第八十二話 英雄騎士の決断
英雄バルトリヒの子孫の近衛騎士、アンヴェル・シュタウリンゲンは生きていた!
そのことが広まると王都はちょっとした騒ぎになった。
何しろバルトリヒの名はこの世界では小さな子どもでさえ知っている。
魔王を封印して世界を救った彼は、その後、早世したという悲劇的な面も相まって、その冒険譚はとても人気がある。
一連のサーガとして酒場などでよく吟遊詩人に唄われているし、銅像だって王都にいくつかあったはずだ。
そんなオーラエンティア一の有名人と言っていいバルトリヒの子孫が、命を落としたと思われていた因縁の魔王との戦いで、実は生きていたと言うのだから、人々が驚くのも無理はない。
俺が吟遊詩人たちに、アンヴェルを不当に扱わないようにお願いしたことも功を奏したのか、彼がカルスケイオスを目指して果敢に戦い続けたことはよく知られていたので、彼が生きていたことに、王都の人々は非常に好意的だった。
いや、アンヴェルを貶めることは、その祖先である伝説の英雄バルトリヒを貶めるようなものだから、俺がお願いするまでもなく、そんな万人受けしないようなことを吟遊詩人たちがするはずもなかったのかも知れないが。
「女王陛下。アンヴェル・シュタウリンゲン、ただいま王都へ帰還いたしました」
謁見の間で女王陛下にそう述べた彼に、女王陛下は、
「シュタウリンゲン卿。魔王の討伐、大変ご苦労様でした」
そう労いの言葉をお掛けになり、以前の地位に復することをお許しになったのだ。
既に彼の屋敷も家臣たちもティファーナ様のものになっていたのだが、彼女がその返還を拒むはずもない。
以前、シュタウリンゲン家に仕えていた執事のミハエラや、従者のランシムなどの家臣たちは、涙を流してアンヴェルの帰還を喜び、また、女王様とティファーナ様の温情に感謝していたということだ。
王都が彼の帰還に沸く中、だが、久しぶりにカーブガーズへお出ましになった女王様は憂い顔だった。
「実は、ティファーナ嬢が宰相府の職を辞したいと言い出したのです」
女王様はそう言って、困ったという顔をされた。
俺たちがアンヴェルと再会させた後、カーブガーズにいる間中、彼女はまったく彼の側から離れなかった。
その状況は、俺たちが二人を王都へ送り届けてからも続いているようで、あれほど熱心に打ち込んでいた王国の政務もまったく顧みなくなったどころか、
「お兄様が生きていらっしゃった以上、私はもう宰相府への出仕など御免ですわ」
ティファーナ嬢はそう言って、宰相府に顔さえ出さなくなってしまったようだ。
その行動に困惑した宰相府からの要請で、女王様が出仕を命ぜられたのだが、彼女は、
「女王様の信頼の厚い大公閣下に非礼を働き、その罪は大変重いものだと自覚しております。つきましては当分の間、謹慎いたします」
そう言って俺を陥れようとしたことを認め、ついにはその責任を取って潔く宰相府の職を辞したいと言い出したそうだ。
実際にはただ、愛するアンヴェルと共に過ごす時間を大切にしたいだけなのだろうが。
彼女が突然、宰相府に出て来なくなったものだから、王都の政治は大混乱に陥っているとのことだった。
このままでは、せっかく彼女が手を付けた数々の改革が無に帰してしまうのではと、女王様は危惧されていた。
まあ、何らかの理由で権力者がいなくなると、後任者は前任者のやったことを全否定するなんて、よくあることのような気がする。
そうなってしまうと悪いことは当然、良いことや効果の高いことも、すべて廃止の憂き目に会うことになってしまう。
「賢者様のお力でなんとかなりませんか?」
女王様は困り果て、俺にそう依頼してきた。
そう言われて、今度は俺が困惑せざるを得ない。
この手の高いコミュニケーション能力が必要とされる問題は、俺が最も苦手とする分野なのだ。
それに、馬を水場に連れて行くことができたとしても、水を飲ませることはできないものだ。
でも、この事態を招いたのは、はっきり言って俺なんだよな。
女王様は本当にお困りのようだから、カーブガーズの開発で散々お世話になっている俺は、ここは少しでもお力になれるようすべきだろう。
ベルティラの瞬間移動で王都へ跳んだ俺が、アグナユディテと三人でエルクサンブルク家の屋敷を訪ねると、ティファーナ嬢はシュタウリンゲン家の屋敷へお出掛けになられているとのことだった。
(ちっとも謹慎していないじゃないか)
俺はそう思ったが、まあ当然と言えばそうだろう。
仕方なく、今度はシュタウリンゲン家の屋敷を訪ねると、執事が笑顔で迎えてくれた。
「アマン様。よくお出で下さいました。ご主人様からお話しを伺っております。本当にありがとうございました」
彼はそう言って深く頭を下げる。どうやら涙ぐんでいるようだった。
そうしているうちに、以前、俺たちと一緒に旅をした従者のランシムも姿を見せる。また、メイドなどの使用人も集まってきて、彼らは口々に俺たちにお礼を言ってくれた。
以前、アンヴェルを喪ってここを訪れた時は屋敷中が哀しみに包まれ、俺もいたたまれなくなって早々に退散したのだが、今はその同じ場所が喜びに満ちていた。
やっぱりアンヴェルを生き返らせてもらって良かったなと、俺は改めて感じたのだった。
だが、そのことが思わぬ副産物を生んだのだ。
「ティファーナ様はいらっしゃるのかな?」
俺がそう聞くと、執事には俺の訪問の目的が分かったようで、急に真顔に戻り、
「はい。このところずっと、こちらにご滞在されております」
そう言って、彼も困惑したという表情を見せた。
まあ、女王様からの要請だって、最終的にはこの屋敷に届いたのだろうから、彼がその内容を知らないはずがない。
そうして彼と話していると、俺たちの訪問に気づいたのか、屋敷の奥からアンヴェルが姿を見せた。
「やあ。アマン。よく訪ねてくれたね。歓迎するよ。こんなところで立ち話もなんだから、入ってくれ」
そう言ってくれる彼の側には、今、問題になっているティファーナ嬢の姿もあった。
「大公様のご依頼とはいえ、私、もう宰相府へ戻るつもりはございませんの」
俺からの依頼を聞いて、そう答える彼女の中で、俺は一介の魔法使い風情から大公へと大出世を遂げたようだ。
現金なものだなと思うが、まあ、そう呼んでくれる王都で三人目の人物が現れたのだから、良かったと思うべきなのだろう。
だが、やはりと言うべきか、彼女はそれでも俺の依頼を聞く気はないようだ。
大公の依頼なのにと思ったところで、その上の女王様からの依頼でも動かなかったのだから、筋が通っているとも言える。
それが何の解決にも繋がらないことは言うまでもないが。
こういう地位も名誉もいらないという人は始末に負えないものなのだ。
今の彼女は、爵位すら失っても平然としているかもしれない。
「俺に非礼を働いたことを理由にされているようだけれど、俺はもう、気にしていないから」
一応、そう言ってみるが、彼女に、
「あの程度の策で、大公閣下をどうにかできると思うほど、私、甘ちゃんではありませんわ。お兄様のことをすっかりお忘れになっているようだった閣下に、ちょっとお灸を据えて差し上げようと思っただけです」
そう返されてしまう。
おそらくあの中で、彼女だけは俺の実力をそれなりに評価してくれていたのだろう。
だが、そう思ったのは少し甘かったようで、
「だって、閣下はお兄様のお仲間だったのでしょう。英雄の末裔のお兄様のお仲間なら、その実力は折り紙付きに違いないはずですから」
どうも俺の実力というよりも、アンヴェルの仲間なのだから凄くて当然ということのようだ。
「アンヴェルはどう思うんだ?」
俺は助けを求めて、彼にそう話を振った。
「そうだな。僕もそろそろ近衛騎士としての任務に戻ろうかと思っているところなんだ。わが家は家祖のバルトリヒ以来、そうして王家に仕えてきたからな」
俺は二百年前までは、彼の家はもっと地位が高かったのではないかと思ったが、黙っておいた。
「お兄様は、私とずっと一緒に過ごしてくださいませんの?」
彼の言葉に、ティファーナ嬢はそう哀し気な声を上げた。
「いや、僕だってティファーナと一緒にいたいよ。だが、ティファーナに政治の才能があると聞いてとても嬉しいんだ。
僕は残念ながら、剣の腕でしか王国へ貢献することができないが、もし僕の妻に政治の才能があって、それが存分に活かされ、王国の繁栄に繋がると言うのなら、そんなに素晴らしいことはないと思うんだ」
アンヴェルはそう言って、優しい目でティファーナ嬢を見る。
その言葉にティファーナ嬢は驚いたようだが、俺も驚いていた。
彼は今、確かに「僕の妻」と言った。
ゲームでは彼はミセラーナ様と婚約するはずだったのだ。
まあ、この世界には他にも色々とゲームとの差異があるのだから、今さらと言われればそうなのだが。
ティファーナ嬢も当然、それに気づいたようで、大きく目を見開くと「お兄様!」と言って、アンヴェルに抱き着いた。
「はははっ。ティファーナ。今はお客様の前だからね。でも、ずっと僕のことを想ってくれていたティファーナへの気持ちに偽りはないよ。
ティファーナが僕の妻になってくれたなら、亡くなったお祖母様たちも喜んでくれるだろう。
それに、そんなことよりも、僕はティファーナに僕の妻になってほしいんだ。僕と結婚してくれるかい?」
アンヴェルの言葉に、ティファーナ嬢は彼の胸に顔を埋め、何度も頷いていた。
(いやー。プロポーズを生で見るのって初めてだわ。俺はしたことなかったしな)
そう思いながら、で、俺の頼みは聞いてもらえるのだろうかと、俺は一方で冷静にそう思っていた。
感動の場面なのだろうが、この手のリア充的なイベントは、相変わらず俺を冷めた気持ちにさせることを再認識したのだった。




