第七十七話 生命の祠の管理者
カーブガーズの統治に俺はずっと忙しい日々を過ごしていた。
「賢者様もたまにはお休みになられませんと。そのご様子ではお身体が心配です」
女王様はそうおっしゃってくださるし、ベルティラも、
「我が主は相変わらず休む暇もないのだな。これでは私とふたりで旅に出るなど、夢のまた夢ではないか」
などと、なにやら勝手なことを言っている。
申し訳ないが、相変わらず俺の屋敷に滞在していることの多い二人と、お茶を飲んで話したりする時間を捻出するのだって結構、苦労しているのだ。
特に女王様に対しては、自分でもこんな対応では不敬に当たるのではと、ときどき心配になるくらいなのだ。
だが、優しい彼女は俺の対応に不満を述べられることもなく、相変わらず美しい笑顔をお見せくださる。
それでも支障なく王国やカルスケイオスの統治が進んでいるのは、やはり優秀な家臣が揃っているからなのか、それとも、そもそも貴種である彼女たちの生まれによるものなのか。
女王様はもちろん、ベルティラだって魔族の中では選ばれた種族のようだからな。
そもそも彼女自身、四人しかいなかった魔王の腹心のひとりだったし。
だが、そう考えるとやっぱり領主の能力の問題なのかもしれない。
一応、俺は賢者なのだから、なんとなく領地の経営も任せたら上手くやりそうなイメージだと思うのだけれど、これは中身の俺の問題なのか。
まあ、賢者と言ってもトゥルタークは領地経営とかまったく興味がなさそうだし。やっぱり、そんなのはただのイメージだよな。
でも、彼こそもし領地を任されたら上手く統治してしまいそうなんだよな。俺の代役は決して受けてくれないだろうが。
そんな中、俺はやっと少し時間を見つけて、パーヴィーの案内で『生命の祠』のパシヤト老を訪ねることにした。
「パーヴィー。パシヤトさんのところに行ってみたいんだ。いっしょに行ってくれないか」
俺が彼と話したいと念じながらそう声を出すと、すぐに彼から返答があった。
(えー。パシヤト爺さんのところはこの間行ったばかりじゃない)
何だかあまり乗り気ではなさそうだ。
「いや。でもロードが滅んだから、パシヤトさんの身にも変化があったんじゃないかな? 彼もロードには色々と指示を受けていたみたいだし。パーヴィーだってそうだったよね」
エレブレス山での会話を思い出すと、パーヴィーの場合は何だか一概にそうとも言えない気がする。彼は否定するだろうが。
(まあ、いいか。どうせ暇だし。パシヤト爺さんも退屈しているだろうからね)
俺の説得が通じたのか、パーヴィーはそう言って(じゃあ、すぐ行くね~)と言ってくれた。
まあ、あまりそういった説得が刺さるタイプではないから、彼の言ったとおり本当に暇だっただけかもしれないが。
どうして忙しい俺が暇なパーヴィーを説得しなければならないんだろうか。何だか理不尽な気がする。
だが、パーヴィーは近くにいたらしく、本当にすぐに俺の屋敷の上空に姿を現わしてくれた。
最初の頃こそ、パーヴィーの巨大な姿に恐れを抱く住民も多かったのだが、しょっちゅう姿を見せるものだから、そのうちに害はないと悟ったようで、今では彼が空を飛んでいても誰も気にしなくなっている。
まあ、人間は何事にも慣れるものだからな。
パーヴィーの姿を目にして、皆が俺の屋敷に集まって来てくれた。
屋敷にいたアグナユディテとリューリットはもちろん、相変わらず俺の屋敷に滞在しているベルティラもそうだ。
アリアもエディルナと連れだって来てくれた。
彼女が主宰する教会は、俺が試行錯誤を繰り返す領地経営とは違い、早くも効率的な運営ができているらしく、「少しの間くらいであれば、私がいなくても問題ありませんから」と微笑みながら言ってくれる。
彼女の相変わらずの優しい笑みに、俺も癒される気がする。
俺も早くその境地に達したいものだ。
まあ、教会の運営は思っている以上にシステム化されているからな。きっとそれが大きいよね。
「あの祠なら、私が『我が主』とふたり、跳んだ方が早いのではないか」
ベルティラがそう言ってくる。確かに以前ベルティラも訪ねているから、できないことはないのだろう。
だが、パシヤトさんを訪ねる主な目的は彼にお礼を言うことだから、大人数で行って悪いわけではないはずだ。
『生命の祠』は広いから、入りきれなくて困ることはないだろうし。
それにあの祠をパーヴィー抜きで訪ねることは、俺は何となく不安だった。
前回はとにかくアグナユディテの意識を戻すことだけを考えていたし、そもそもどんな場所か知らなかったから、特に疑問も持たずにパーヴィーにお願いしてしまった。
しかし、今となっては、あの場所はこの世界有数の聖地で、最も人が訪れてはいけない場所のひとつのような気がする。
ちなみにトゥルタークは相変わらずカーブガーズの各地を探索中で、新しい『賢者の塔』には席の温まる暇もないようだ。
トゥルタークは俺と同じ、生粋の引きこもり系インドア派だと思っていたのに、なんだか裏切られた気分だ。
引きこもっていたのは魔王の封印を守るという目的があったからで、実際には違ったということかも知れないが。
それなら俺にだって同様に、ラノベを読んでゲームをするという目的があったのだが。
俺たちが『生命の祠』を訪ねると、パシヤトさんはそこに居て、温かく迎えてくれた。
彼は常にこの世界のすべての生命に異常が発生していないか監視しているはずだから、祠に居て当たり前なのだが。
「パシヤトさん。以前いただいた『生命の石板』のおかげで生き残ることができました。本当にありがとうございました」
俺がそうお礼を言うと、彼はとても満足そうな様子だった。
アグナユディテも改めて、『生命の人形』に救われてとても感謝していることを丁寧に伝えると、パシヤト老は何度も頷いて顔をほころばせていた。
何だか俺のお礼よりも嬉しそうに見えるのは、俺の心が狭いからだろうか。
「ほっほっほっ。まあいずれにせよ何よりじゃった。いやいや。わしの方こそお礼を言わねばならんの。何しろロードのくびきから解放してもらったのじゃからの」
パシヤト老はそう言って、相変わらずの様子だ。
だが以前、俺に石板をくれた時にはロードに見つかれば全部没収されると言っていたし、彼に対して「何とでも言い逃れができる」とも言っていたから、少なくとも何らかの説明くらいはする必要があって、場合によってはペナルティを与えられる相手ではあったのだろう。
「ああ見えてロードは結構細かくての。わしも辟易しておったのじゃが、何せ相手はのう……。ほれ、あれじゃ」
「オーラエンティア最強の存在……ですか」
俺がそう言うとパシヤト老は、
「そうそう。ほっほっほっ。それじゃ、それじゃ」
そう愉快そうに笑った。
パシヤト老はこの世界のすべての生命の守り手だ。これまで彼は自分の役割を、エラーが起きないか監視している程度だと言っていた。
だが、ロードがいなくなって、その掣肘を受けなくなった彼は、俺たちを含めたこの世界の生命をどう扱う気なのだろうか。
ロードは王都を焼き払うと言っていたから、俺たちにはあの時、彼を倒す以外の選択肢はなかった。
だが、それがこの世界に与える影響についてはやはり責任を感じてしまう。
パーヴィーもそういった面があるけれど、パシヤト老も何を考えているのか分からないところがあるからな。
「どうも心配そうな顔つきじゃな。わしも長いことここで暮らしておるからの。生命については良く知っておるつもりじゃ。
ほっほっほっ。無茶はせぬよ。これまで通りルールを守って、この世界の生命ができるだけ栄えるようにするのが、わしの使命じゃからの」
俺はどうやら考えていることが顔に出る性質らしい。
アグナユディテになんて、ほぼすべて見破られているような気がする。
だが、こうして俺の懸念を解消してくれる人もいるから、一概に悪いことばかりでもないのだ。
「この世界の生命の繁栄は微妙なバランスの上に成り立っておる。だから下手に手を加えれば、そのバランスが崩れ、かえって害になる場合もある。
先ほども言ったが、わしはこれまで通り、異常なことが起きないよう目を光らせるつもりじゃ。
だが、命ぜられてそうするのと、自分からそうするのとでは、やはり少し違うかの。まあ、これからも多少の余興くらいは許してもらいたいがの」
肉食動物を狩り過ぎると、今度は草食動物が増えすぎて、食べる植物が尽きて結局、草食動物も減ってしまうなんてよく聞く話だからな。
やっぱりこの世界でも生命のバランスが大切なのだろう。
だが、パシヤト老は続けて、
「まあ、あれにはあれの仕事があったからの。わしも同情する気持ちもあったのじゃ。あれもその仕事から解放され、わしも自由になった。まあ、良いこと尽くめじゃ。それもおぬしのおかげというわけじゃ」
そう言ってまた、楽しそうに笑う。
ロードの正体と、何より俺との関わりは誰も知らないと思っていたのだが、やっぱりこの人は危険人物だ。
俺以外の皆は何となく分かったような、分からないような表情をしている。
お礼が言いたくて訪ねたのだが、あまり長居をする場所ではないのかもしれない。
パシヤト老は機嫌が良さそうに話を続けた。
「そうじゃ。せっかく訪ねてくれたんじゃ。今日は大サービスで何か良いものを差し上げようかの。
とは言っても『生命の石板』は切らしておるし。代わりになにか、わしにして欲しいことはないかの?」
いや、この世界の生きとし生けるものの寿命を管理するパシヤト老が、そんな軽い感じで大サービスしてもいいのだろうか。
だが、申し訳ないが俺は心の底で、彼がそう言うのを期待していたように思う。
何故なら望みを言ってみろという彼の言葉に、俺は迷うことなく答えることができたからだ。




