1.まりえとマリエ
「え!! わたし、マリエちゃんになってるじゃん!!」
鏡に映ったピンクの髪の美少女が叫んでいる。鏡の前に座ってるのはわたしなのでこの美少女がわたしということになる。
わたしの名前は安彦まりえ。25歳の平凡なショップ店員だったんだけど、えーっと確か久しぶりに会った彼氏と駅のホームで口論になって、うわ……あいつわたしのこと突き飛ばして来たんだけど。ありえない。線路に落ちて、電車が向かってきて……ひーっ! 電車止めると弁償凄いんだっけ? 誰が払うんだろう!!
「いや、それどころじゃないよね。わたし、死んだの? だったらこれ、よく聞くゲームの世界に転生ってやつだよ、ほんとにあるんだ!」
さっきわたしは自分のことをまりえじゃなくてマリエちゃんって言ったと思う。それは同人乙女ゲー「ノーマニー×アルケミー」の主人公、マリエちゃんのことなんだよね。文字は同じだけどわたしの「まりえ」は「ヒラメ」と同じ発音、ゲームの「マリエ」は「カレイ」と同じ発音です。覚えといて、テストに出るよ。いやなんのだよ。
「え~、なんでまたあのゲームに……?」
ノーマニー×アルケミーはわたしが大学生の時になんとなくプレイした乙女ゲー。普段は男性向けで活動してる同人サークルが一個だけ出した女性向けゲームで、普通の乙女ゲーとちょっと毛色が違うんで物珍しさで買ったやつ。別にこのゲームがめちゃくちゃ好きだったとかやり込んでたとかそういうことではない……。こういうのって普通大好きな乙女ゲーに転生するんじゃないのかよ。
「まあ……あいつがオタク女嫌いでパソコンのゲームやるのやめろとかいうからつきあってからもうずっと乙女ゲー自体やってなかったけどさあ……」
それはそれとしてこれどんなゲームだったっけ。確か鏡がステータス画面兼セーブポイントだったはず。見なきゃ。ゲームの時は自宅の鏡の前でエンターキー押すだけでステータス画面開けたはずだ……。
こうかな、と直感的に鏡に触れると、鏡が光ってスマホみたいに文字が浮かんだ。これでいいんだ。
「マリエ・ス・カラカン、18歳。称号:新人錬金術師」
思い出してきた。男性向けの同人ゲームのほうではあるあるの錬金術師がなんらかの借金を返すゲームだ。嘘でしょ? わたしってば転生、即借金持ちなの?
それだけじゃない。わたしは自分が錬金術師マリエ・ス・カラカンだとわかった瞬間からヒリヒリするような嫌な予感に苛まれ始めてる。
「このゲームってたしか……攻略対象は二人しかいなくて……」
ノーマニー×アルケミーは18禁の同人乙女ゲー。その特色は攻略対象が両方悪い男で、そして、めちゃくちゃ絶倫だって言うことだ。何それ。バカじゃない? いや、確かに個別エンディングは大変エロうございましたよ……? 確か片っぽのエンディングでは子供を12人産まされてて、もう片っぽのエンディングでは毎日朝から晩までベッドから出してもらえないまま人生を終える……。
「死ぬだろ!! ゲームだからってさらっとバカの人数を設定するんじゃない! 残りの人生ずっとベッドも無理!!」
わたしは自分の頬を平手でパンと叩いた。痛い! 痛覚あり!! 特に現実と変わらない! ってことは子供12人とか産まされたら身体ボロボロになっちゃうんだよ!
「絶対回避しなくちゃいけない……! 今ってこのゲームのどのあたり? 一日目? てか何時?」
部屋の時計にちらっと目を向けると秒針は止まっていた。ステータス画面見てる間は時間が止まるのか。考える時間をもらえるってことだな……。えっとまずこのゲームのオープニングから。
マリエ・ス・カラカンは錬金術師の両親から産まれた生粋の錬金術師の血筋。そしてその両親は昨日事故で二人ともお亡くなりに。一人で工房を切り盛りしなきゃいけないって時に借金が発覚するんだ。でその取り立てをするのが一人目の攻略対象。一応誰とも恋愛関係にならずにこの人に借金を全て返し終わったらノーマルエンドで終われる。
個別エンドはイコール衰弱死か腹上死だから絶対なしなのは前提として、借金返せないバッドエンドも娼婦に落ちて身体で返すことになるんで身体ボロボロコース。なし。
「あ、思い出した。ノーマルエンドのエンディングって確か……」
ノーマニー×アルケミーは乙女ゲー転生ものが流行ってから出たゲームだからか、ノーマルエンドで急にそれを擦るんだ。実はマリエちゃんもそもそも異世界から転生してきた娘で、借金返したタイミングで急にそれを思い出して、どうやったんだか元の世界に帰るってエンディングだった!
「じゃあノーマルエンドに行けば帰れるんじゃん! これしかないね!」
方針は決まった。あんまり時間止めすぎると早く老けそうで嫌だ。自分が死んだかもしれないと思うと落ち着かないものがあるけど、わたしのゲームを開始しなくては。まずはいつでもここに戻ってこれるようにセーブを……。
「嘘でしょ!? セーブ画面がない!!」
セーブができない! ってことは失敗しても戻ってこれない! うっかり詰んだら死!!
「まじかよ~……。でも仕方ない。転生しちゃったもんはもう……。やるしかない」
立ち上がって、ステータス鏡を閉じた瞬間、呼び鈴が鳴った。
「来た……!」
そういえばここはマリエちゃんの自宅兼工房なのだが、わたしが自分の足で実際にうろつくのは初めてなのにまるで元々の自分の家のように肌になじむ。何度も捻ったように感じるドアノブに手をかけ扉を開けると予想どおり、一人目の攻略対象が玄関に入ってきた。
「やあマリエ。葬儀の翌日で申し訳ないとは思うけど大事な話があるんだ」
「うーお、顔がいい……」
「マリエ?」
銀色の髪がキラキラ輝くアイドルみたいなイケメンを間近で見て、わたしはつい思ったことをそのまま口に出してしまった。しょうがないじゃん! わたしだってイケメンが好きだから乙女ゲームとかやるんだよ! 清潔ですっごく優しそうで、王子様みたいだよ、でも中身はそうじゃないってわたしは知ってる。 しかし、顔がいいな……。
「あ、ああ、ええと。どうしたの? ワルブレヒト兄さん……」
ワルブレヒト。マリエちゃんの錬金術の兄弟子。別の街で成功した錬金術師の一人息子で、修行のためにマリエちゃんのお父さんに師事していた……。このワルブレヒトの実家に両親がした借金をわたしはこれから返していかないといけないわけだ……。
家に入ってきたワルブレヒトはわたしが今思い出した通りの借金の説明をし始める。
「と、いうわけなんだ。だから師匠の代わりに君がうちにその借金を返す義務がある」
「あの……、借金っておいくらまんえんでしたっけ……」
「まんえん? 疲れているのかな。おかしなことを言っているね。君の借金はね、100万マニーだよ」
マニー! 100万マニーって高いのだろうか……。借金返済ゲームが成立するくらいには高いはずだ。あとで物価確認しておかなくちゃ。
「ああ、君はまだ独り立ちする予定じゃなかったのに一人でこの工房を切り盛りして借金まで返さなくちゃいけないだなんて、動揺して変な言葉を口走ってもしょうがないよね。かわいそうに」
ワルブレヒトはなんだか一人で勝手に喋って勝手に納得している……。
「僕には親が決めた婚約者がいるけど、どうしても借金が返せなくなった時は、君が僕の愛人になるのなら親に口を利いてまけてあげてもいいからね。その気になったら言うんだよ」
「うひぇ……」
うわあ、クーズい! よく見る悪役令嬢と婚約してるのにヒロインちゃんと真実の愛を見つけちゃう男に引けを取らないくらいクズい! なのに声がばちくそにイケてるからちょっと顔がにやけちゃったよう! 駄目です。もしエンディングが確定しちゃったらわたしこいつの子供12人産まされるんだよ? なしなし!
「いえ、借金は頑張って返すわ。これも錬金術師としての試練だと思って頑張るから」
「ふうん。そう。時々様子を見に来るから。次に来た時に1万も溜まってなかったら、愛人だからね」
「ふぎゅい!」
かすれ声でとんでもないことを言って最後にわたしの耳たぶをぺろっと舐めてからワルブレヒトは帰っていった。それだけなのに私の全身はかあっと熱くなってぷるぷると震えている。
(やばい……体がエロゲー仕様で激チョロにされてる……)
もうエロゲーって言っちゃうけどさ! こんなんでキスとかされたらどうなってしまうのか! 絶対されないようにしなくちゃ! 前途多難だよ!
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