第五十八話 エルジャジアンの町へ
女王様の私室から下がった俺は、そのまま王宮を出て宿に向かった。
王宮で手配してくれたエクサレなんちゃらとか言う宿は、とにかく王宮から近いことだけは本当に便利だ。
準備ができ次第、エルジャジアンへ向けて出発するつもりだから、その便利な宿も結局、一泊しかしなかったことになるわけだが。
王宮前の広場を横切ってすぐに宿に到着すると、ロビーでエディルナが俺を待っていてくれた。
「エディルナ。待っていてくれたのか。もう、出発の準備は整ったみたいだな」
彼女はもともと冒険者だから荷物をまとめるのも早い。時間に余裕ができたのだろう。
だが、彼女は俺を見ると「あー。やっぱり。ここで待っていて正解だったよ」と、何だか不機嫌そうな声を上げて顔を顰め、ずかずかと俺に近寄ると、ポケットから出したハンカチで俺の右の頬を乱暴に擦りだした。
「いや。エディルナ。ちょっと痛いんだが」
俺がそう言っても彼女はまだ不機嫌な様子で「ちょっと我慢してろ」と言っていたが、すぐに「まあ、これでいいだろう」と言って手を止めて、
「で、アマンは女王様に呼ばれて何をしていたんだ?」
何だか詰問するように言ってきた。
せっかく俺のことを待っていてくれたと思ったのに、俺も何だか興ざめした気分になり、
「いや。それは部屋へ戻って皆に一緒に話すよ」
そう返したのだが、
「いいから。まず、今、ここで、わたしだけに話せ」
などと、有無を言わさずといった勢いだ。
仕方なく俺は、女王様の私室に伺ったところ、また危険な目に遭わせて悪いからと言われて、王家に伝わるマジックアイテムをくださったことを話した。
だが、エディルナは納得せず、
「いや、それだけじゃないだろう。言いにくいかもしれないが、誰にも言わないから、ちゃんと話してくれ」
とか言っている。
シナリオの進行に関係しそうなのはそれだけなんだがと、俺は思ったが、一応念の為、女王様がおまじないをして下さると言って、目を瞑るようにとおっしゃったこと、少し怖い気もしたが開けていいと言われるまで目を瞑っていたことも話した。そして、
「なんだかとてもよい香りがしたから、俺の側にいらっしゃって、お祈りかなにかしてくださっていたんだと思うぞ。でも、それってそんなに大変なことなのか?」
エディルナの強引さに俺は少しカチンときていたから、言い方が乱暴になったかも知れない。
確かに女王様が直々にお祈りをして下さるって、貴族としては大変な名誉なのかもしれないが。
だが、エディルナは俺に答えようとはせずに、
「まあ、女王様は二度も救い出されているから仕方ないか。どうせ当分お会いすることもないし。問題はリューリットの方だな。まったく、分かっているくせにルール違反だろう」
とか、小声だったので俺もはっきりと聞き取れたわけではないが、そんなようなよく分からない独り言を言っている。そして、
「アマン。さっきのことは誰にも言うなよ」
と俺の肩を両手で押さえて言ってきた。
「マジックアイテムのことをか?」
と俺が聞くと、
「いや。そうじゃない。女王様のおまじないのことだ」
とか、訳が分からない。
さっきだってエディルナが他にも何かあったはずだ、とか言うから話しただけで、そんなこと話して何になると言うんだ。
俺がエディルナとともに部屋へ戻ると、すでに皆、出発の準備ができたらしく、全員が俺の部屋に集まっていた。
エディルナは「アマンと下で偶然、一緒になってね」とか言っていて、本当に今日の彼女はよくわからない。
俺も早く出発の準備をしないとなと思ったのだが、すでにバトラーとメイドが粗方、荷物を整理してくれていて、俺がすることはほとんどなかった。
俺は皆に向かって、女王様にお会いした時のことをざっと説明すると、懐から市松模様の袋を出して、
「そう言う訳で、このマジックアイテムはアグナユディテに持っていてもらおうと思うんだ」
そう彼女に告げた。言われた方の彼女は、
「えっ。私が。どうしてそうなるの?」
なんて驚いているし、リューリットも、
「アマン。またか。そなた前は私に持てと言っていたが」
と、何だかしかめ面だ。
いや、それは『幸運のタリスマン』の話だろう。
あのアイテムはクリティカルの確率や与えるダメージもアップするから、俺たちのパーティーの攻撃の要である彼女に持っていてもらうのが最も効率がいいかなと考えたのだ。
だが、今回のアイテムは女王様によれば、不慮の死を一回、無効にできるらしい。
考えてみれば、暗殺される危険だってある女王様が持っているべきアイテムのような気がするが。
「俺の命はユディが必ず守ってくれるんだろう。だったら、これはユディが持つべきじゃないか」
俺はそう言ってアイテムの入った袋を彼女に差し出す。
中身を見せてしまうと彼女も受け取ってくれなくなるかもしれないので、さっさと押し付けてしまうに限る。
彼女は少し手を伸ばしかけたが、「いえ。でも」とまだ迷っているようだった。
その時、またニヤついているベルティラの姿が視界に入ったので、俺は、
「いやならベルティラに持ってもらってもいいんだが」
そう言ってみた。
まあ、このメンバーの中で彼女が最もレベルが低いことは確かだしな。
ベルティラはさすがに虚を突かれたようで驚いた顔をしていたが、アグナユディテは、
「分かったわ。アマン。ありがとう。その代わり私があなたを守るから」
慌てたように言って、袋を受け取ってくれた。
ベルティラをだしに使って悪かったが、こうでもしないと受け取ってもらえなさそうだったからな。
アグナユディテにも押し付けて悪い気もするし、彼女が呪われでもしたら、それはそれで困るのだが、俺はちょっとあれを持っている気はしないからな。
出発の準備はすべて整ったので、俺はベルティラに、
「じゃあ、まずは南の街道の適当な場所まで頼めるか」
と右手を差し出して、お願いした。
「いや。ちょっと待ってくれ」
俺の言葉を珍しくエディルナが遮った。
何だか今日は彼女と息が合っていない気がする。
「以前と同じように、リューお婆さんの占いを聞いてから王都を出発しないか」
俺はすっかり忘れていたが、そう言えばあの占いって結局、何だったのだろう。
今となっては、東と西に、光と闇くらいしか覚えている内容はないのだが。
だが、エディルナは、占いを聞いて目的を果たすことができたのだから、同じようにした方がいいと言って、思った以上に拘っているようだ。
まあ、この世界の冒険者にとっては、そう言った験を担ぐようなことはよくあることなのかも知れない。ある意味、勝負の世界と同じ面もあるのだから。
俺は個人的にはアンヴェルを失うことになって、あの占いについても釈然としない気持ちが大きいのだが、この世界の他の人々からすれば、魔王が滅ぼされて万々歳、大成功だったということになるのだろう。
それで少しでもエディルナの士気が上がるのなら、行ってみてもいいかと思った。
今回は何故かアリアも「賢者アマンが行くとおっしゃるのなら、私も参ります」と言ってついてきてくれると言うし、前回、泣きそうになっていたアグナユディテも「私も行くわ」と言って、またチャレンジするようだ。
二人ともそんなに無理をする必要はないと思うのだが。
占い師の店に着くと、すぐに以前通されたことのある奥の小部屋に案内された。
俺たちが占ってもらったと噂になり、かなり流行っていると聞いていたのだが、拍子抜けだった。
あまり待たされるようだったら諦めようと思っていたのだが、よく考えてみれば俺たちは救国の英雄だし、特別扱いしてもらえたのかもしれない。普段はどうも忘れがちなのだが。
小部屋では、前と同じように蝋燭の炎だけが照らす薄暗い中、リュー婆さんが待っていた。
前に来たときは五人だったが、今回は結局、トゥルタークとベルティラまで一緒に来ていたため、何だか部屋の中は混雑してしまい、狭く感じてしまう。
俺が口を開こうとすると、リュー婆さんはその機先を制して、
「古竜退治に、出発なさるか」
そう言ったので俺は驚いた。
俺が女王様から命じられたのは「魔族の討伐」と「エンシェント・ドラゴンとの交渉」なのだが、それにしても今朝のことだ。
リュー婆さんには、王宮と深い繋がりのある情報提供者でもいるのだろうか。そんな風には見えないのだが。
そしてまた、
「一度しか言わぬ。心して聴くがよい」
そう言って語り始めようとする。
俺は(またかよ)と思ったが、今回は人数も多いし、俺も心の準備ができていたから、前回よりは覚えていられるだろうと考えていた。だが、占い師は水晶玉に手をかざし、
「老獪な……」
と言っただけで急に顔を伏せ、
「あ……く……」
と明らかに様子がおかしくなった。
高齢だから急に体調に異変が起きたのかと思ったが、そのとき、彼女の前の水晶玉が眩い輝きを放ち、その直後、
パリーン! と音を立てて砕けてしまった。
その後、すっかり元に戻ったリュー婆さんはだが、この間に起こったことは何も覚えていないらしく、俺たちに何があったのかと聞いてくる始末だった。
水晶玉を弁償させられずに済んだのは不幸中の幸いだったが、俺たちの受けた衝撃も小さなものではなかった。
あの状況が、何らかの明るい未来の兆候だと考えられるほど能天気な者など居ようはずがない。
全員が押し黙って、とりあえず宿へ荷物を取りに戻った。
俺たちは改めてベルティラのブレスレットの力で東へ向かうことにした。
パーティーは全員で七人だ。ベルティラによれば、エルジャジアンの町まで、この人数だと少なくとも三回に分けて跳躍する必要があるようだ。
歩いて行けば、どんなに急いでも二十日間くらいは掛かるから、それでもかなり短縮されているのだが。
俺たちは昼間は歩いて少しでも距離を稼ぎ、夕方に瞬間移動で一気に進むことにした。
何かあった場合に逃げられる程度の魔力はベルティラに残しておいてもらわないと困るし、このメンバーで戦うのは初めてだから、道中で連携を確認することもできるからだ。
王都を出た俺たちの前に、すぐにコボルドが姿を現す。
俺が魔法を唱える間もなく、奴らは一瞬でリューリットとエディルナに排除されるが、また少し行くと今度はジャイアント・バットが襲って来た。
空を飛ぶ彼らはトゥルタークの氷の嵐の魔法で一気に薙ぎ払われてしまったが、エディルナは、
「王都の側なのに、こんなに魔物が現れるなんて。やっぱり魔族の活動が復活しているんだな」
と少し心配そうだ。だが、ベルティラが、
「何を言っているのだ。エルフがいるのだから魔物が現れるのは当たり前ではないか」
不思議そうな顔を見せて言うと、エディルナはもとよりリューリットとアリアも驚いていた。
「ユディ。それは本当なのか?」
リューリットもさすがに顔色が変わっている。
アグナユディテは、
「あら。言っていなかったかしら?」
とか、澄ました顔だが、言ってないと思うぞ。
「賢者アマンはご存じだったのですか?」
そうアリアに聞かれると、さすがに俺もバツが悪い。
「ああ。エディルナもリューリットもすまなかった。戦闘の経験にもなるし、いいかなと思っていた」
いや、ダンジョンのモンスターが再配置されないこの世界では、彼女がいないととてもレベル上げが追いつかないのだ。
最終的にはデバッグ用のコマンドで最大レベルになってしまったが、彼女がいなかったらトゥーズ湖とか、タルサ山脈あたりとかで早々に行き詰っていたかもしれない。
「まあ、初めにそう言われていたら、少なくともひと悶着はあったかも知れないな」
エディルナはそう言ってくれる。アグナユディテはパーティーメンバーに入れてもらえなかったし、そう考えてもらえれば、納得はできないまでも多少は理解してもらえるだろう。
「でも、もうほかには隠し事はないんだろうな?」
彼女にそう真顔で詰め寄られて、俺は立ち往生してしまう。
そもそも俺なんて隠し事の塊みたいなものだし。
だが、トゥルタークが、
「エディルナよ。まあよい。そう言うでない。人間、誰もがすべてを明らかにして生きている訳ではない。いや、明らかにせぬ方が良いことだってあるのじゃ」
そう言ってフォローしてくれた。
エディルナは「そうだね。エリスちゃんの言うとおりだ」と、これはもう理屈ではなさそうだが、リューリットとアリアも矛を収めてくれるようだ。
だが、よくよく考えてみると、それってただ単にトゥルタークは自分の黒歴史のことを言っているだけじゃないのかと俺は思った。
海峡の町、サマーニまで二日掛け、三日目の夕方、エルジャジアンの町の近くへ跳ぶと、町はかなりの被害を受けていた。
すでに町には対魔族の結界が張られ、これ以上の襲撃を受けないように対策が施されていた。
魔族のベルティラがいるから、これは町を守る結界の外で野営かなと俺は思っていたのだが、トゥルタークは平気な顔で町に向かって歩いて行く。
「先生。ベルティラがいるのですが」
と俺が遠慮がちに注意を促してもどこ吹く風で、「まあよい。わしに任せておけ」と、何だか自信がありそうな口ぶりだ。
そして、いよいよ結界が目の前に近づくと、なにやら小声でごそごそと呪文を唱えだした。
するとトゥルタークの目の前の結界の一部がアーチ型に薄赤く光りだす。
「ベルティラよ。ここを通るのじゃぞ」
そのアーチ型の部分を通ってトゥルタークは結界を抜ける。
そしてベルティラも同じように結界を通り抜けることができた。
「先生。これはいったい」
驚いた俺がそう尋ねると、トゥルタークは得意気に、
「わしの考案した結界じゃぞ。当然、バックドアは用意してあるわ」
そう返してきた。
いや、コンピューターウィルスみたいだし、そういう脆弱性みたいなものは塞いでおいた方がいいと思う。




