③姉妹のそれから
結果としてダフネは冷遇されなかった。
父は相変わらずダフネへの関心は薄かったが、愛しい女との娘であるはずのアリスに過度に愛情を注ぐ事もなかった。
何かちょっと想像と違ったんだろう、とダフネは思っている。
それでも養子縁組は滞りなく行われ、アリスの母メルトはダフネの義母となり、ここに新しい家族が誕生した。
父は娘二人からは眼を逸らしつつ、メルトとは仲睦まじい夫婦をやっているようだった。
愛した女というのは真実だったのだろうと思う。
なお、義母義妹を受け入れる姿勢を見せたからか、ダフネに無関心だった父の態度が多少軟化した。
まったくの他人行儀から、跡取り娘と現当主の事務的な会話程度は出来るようになり、見ようによっては思春期の娘と気難しい父親くらいには進化しましたよ、と慇懃無礼な家令が失礼な感想を述べていた。
お母さん、あなたが疎んじた父と娘は、一応会話が出来る親子になりましたよ。
ダフネはそうチェバートン家のお墓に報告しておいた、母が喜ぶかは分からないが。
義母となった女は突然愛する男の妻になれた事には多少浮かれていたようだが、実の娘であるアリスは市井に居る頃からあの様子で大分持て余していたらしい。
アリスの興味がダフネに移り懐いたのを見て、娘の世話をダフネに丸投げする事に決めたようだ。
娘の世話を一切任せるという判断をするにあたり、ダフネに対し罪悪感が湧いたのか、悪いわねダフネさん、娘が…と言ってあまりダフネに干渉してこない義母となった。
貴族の茶会の作法など彼女は勿論知らないため、ダフネは普通に頼りにされている。
メルトは食堂で給仕をしていた普通の平民の女であり、夜のプロや愛人稼業の職業女では無かったのだ。
これはダフネも物語の読み過ぎだったのかしら、と反省し、義母の事はきちんと立てる事にした。
そのような事情があるので、ダフネの日常に変化が生じる事は無く、食事もメイドも部屋も待遇も変わらずだった。
一応父親の意向を確認したところ、ダフネが跡取り娘である事実にも変化はないらしかった。
メルトとの間に男児が産まれた場合どうするのか問うた所、その場合でも長子のダフネを跡取りとして優先すると父は断言した。(この国は男女問わず貴族籍は長子相続が認められているが、男児への相続を優先とする家が多いので、これにはダフネも少しばかり驚いた)
父は続けて何よりアリスが家督を継ぐ事はないときっぱり言ったので、そちらは理解していますとダフネは目を逸らして返事をした。
父本人も、アリスは頭はいいが、貴族家当主があの様子では障りがあるから…と目を逸らして言っていた。
あの様子――アリスの探求心と好奇心は、一般的な少女のそれを超えていた。
おそらく市井にはアリスの学習欲を満たす子供も教師も居なかったのだろう。
だが、ダフネはアリスと同じ歳ではあるが、貴族家の跡取りとして何人もの家庭教師をつけられていた。そして、ダフネ自身は自覚していなかったが、同学年の少年少女の中で、ダフネはかなり賢い部類だった。
アリスは、初めて見た自分と同レベルの問答をしてくれる少女に感動し、興奮し、それが義姉になった少女であるという事実を噛み締め、ダフネに対する尊敬の念を順当に募らせていった。
「お姉様、現在隣国の地理を学んでおりますが、我が国との国境の…このあたりが複雑な地形をしているのは何故なのです?」
「ああ、それは歴史が絡んでいるのですよ、経緯を説明します」
「まあっ流石お姉様!」
長身でシュッとした義妹が、自分の知識を頼りにしてキラキラとした尊敬の眼を向けてくる事に、実のところ最近のダフネは気持ちよく…もとい、嵌まってきている。
この伯爵家を継ぐのはダフネなのでアリスはその内嫁に行くのだろうけれど、おねえちゃんがしっかり世話してあげるからね!と決意する程度には。
伯爵家は三方良しに収まり、まあまあ普通に幸せな普通の家族となった。
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16になればアリスとダフネは王都にある学園へ揃って入学する予定だ。
チェバートン伯爵家の半分だけ血の繋がった凸凹姉妹は、学園入学後は名物姉妹として名を馳せる事になるが、それはまた別の話である。