幕間その一 エルクサンブルクの若き領主
エルクサンブルクの統治者となったとき、私はこれから自分が父上の汚名を雪ぐのだと思いました。
周りにいる家臣たちは私がまだ若く、しかも女であることを侮り、「これからますます自由に振る舞える」と思ってほくそ笑んでいるような者たちばかりであることがよく分かっていました。
そうした彼らが、私のことを愛してくれた父上を死に追い遣ったということも。
父上は私のことを愛してくださいました。
もちろん不器用な父上のことですから「お城の次に」と正直におっしゃっていましたけれど、でも、お城以外のことには一切関心のなかった父上が、私のことは愛しているとおっしゃってくださっただけで私は満足でした。
そして、父上の最期は憐れでした。父上は別に暴政を命じた訳ではないのに。
だって、領民のことになんて関心のなかった父上が、わざわざそんなことを命じるはずがありません。
でも、政は結果責任です。
自身で積極的に指示した訳ではなくても、結果として、父上は民のことを思い遣る心ある家臣を去らせました。
逆に父上の意を都合よく利用して自らの利益を図ることしかしないような者ばかりを周りに侍らせることになったのですから、父上は『領民のことを顧みない、築城マニアのダメ侯爵』とか言われてしまうことになったのです。
父上はそんなふうでしたから残っていた家臣も酷いものでした。
私は早熟だったのかも知れません。
もっと小さな頃から、私がいるにも関わらずどうせ分からないだろうと思って、本当は父上やエルクサンブルクのことを思わず、自分たちの利益のことばかりを熱心に話す人たちのことを、子ども心に「醜い」と感じることができたのですから。
私がエルクサンブルクの新たな領主に就任して最初にしたのは、父上に暇を出された心ある家臣に、再び我が家のために働いていただけるようお願いすることでした。
そして、彼らとともに父上が領の統治に関心を示さないのをいいことに、散々私腹を肥やしていた者たちをあぶり出していったのです。
「この地域だけ毎年、小麦の収量がほとんど変わらないのはどうしてなのかしら?」
三年前の雨が少なかった年も、その翌年の領内が豊作に沸いた年も、何故かほとんど収量の変わらない地区がいくつもありました。
その上、貯蔵庫にはわが領の七年分の収量に当たる穀物が備蓄されていることになっていたのです。
それだけの備蓄があるのなら、父上が城の建設資金に困ることなんてなかったでしょう。
わが家の大切な収入源である領内で採れた小麦をあさる大きなネズミが、色々なところに生息しているようでした。
「毎年支払われている軍事顧問への顧問料ですけれど、この顧問っていったい、どんな方なのかしら? これだけの顧問料をお支払いしている軍事顧問に、領主に就任したご挨拶を差し上げたいのですけれど」
領主が築城に没頭できる平和なエルクサンブルクに、どんな軍事顧問が必要なのか知りたいものです。
軍隊には仲間内で顧問料を還元するシステムが存在するようでした。
さらには毎年、かなりの金額がフォータリフェン公爵家に贈られていることも判明したのです。
王国でも一、二を争うほど裕福な公爵家に金銭の贈答なんて、本当におかしなこと。
「父が亡くなって跡を継いだものの、一部の資料が散逸しているので」と、恥を忍んで公爵に問い合わせてみたところ、やはり、かなりのお金を借り入れていたことが分かったのです。
贈答名目で支払われていたのは、実際には借入の利息で、わが家はこの何年も利息だけを返済して元本は借り入れたままになっていたようでした。
フォータリフェン公爵は、父上のお悔やみとして借入の返済を免除してくれるとおっしゃってくださったのですが、ここで変な借りを作るのは得策ではありません。
それに、そんな巨額の借り入れを懐にした家臣の家には、まだかなりの資金と贅沢品が残っているはずです。
だいたい父上のせいとは言え領内が予算不足で汲々としている中、変に羽振りの良い家臣なんて、誰もおかしいと思わなかったのかしら。
やっぱり上がダメだと、下も好き勝手やり始めるものなのでしょうか。
そうした言ってはなんですけれど、ろくでもない家臣たちの私財を没収して、本当にひどい者は領外へ追放、まだ多少の情状の余地と改善の見込みのある者は家禄を削ったりしたことで、わが領の資産状況はかなり改善しました。
それにもともとわが領は王国内有数の豊かな土地なのです。だからこそ五つの丘を中心に古代から栄えてきたのですし、その経済力を背景に父上も築城に没頭することができたのです。
そういう意味では、父上の遺してくれた『ライアシュタイン城』は、豊かなエルクサンブルクに咲いた徒花と言えるのかもしれません。
そのお城は築城マニアがその全精力を傾けて作り上げた理想のお城でしたから、観光資源として有効活用させてもらうことにしました。
父上の本意ではないかもしれないですけれど、でも、この領の発展に一役買うのならば、父上の暴走も多少は意味があったことになるのではないかと思えるのです。
何しろ『ライアシュタイン城』の一番高い部屋からは、エルルム山脈の雄大な姿だけでなく、バール湖の青い湖面や、その西のトゥーズ湖の透き通るような湖面さえ拝むことができるのですから。
本当にお城についてだけは、どこまでも緻密に計算して作られましたこと!
できればそんな『カリア川の貴婦人』に触れてみたいと思う人たちは、一定数いるはずです。
そういった方たちにお城にお泊りいただいたり、貴族や豪商の結婚式などに利用してもらったりすることで、あのお城の維持費の一部でも捻出できればいいのですが。
さらには王都から風光明媚なバール湖へと向かう途中にあるわが領には、あの城を目当てに来る方たちも、段々と増やしていくこともできると思うのです。
先日、私宛てに王宮から宰相府の一員として出仕するよう要請がありました。
王家には、急速に領内の統治体勢を立て直し、もともと豊かな土地を活用して力をつけ始めたエルクサンブルクを牽制しようという意図もあるような気がします。
私は出仕するに当たり、一つ条件を付けました。
お兄様の、シュタウリンゲン家の屋敷を、わが家の第二の王都屋敷として賜り、家臣たちもわが家が雇用することを許していただいたのです。
新領土のカーブガーズでは新たな大鉱脈が見つかり、かの地は活気に溢れているようですが、負けているわけにはいきません。
いえ、そういった新しい活力を王国に取り込んで、父上の汚名を雪ぐだけでなく、お兄様の尊い犠牲の上に成り立ったこの平和な日々を、より良いものにして行くのです。
あのままお兄様が魔王討伐に成功して、当初の予定通り私と結婚して下さっていたのなら、こんなことは考えなくて済んだのでしょう。
でも、お兄様を失って、私にはもう領内を豊かにし、領民を幸せにすることくらいしかすることはなくなってしまいました。
今度はそれを王国中に向けてやってみるだけです。
例え相手が女王陛下の信頼の篤い大公閣下であろうと、私のことを愛してくれた二人が残してくれたこの平和な国のためには、容赦する気はありません。
私はそう誓っているのです。
「賢者様はエルクサンブルクのティファーナ様と、以前からのお知り合いだそうですね。彼女は若い身でありながら宰相府の一員として、本当に素晴らしい働きをしてくださっているのです。
ですから私がこうして、王国にとって重要な新領土である、この地を治める賢者様の許を訪れることができるのです」
女王様が美しい笑顔とともにそうおっしゃるのを聞いても、いまだに俺には信じられず、曖昧な笑みで返すことくらいしかできなかった。
だが最近、ティファーナという名前を聞くたびに、俺は何故かエルルム山脈から飛び立った大きな白い鳥が、その嘴にくわえた山の頂に常に残る冷たい氷から水を滴らせたかのような冷たいものを背中に感じ、ゾッとするようになった。
そもそもどうしてそんな想像をしたのかさえ、よく分からないが、そんなイメージが突然、俺の頭に浮かんできたのだ。
やっぱりアンヴェルのことで後ろめたい気持ちがあるからかなとは思うのだが、女王様からお話を聞いている限りでは、すでに彼女は王国のために生き生きと働いているようだ。
それなら俺が気にすることなど何もないはずなのだが。




