第六十八話 古竜王の出現
俺たちはカルスケイオスのベルティラの屋敷に滞在を続けていた。
今もダイニングに集まって、午後のお茶の時間を過ごしていたところだ。
やっぱりお茶ばかりしているように見えるかもしれないが、ラノベやゲームのないこの世界では、お茶を飲みながら話すくらいしかすることがないとも言える。
それに考えてみるとパーティーは俺以外、若い女性ばかりだから話も弾むというものだ。
まあ、中身や実際の年齢などを考えてみると一概にそうとも言えないし、リューリットやアリアは口数も多くないから、人によると言うのが正解なのだろうが。
そのお茶を楽しんでいるメンバーの中には今やカルスケイオスの統治者となったベルティラの姿もあった。
「ベルティラは忙しいのだろう? こんなところで俺たちと油を売っていて大丈夫なのか?」
俺がそう尋ねると彼女は、
「忙中閑あり。こういった時間も必要なのだ。それに魔王様の作られた統治機構は優秀だからな」
ベルティラはそう言って、俺の言葉など気にする様子もない。
為政者の持つ権力は人間よりも魔族の方が強いようだし、魔王バセリスは魔族の中でも圧倒的な実力を持っていたみたいだから、逆らう者はいなかったのだろう。
なにしろベルティラでさえ、命ぜられればおとなしく牢に入るしかなかったくらいだからな。
そういう意味では効率的な統治が可能だったのかもしれない。効率的な統治が行われれば、そこに住まう者が幸せかと言えば、それは別問題だろうが。
そのベルティラだが、俺たちとエンシェント・ドラゴンを倒したことで魔王バセリスに匹敵する力を得たようだ。
戦いの後、俺にもあの力が増すレベルアップの感覚があったのだが、俺たちよりずっとレベルの低かった彼女は一気に相当、レベルが上がったようで、自分でも驚いていた。
「これならバセリス様の後継者を名乗っても、誰も笑いはすまい」
そう言って不敵な笑みを浮かべる彼女の姿に、変な野望を抱かれたら厄介だなと少し心配になる。
それでもまだ俺たちの方が圧倒的に強いことに変わりはないのだが。
彼女がこの地を統治することになって、「カルスケイオスの力の空白」は埋められたのではないかと思っている。
俺が見た『ドラゴン・クレスタⅡ』のキャッチコピーの記憶が正しければ、ドラゴンの侵攻の条件のひとつはこれで解除されたはずだ。
そうであるなら、残りはトゥルタークがロードと結んだ盟約だけが問題になるはずだった。
「先生。それにしてもドラゴン・ロードは動きませんね」
昨日も同じ話をしたと思うのだが、俺たちにとって喫緊の、そして最大の課題は古竜王対策なのだから、どうしても毎日、話題はそのことに集中してしまう。
だが、この世界最高の大賢者であるトゥルタークだって、ドラゴン・ロードのことをそれほど知っているわけではないのだ。
断片的に残った本当か嘘かも分からないようなわずかな伝承。それだけが情報のすべてだった。
俺たちは彼との盟約を破った上に、その眷属を倒し、彼が下した命令の実行を妨げているのだ。ますますロードの不興を買ったであろうことは想像に難くない。
もちろん盟約を破ったことについては謝罪する気持ちはあるが、そうしようにもロードと意思疎通を図る術がないのだ。
グリューネヴァルトのエルフの聖地からの連絡手段は一方的に断たれてしまったし、ロードがカーブガーズのどこにいるのかも分からない。
神々の御座があると言われるエレブレス山に巣穴があるような気もするが、俺が漠然とそう思っているだけで、トゥーズ湖のときのようにゲーム知識があるわけでもない。
パーヴィーを帰してしまったのは失敗だったなと思ったが、なにしろ彼は気まぐれだ。
それにあんな風だから危険を感じることなく話したりできているが、彼だってエンシェント・ドラゴンなのだから、俺たちが無理やり言うことを聞かせることなんてできるはずもない。
敵対しないでいてくれるだけで有り難いと思うべきだろう。
そうして、その日も一日が無為に過ぎ、少しずつ募る焦りのような感情があったからか、その夜は寝つきが悪く、少しのどが渇いた気がした俺は水でも飲むかと思ってダイニングに向かった。
すると、行った先のダイニングの扉からはまだ明かりが漏れている。
(もしかしたら消し忘れかな、火事にでもなったら大変だし、丁度よかった。水を飲んだ後、俺が消しておけばいいや)
そう思ってダイニングに入ると、そこにはまだベルティラがいて、ダイニングテーブルの椅子に座って何やら本を読んでいた。
ベルティラは突然現れた俺に驚いたようで、読んでいた本を慌てて隠したが、その見覚えのある黒い革表紙を俺は見逃さなかった。
「それはあの魔導書だな」
俺がそう言うと、彼女は誤魔化しきれないと思ったのだろう、おずおずと背後から闇魔法の魔導書を取り出した。
俺は扉を閉めてダイニングに足を踏み入れる。
「魔力が増えて、これまで使えなかった呪文ももしかしたら使えるようになったのではないかと思ってな。久しぶりに確認をしていたのだ」
ベルティラはそう言って再び魔導書を開く。
「考えてみればこれもお前たちのおかげだな」
そうしんみりと言ってくれる彼女はとても穏やかな表情で、今の彼女を見たら、ダークエルフに対する偏見も少しは和らぐのではないかと思えるくらいだ。
だが、そんな彼女の様子を見ながらも、俺はこの機会を逃したくはなかった。
「そう思っているのなら、もう一度見せてくれないか」
せっかく平穏な良い時間が流れているのに、彼女の気持ちに付け込んで対価を要求するようなことを言って、その空気をぶち壊す俺の方がよほど魔族っぽいのかもしれない。
ベルティラに取り上げられる前に見た、あの魔導書に書かれていた「ダークネス・アポカリプス」の呪文の威力は凄まじかった。
エンシェント・ドラゴンの硬い鱗に覆われた太い尾を一撃で断ち切ったのだ。
あれが当初の狙いどおり奴の胴体を両断していたら、もしかしたらその時点で俺たちは奴に勝利していたかもしれない。
おそらく俺の顔には鬼気迫るものがあったのだろう。そのいつもとは違う様子に戸惑ったようで、ベルティラは、
「いきなりどうしたのだ。お前。嫌悪する者の方が多いのだぞ……」
そう言って、俺が闇魔法の魔導書を見ることに執着することが不思議なようだ。
「減る物でもないし、いいだろう?」
ベルティラは俺に「中二病だからです」とでも言わせたいのだろうか。そう思って少し苛ついていた俺の口調は、乱暴に聞こえたかも知れない。
「いや、そんな簡単に見せていいものでは……」
それでもそう言って迷いを見せる彼女に、俺は今度は猫なで声で頼み込む。
「ほんの少しだけでいいから」
懇願する俺に断り切れないと思ったのだろう、ベルティラは、
「仕方ないな。では少しだけだぞ。ほら……」
そう言ってやっと魔導書を渡してくれた。
開かれていたページを見ると、そこには「エターナル・バインド」の魔法が載っていた。
せっかくなので俺もそこを読んでみると、どうもベルティラの首枷の原因となった闇魔法のようだ。
おそらく彼女は自分の首枷を外せないかと調べていたのだろう。
記述をざっと見ていくと、術者が滅ぶと身体への拘束からは解放されるが首枷は残ると書いてある。ベルティラの今の状況はまさにこれだろう。
そして首枷を含めた魔法が解けるのは、前の術者以上の力を持つ者が新しい対象に向けて「エターナル・バインド」を掛けた場合のみとの記載もある。
さすがは闇魔法、はっきり言って呪いに近い効果を発揮するようだ。
俺はそのページに記された「エターナル・バインド」の呪文を目で追って覚えていく。この先、役に立つかどうかは分からないが、禍々しい言葉で紡がれる呪文はそれだけで十分に魅力的だ。
貪るように魔導書を読む俺の様子に、
「お前は本当に好きなのだな」
ベルティラはそう呆れたような声を出す。
だが、俺が本当に見たいページはここではない。彼女の気が変わらないうちにと、俺は慌てて最後の方の色の違うページを開く。
「お前。いきなりそこか!」
ベルティラがそう言って大きな声を出したかと思った瞬間、ダイニングの扉がバタンという大きな音を立てて開き、アグナユディテが飛び込んで来た。
「アマン。あなた! 何をしているの!」
彼女はそう俺を非難するような声を浴びせてくる。
「いや。ベルティラから魔導書を見せてもらっていたんだ」
俺が驚いてそう答えると、彼女は少しだけきょとんとした顔をしていたが、すぐにまた、
「こんな夜遅くになんでそんなことをしているの! 私、てっきり……そうじゃなくて、その、迷惑だわ。いったい何してるのよ!」
そう大きな声でまくし立ててきた。彼女の大声の方がよほど迷惑だと思うのだが。
「なんだ、お前……。そうか……これは傑作だ」
そう言ってベルティラは「そうか、そうか」と言いながら、声を上げて笑い出した。
何が「そうか」なのかはよく分からないが、こんなに愉快そうに笑う彼女を見るのは初めてかもしれない。
俺がそう思っていると、逆にアグナユディテは憮然とした様子で唇を噛んでいるようにも見えた。
そして笑い続けるベルティラに刺すような厳しい視線を向けて、
「ベルティラ・デュクラン。それ以上、余計な口を叩くことはやめてもらえるかしら」
恐ろしく冷めた声で言った。
ベルティラはそれでも笑いが収まらないようだったが、
「ああ。わかった、わかった。もう遅いからな。私もやすむとしよう。お前も早くやすんだ方がいいぞ」
そう言って俺の手から魔導書を取り上げると、そのままダイニングから出て行ってしまった。
アグナユディテが乱入してきたせいで、俺が見ることのできた闇魔法の呪文は「エターナル・バインド」だけになってしまった。
もっと見たかったのにと不満に思う俺よりも、彼女の機嫌の方が恐ろしく悪く、「アマンも、さっさと寝なさい!」と捨て台詞を残して彼女は立ち去ってしまった。
俺は仕方なく当初の目的だった水を飲むとダイニングの灯を消して、すごすごと寝室へ戻ったのだった。
その後も、パーヴィーが訪ねて来ることもなく、ドラゴン・ロード対策になんの進捗のない日々を幾日か過ごしていた午前中のまだ早い時間のことだった。
ベルティラが政務を執っている政庁から俺たちがいる屋敷へと戻って来たのだ。
「上空を西へと向かう巨大な影を見たと言う情報が多数寄せられている。もしやと思って、とにかくお前たちに知らせにきたのだ」
統治者自ら伝令役とは申し訳ないが、貴重な情報なので有り難い。
俺たちは屋敷を飛び出して西の空を眺めるが、既に報告のあった影は過ぎ去ってしまったらしく、そこにはなにも見えなかった。
俺はその影がパーヴィーであったなら、カーブガーズへの帰り道でアグナユディテの精霊魔法で声を掛けて、こちらに来てもらい、ロードについての話を聞けるのではと少し期待した。
だが、そんな俺の淡い期待が叶うことはなかった。
しばらくして、今度はカルスケイオスの北の空を東へと戻っていく巨大な影を俺たちは目撃した。
それはパーヴィーよりも一回りも二回りも大きく、日の光に全身の鱗が金色に輝くドラゴンの姿だった。
俺はアグナユディテを見たが、彼女はドラゴンを見据えたまま首を振って、
「さすがに遠すぎるわ。悪いけれど精霊の力でも届きそうにない」
そう残念そうに言う。あのドラゴンとコンタクトを取ることは難しいようだ。
そのドラゴンは高い空から睥睨するかのようにカルスケイオスの上をゆっくりと飛翔し、一度大きく咆哮すると、そのまま東へと去って行った。
だが、アグナユディテの精霊魔法でも声を届けられない距離から放たれたものであるにも関わらず、大地を震わせるようなドラゴンの咆哮に、しばらくの間カルスケイオス全土が恐慌に陥ったのだった。
ベルティラはその直後から屋敷を訪れてきた配下の者たちに澱みなく指示を与えると、俺たちに「とりあえずエルジャジアンの町へ行ってみてはどうだ」と提案してきた。
それは俺も考えていたのだが、彼女も忙しそうだから、瞬間移動の力を使ってもらうのは難しいかなと思っていたのだ。
だが、そんなことを言っている場合ではなさそうだ。
もしあの影が俺たち全員がそう思っているであろうとおりエンシェント・ドラゴン・ロードだったとしたら、このカルスケイオスだって無事では済まない可能性が高い。
「魔力も増えたからな。エルジャジアンの町までくらいなら、そこまで気にすることもない」
ベルティラは再び屋敷を訪れた配下の一人に「私はエルジャジアンの町まで出掛けてくるので、後はよろしく頼む」と伝えた後、俺たちにそう言ってくれた。
そして俺たちは全員でエルジャジアンの町の側の、以前、野営をした場所まで跳んだのだった。




