第30話 経験して初めて分かるね。
Side:結依
七姉妹への教育を終わらせた私と姉さん。
教育の発端となった芽依は吹有と若結達をこの場に残し、母さんの世界まで向かう事になった。
神界へ向かい、時間遡行の大扉を抜ける。
一週間前の過去に戻って母さんの世界へと向かう。
私達の実家脇を通り、姉さんが社務所にてそれぞれの憑依体を与えた。
「黒髪とか見慣れないわね」
「でも似合うんじゃない?」
「む、胸が少し窮屈だけど」
「こらこら、文句を言わないの!」
「「「はーい!」」」
それぞれの体裁は亜衣を筆頭とした三女までは私達と同じ三つ子に。
深愛と由良は一卵性双生児。
「垂れ目の姉上とか凄いウケる」
「これって由良の顔でもあるのだけど?」
「そうなの?」
「そうだよ。それはいいから服を着てね」
「笑ってごめんなさい。姉上」
「なんで自分の顔だと分かると謝るのよ?」
「それと姉上ではなく、深愛ね」
「あ、はい。深愛……違和感が」
「王女だった頃の癖が残っているのね」
仁菜と美加は二卵性双生児として宿らせる事になった。
「これはこれで。割と美形」
「ええ。不思議な感じですね」
「そのうち見慣れるわよ」
「慣れたら慣れたで出た時に違和感が出てくるけどね。それも慣れるしかないわ」
元々の顔立ちが三つ子。弄った顔の双子。
髪色は全員が黒髪となったがこれも追々弄り出すだろう。
それこそ若結達のように〈変装〉スキルで個々の色合いに。
「さて、次は私達だね」
「感じそうで恐いね。姉さん」
「オムツを先に穿かせておこうかな」
「それがいいかも」
私と姉さんは〈空間収納〉に収めていた自身の憑依体に宿った。
胸が窮屈だけど仕方ない。
「「うっ!」」
冗談抜きで感じてしまった。
これは落ち着くまでしばらくかかりそう。
芽依は憑依体を作り直し、育った胸に惚れ惚れとしていたけども。
遂に平面族が平面から卒業してしまったか。
「何よ?」
「な、何でも」
「その感じは……洗浄して触れまくったのね?」
「「う、うん」」
言い知れぬ羞恥心で顔が真っ赤だよ。
それこそ芽依みたいに新たに作り直した方が良かったかもしれない。
「はい。姉さん、新しいパンツ」
「ありがとう結依ちゃん」
感覚が落ち着いて気を取り直した私と姉さんは社務所から早朝の境内へ向かう。
「これから実地訓練に向かうよ」
「「「「「「「実地訓練?」」」」」」」
姉さんの言う実地訓練。
これは島内に出来たとされるコンビニへの買い出しだ。
コンビニと言っても朝は六時に開いて夜は二十時に閉まる田舎特有の店舗だけど。
運営元は芽依達の会社で従業員は派遣されてきた大学生達だ。
「今から買い物をして貰うんだよ」
「「「買い物?」」」
姉さんの言葉にきょとんの三人。
それは亜衣と優羽と玲奈の長女から三女。
兄さんと買い出しを行っていたが、購入の仕方から何からが分からなかった三人。
言葉で伝えるよりも実際に体験させるべきだと話し合った結果、こうなった。
すると疑問気な四女の深愛が同じく四女の芽依に問う。
「それって何を買うの?」
「小遣いを手渡すから思い思いに気に入った商品を買っていいわよ。但し、計算は各自で行うこと!」
芽依はそう言いつつ私と姉さんを除く全員に千円札を手渡していく。
ところで私達には? ああ、無いのね。これは自腹を切るしかないか。
「「「気に入った商品?」」」
「それってどんな物があるの?」
「色々よ。食品から雑貨まで売っているわ」
「「「「そうなんだ」」」」
一応でもコンビニの体だから、最低限の品物が揃っている。
その店に立ち寄る者が役場の職員と手隙の従業員しか居ないから、ある意味で赤字店舗だけど。この島には私達の家族しか住んでいない事が赤字の原因だったりする。
「値札があるからそれを見て暗算してね」
「「「「「「「はーい」」」」」」」
「ところで姉さんは幾ら持っているの?」
問われた姉さんは長財布を〈空間収納〉から取り出して中身を覗き見て答えた。
「手付かずの三万円、だけだね」
「ああ、それだけはあるんだ」
「結依ちゃんは?」
「資産運用の口座から下ろせば、どうにか」
時間的に銀行は開いていないけどね。
この時間の時間外手数料が痛いなぁ。
「それで手持ちは?」
「三百円」
「おぅ。おやつくらいしか買えないね」
小学生のおやつ代しか残ってないよね。
なので私は芽依に向かって右手をあげる。
「先生! バナナはおやつに入りますか?」
「入らないわよ。全くもう、仕方ないわね」
芽依は苦笑しつつも長財布から千円札を手渡してくれた。
実はこれ、実依の駅弁でほぼ消えたんだよね。
お釣りは店に置いていかれたし。
私は芽依から千円札を受け取ってほっとした。
あとでこれも返金しないとね。
一通りの準備を終えると揃って階段を下り、港側の繁華街へと足を運んだ。
繁華街といっても役場とコンビニと宿しかないけども。
それ以外は〈ようこそ神月島へ〉の看板くらいだ。
この看板も役場の職員が設置しただけで観光客は滅多に顔を出さない。
今日は少なからず居るのかな?
「か、閑散としている」
「「ゴーストタウン?」」
「そう見えるだけよ」
「昼間になれば少しは人が現れるわ」
「宿とか山間部とか」
「「そうなんだ」」
この島の観光資源は絶滅危惧種の保全的な名目になっている。
詳しくは知らないけれど、母さんが残していた世界中の動物が山中で発見された事が要因らしい。お陰で部分的に国有地とされてしまって、人の住まう地域以外は伐採などの手出しが出来なくなってしまった。
私有地を国有地とされた母さんはその時点の首相に多大な神罰を与え国会議員としても仕事が出来ない有様に変えてしまったらしい。
自身の売名目的で神の聖地を穢した罪でね。
私達は騒がしい妹達を眺めつつこうなった原因を思い出す。
「確か、母さんを相手に喧嘩を売った人物は声と耳と嗅覚を失ったんだっけ?」
「感覚だけね。それでも生き延びているから始末が悪いと言って、背後関係を洗っていたわ」
「「背後関係?」」
そんなのが居たの?
この辺は当時を知る芽依のような大人達しか知らない話かもしれない。
「邪神よ」
「ああ、陰ながら母さんの邪魔をする汚物だっけ?」
「そうそう」
世界の運営をしていると突然現れて世界崩壊を招く神の成れの果てだったはず。
母さんの世界も何度となくそれに妨害されて崩壊と再生を繰り返してきたのだ。
父さんの世界もある意味でそいつが絡んできたんだよね。
「現状は……兄さんが追っているけどね」
「「兄さん?」」
「ええ。この近くに来ていたわ」
なんと! それは会いたいかも。
ただまぁ今は機会が無いから会えないけど。
「追々顔を出すって言っていたわ」
「そうなんだ。それは楽しみだね」
「うん。兄さんに早く会いたいね」
そんな他愛ない会話をしつつコンビニ前まで辿り着いた。
先ずは芽依が先に店舗へと入り従業員に簡単な説明を行った。
「そういう訳だから多少は大目に見てね」
「「わかりました」」
善神だから万引は有り得ないけど何をしでかすか分からないからね。
警察沙汰だけは勘弁してくれと言ったようなものかもね、きっと。
次いで姉さんと三つ子と双子達が入店する。
「「「うわぁ〜」」」
「「見た事のない品物が沢山!」」
「これはどうやって使うんだろう?」
「この品物は何処かで見たような?」
「それは芽依が使っていた品だよ」
「「あっ!」」
私と芽依は殿として入店した。
「なんか、お上りさんみたい」
「お上りさんみたいなものでしょ」
「そういえばそうだね」
この世界で数千年もの間、兄さんの隣で過ごしてきた七人。
その割に田舎者のような反応を示すよね。
それこそ目に入る品々が自身の好奇心を常時刺激する的な。
「授業でも教えたけど、ゼロ二つで百円ね」
「「「ほうほう」」」
姉さんは買い方とか暗算の仕方を改めて教えていく。
深愛は……ああ、興奮しつつも由良に直接教えているわね。
姉さんと同じだから理解は出来ていると。
「チョコレート菓子の売れ行きが凄いね」
「そうね。味わってもいないのに……あっ」
私達の目の前で特徴的な神力が見えた。
仁菜が薄く纏った神力が菓子から目元に目元から口元に流れて消えた。
「仁菜が鑑定して風味を教えたと」
「こういう時に力を使わないよう言ったのに」
目に見えて分かる挙動ではないけどね。
商品を見て舌舐めずりしただけだから。
新商品が出た時とか実依も同じ事を頻発するし。
私からは何も言えないけれど。
「ま、極端な話」
「そうね。多少は大目に見ましょうか」
「力が見える者の前では出来ないけど」
「徳の高い者が相手だと見えるから油断は出来ないわね」
稀にね、居るんだよね。
神の力の見える者が。
私達の過ごした高校でも数学の男性教諭がそうだった。
何度か目撃されては追いかけられたよね……実依だけが。
なんでぇって言って〈隠密〉スキルで逃げ伸びていた。
一通り、買い物を終えると、
「あ、姉さん達がコンビニから出てきた?」
「もしかすると実地訓練かな?」
「そうみたいね」
役場から出てきた実依達と出くわした。
おそらく例の件で役場へと届け出云々の確認をするために行ったのかもね。
すると芽依が心配気に結凪に問う。
「それで結果はどうなの?」
結凪は困り顔で首を横に振る。
「住人が一世帯しか居ない地は許可出来ないって。私立高校であっても無理みたい」
「そうなのね」
人数的には一クラス分になるのだけどね。
それでも一世帯扱いだから困りものである。
(こうなると何らかの方法で対応するしかないよね)
悩んだところで解決する話ではないけれど。
「部分的な国有地でもあるから不必要に住民を増やせない事も原因だそうよ」
「「あー。ここでそれが出てくるか」」
解決の糸口はどうあっても過去を弄るしかないようだ。
この島だけで終わりそうにないが。




