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のっとり魔王の冒険譚  作者: 阿井川シャワイエ


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第21話 絶望の街ダルルグ(3)

「貴様、絶望を知りたいと言っていたな」


 リオンは、ごく普通の若者にしか見えないラバンカを見つめた。

 返ってきたのはやはり元気に満ちた返事。

 

「はい! 俺も魔族の皆さんのために、出せるものなら出したいんです! でもなかなか俺の心が折れてくれなくて!」

 

「大丈夫だ、すべて俺様に任せろ。病は気からという言葉がある。自分自身の身体さえ騙す名演ができれば、自然と貴様は絶望を吐き出すことになるのだ」


「はい! がんばります!」


「よし。ではまず質問だ。お前にとって演劇はとても大切なものだな?」


「はい! もちろんです! でも皆さんに街を占領されてしまってからは、全然舞台に立てず……」


(こいつの年齢を考えると、魔族の占領期間はせいぜいここ数年。まあ本人が3年前まで劇場にいたっていってるし、そのあたりから始まった感じか? もちろんそれでも短いとは言えないが……)


 リオンはそんなことを考えつつ、頷きを返した。


「そうか。ならば俺様が、この街で舞台をやる許可を出してやろう。むろん客を入れて行う本格的なものだ」


「ほ、本当ですか!?」


 喜びに満ち溢れた男の表情を見ながら、リオンは冷静に告げる。


「本当だ。ただし――その舞台にお前は立てないが」


「……え……!?」

 

 彼が真顔になった、その瞬間をリオンは見逃さない。

 ピッと勢いよく指差した。

 

「それだ! 今お前が感じているもの、それが絶望の切れ端! 絶対に逃すな!」


「は、はい! きっちり捕まえました! まだ心の中にこのモヤモヤがいます! なんかこう……すごくモヤモヤします!」


「よし、いいぞ! これからふたりで協力して、そいつをゆっくりゆっくり引き揚げてみよう。焦る必要は無いからな」


「はい! やってみます!」


 やたらと威勢のいい返事に頷きを返してから、リオンはゆっくりと言葉を紡ぐ。

 

「想像しろ。俺様はこの街で最高の舞台があると聞き、客席に座り鑑賞している。そこはお前にとっても馴染みの劇場で、舞台上には今までお前が苦楽を共にした演劇仲間がいる。皆が笑って成功を喜び合う――けれどそこにお前はいない」


「な……なんでですか」


「俺様が見たいのは最高の舞台と言っただろう。この街で最高の舞台を作るうえで、お前は不要なのだ」


「そんな……!? 魔王様も俺の演技を見れば、きっと――」


「いや、見たとしても答えは変わらない。なぜならこれはいやがらせで言ってるわけじゃなく、明確な理由があるからだ」


「明確な……理由?」


「そうだ。最高の舞台を作るうえで、チームワークを乱す人間は不要だ。だから周囲の人間に嫌われる人間はいてもらっては困る。例えば――魔族に協力するお前のような人間はな」


「……え」


 呆然と。

 それはまるで、予想もつかないタイミングでいきなり頬を叩かれたかのような、呆けた表情。

 けれどリオンは察した。それこそ魂の揺れが見えたように思った。


(想像してなかったってことは無いな。こいつ、分かっててやってる。なるほど、演技に自信があるわけだ)


 リオンは薄く微笑みながら、静かに言葉を続けた。


「当然だろう。この街の人間は飢えている。にもかかわらず、お前だけは飢えとは無縁で元気いっぱいだ。そのうえ家族も健在。……実に恵まれた立場だな」


「それは……俺がたまたま食堂の息子に生まれて……残飯にありつけたからで……」

 

「かもしれん。だが他の連中は、そうは思うまい」

 

 顔を近づけ、そっと囁く。


「この状況だ、かつての仲間との交流は途絶えているのだろう? 演劇が再開されると聞いて初めは再会を喜んでいた連中も、お前の姿を見た途端、よそよそしくなる。明らかにひとりだけ健康状態が違うからだ。魔族に贔屓されているとしか思えない元気いっぱいの態度を、誰もが疑問に感じる。いったいなにをしたらこの男のような立場になれるのかと。そして誰もが同じ答えにたどり着く。――こいつは良心を魔族に売ったのだと」


「……!」


「ましてお前が望んだ通りに、舞台の幕が開くことになったのだ。いったいどんな手段を使ったのか疑念を抱くのは当然だ。お前は他の人間の恨みを買う。間違いなくな」


 自身の言葉が響いていることを確認しつつ、リオンはささやきを続けた。


「お前が舞台に立てないのは能力のせいでも怪我や病気のせいでもない。ただ不要だからだ。お前の才能はみんな知っている。舞台に掛ける情熱も。それでも嫌われ者のお前はいらない。たとえこの街が魔族から解放されたとしても、お前が舞台に立つ日は2度とこない。魔族に協力したおまえは、忌々しい存在として闇に葬られる」

 

「そんな……協力なんて俺はしてない……」


「実際にどうかなんてことは関係ない。お前の意志とは無関係に、周囲の人間どもが勝手にそう思うだけだからな」


「…………」


「不思議だろう?」


 ラバンカの揺れる瞳を見つめつつ。

 

 リオンも今では確信していた。

 自身の考えは間違いなく真実を射抜いていると。


 だからそっと顔を寄せ、その言葉を口にする。


「――魔族を騙すほどの名演を見せたお前が、肝心の舞台には立てないのだから」


 ハッと顔を上げたのはダルルーグだった。


 ラバンカは顔を伏せている。

 リオンはさらに言葉を続けた。あくまでも無感情に、事実を突きつける。


「お前の演技、確かに見事だった。狂気を装い魔族の興味を失わせるという発想は素晴らしい。実際の所、我々が人間に暴力を振るうのは、あくまでも絶望を生み出すため。絶望を生み出す見込みがゼロであれば、わざわざやる必要は無い。それはたしかにそのとおりだ。しかしだからといって暴力を受ける最中にも笑顔を絶やさず、前向きな返事を続けるというのは、並大抵の根性ではあるまい。まさにプロの振る舞いで、驚嘆に値する。だが――その演技に関する類稀なる才能こそが、お前を舞台役者として殺す引き金になってしまった。実に皮肉なことだ」

 

「……俺は……舞台に立てない?」


「そうだ。一生立てない。たとえお前が絶望を知ったとしても、それを活かす機会は永遠にこない」

 

 きっぱりと言い切る。

 すると、彼の全身が小刻みにプルプルと震え……。

 

「なんでだよ!」


 ついに決壊した。

 今まで浮かべていた笑顔は完全に消え失せ、そこに浮かぶのは怒りのみ。

 

「俺はこの立場を実力で勝ち取ったんだ! 魔族さえビビらせるようなずば抜けた演技を、まさしく命懸けでやり遂げた! 当然筋書きなんて無い、全部アドリブだ! なのにくだらねえ嫉妬をしやがって! 食うに困ってるのは、てめえらがアイディアも実行力も無い愚図だからだろうが! なんで俺が恨まれる! 恨むんなら自分の才能の無さを恨めよ!」


「そうだ、それだ! いいぞ、その感じをもっと膨らませていけ! 絶望しろ、絶望!」


 今にも舌なめずりしそうな魔族たちを横目で見つつ、リオンはその辺に落ちていた新聞紙を丸めて机に叩きつけながら、煽りに煽る。

 だからというわけでもないだろうが、ラバンカは天を仰ぎ威勢よく吠えた。


「くだらねえくだらねえくだらねえ! 俺だって自分がやってることが正しいなんて思ってねえさ! 身内が殴られても笑顔でニコニコ笑って、隙を見てパンをかすめ取って、家族に分け与えて――情けなさで死にたくなったことは数えきれねえよ! でもなあ、人生は舞台だって日ごろ偉そうに講釈垂れてたのはテメエらのほうだろうが! 俺はやってやったぜ! この異常な舞台で一流の演技ってものをみせてやった! 俺の人間性がどんなにゴミカスだったとしても、舞台の上で輝いた以上はきちんとスターとして認めろよ! 俺を崇めてステージの主演を張らせるくらいの度量を見せろや! 一般人の尺度を中途半端に演劇の世界に持ち込むな、だからてめえらは揃いも揃って三流なんだ! 俺の周りにはなんであんなやつらしかいねえんだ! ああああああああ、くだらねえくだらねえ!」


 髪をかきむしり慟哭を始めた青年を見て、リオンは笑顔で後ろを振り返る。

 

「見ろ! このガッツあふれる絶望の姿! どうだ、食欲をそそるだろう!?」


「あ、ああ。絶望に満ちた虚ろな瞳。被害妄想で他人を呪う惨めな言葉。た、たまらねえ。よだれが出てきちまう」


 リオンはそんな魔族に歩み寄ると、その肩にポンと手を置き。

 そして囁く。

 

「いけ。絶望への最後のひと押しを、お前たちがやるのだ」


「い、いいんですか!?」


「もちろん。ただし、暴力はなしだ。壊れてしまうからな」


 舌なめずりをしながらラバンカに近寄っていく魔族たちを見ながら、リオンは背後に下がる。

 

 別に彼らに良いところを譲ったわけでは無い。


 リオンの目的はただひとつ。背後から密かに魔法を放つこと。

 ラバンカから絶望を絞り出す魔法を誰にも見とがめられずにひっそりと放つ。


 幸い店の外にいる魔族も、ラバンカの絶望っぷりに目を離せなくなっているようだ。


(こいつの演技力さまさまだな。この状態なら、絶望が出ても誰も魔法のおかげとは思うまい)

 

 リオンは拳を背後にまわし、密かに力をためた。


 呪文は思い浮かばない。

 けれど適当な言葉の羅列でも魔法が発動してくれるのは確認済みだ。

 なにかそれっぽいことを言えばいい。


 だからこそ大切なのは、タイミング。

 

 断じて呪文の声が目立ってはいけない。

 他の魔族の罵声に紛れるよう、声を合わせて――。

 

「出た! 出やがったぜ!」


「え!?」


 大柄な魔族の叫びに、リオンはハッと顔を上げた。

 魔法はまだ使っていない。

 

 だが、たしかに絶望がラバンカの口からボワッと出ていた。

 それは食堂すべてを埋め尽くしそうなほど巨大な、紫色の塊。


 魔族はざわめいていた。興奮が店の内外を包む。


「す、すげえ! 魔王様の言うとおりだ!」

 

「こんなとんでもない量の絶望、初めて見たぜ!」

 

 魔族たちは揃ってリオンを見ていた。

 それは明らかに尊敬のまなざしだ。


 呆然と立ち尽くしていたリオンは、視線の圧力に押されたように思わず後ずさる。


(うっそぉ……。マジで出んのかよ。ど、どうする? 作戦が台無しだ)


 と。

 

「…………」

 

 背後にいたリーリアが、そっとリオンの背中に手を添え身体を支えてくれた。

 彼女は無言ではあったが、にっこりと喜びの表情を浮かべていて――それを見たリオンはすぐに思い直す。


(いや、そうだ。別に台無しにはなってなくね? というかこのやり方が上手くいくのなら――それはそれで問題なし!)


 リオンは表情をグッと引き締めると、魔族たちの期待に応えるように、握りしめていた右拳をそのまま頭上に勢いよく突き上げた。

 

 そして天を見据え、傲然と叫ぶ。


「我を称えよ! 魔族の王ぞ!」


「魔族の王! 魔族の王! 魔族の王! 魔族の王! 魔族の王!」


 鳴りやまない歓声が、店の内外から響く。


 騒ぎから目を背け調理を続けていた人間たちも、突然の盛り上がりに、わけがわからなそうな表情でパチパチと拍手をしていた。


「魔王様!」

 

 そんな歓声の中、ダルルーグがリオンの足元にひれ伏す。

 彼は額を床にこすりつけんばかりに頭を下げ悲鳴のような声を上げていた。

 

「私がすべて間違っておりました! どうかどうかこのダルルーグめにも絶望を食させていただきたい!」


「ダルルーグよ」

 

 リオンは低くつぶやきながらその場にしゃがみ込むと、彼の背中にそっと手を乗せ。

 そしてささやく。

 

「くだらぬことを言うな。これはそもそも、お前たちのために出した絶望なのだ」


「え……」


 呆然と顔を上げたダルルーグの瞳をじっと見つめながら、優しい頷きを返す。

 

「思う存分に食せ。……今までよく頑張ってくれたな」


「魔王様あああ!」


 堰を切ったように涙を流すダルルーグの背中をぽんぽん叩いてから静かに立ち上がったリオンは、店の外にいる魔族たちにも声を掛けた。


「さあ、いつまでそうしているつもりだ。お前たちも中に入り、絶望を食すがいい。この魔王が許可を出す!」


「うおおおおお!」


 流れ込んできた魔族と入れ替わるように、リオンは人間たちを引き連れ、店の外に出た。


「こいつはたまらねえ! 新鮮な絶望の味だ! いつも以上に美味しく感じる!」


「ああ、ああ、俺はこんなに絶望が甘美だとは今の今まで知らなかった!」


 我先にと絶望にむしゃぶりつく魔族たち。

 巨大な紫色の塊を間近に眺め、涙を流す奴も大勢いた。


 それはあまりにも惨めで、哀れを誘う光景。


(こいつらマジで追い詰められてたんだな……食えないのは辛いもんなあ)


 リオンは店の外で自身の腹を撫でつつ、その状況を眺めていた。


(この絶望の出し方に再現性があればいいんだが……。穏便な方法で絶望が取り出せるとなれば、魔族に暴力的な振舞いをやめるよう主張できる。そうなれば、魔族と人間の共存も可能なんだ。いやもちろん問題は山積みだけど、それでも一番の障害は消える……)


 と、ラバンカがこちらを見ていることに気付いた。

 彼もいっしょに外に出てきたらしい。

 あれほど大きな絶望を出したにもかかわらず、特に体調が悪くなった様子はない。

 むしろ今まで以上に表情が明るいように思えた。

 

 リオンは、彼に手を差しだした。

 今回のことは全て彼のおかげと言ってよかった。

 

「よくやってくれた。これからも絶望に励めよ」


「はいっ! これからも絶望を出せるよう頑張りますっ!」


 何事も無かったかのようにキラキラした顔で握手してくる彼を見て、リオンは思う。

 

(やっぱりこいつが一番怖くない……?)

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