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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第27話 召喚魔法(1)

 例によって例のごとく、スポーツバッグにリーリアとユナを詰め込み、悠々と空を駆けるリオン。

 向かうは王都。

 魔王という存在を受け入れてもらえるかという心配はあれど、旅路は順調そのものだ。


 ただ、幾度かの休憩を経たこともあり、すでに陽が陰り始めていた。

 近くに街でもないかと考えていると――。


「――崩れろ!」


 不意に聞こえた叫び声と共に、下方よりなにかが迫ってきた。

 はっと視線を向けると、それは土の塊。

 まるで火山の噴火のように土が盛り上がり、リオンたちの行く手を阻もうとしていた。


「な、なんだ?」


 リオンはとっさに飛行ルートを変え、徐々に低空飛行へと切り替えた。

 土が届かないほどの上空を飛ぶという選択肢もあったが、土の塊の最上部がグネグネと動いていて、どこまでも追いかけてきそうな気配を感じたのだ。


(もしかして……魔王か?)


 土塊の発生源を探るため視線を地上に向けるが、砂煙で良く見えない。


(リーリアとユナをぶら下げながら戦闘ってわけにはいかないよな。ここは地表に降りて相手を叩くか……)


 覚悟を決めたリオンは、ゆっくりと高度を下げていく。

 それにつられるように土の塊もだんだんと萎びていき、今では普通の地面との差が分からなくなっている。


 リオンは地面に降り立った。

 眼前には魔法を放った人物の影。


 男だ。ガウシバほどではないが、その男もまた偉丈夫だった。

 年齢的には30を越えているだろう。

 精悍な顔つきにゆっくりと落ち着いた所作で、威風堂々という言葉がよく似合う。


 男は自身の背丈より大きな剣を背負っていて、その大剣の柄に手を掛けながら鋭い瞳でつぶやく。

 

「ほう。王都に向かって飛んでいく魔族がいたゆえ、撃ち落としたが……思いのほか大物が掛かったな」

 

(ちっ……こいつ魔王の姿を知ってるのか)

 

 リオンは内心で舌打ちをした。


 元の姿であればたとえ空を飛んでいたとしても、勇者リーリアの手で浄化された魔族だと言い張ることもできただろうが、この魔王の姿では信じてもらえるかはかなり怪しい。


 とはいえ今さら姿を変えても、かえって怪しまれるだけだろう。

 それになにより、相手が本当に人間かどうかも分からない。

 

(……あまり魔王っぽくも見えないけどな。でも変身できる以上、演技の可能性はある)

 

 警戒を続けるリオン。

 そんなとき、身をよじってスポーツバッグから飛び出したリーリアが、リオンの前に立ち両手を広げて叫び出した。

 

「待ってください! 貴方はクロウでは!? 私はリーリア! リーリア・ハルベルシア!」


「……!」


 男の瞳が動揺で揺れた。

 その反応を見たリーリアは落ち着きを取り戻し、自身の胸に手を当てゆっくりと語り掛ける。

 

「私が保証します。この者は魔王ではありません。むしろ我々人類にとって、心強い協力者なのです」

 

「……なるほど、たしかにリーリア姫とユナ姫に相違ないようだ」


 重々しく頷く彼の視線は、のっそりとスポーツバッグを出たユナに向けられている。

 否――彼女の黒い髪に。

 

 男は目を細め、低くつぶやいた。


「――ただし、支配されているようだが」


(……主従契約に気付いたか。そりゃ怪しく見えるわな)

 

 クロウと呼ばれた男の表情は冷淡で、こちらに対する不信感がありありと出ていた。

 彼は大剣を右腕一本で抜き放つと、その切っ先をリオンにまっすぐ向けた。


「王都じゃあ、王宮魔法使いたちが何重にも張った防御シールドを突破されたと大騒ぎだ。それをやったのは魔王、あんただな?」


「……防御シールド?」


(そういや召喚魔法で、王都にいたユナが呼び出されたとかいってたな。よく分からんが、その時に王都を守るシールドを突破したとかそんな感じか……?)

 

 リオンがこの身体を乗っ取ってから一週間以上が経っている。

 恐らくクロウは、ユナを捜索するために王国から派遣された捜索メンバーのひとりなのだろうとリオンは思った。


「クロウ。私たちは和平交渉のため王都に向かっています。もはや魔族と我々人間が対立する意味などないのです。すべては人類と魔族の講和のため、どうか邪魔はしないでください」

 

「なるほど、なるほど。当然次の狙いは王都ってわけだ」


 顎を撫でながら薄く笑っている。明らかに不信の態度だ。


「……クロウ。嘘では無いんです。我々は――」


 リーリアは必死に訴えかけているが、この様子では聞く耳を持ってもらえないだろう。


(……ここまでのやり取りを見た限り、このクロウとかいう男は魔王じゃない気がする。しかしそうなるとかえってダルイな)


 リオンはふたりの会話を聞き流しつつ、対応策について考えていた。

 一番楽なのは、この男を無視して王都に飛び立つことだ。

 空を飛べるのは魔族だけなので、クロウを置き去りにして悠々と王都にたどり着けるだろう。

 ただ、そういった雑な対応が将来の火種になりうることを考えると、必ずしも良策とは言えない。


(なんか説得材料はないか? こんなどうでもいい状況で戦闘はしたくないし……)

 

 と。

 

『面倒なことになってますね』


『……っ!』

 

 背後から声が聞こえ、思わず身をすくませるリオン。

 声の主が誰かはすぐに分かったが、突然だとさすがに心臓に悪い。


 リオンは密かにため息をついた。

 

『ベル。いつのまにいたんだ』


『ついさっきです。浮遊島が移動していることに気付いて慌てて追いかけてきちゃいました。まあ結果的に問題はなかったみたいですけど……それより、あの人』


 ベルは半透明の身体のまま、クロウを指さした。


『あの人のことは、あちこち捜索している間に見かけて知ってるんですけど……もともとは聖王国の騎士団長をやってた人で、敵の呪文を封じる【封魔】の技の使い手なんです。舐めてかかると酷い目にあいますよ』


『呪文を封じる……?』


 聞いただけでも厄介だ。

 リオンの身体は魔法抜きでも頑丈でたいていの相手には負けない自信があったが、退魔に秀でるという聖王国の人間にもその自信が通用するかはいささか心もとない。


(多分勝てるとは思うけど、戦闘経験の差は否定できないもんな……)


 眉をひそめるリオンにベルは頷いてみせた。


『でもこの特殊ボディって呪文が無くても魔法が使えるんです』


『ほう! 無詠唱魔法ってやつか』

 

『まあそうです。ただどちらにせよリオンさんは、使い方がよく分かってないと思うんで……そこでわたしの出番です』


『……もしかして、俺と入れ替わるのか?』


 リオンの声が自然と沈む。

 

 ベルは導き手なので魂になっても死神に連れ去られることはないだろうが、リオンはそうはいかない。

 というより、死神に連れ去られないよう仮の肉体に入ることになったのだから、それでは本末転倒としか思えなかった。


 しかしベルは飄々としたものだ。

 リオンの目の前で、自信満々に胸を張ってみせた。

 

『いえ、そんなことする必要はありませんよ。この管理用ボディは特殊な構造をしていて、魂の2人乗りができるんです』


『魂の2人乗り……!?』


 意味の分からない言葉を聞いて、リオンは衝撃を受けた。

 

『ちょ、ちょっと聞いたことが無い概念なんだが……それって要は多重人格みたいなことか?』


『いえ全然違います。いまリオンさんがいるのはその身体を動かす中心部、いわばメインエリアなんです。意識はしてないと思いますけど』


『……たしかに魂がこの身体のどこにいるのかなんて考えたことも無かったな』

 

『そしてそれとはべつにサポートが行えるサブエリアがあって、わたしはそこに入るんです』


『なんでそんな機能が……』


 首を傾げるリオンに、ベルはサラリと告げる。

 

『導き手候補を訓練するときのためみたいですね。でも今はそのあたりの説明は割愛します。ちょっと失礼して……』


『……ん』

 

 どうやら乗り込んできたらしい。

 感覚的には特に違いは無いが、そう言われてみるとちょっとだけ窮屈になった気がした。


 そんなとき前方から聞こえてくるのは、ザッと砂を蹴る音。


「リーリア・ハルベルシア。妹を守るために魔王を討伐すると言って出ていったな」


 どうやらふたりの言い合いは続いていたらしい。

 クロウは足音高くリーリアに歩み寄ると、大剣を構え闘気をみなぎらせている。


「――裏切ったんだな、人類を」


「違う! 私は――」


「いいや、責めてるわけじゃない。優先順位の問題なのは分かってる。リーリア姫にとっては、世界すべてよりも妹御(いもうとご)のほうが大事だった。そういうことだろ? ……そんな危うさは常に感じていたさ」


 同情らしきものを表情ににじませつつも、男の闘気はよどむことが無い。

 まさに一触即発の雰囲気だが。


「待ちたまえよ!」

 

 リオンはそんなふたりの間に割り込んだ。

 そもそも戦闘にならずに済むのなら、そのほうがいいのだ。

 どれほど恐ろしい魔法をもっていたとしても、状況をきちんと説明して納得してもらえるのなら、それにこしたことはない。

 

 リオンはコホンと咳払いして、いかにも紳士然とした口調で語りだす。

 偉い人と交渉する時のために、あらかじめきちんと話そうと心構えをしていたので、彼の準備は万全だった。

 

「まったく、君は先ほどから聞き捨てならんことを言うね。まず何よりも先に言っておきたいのだが、私はかつての魔王とは別人なのだよ。2代目魔王とでも思ってもらいたい。むろん先代のように、邪悪な考えなど一切持っていない、根っからの平和主義者さ」


 リオンは言いながら、ローブの首回りのしわを正す。

 そしてステッキを振るような気分で右手でリーリアを示した。


「君も知っているようだが彼女たちは聖王国の生まれで、相手の魂が見える特殊能力を持っている。だからこそ私が、あの悪しき魔王とは別人だとすぐに見抜き、信頼を寄せてくれたというわけだ。そんな彼女たちの協力を得て私は、人類と魔族との共存の道を歩もうとしている。それなのになんだね、この仕打ちは。話をろくすっぽ聞かずに剣を向けて(なじ)るとはあまりに酷いじゃないか。頑張っている私たちに対してあまりにも酷だ」


「……」

 

 男は胡散臭いものを見る様な瞳で、リオンを見つめる。

 

「ならばなぜ主従契約を交わした? ユナ姫を従えているのはあんただろ?」


 リオンは真っ正面から男の視線を受け止めた。

 答えることに躊躇はない。

 間違いなく聞かれるだろうと思っていたので、すでに回答を準備していたのだ。

 

「ユナ君は、先代の魔王の手にかかり命を落としてね。しかしその直後、私が魔王の身体を乗っ取った。……詳細については聞かれてもよく分からん。まあ、事故が起きたとでも思ってくれたまえ」


 そして、軽く微笑みながら言葉を続ける。


「善良な私はユナ君の命が失われたことに気付き、即座に救おうと魔法を使った。それがのちに主従契約と呼ばれるものだったと分かったが、そのときはなにも知らなくてね。方法は他にもあったのかもしれんが、当時のわたしにはこれが精いっぱいだったのさ。彼女の命をよみがえらせるためにとにかく必死だったことは、君にも理解してもらいたいものだね」


「命を……蘇らせる……」


(ん?)

 

 男のその表情は、今までとは明らかに違った。

 急に意識が遠のいたような、思い出したくない過去が脳裏によぎったような、そんな反応。


(こいつ……もしかして……?)


 リオンは察した。

 彼が騎士団長を務めていた聖王国は滅んだのだ。

 そこに大切な人がいたとしても不思議ではない。

 むしろ当然だ。

 

「じ、事実です!」


 押し黙るふたりを見て我慢ができなくなったのか、リーリアが必死に叫ぶ。


「リオンさんが生き返らせてくださらなければ、私はユナをこの手で抱きしめることさえできなかったのです! そしてリオンさんは、ダルルグの街を魔族から解放しました。今あの街は、人々と魔族が平和に暮らす場所になっています! 一目見れば、クロウにもそのことが分かるはずです!」


「……リオン?」


 クロウの何気ないつぶやきに、リオンは応える。

 

「私の名前だ。堂島リオン。……実のところ異世界の人間でね。この世界の事情には明るくないんだ。事前に知ってたら、主従契約なんかしなかったさ」


「……」


 ありったけの手札を注ぎ込む場面と思ったが、反応は芳しくない。


「確かにそれらしくは聞こえるな。……まったくもって腹立たしい」


 そのつぶやきは、決裂の前兆としか思えなかった。

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