第58話 依頼されたら仕方ない。
Side:結依
迷宮から外に出た私と姉さん。
幼女のメグを肩車した実依と私の眷属ことメグリを連れた私達は小島の状況に呆気にとられてしまった。
「迷宮の外が水没してる!?」
外に出たばかりのメグリが驚愕するほど小島の状態は悪かった。
島の陸地は無くなっていてあちらこちらに土左衛門が浮いていたからだ。
「これは相当な被害だねぇ」
「第零の降下は質量的にも相当だもんね」
「そうなると、これは仕方ない被害かな」
私は迷宮上に人の気配がしたので上を向く。
そこには逃げのびた探索者と住人達が疲れた様子で座っていた。
彼等は水没中に登った者達なのか全員の身体がびしょ濡れだった。
「一応、助かった者達も居ると」
「寸前で気づいたのかもね。大波に」
「迷宮内へ逃げた方が安全だと思うけど」
それに気づいた姉さんはご苦労様と呟いて、
「魔物に殺されるよりはマシと思ったんじゃない? 知らんけど」
私達の足裏に水上歩行魔法を与え水没した陸地に向かって進んでいった。
「え? 水上を歩いてる」
「そういう魔法もあるんだよ」
「凄い、凄い!」
「ほら、行くよ」
「は、はい!」
足許の水面を見ると人魚族が片付けに邁進していた。
海底にもゴミと遺体が大量か。大変そうだな。
すると迷宮上の住民達が私達に気がついた。
「す、水面を歩いて?」
「あんな魔法は見た事が無い」
「何だ、あれ」
「エルフか?」
気づくのが遅すぎると思ったが、
「疲弊していた弊害でしょ」
姉さんの言う通り疲弊しすぎて反応が遅れただけらしい。
だが、今にも呼び止めようと動いているので私は姉さん達に提案した。
「俺達も助けろと言う前に距離を稼ごうか?」
「それがいいね。面倒臭いし」
「面倒臭い! 面倒臭い!」
「メグ。めっ!」
「はーい」
メグリも良い感じでお姉さんしているね。
本来の性格は大人しく優等生だった事が分かる。
それを要らぬ男に纏わり付かれ脅されていたのだからやりきれないだろう。
男性経験も深愛とは異なり不快感を打ち消すつもりで行っていたらしい。
もう少し周囲の目が彼女に対して優しければ別の方法で上書きが出来たかもね。
すると姉さんが地図を開いて思案する。
「ここら辺かな?」
「「「ここら辺?」」」
「ここらへん?」
「実はね教会を探しているんだよ」
「「教会?」」
なるほど。姉さんは教会から飛ぶつもりでいるらしい。
「教会奥に隠された転移陣かぁ」
「あれが手っ取り早いからね」
「転移陣!?」
姉さんは地図魔法と現在地の海中の様子から教会の場所を探し続ける。
「てんいじん?」
「他の場所に向かう便利道具かな?」
「そうなんだ!」
「例の王都を経由して向かう方がいいしね」
「あちらからの方が近いもんね」
転移陣を用いるのは夏音姉さんから放置してきた残り者の回収を依頼されたから。
どうも召喚被害者の中にも邪神の眷属に染められた者達が居たようだ。
「回収予定者は広田先輩、四十万姉弟、内裏兄弟、奴隷と化した陰山と羽山先輩、最後に蜥蜴族の兄妹だね」
「結構な人数が放置プレイと」
「ほうちぷれい?」
「これは覚えなくていいよ」
「うん!」
それを知るに至った理由は実依が回収し姪っ子に届けた事で判明した。
「しかしまぁ、姪っ子が美味しく召し上がった魂魄が染められた者だったとはね?」
処すと思えば本命が召し上がったらしい。
アレも本命から食われて満足しただろう。
「私が統合する前に逃げ果せた事が不思議だったけど、アレも消えたと思った眷属が宿っていたからなんだね。外道の中身がソレだったと」
「邪神の眷属が男系だから女性の魂魄には影響が与えられなかったみたいだね。稀に女性でも男寄りの魂魄を持つ者が居るけど」
「そういう女性が狙われるのかもね、きっと」
それもあってメグリだけは影響外となったらしい。
なお、彼女と一緒に居たとされるババア共の性格から察するに、眷属に食われてしまったようである。年寄りは要らないって事だね。
ちなみに、メグリには私達の素性を明かしてある。
素性を明かさないとこれから起きるであろう様々な事象で混乱を与えてしまうと判断したからだ。あとはかつての高校で後輩だった事と姉達の話を伝えると目を白黒させていた。それは夏音姉さんがお詫びした件も含めてね。
(一面だけでは人を推し量る事は出来ない、か)
夏音姉さんも今回の件で反省したらしい。
「仮に影響が出ていない者達だと」
「広田先輩と四十万姉かな?」
「耀子は大雑把だったから微妙かも?」
「なら、四十万姉だけかな?」
「だとすると、双子の弟はどうなの?」
「秦はナヨナヨしていたかも。シスコンが酷かったくらいしか印象がないよ」
「「シスコン」」
「な、何よ?」
姉さんも実依も、私にジト目を向けないでよ。
シスコンだって自覚はあるから!
「「自覚があったんだ」」
「思考を読まないでよね。それで姉さんは見つかったの?」
「もう少しかかるかな」
「こちらはいいから見つけてよ?」
「はいはい」
「はい、は一回じゃ?」
「何、その意趣返し?」
「「は?」」
「なんでもないです」
それはともかく。
姉さんが一人で捜索する間、私達は魂魄隔離を行う者達を選んでいく。
「そうなると残りの野郎共が厄介だね」
「奴隷の二人と蜥蜴族の二匹か」
「石化刑に処された双子兄弟も居るよ」
「ええ。陰の薄い兄弟ね」
そうそう、陰が薄い兄弟だったね。
それと同時に頭頂部も薄かったね。
「若ハゲが目立つ兄弟か」
薄かった理由はそれを隠すためだろう。
「ハゲ、ハゲ、ハゲ!」
「はいはい。静かにね」
「はーい」
メグは幼女だけあって無邪気だわ。
メグリがお姉ちゃんしているのが何とも。
「ほっこりするよね」
「うん。和むねぇ」
「なごむ?」
記憶を断片的に奪っているから知りたい欲が凄まじいよね。
メグだけは姉さんの眷属ではと思わざるを得ない。魔王の嫁だから身内だが。
しばらくすると探索を終えた姉さんが戻ってきた。
「あったよ!」
私達は姉さんの居る場所へと向かう。
そこはほぼ廃墟と化した教会だった。
「水没の影響がこんなに出ているのね」
「転移陣は壊れていないから大丈夫だったよ」
「壁奥の高い場所にあるから救われたと」
「その分、逃げ遅れた遺体が多数だけど」
「あらら」
「ひぃ!?」
「メグは目を閉じて」
「はーい」
これは誰が魔力を与えるかで争いになったのかもね。
そして水が迫ってきて溺れ死んだと。
「神官共も我欲が強すぎるとこうなると」
「戒める必要が出てくるよね」
「上は戒めも意味が無いけど」
「「言えてる」」
「「?」」
狂信者かってほど狂っているからね。
私達は遺体を避けつつ転移陣に乗る。
転移陣に与える魔力は効率こそ悪いが姉さんの神聖力を魔力変換して注いだ。
「凄い。途轍もない量の魔力が流れてる」
「エルフだから分かる魔力視だね」
「元々は魔力ではないけどね」
「そうなので?」
「「そうそう」」
「ほら行くよ!」
姉さんの準備が整うと同時に転移陣が稼働して私達は一瞬のうちに目的地へと転移した。
◇ ◇ ◇
私達は探索者ギルド本部の街へと転移した。
「自力で行けない訳じゃないけど」
「迂闊に出没も出来ないもんね」
「とはいえ、いきなり現れたから」
「うん。神官達の目が点だね」
まさか転移先に神官が居るとは思うまい。
事前にメグリ達を人族に偽装していたので闇エルフと騒がれる事は無かったが、
「「「何奴!」」」
いきなり不審者扱いを受けてしまった。
転移陣の上に乗ったままの私達がね。
流石に神殿騎士が来ると色々と面倒になるので、私は姉さん達と目配せし本来の目的地である国家を〈遠視〉して転移陣の上から転移した。
「なっ! 消えただと?」
「転移陣の稼働は?」
「し、しておりません!」
「じ、自力で転移だと?」
「「ま、まさか?」」
「め、女神様だと?」
色んな意味で彼等に動揺を与えてしまったけれどこれはこれで仕方ないよね。
自力転移が可能な人族は⦅人の振りした女神⦆だけだから。
◇ ◇ ◇
勢いで転移した先は砂の中の魔王城だった。
即座に人族の容姿からエルフに〈変装〉した私達姉妹。
メグリ達の偽装を解除して問題となっている石像前まで移動した。
「普通なら入国前に弾かれるけどね」
「迷宮神、様々だよね。実依?」
「私のお陰なのかな? 仁菜が限定解除していそうな気がするけど」
「ああ、それもあるか」
「こちらとも話が通っているから、そうかもね?」
私達が魔王城の入口に佇んでいても誰何が無いもんね。
誰も咎める事はせずスルーだった。
「右手をご覧下さい。こちらが石化して羞恥心が消え去った石像達になりま〜す!」
「「小さいね」」
「ちいさい?」
「これは見せて良い物なの?」
流石に野郎共の小物は仕方ないと思う。
すると姉さんは綿棒を創り石像のヘソへとズボッと押し込んだ。
「で、個々に神聖力を流し込む」
「後は時間との勝負かな?」
「これで変化があれば大当たりだね」
「ところで、その変化とは?」
「石像の目が開く的な?」
「目が、開く?」
私が言った通り、影響を受けていたら石像の目が開く。
毛嫌いして無理矢理にでも動こうとする。
先の件もそれで判明したしね。
「広田先輩は……問題、無いね」
「そうだね。むしろ、天寿を全うしたように昇天してない?」
頭上を見れば笑顔の本人が漂っていた。
「これはこれで回収が必要と」
「耀子ってばドMになったのね?」
「ずっと裸を見られ続ければ仕方ないよ」
「ずっと裸を? それは何ていうか……」
「「可哀想だよね」」
「かわいそう」
同じく双子姉も彼女と同じ反応だった。
「こちらも天寿を全うしたか」
「死ぬ前に回収しないとね」
「「だね」」
一先ず、女性陣は問題無しって事ね。
女性陣は、だけど。
「とりあえず、メグリと同じ闇エルフのホムンクルスを用意して寝かせておこうか」
「あの、目覚めるまで面倒を見ても?」
「いいよ。その方が助かるし」
姉さんは首肯しつつもドロワーズだけ穿かせていった。
胸が無いから不要って事かな?
「ところで姉さん。この二人も出前要員?」
「うん。一人では賄えないでしょ?」
「「確かに」」




