幕間そのニ シキシー再訪
カーブガーズの俺の屋敷には、剣術の鍛錬や試合ができる道場に、弓を射ることのできる弓道場のような場所が設置されている。
リューリットやエディルナ、さらにはアグナユディテからも、剣や弓を練習する場所が敷地内に欲しいと言われて、俺が作ったものだ。
ここはファンタジー世界なのだが、中の俺はもともと日本人なので、どうもそれらは俺が中学や高校の部活の練習場として見たことのある、剣道場や弓道場のようなイメージが拭いきれないものになっていた。
そこでは、今朝もアグナユディテが弓の鍛錬をしていた。
彼女の技量は相変わらずで、矢がまるで的に吸い込まれるように次々と真ん中に命中していく。
そうして練習を繰り返す彼女の姿を、これまで俺は飽きずに見ていたが、彼女も飽きることがないと言うように、俺の前で矢を放ち続けていた。
「今日も調子は良さそうだな。そんなに素晴らしい腕前なのに、まだ練習を続けるのか?」
今朝の練習はいつにも増して長時間に及んでいる気がするし、その間、彼女はずっと緊張した表情を崩さなかったから、疲れてしまわないか心配になって俺はそう聞いた。
「当り前よ。いい気になってちょっと怠けたりすれば、それを取り戻すのに大変な時間が掛かるのだから。アマンは継続は力ってことを知らないのかしら?」
いや、それは俺も知っているが、もう魔王も、そして古竜王も滅びて世界は平和になったのだから、そんなに必死になる必要はないと思うのだが。
「大公様にあまり力量で離されるのも癪だから、せめて弓の腕くらいは磨いておかないと」
アグナユディテはそう言うが、俺は最近、魔法を建物の建築ばかりに使っているから、攻撃系の魔法の威力が落ちてきているかもしれない。
でも、もう大した敵もいないのに、そうそう攻撃魔法には需要はないんだよね。それに領地のそこら中にクレーターを作る訳にもいかないし。
アグナユディテが弓を使っている姿は、いつもにも増して輝いているように見える。姿勢もいいし、彼女の真剣な表情もいいものだと感じられる。
まあ、平和だからこそそんなことを言っていられるのだが。
「本当はグリューネヴァルトから新しい矢の試作品が届いたから、試してみているの」
どうもいつもより長い時間、練習を続けていると思っていたのだが、どうやら別の目的もあったようだ。
「で、その試作品のでき栄えはどうなんだ?」
アグナユディテの弓から放たれた矢は、いつも同じように的に命中するように見えるから、俺には道具の良し悪しが今ひとつ、よく分からない。
「弘法は筆を選ばず」という言葉が思い浮かぶが、まさかそれが異世界で通用するとは思えないので、俺は言葉を飲み込んだ。
言ってみたら結構、通じてしまうかもしれないのだが。
「やっぱりシキシー産の鏃が素晴らしいのよね。これだけはグリューネヴァルトの職人も歯が立たないと思う」
そう言われて、俺は数か月前に、アルプナンディアとカガムスンさんを引き合わせたことを思い出した。
その日はエディルナが俺に頼みごとがあると言うので珍しいなと思ったのだが、彼女は、
「アマン。できればシキシーの村に行ってみたいんだが。ベルティラに頼んでもらえないか?」
なんて聞いてきた。
ベルティラは俺のことを相変わらず「我が主」と呼んでいて、俺の言うことは気味が悪いくらいなんでも聞いてくれる。
だから、そのくらいはお安い御用なのだが、そうしていい気になっていると、そのうちにとんでもない要求を突き付けられるような気がして、俺は多少は自制するようにしていた。
そうは言っても便利なので、ちょくちょく使ってしまうのだが。
まあ、仲間の頼みだし、そういえばあの村のカンソンさんたちにはとてもお世話になったから、せめて挨拶くらいはしておきたい気がする。
本当ならもっと前に行っておくべきだったのかも知れないが、バセリスを倒してからの俺たちは忙しかったからな。
その後も一旦パーティーは解散してしまったし、トゥルタークがアルプナンディアに元気な姿を見せるという一事でさえ、なかなか果たすことができなかったくらいなのだ。
だが、シキシーの村なら俺たちがお忍びで訪ねれば、王都のように大袈裟な式典やパーティーになることはないだろうし、ある意味、気楽に出掛けられそうだ。
ベルティラはどうせまた俺の屋敷に居るんだろうと思って執事を呼ぶと、やっぱり客間のひとつに居るらしい。
もうあの客間で過ごしている時間の方が、カルスケイオスの彼女の館にいる時間より長いのではないだろうか。
カルスケイオスの統治が本当に滞りなく行われているのか、気になるところだ。
「おお。私の願いが通じたのか。我が主が私を訪ねてくださるとは」
俺とエディルナがベルティラのいる客間に行くと、彼女はそう言って大げさに感動したといった態度を示す。
だが、その表情は本当に嬉しそうだ。なんだか用事があって来ただけだというのが悪いような気さえしてしまう。
俺が遠慮がちにシキシーの村まで行きたいことを伝えると、彼女はさすがに行ったことがないということだった。
だが、サマルニア地方の北の街道なら通ったことがあるというので、タルサ山脈の山並みが海に迫る場所あたりまで跳んでもらうことになった。
「我が主の望みとあらば、私はいつでも準備は万端。どんなことでもさせてもらうぞ」
そう言う彼女に、俺はなんだか少し恐怖に似たものを感じながら、控えめに笑って誤魔化しておく。
エディルナが「そう言えば危うく忘れるところだった」と言って、近くにいたメイドにアグナユディテを呼んでくるように頼み、程なく彼女も客間に姿を見せた。
「いや。あの村ではユディは体調を崩しているし、無理する必要はないんじゃないか?」
火と金属の臭いがすると言って気分が良くなさそうだった彼女の姿を思い出して、俺がそう言うと、ベルティラも畳み掛けるように声を出す。
「そうだ。お前はいつも我が主にべったりではないか。護衛役ならエディルナもいるし、私が命に代えても守ってみせるから、たまには我が主を解放したらどうだ」
そう言うベルティラの声など聞こえないかのように、アグナユディテは俺の左手に手を添えて「さあ。出発しましょう」と言ってきた。
ベルティラは不満そうだったが、俺が右手を差し出すとしっかりと左手で握って、右腕を高く突き上げた。
街道から見えるマーラ海は相変わらずコバルトブルーが美しく、アグナユディテはまた海が見られて嬉しそうだ。
前に通ったときには魔族の襲撃を恐れて緊張していたから、こんなにのんびりと美しい海の様子を眺めることができるなんて、頑張ってこの世界を救って良かったなと思える。
「本当に綺麗だわ。できれば好きな人とふたりだけだったらもっと素晴らしいのに」
アグナユディテがそう言うのを聞きながら、俺は(そんなリア充みたいなことを……)と思っていたのだが、よく考えてみれば今、俺は三人の女性と海に来ているのだった。
前の世界の俺だったら考えられない事態だ。
自分がリア充どもを呪った言葉がそのまま返って来て、俺は爆発してしまうかも知れない。
北の街道からスキューゴ川沿いに南へ向かう支線に入り、俺たちは久しぶりに野営をすることにした。
この国で女王に次ぐ位を持つ大公様がこんな場所で、しかも野営をしているだなんて、まさか誰も考えもしないだろう。
だが、こうして焚火の炎を見ていると、あのドラゴン・ロードに滅ぼされたディヤルミアで過ごした夜が思い出される。
ベルティラを除けば、あの晩と同じメンバーだからなと、ついこの間のことのはずなのに、俺には何だかとても懐かしく感じられた。
ここまで走りどおしだったから、あっという間に通り過ぎてきたように思うけれど、苦労の連続だったから、やっぱり思い返すと長く感じるよな。
あの頃とは違って今は魔物も現れないし、間違って俺たちを襲う者たちがいたとしても、残りのパーティーメンバーを除けば、この世界最強の戦力がこの場に揃っているのだから、心配するだけ無駄だろう。
もし戦闘になったら前衛のエディルナもいるし、アグナユディテは細剣で、ベルティラも小剣でかなり戦えるから、やっぱり俺が一番後ろで彼女たちに守られるのだろうなと思うと、少し情けない気もするが、俺は魔法使いなのだから当たり前なのだ。
翌朝、俺たちは再び街道を南に向かった。ここからならシキシーの村まで、それほど時間も掛からないだろう。
夜遅くに村に到着しても迷惑だろうと思って野営をしたのだが、久しぶりの感覚で楽しめたし、しっかり眠れたのだが、珍しくエディルナは寝不足のようだ。
「アマンを狙う恐ろしい野獣がいるからな。あまり気が抜けなかったんだ」
そう言ってなんだか不機嫌そうだ。
最近は北の街道の治安もかなり良くなり、盗賊が現れることも稀になったと聞いた気がするから、そんなことはないと思うのだが。
スキューゴ川の流れがほぼ直角に向きを変え、それに沿った街道を東に向かって進んでいくと、俺たちの前に懐かしいシキシーの村が見えて来た。




