスの組み分けに、当然ながらアスターは不満そうに眉を寄せた。


「ガキンチョ。それはどういう組み分けだよ? 俺だってリナリアちゃんと探したいんだけど」

「神官と巫女であったら、穢れを察知することができますから、ぼくとリナリア様が一緒にいても意味ないですし、仮に騎士に不自然な部分があれば騎士であるおふたりのほうが気付くだろうと思ったんです……! それに万が一穢れが他の近衛騎士の方々を巻き込んで襲撃かかってきた場合、対処しなければいけませんから、自然と……」

「なんだ、そりゃ」


 ……ちゃんと考えてくれたクレマチスに、私は「ありがとうございます」と頭を下げてから、城で二手に分かれて探すこととなった。

 仮に城内戦闘になってしまった場合、互いの居場所と連絡ができるようにと捜索(サーチ)を溜め込んだビーズの指輪をくれたので、ありがたくそれを小指にはめ込んでおくことにした。

 こうして、私とアルは、メイドさんたちに近衛騎士の溜まり場について聞き込みをしつつ、それぞれの場所を移動する。

 どうも城内で働いている人たちのほとんどは住み込みなせいで、メイアンが現在閉鎖状態だっていうことも、街の人たちがほとんど外に出られない状態だっていうことも知らないみたいだ。さすがに近衛師団が少し揉めていることまでは肌で感じているみたいで、普段はちょっと格好いい騎士が当直のときは見に行ったりするのも、今は控えているみたい。

 メイドさんたちにお礼を言ってから、教えてもらった溜まり場に出かけようとする中、私が疑問をアルに口にする。


「ねえ、穢れが王城に入り込んだ例って、あるの?」

「正直言って、穢れが発生して討伐に出かけた部隊が、穢れに憑かれて処罰されるという悲劇はそれなりに聞いたことがあるが」

「……それって、神殿騎士でも?」

「……俺たちには、神官や巫女みたいに穢れを祓うことはできない。だが、ここまで狡猾に動いた例なんて、聞いたことがない。まるで誰かに操られているみたいだと、人為的なものを感じる。それはきっと俺だけじゃない。クレマチスもアスターも、今回の件を知っている者たちは皆違和感を覚えているはずだ」


 それに、思わずゾクリとする。

 人為的って……下手したら、王都から穢れが蔓延って、そんなの世界浄化の旅を待たずに国が滅んでしまうじゃない。そんな無茶苦茶なことを、いったい誰が……?

 私は身を震わせる中、アルはぽつりと言う。


「……既に人が取り込まれた以上、助けようなんて思うな。殺すのは、俺がやる」

「……ごめんなさい。私の世界だったら、人を殺すなんて、簡単に出てこないから」


 私の言葉に、今度はアルが驚いたような顔で、目を瞬かせた。


「お前のいた場所っていうのは、そんなに人がいないのか?」

「ひ、人がいないんじゃなくって……人を殺すっていうのが、なかなか大変なんだよ……少なくとも、人を殺すことは重罪になってるから」

「そうか……」


 アルは少しだけ考え込むような顔をした。


「お前が甘いのは、多分そういうことなんだろう」

「……ごめんなさい」

「謝らなくっていい」


 なんでこの人、リナリアといるときのほうがデロ甘なのに、ときどきそんな風に扱ってくるんだろう。

 私は見た目がリナリアなだけで、全然中身は違うんだけどな。

 そうこう言っている間に、近衛騎士の甲冑が集まっているのが見えた。王城は広いから、休憩スペースが点在しているって、メイドさんたちから聞いた。

 あそこで集まっている人たちは、城壁の見回りや結界の確認をする人たちらしい。

 私はその人たちが集まっているところに行こうとして。

 なにかチリチリしたものが肌を走るのに気付いて、思わず腕を取った。腕にはポツポツと鳥肌が浮いてしまっていた。


「……どうかしましたか?」


 アルは近衛騎士の手前、私にリナリアに対しての声をかける。それに私は「ええ……」と口裏を合わせる。


「……寒い、です。あちらが」


 こちらのほうを気にせず背を向けている近衛騎士たちは、全員で六人。

 どの人たちもアルと同じく背が高く、細身ではあっても首が太目で、甲冑を纏える程度には体が出来上がっているんだろうなとは傍からでも想像できたけど……。

 ひとり、なにか違和感を覚えるのだ。

 銀髪はこの国だったらあまり目立つ髪色ではないけれど。その髪色が、私にはときどき黒がぼやけて見えるのだ。

 この違和感をどこかで……思わず寒気を感じながら記憶を探り……思い出した。研究施設の最奥にいた、あのガス人間だ。

 私は短くアルに伝える。


「……銀髪の人。あの人が、穢れ……」


 その言葉で、アルは私の手を掴むと、小指の指輪に伝える。


「穢れを見つけた。場所は王城北西近衛騎士駐屯地」


 そのまま、こちらに足を踏み入れると、銀髪の近衛騎士はすっと目を細めた。


「なんですか? ここをどこだと思っていらっしゃる。王の前ですよ」

「……既に入城許可はいただいている。少し話をしたいんだが、よろしいか?」

「残念ながら今は任務中で」


 のらりくらりと交わしてくる近衛騎士が憎い。こんなところで大乱闘をはじめたら、そっちのほうが大事になってしまう。

 メイドさんたちに至っては、穢れが入城していることすら知らないのに。

 どうにかして穢れだけにして、近衛騎士を離したいけれど……。私たちはギリギリとしていたところで、声が聞こえた。声とはいっても肉声ではない。おそらくは象徴の力で拡声器みたいに使っているんだろう。


『侵入者! 各人持ち場についてない者たちは王城南西駐屯地に集合せよ!』


 その声は、どう聞いてもアスターのものだった。おそらくは、どこかの近衛騎士と取引でもしたんだろう。こんな声、部外者の私たちに聞かせてもしょうがないものね。

 その声で、近衛騎士たちは困惑したまま、その声の場所に集まろうとする。それに乗じて走り去ろうとする銀髪の近衛騎士に、アルは足を引っかけた。そのままつんのめりそうになりつつも、体勢を整えようとする彼に、アルは袖から短刀を取り出し、その柄で首を狙う。

 ……切ろうとするんじゃない。一瞬声を詰まらせて、そのまま悲鳴を上げられないようにするためだろう。

 私は他の近衛騎士たちが立ち去ったのを見計らってから、象徴の力でナイフを取り出した。

 人払いが済んでから、銀髪の近衛騎士がゆらりと瞳を揺らす。そのねっとりとした瞳の色は、とてもじゃないけれど騎士のものではない。あのガス人間のときのような、得体の知れない気味の悪さを覚えて、思わずぞっとする。


 ──ヨクワカリマシタネ、私ノコトヲ


 肉声ではない。穢れがこちらに言葉を伝達してきているんだ。あのときの、ガス人間と同じく。私は思わず表情を固まらせている中でも、アルは短刀をかまえる。

 そのまま短刀を投げるものの、近衛騎士の剣のほうが早く、短刀を弾いた。

 でもアルは素早く自身の大剣を抜くと、そのまま近衛騎士の胴をなぎ倒そうとばかりに薙いだ。それを近衛騎士が受け止める。

 ガンッ、ガンッ、ガンッ……。

 その鍔競り合いの音が心臓に悪い。私はどうにかナイフを投げたくとも、私の腕だったら間違ってアルにも当たりかねない。

 グルグルしつつ、私はナイフをかまえているものの、時間切れで象徴の力のナイフは形を失くして消えてしまった。


「リナリア様……! 力を!」

「い、いったいどうすれば……!?」


 アルから檄が飛びつつも、私はどうすればいいのかがわからない。

 穢れのついた近衛騎士の動きは、獣じみていて変則的な動きをする。剣を使って戦っているはずなのに、正統派なアルの動きをギリギリのところでかわし、軽装なアルを薙ぎ払おうとしてくる。そのたびに、彼の服が裂け、切れ、ときおり血が滲む。

 そう言われても……私が困り果てていると、アルが言う。


「研究所の……!」

「……研究所の。あ」


 そこで気が付いた。アルの剣には、なんの変哲もない。穢れの憑いている近衛騎士の動きはおかしいけれど、彼は岩砂漠で戦った穢れとはちがって、なにか属性がついているわけでもなさそうだ。

 研究所でもそうだったけれど。

 ……穢れは、光には弱い。

 私は見よう見真似でやったクレマチスの聖書詠唱……閃光レイを思い浮かべる。私が使っても、クレマチスみたいに聖書を詠唱して、意味を理解して使っているわけじゃないから、力は半減以下になるけれど、それでもアルの剣に光を付加する程度には、できる。

 頭の中で思い浮かんだそれを手に広げる。そのままアルが近衛騎士を吹き飛ばすように大剣を一閃させると、私の方にその刃を寄せた。

 私はその刃に触れ、その光を込めた。

 あのときと同じく、剣は光を得て刀身をきらめかせた。

 そのままアルは、再びその剣で近衛騎士を薙ぎ払おうと剣を振るう。


 ──巫女ハ、着実ニ力ヲツケテイル。結構結構


 にたり、と笑いながら言うその言葉に、私は違和感を覚える。

 アルも言っていた、人為的に穢れが王城に入ったということ。王都が閉鎖されて、シオンは指名手配されて追いかけ回されている。

 これだけ迷惑がかかっているにも関わらず、メイドさんたちは状況を完全には把握していないし、王都が穢れによるハザード状態になるなんてことも起こっていない。今はこうして個別で戦っている。

 この違和感ってなんだろうと思っていたけれど。

 まるでこれ……乙女ゲーム以外のRPGはあんまりしたことがないけれど、まるでチュートリアル戦闘そのものじゃないか。

 ちゃんとした戦いで、私はせっかく覚えたことをなかなかできなかったりするけれど、アルが戦場でも冷静でいてくれたおかげで対処できた。

 でも……。

 私はだらだらと冷や汗をかいていた。

 この「ありえない」って状況を「ありえる」ように起こした人に、心当たりはあるけれど、信じられないし、正直信じたくない。

 アルが、その近衛騎士にとどめを刺すと、近衛騎士はまたもケタケタと笑った。


 ──ソレデイイ ソレヲ忘レルナ


「……なにを言っているんだ」


 アルからしてみれば、あまりにも場違いなセリフを吐き出す近衛騎士が不気味でしょうがなかっただろう。

 私は私で、ヒヤリとしたものを感じたまま、立ち尽くしていた。


 ……こんなことがさも「ありえる」ようにできる人なんて、リナリア以外にいない。

 でも。今までもおかしなことはしていたけれど、今回のおかしさは桁がちがう。

 王都ひとつを巻き込んでこんなことして。しかも、この近衛騎士さんはただ、王都のために戦っていただけなのに、穢れを取りつかせた挙句に、放つなんて……。

 一番のとばっちりはシオンだ。シオンに至っては冤罪なんだから。

 どうして? なんで? なんでこんなことをしたの? する必要があったの?

 あの人は、私をここに呼んだのは、誰も死なないルートを生成するためだって聞いていたのに。名前のない人だったら、どうでもいいの?

 そんなのって……そんなのって。あんまりじゃないか。

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