第七十八話 英雄騎士の帰還
「ではアンヴェルを、アンヴェル・シュタウリンゲンを生き返らせてください」
「ほっほっほっ。やはりそう来たか」
どうやらパシヤト老は俺の願いを予期していたようだ。
「そのようなこと可能なのか?」
リューリットが冷静にそう問い掛ける。
確かにアンヴェルが亡くなったとき、アリアが俺をたしなめたように、神に召された命を甦らせることは普通ならできないはずだ。
だが、俺はすでにこの世界そのものと言っていい女神にも会っているし、パシヤト老はドラゴン・ロード、ひいてはその正体である女神から生命の管理を任されている存在なのだ。
「まあ、普通なら不可能じゃがな。だが、ここは『生命の祠』じゃ。天寿を全うして亡くなった者を生き返らせること以外なら大概のことはできるもの。そのくらいでなければ名前負けじゃろう?」
パシヤト老のその言葉は、俺にそれを確信させるものだった。
「では、不慮の事故で亡くなった者なら生き返らせることができるのかしら。私がそうだったみたいに」
アグナユディテがそう聞くと、パシヤト老はその顔に満足そうな笑みを浮かべて答えた。
「ほっほっほっ。まさに『生命の人形』がそうじゃったろう。不慮の死は避けられるものなのじゃ。すべてを変えることができる訳ではないが、人の意思で変えられるものもあるということじゃな」
「だが、このエルフとは違い、そのアンヴェルとやらが亡くなったのはだいぶ前ではないのか。それでも問題ないものなのか?」
ベルティラが疑問を呈したように、確かに彼の肉体はカルスケイオスの地に埋葬され、すでに土に還っていることだろう。
パシヤト老の力をもってしても、肉体のない者を生き返らせることは難しいのではないだろうか。
無理やり生き返らせて動く死体や骸骨戦士のようなアンデッドになってしまったり、はたまた亡霊となって、俺がエルクサンブルクで侯爵の亡霊に伝えたとおり、あの城に居座るようになってしまっても大変だ。
あの時はそんなことは考えもしなかったが、言葉は慎重に選ばないと後々、思わぬところに影響し、回り回って、それがひょんなところから顔を出すことになるのかもしれない。
「ダークエルフはその者が、自分の大好きなアンデッドにでもなると思っておるのかな。ほっほっほっ。残念じゃが魔族のネクロマンサーでもあるまいし、わしはそんな陳腐な方法は採らぬよ」
「なっ。私は『わが主』の期待が裏切られはせぬかと心配しただけだ。それに私はアンデッドなど好みではない。失礼な!」
そうベルティラは怒っていたが、どうやらパシヤト老には考えがあるようだ。
「パーヴィーの力を借りるのじゃ。のう。パーヴィーもまた人間の世界で暮らしてみたいじゃろう?」
そう言って、パシヤト老はパーヴィーを見た。
皆の視線がパーヴィーに集まるが、彼は何のことか理解ができないようだ。
言われてみれば、彼はこの祠に入るためにドラゴンから人へとその姿を変えていた、そして、それはアンヴェルの姿なのだ。
「パーヴィーに依り代として身体を貸してもらうんじゃ。これまでとは逆ということじゃな。うん。どうじゃ、パーヴィー?」
パシヤト老は再びパーヴィーを見るが、彼はあまり乗り気ではないようだ。
「えー。この間ようやく三百年いた人間の世界から戻って来たのに。僕はまだいいかな」
そう言って二の足を踏んでいる。
「今度はその者の命が尽きるまでの期限付きじゃ。たった五十年くらいのこと。ケチケチするでないわ」
パシヤト老はそう言うが、俺なんて今日、ここへ来るたった数時間を捻出するのに苦労したのだ。
それなのにたった五十年くらいって、どれだけ暇を持て余しているんだ。
いや、ドラゴンの感覚はやっぱり人とは違うと思うしかないのか。
「この前は突然だったのじゃろう。ならば人間の世界でやり残したこともあるのではないか? それをこなしてまた、戻ってくればよいのではないかな」
パシヤト老がそう言うと、パーヴィーは少し考えているようだったが、
「そうだね。確かにパントロキジアにもっと乗りたかったのはあるね。うん。そう思ったらやっぱり乗りたくなってきた。パントロキジアの背中、気持ちいいんだよね」
いや、どれだけ乗馬に拘っているんだと思うが、普段は背中に人を乗せてばかりだから、たまには誰かの背中に乗って日頃のストレスを発散したいのかも知れないな。
ロードより誰よりパーヴィーの扱いに一番慣れているのって、実はパシヤトさんなんじゃないだろうか。
「パーヴィーさんはそれでよろしいのですか?」
アリアがそう確認するように問い掛けるが、彼はあっけらかんとした様子で答えた。
「だって、たったの五十年くらいだよね。そのくらいなら全然問題はないよ。それにアンヴェルがあんなことにならなかったら、僕はあの後もずっと人間の世界で暮らす予定だったからね」
同じようにどうせ五十年くらいだと考えて、三百年の間、封印された者もいるのだが。
「それに、これまでは僕がバルトリヒの子孫を依り代にしていたけれど、今度はバルトリヒの子孫であるアンヴェルが、僕を依り代にするってことだよね。何だか目新しくて面白そう。考えただけでワクワクするね」
パーヴィーはいつも「面白いことがあったら呼んで」と言っているし、どうやら彼の行動基準は面白いかどうからしいから、別に気にしないのかもしれない。
「でも、そうするともうパーヴィーには会えなくなってしまうのかい?」
俺もそれは気になっていたのだが、エディルナがそうパーヴィーに聞いてくれた。
アンヴェルを生き返らせたいのはもちろんだが、せっかく仲良くなって色々助けてもくれた彼と、これでお別れというのも悲しい気がする。
「そうなっても、僕はずっと彼と共にいるのだから別に大丈夫。そうだね。アマンだったら僕に呼びかけてくれれば返事はするよ。ドラゴン同士の会話は人間には聞こえないからね。
それに、彼が寝ている間だったら直接、お話ししてもいいし。実際、二百年くらい前はそうしたこともあったしね」
二百年くらい前って、おそらくあの王都の西の岩山を吹き飛ばしたときのことだろう。
パーヴィーは気のいい奴だけれど、やっぱりエンシェント・ドラゴンで、その力は桁違いだから気をつけないといけないなと俺は再認識した。
「でも、パーヴィーがいなくなると、カーブガーズの開発が滞るのではありませんか?」
アリアがそう言って俺の領地のことを心配してくれる。
彼女が一番アンヴェルの復活を望んでいるだろうに、でも、貧しい市井の人たちの暮らしを思い遣る気持ちも強いから、それも気になってしまうのだろう。
自分の想いのために他の人たちが不利益を被らないように、それどころか人々のためにという自己犠牲の精神は、彼女は本当に強いのだから。
「あまりエンシェント・ドラゴンの力には頼らない方がいいと思うけどね。人間が自らの力でできることをすべきだと僕は思うよ。
別にドラゴンに力を借りなくても、人間にできることはかなり大きいからね。三百年、人間の世界で暮らした僕が言うのだから間違いないよ」
何だかパーヴィーに説教されてしまった気がする。
だが、その言葉はここにいないトゥルタークにこそ聞かせるべきだろう。
俺はそんなにパーヴィーに頼りきりという訳でもないしな。たぶん。
「話はまとまったようじゃな」
パシヤト老がそう言って、俺たちの会話に入って来た。
「うん。まとまったよ。アンヴェル・シュタウリンゲンを僕を依り代に復活させて欲しいんだ」
パーヴィーが真っ先にそう言ってくれた。
「本当にいいんだな?」
俺は改めてパーヴィーにそう念を押す。
「アマンは心配性だねぇ。でも、僕はアマンにも期待してるんだ。生き返ったアンヴェルは、きっとアマンと仲良しになるだろうからね。
『半神』が彼をどんな運命に導くのか、それをその場で見られるのだから、こんなに面白そうなことはそうないよね」
女神の言葉が正しければ、俺がアスマット・アマンに入れ込んでいたことがアンヴェルが亡くなる原因となったのだ。
そしてこの世界では、恐らく彼女の言葉は正しいはずだ。
それは、つまり俺がこの世界に召喚されてしまったがために、アンヴェルが命を失うことになったということだ。
俺が彼に直接、手を下した訳ではないが、彼がこの世界から「退場」させられることになったのは、女神が俺を主人公にするためだったのだ。
俺は別に主人公になることなんて望んでいなかった。
アンヴェルをリーダーとするパーティーの一員として、ゲームどおりに魔王の討伐を成功させ、真のエンディングを迎えていたなら、きっと満足できたことだろう。
だから、最初に女神が俺に会って状況説明をしつつ、ついでにチートな能力をくれれば良かったのだ。
だが、そうなると俺はエンディングを迎えた時点で満足して、元の世界に戻ってしまったかも知れない。
そして、それはこの世界の終焉を意味したのかもしれないのだ。
「では、パーヴィーよ。これを胸に当てて持っていてくれるかの」
パシヤト老がそう言ってパーヴィーに差し出したのは、一枚の『生命の石板』だった。
だが、そこには空中に漂う他の石板とは違い、HPゲージのような黄緑色に輝く棒が入っていない。
「これでいい?」
パーヴィーが素直に言葉に従って石板を持つと、突然、パシヤト老はその石板に右腕を突っ込んだ。
「うん。これかな? いや、違うか。ではこちらか……」
いきなりだったので驚く間さえなかったが、彼は石板にほとんど肩近くまで右腕を入れ、何やら探っているようだ。
「おお。これじゃ、これじゃ。間違いない。では、パーヴィーよ。行くぞ!」
パシヤト老がそう言って石板から腕を引き抜くと、それは一瞬、淡く輝き、その中に黄緑色の細長い棒状のものを宿した。
同時にアンヴェルの姿をしたパーヴィーの身体も、淡い黄緑色に輝いたかと思うと……
「うん。ここは? 僕はどうしたんだ?」
皆が固唾を飲む中、そう言った彼は続けて、
「ああ。アリア。いったいここはどこなんだい?」
アリアにそう笑顔で問い掛けた。
「アンヴェル!」
アリアが弾けるように駆けて、彼に抱きついた。
「はは。どうしたんだいアリア? そうか。僕はあの魔物にやられて気を失っていたのか。でも、もう大丈夫」
そう言って笑う彼にエディルナも近づいて、彼の右手を握る。
そして俺は……、
「アンヴェル……。おかえり」
溢れる涙に顔をぐしゃぐしゃにしながら、そう声を絞り出すのがやっとだった。
アンヴェルが戻って来た……。そう思うともう感情を抑えることができなかったのだ。
俺の青春の日々はいつも、ゲームの『ドラゴン・クレスタ』の中の彼の成長とともにあったのだから。
「良かった。本当に良かったわ」
アグナユディテもそう言って涙を流していた。
アンヴェルが亡くなる前、彼女との仲は最悪だったと思うのだが。
「アマンはアンヴェルが亡くなったことを自分の責任だって、いつも思っていたでしょう。私たち、誰もそんな風に思っていないのに。でも、アマンはそう思っているのが私には痛いほど分かっていたわ」
やはり彼女には、俺の心の内など簡単に見透かされてしまうようだ。
「でも、何だか私が意識を取り戻したときよりもずっと喜んでいるようなのは、ちょっと引っかかるわね。まあ、いいわ。私のときより再会まで長い時間が掛かっているものね。許してあげる」
そう言って彼女は笑顔を俺に向けてくれる。
これでやっとすべてを取り戻せた。俺はそう思って涙が止まらなかった。
「エディルナに、それにアマンまで。大袈裟だな。それにここはいったい」
涙を流し続ける俺たちを前に、アンヴェルはまだそう言って周りを見回していた。




