第五百六十三話 帰還後の皇宮で
「アマンは本当にお人好しですのね」
皇宮の執務室で俺をお人好し認定してきたのはプロメイナだった。
「どうして俺がお人好しなんだ?」
南の大陸についてはララティーたちに任せ、俺たちは船で北の大陸に戻って来ていた。
俺たちだけならベルティラの瞬間移動で戻ったって良かったのだが今回、イアーク・アラガンやジョバターキ、クロンビーエたちがアルスウィードから駆けつけてくれなかったら詰んでいた可能性は高い。
だからその感謝の気持ちを示すこともあり、きちんと皆と船に乗って帰って来たのだ。
アグナユディテやベルティラに風の精霊を操ってもらう必要もあったしな。
「あんなに簡単にあの広大な領域をララティーさんに委ねられるなんて。少しは帝国が権益をお取りになるのかと思いましたわ」
どうやら彼女の中では、俺は何の考えもなく、ぽんとララティーに南の大陸をくれてやったように見えたらしい。
多少は実利を得たらどうだってことのようだ。
「いや。そんなの必要ないし無理だろう?」
南の大陸はこれまで冥王の支配の下、と言うよりも厚い雲に覆われて作物も育たず、破滅の一歩手前まで行っていたのだ。
何年か後、落ち着いたら多少の余裕はできるかもしれないが、今はララティーに任せるのが一番だろう。
これ以上、俺に何か求められても困るのだ。
イベリアノたちがいるから遠隔統治できないことはないかもしれないけどな。
「それに私たちへの恩賞まで。問題ありませんの?」
珍しく上目遣いに俺を見てきたのは、帝国の資産状況を気にしてくれたかららしい。
彼女も賠償金の支払いでクリュナミアの国庫が空になりそうになったりと苦労したからな。
「ああ。そこは問題ないらしい。ティファーナは多少、こぼしていたけど」
プロメイナもクロンビーエも将来の危機への対処のためで、大陸全体の問題なのだから恩賞など必要ないと言ってくれた。
でも、さすがに申し訳ないと思って遠征に掛かった費用に色をつけて支払ったのだ。
そのうえ、南の大陸へ向けて穀物なんかも送ったから、帝国の一方的な負担ばかりだって言われればそのとおりだった。
「私もこれまでの努力が水の泡だと嫌味を言われましたわ。でもクリュナミアの財政が助かったのは事実ですからアマンにはお礼を言わせていただきますわ」
ティファーナからしたら、これまでの貯えがってことなんだろうけど、それでも彼女は今回の事の重大さを理解して、きちんと恩賞を手配してくれたのだ。
「我が主よ。よろしいですか?」
ベルティラがやって来て、俺はプロメイナが「アマンは私と話しているのです!」なんてキレるんじゃないかと思ったのだが、そんなことにはならなかった。
ベルティラの背後にミセラーナの姿が見えたからだろう。
「ミセラーナさん。こちらへいらっしゃいます?」
プロメイナは普段から自分をミセラーナと同格に扱えと俺に言っているからか、元女王という地位に敬意を払ってか、彼女には一目置いているようだった。
「ミセラーナが我が主に改めてお礼を申し上げたいと言うのでな。我が主はお忙しいであろうと遠慮していたのですが、そろそろよろしいのではと思いまして」
ベルティラは、と言うよりミセラーナが気を遣ってくれたようだが、俺の留守中はイベリアノたちが政務を執ってくれていたから問題など起こりようもない。
皇宮に戻ってからはひたすらティファーナが持ってきた大量の書類にサインをして、事後承認を続けてきただけなのだ。
「ああ。もう大丈夫だ。でもお礼なんて、もう何度も言ってもらったけどな」
南の大陸でも船の中でも、ミセラーナからは何度もお礼の言葉をもらったのだ。
俺は当然のことをしたと思っているし、あまり気に掛けられると気恥ずかしいくらいだ。
「賢者様には何度お礼を申し上げても足らないと思っているのです。思い出すたびに涙が溢れそうになるほどです」
彼女はゆっくりと首を振ると俺を見詰めて、またそう言ってくれる。
彼女がエリデレスに拐われたのは俺の不注意による面が多々あるし、そもそもの原因を考えると後ろめたい気がするのだ。
「ああ。とにかくミセラーナが無事で良かったよ。それに俺たちと合流してからはミセラーナは大活躍だったからな」
彼女は早々にヴァンジーグの町から逃げ出していたから、俺が彼女を救い出したわけではないのだが、彼女は俺が南の大陸まで来てくれたことが嬉しかったらしい。
そんなの本当に当たり前だけどな。
「だからララティーと共同統治するとか、あの大陸の一部、例えばスルナクとかミルイーズの町をミセラーナの領地にするとかもありだと思ったんだけどな」
クレスタンブルグの王宮と同じってわけにはいかないかもしれないが、ミセラーナにあの大陸のどこかの女王になってもらってもいいかなと、ちらと考えたのだ。
「い、いえ。私は賢者様のところに、カーブガーズに置いていただきたいのです」
ミセラーナは何故か慌てた様子で断ってきたが、彼女ならこれまで冥王の支配に苦しんできたあの地方の人たちを、その優しさで癒してくれると思うのだ。
ララティーはその点、ちょっと心配だよな。
「そう言えばアルジヤンは彼の地の守護神に戻ったようですな」
「ああ。テミーメもな」
二人? ともセヤヌスの加護が戻ったからには安心だと言って、それぞれ自分が祀られている社に戻っていた。
これから彼らは自分の守護する地方に、豊かな稔りと平和な日々をもたらしてくれるのだろう。
エンディング後の世界ってそんなものだよな。
三人が連れ立って部屋へ戻り、しばらくして何とか今日の分の書類へのサインを終えると、俺はカトリエーナにお茶をお願いした。
ゆったりとした午後の時間を過ごそうと思ったのだ。
(カトリエーナももう余分に一杯、作る必要はないんじゃないか?)
俺の正面に置かれたティーカップから立ち昇る湯気を眺めながら、俺はそんなことを考えていた。
だが、やはりそういったことは考えるべきではなかったらしい。
「お父様。おかえりなさい。新しい大陸はいかがでした?」
いきなり背後から声を掛けられ、すっかり油断していた俺は危うくお茶を吹き出しそうになった。
「や、やあ。メーオ。久しぶりだな。忙しいんだって言っていたけど、何をしていたんだい?」
今回の南の大陸行きに彼女は同行してくれなかった。
彼女の瞬間移動の力があればって思ったことは一度や二度ではない。
クリュナミアの軍隊だって、船を使うことなく余裕で帰還できたはずだからな。
「秘密です。それよりお父様。あちらでは楽しまれましたか?」
お茶を用意して彼女が姿を見せないなんて、これまでなかったから本当に忙しかったのかもしれないが、どうも眉唾だ。
それに楽しんだのかって……。
「いや。ミセラーナを取り戻すのに必死だったし、メーオの言ったとおり地獄のような場所だったからな。楽しかっただなんて……」
そう口にして、でも今となってみれば良かったんだろうなと思えることに気がついた。
ミセラーナは無事に帰って来たし、ララティーは自分の王国を手に入れた。南の大陸は冥王の支配を逃れ、厚い雲は消え去って豊かな土地に戻るだろう。
それにポーンこそ滅ぼしたものの、傀儡になっていた人たちは皆、正気を取り戻した。
ペラなんてお兄さんが帰って来たって泣いて喜んでいたからな。
石化の魔法を解除したアリアに何度もお礼を言って。
そう言えば俺にはお礼の言葉はなかったな……。
「そうですか。メーオはお父様はきっと楽しんでくださると思っていたのですけど。だって、あの大陸はお父様のためにデザインしたのですから」
「えっ?」
メーオは突然、思ってもみないことを言い出した。
「俺のためにデザインしたって?」
言われてみれば彼女は俺の好みに合わせたなんて言っていた。
どうして俺の好みに合わせた結果が地獄みたいな場所なんだって思った記憶がある。
「はい。そうです。あの大陸はおかしな者たちが現れる前、どんな場所だったかお父様はご存じですよね?」
「ああ。理想郷みたいなところだったんだろう?」
ペラから聞いたってエディルナが言っていたはずだ。
とても暮らしやすい土地だったとも聞いたと思う。
「でもそれは女神セヤヌスの加護に依存した、とても脆弱なものだったんです。そこに突如として奴が現れた」
何だかメーオらしからぬ回りくどい言い方だなって思ったが、俺は素直に聴いていた。
「奴って冥王のことだよな?」
俺が確認するとメーオは頷いて、
「はい。闇を支配する冥府の王です。奴は女神の加護が弱まった隙を突いて聖域の秩序を乱し、あの大陸に『混沌』を振り撒いたのです」
メーオはどうして『聖域』のことなんて知っているんだろうって疑問を感じたが、彼女がデザインした大陸だからなのだろうか?
「そして滅亡せんとする異世界から転移するという数奇な運命を持った女性。そんな彼女は彼の地に導かれ、そこで運命に抗って戦い、冥王を封印した英雄に、そして王になったのです」
どうやらララティーのことらしいが、やはりいつにもないもって回った言い方だ。
そしてメーオは何だか自慢気だが、俺にはその理由はさっぱり分からなかった。
「ここまで言ってもお父様はまだ思い出されないのですか? メーオ、悲しいです」
そう口にして顔を伏せ、手で瞼を拭う仕草を見せる彼女の姿に、俺は嫌な予感がした。
いや、絶対に嘘泣きだと思うけどな。
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