第五百六十二話 ララティーの凱旋
聖域の上、雲の切れ間に開いた青空は、その後も広がり続けた。
暖かい日の光が地上を照らすと、所々に存在していた『混沌』の水溜まりは幻のように消え去った。
「これがこの大陸の本来の姿なのね」
俺の背中から北に広がる大地を眺めながらアグナユディテがそう口にしていた。
「ああ。冥王はいなくなったし、女神の加護も戻っているみたいだから、きっと住み良い土地になるんだろうな」
この大陸は元々は理想郷だと言われるくらいの場所だったのだ。
明るく輝く大地に今は緑は少ないが、すぐに元の姿を取り戻すだろう。
俺はそう考えながら俺たちが元いた峠に戻って来た。
「えっと。馬車は?」
ララティーが尋ねてきたが、馬車は俺の後方だ。
「なんと! 浮かべていたのですか?」
ヨランでさえ驚いていたから誰も気がついていなかったらしい。
あのままここへ置いていったりしたら『混沌』の暴風雨に晒されて馬車も馬も骨と残骸だけになっていたんじゃないだろうか。
現代人の俺としては馬をそんな目に遭わせるわけにはいかないのだ。
「アマン。もういいんじゃないのかい?」
馬車とともに皆を地面に下ろすと、エディルナが言ってきたのは、人間の姿に戻ったらどうだってことだろう。
実際にジャーヴィーは、
「では、我は失礼するとするか」
そう言ってちらりとペルティリャに目を遣ると、その身体が銀色に輝き、ダークエルフの女性の姿になっていたし、パーヴィーも、
「あー。面白かった! こんな経験、そうそうできないね。アマンといると退屈しないね」
なんて楽しそうに口にして、空中でくるりと一回転するとそのまま地上に降りてアンヴェルの姿になった。
「はっ! 僕はいったい?」
アンヴェルはもう自分の依り代がドラゴンだと分かっているはずなのだが、やはり意識を失う状況には慣れないようだった。
「いや。俺も元に戻りたいんだけど、どうしたらいいのか分からないんだ」
俺以外の二人はドラゴンの方が勝手に意識を表に出したりしているから、人間であるアンヴェルはもとよりダークエルフでさえ抵抗することはできないのだろう。
相手はエンシェント・ドラゴンなのだし、力に差があり過ぎるはずだ。
「えっ! 元に戻れないってこと?」
アグナユディテが俺を見上げて訊いてきた。
彼女を見下ろしながら、この構図は新鮮だなと思ったが、今はそれどころではない。
「どうやって皇宮に入るんだい?」
エディルナの心配はそっちかよと思ったが、確かにこの身体では皇宮には入れそうにない。
この先、俺はずっと野宿になるのだろうか?
「困ったな。ティファーナたちに何て言おう」
ドラゴンが支配者だなんて、まるで俺たちがこの世界のジャーヴィーを倒す前のカルスケイオスみたいだし、カーブガーズに暮らす人たちは不安に思うかもしれない。
俺の実体は何も変わらないんだけどね。
「私はアマンがその姿でも構わないわ。カーブガーズの皆もそうだと思うけど、もし受け入れてもらえないのだったら、どこか暮らせる場所を探しましょ」
突然、アグナユディテがそんなことを言い出すと、ベルティラが慌てて、
「いえ。暮らす場所にお困りならカルスケイオスへおいでください」
なんて言い出した。
あの場所こそジャーヴィーの支配の後遺症でドラゴンにはアレルギーがあるんじゃないだろうか?
「とりあえずさっきみたいにドラゴンに呼び掛けてみたら? 元に戻してくださいって」
ララティーの意見が正しそうだ。
俺は改めて俺の依り代となっているドラゴンに呼び掛けた。
「フラヴィー。フラヴィー。力を貸して!」
それなりに大きな声を出したつもりだったが、やはり何も起こらない。
「ダメか。もう一度。フラヴィー! フラ……」
(もう! うるさいよ!!)
今度はかなりキレ気味の反応が返ってきた。
(安眠妨害だよ! これ以上続くようならロードに言って、僕はこの任務から解放してもらうからね!)
どうやら俺の依り代になることは、ドラゴン・ロードから任務として与えられたことらしい。
ドラゴン・ロードのご本尊はエレブレス山の女神だったから、まあそう言うことなのだろう。
でも、そうなると俺はやっぱりドラゴンのままなのかと思ったのだが、
(ああ。姿のことか。元に戻すから勝手にしてよ。本当にもう……)
そんな声が聞こえたかと思うと、俺の身体は銀色に輝き、視線がすっと低くなった。
「アマン。おかえりなさい」
目の前にはアグナユディテがいて、そう言って笑顔を見せてくれた。
「賢者様。お疲れ様でした」
ミセラーナも俺を労ってくれるが、魔法を使い続けた彼女こそ疲れているはずなのだ。
「人間に戻れたじゃない。やっぱり私が言ったとおりよね」
ララティーも口は悪いが、彼女もここまで大活躍だったのだ。
「でも、アマンがドラゴンになれるなら、そのペンダントはあなたにあげる。私が持っていてももう仕方がないしね」
彼女はちょっと淋しそうに言ってきたが、おそらく俺ももうドラゴンの力は使えないだろう。
フラヴィーとか言う俺の依り代になっているドラゴンは気がついていないようだったが、彼に俺の依り代になるように命じたドラゴン・ロードはもう滅んでいる。
だからその任務はもう終了だって言われて何処かへ飛び去ってしまわれたら困るのだ。
と言うよりも、そうなったら俺ってどうなるんだろう?
「どうしたの?」
寒気を感じて身を震わせた俺をアグナユディテが気遣ってくれた。
「いや。何でもない。それよりララティーはこれからどうするんだ? ここの王様になるのか?」
俺は上陸したクルーブの町の周辺で彼女がどんな活動をしていたか詳しくは知らない。
でも、あの町の近くに棲んでいた二頭のドラゴンを退治して住民たちに感謝されていたみたいだから、それなりに人々の支持はあるのかもしれなかった。
「ええ。そのつもりよ。ここまでの私の活躍、特にポーンや傀儡との戦いは多くの人が目撃したはずだし、王に推戴してもらえるんじゃないかと思ってる」
俺はそんなに簡単に行くのかなって思ったが、俺だって何の根拠もなく王を称し、皇帝に即位したのだ。
やっぱり周りの人が王だと認めるかどうかだろう。
そして少なくとも俺は彼女の王位を認めるつもりだった。
そして彼女の認識が誤っていなかったことに、俺たちは北へと戻る途中、立ち寄った町々で知ることになった。
「ララティー様。万歳!」
「勝利の女神、ララティー様に栄光あれ!」
クルーブの町へ避難していた人や、何より傀儡から元に戻ることのできた人たちは、口々にララティーの偉業を讃えた。
「冥王の恐怖を打ち払い、聖域の秩序を取り戻した英雄を我らの王に!!」
民衆の内からそんな声が上がり出すまで、ほとんど待つ必要もなかった。
「我々はすっかり引き立て役ですな」
ジョバターキは頭の後ろで手を組んで、つまらなそうに言っていたが、イアーク・アラガンは、
「彼女の功績は顕らかだし、冥王を封じることができなければアドゥーアの聖女が見た未来が待っていたのだろう。卿も感謝すべきだと思うがな」
なんて相変わらずの謹厳な態度で彼を宥めていた。
「食料も無駄にならなくて良かったですな」
クロンビーエはすでに帰国の準備に余念がなかったが、彼を含め、アルスウィードからやって来てくれた軍は余った糧食を町の人々に提供してくれていた。
「持って帰ろうにも悪くなってしまいますから。帰りは時間も掛からないのでしょう?」
彼の問いにアグナユディテが、
「ええ。風の精霊の力も強くなったから順風をお願いするわ。帰りの航海は風に困ることはないはずよ」
そう答えていたから、彼女やもしかしたらベルティラも魔法を使ってくれるようだ。
いや、トゥルタークも人数に入っているのかもしれない。
俺は……あまり期待されていなさそうだ。
「これで急場は凌げそうですわね」
プロメイナもクリュナミア軍に命じて食料を供出してくれた。
いや、彼女の命令が出る前にイアーク・アラガンが準備を進めてくれていたようで、俺たちはそのおかげで各地の町で大歓迎を受けたのだ。
「とても助かります。でも次の収穫の時期まで何とかしないと……」
ララティーはすでにこの大陸の為政者としての自覚があるのか、食糧の確保に頭を悩ませていた。
「それなら帝国が援助するぞ。でもそうだな、出世払いだな」
自分で言っていて渋いなって思うが、俺が勝手に決めると碌なことがないのだ。
ここはイベリアノやティファーナに確認してからにすべきだろう。
「出世払いって。ララティーはすぐにも国王になるんだから、すぐに払えってことかい?」
アデーレが苦笑しながら訊いてきて、俺も同じように笑わざるを得ない。
確かに国王になる以上の出世って考えづらいだろう。
「分かったわ。アマン、ありがとう。ここに暮らすすべての人たちが安心して過ごせる、そんな立派な国になったら必ずお返しするわ」
彼女はそうお礼の言葉をくれたが、それって永久に返す気がないってことじゃないだろうか?
でもイベリアノが帝国の国庫には余裕があるみたいなことを言っていた気がするし、俺は後のことはあの三人に任せてしまうことにした。
北へ進むほど、ララティーを迎える人々の声は熱を帯び、大陸を解放した彼女の即位を待ち望んでいるように感じられた。
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