第五十七話 公爵の子息
結局、俺は謁見の間で「深い訳」を延々と説明するはめになった。
だが、俺の話す内容はこの異世界でも信じ難いことばかりらしい。
確かに前の世界でこんなことを真顔で話したら、周りから人がスーッと引いていくレベルの内容だろう。
まずはエンシェント・ドラゴンの存在自体が、これまで伝説の中の話であり、しかもシュタウリンゲン家の当主が代々その依り代になっていて、俺に至ってはそれを依り代にしていると言うのだ。
魔王バセリスについても執拗に問い質され、姿形はそこにいる少女だが、今はその中身は大賢者トゥルタークになっていると答えたところ、
「随分と可愛らしい魔王や大賢者があったものだな」
という声に謁見の間が失笑に包まれ、トゥルタークが激怒するという場面もあった。
それでも最初は半分くらいの人が俺の話を信じてくれていたように思われたのだが、あまりに非常識な内容の連続に、話が終わるころにはほぼ全員が「このペテン師め」と言った視線で俺のことを蔑みの目で見ていたような気がする。
俺だってそちら側にいたら、そうしていたかもしれない。
「という訳で、私はこれからエルジャジアンの町へ向かい、魔族を撃退するとともに、エンシェント・ドラゴンと話し合って、我々の世界への侵攻を止めるよう説得して参りたいと思います」
最後に俺がそう言うと、先ほど俺が女王様に取り入って罪を免れようと画策していると言った痩せた男が進み出て、
「あいや。待たれよ。そう言ってまた逃げ出そうとなさっておられるのではありませんかな。そのような荒唐無稽な話、信じている者はおりませんぞ」
そう言って、俺の意見に反対の意を表す。
「エルジャジアンの町の魔族を撃退するとおっしゃっておられるが、それよりも、まずはそこの魔族をなんとかするのが先決ではありませんかな? 魔族とともにある者の言葉などを信用しろと言われても」
勲章に大綬と貴族の正装に身を包んだ男が、腕を組み、顎を上げて周りを睥睨するような態度をとるベルティラを指さしながら、そう指摘する。
「彼女は我々に貴重な情報をもたらし協力してくれた仲間です。それに、これからも彼女の力は我々に不可欠です」
ベルティラも態度悪いなと思いつつ、俺がそう返すと、女王様の右手から、
「ダークエルフは邪悪な魔族だ! 昔からそう決まっているんだ!」
大きな声で言う者がおり、それに賛同する声が両方の列から次々と上がりだした。
(そんなこと誰が決めたんだ?)
彼女はモノじゃないんだから、初めから善とか悪とか決まっているっておかしくないか?
周りの声を聞きながら俺はそう考えていた。
モノであるナイフでさえ、使い方次第で人の役に立つ道具になったり、人を傷つける凶器になったりするなんて良く言われることだ。
まして意思のある者なら、自分でこう存りたいと思って変わっていけるはずだ。
おそらくこの世界では、彼らの意見の方が「正しい」のだろう。
だが、善とか悪とか言ったって、判断基準は精々、自分の属する共同体にとって利益になるかどうかくらいだろう。
益虫と害虫だって、所詮は人の役に立つかどうかだ。
(俺の意見は通りそうにないな。最悪、ベルティラのブレスレットの力でこの場は逃げ出せるだろうが、そうなると俺たちはお尋ね者になるのかな?)
俺はそう思って、ふとアグナユディテを見ると、彼女は何も言わず、だが、頷いてくれる。
その時、
「私は伯爵の、賢者アマンのご意見に無条件で賛成です!」
騒めく謁見の間によく通る大きな声が響いた。
声のした方を見ると、ストロベリーブロンドの髪の背の高いがっちりとした体格の青年の姿があった。
彼はその顔に人好きのする爽やかな笑みを浮かべていた。
その声に驚いた俺を含め、謁見の間にいる全員の視線が声の主である彼に集まる。
「冷静になって考えていただきたい。伯爵が王都へ戻られてからこの数か月、あれ程各地に姿を見せていた魔族がピタリと現れることがなくなっていたことを、どうご説明されるのです?」
彼の自信に満ちた言葉に皆、押し黙っていたが、先ほどの正装をした貴族の男が、
「だが、魔族を連れている者になど」
そう絞り出すような声で言うと、彼は即座に、
「伯爵はその魔族を王都から連れ出すとおっしゃっているのです。それに何か問題があるのですかな?」
「いや。ハルトカール殿。それはただの詭弁ではないか」
貴族の男は小さな声でそう言ったが、彼はそれを意に介さず言葉を継ぐ。
「こうして我々が議論をしている間にも、エルジャジアンの町はもとより、各地に魔族が攻め寄せて来ているかも知れぬのではないですかな? そうであれば、ここは辞を低くして伯爵に対応をお願いするしかないのではありませんか?」
そう言って彼は俺の方を見る。彼のダークグレーの瞳と目が合うと、彼の顔には何となく見覚えがある気がした。
「いや。しかし、ハルトカール殿。それでは……」
女王様の左手の恰幅の良い男が、そう縋るような声を出すが、青年は彼を一瞥して、
「この謁見の間にいる者で、先日、王都の東の城塞で起こったことを知らぬ者はいないでしょう。それでも伯爵以外に魔族に対応できる者がいるとおっしゃるなら、教えていただきたいものです」
彼は女王様に向き直り、
「私は伯爵のご意見に無条件で賛成です。この上は陛下の御裁可をお待ちいたします」
再度、そう力強く述べると恭しく頭を下げた。
女王様は一瞬、視線を落として逡巡されるような様子を見せられたが、すぐに視線を戻され、
「では、伯爵にエルジャジアンに現れた魔族の討伐と、エンシェント・ドラゴンとの交渉を命じます。速やかにかの地へ赴き、その責を全うするように」
そう俺にお命じになると玉座を立たれ、音楽の奏でられる中、謁見の間から退出された。
俺はなんとかこの場を切り抜けられたことに安堵して、ほっと息を漏らしたが、すぐに俺の意見を強く支持してくれた青年貴族にお礼を言うために近寄った。
女王様が退出され、謁見の間に集っていた人たちも順に部屋を出ていく中、背の高い彼の姿はとても目立っていた。そして彼も俺に近寄って来てくれていた。
「はじめまして。私はハルトカール・フォータリフェン。マンフレッドの息子です。バール湖畔にいる父から『半神』のお噂はかねがね伺っています」
そう言って、人懐こい笑顔を見せる。
「こちらこそ。はじめまして。フォータリフェン公爵のご子息でしたか。これは失礼を。公爵にはいつもお世話になっています。その上、今日はお力添えをいただいて」
俺が慌ててそうお礼を言うと、彼は笑顔のまま、
「いえいえ。私は父から『お前は頭が悪いから、指示することはひとつだけだ。半神の発言には無条件で賛成しろ』と言われていましてね。それすらできなかったとなれば、あの父のことですから廃嫡すらされかねませんから」
そう言って、今度は声を上げて笑った。
先ほどの彼の発言を聞いていると、とても頭が悪いとは思えないのだが、あの公爵からすれば物足りないのかも知れない。
だが、彼が跡取りならフォータリフェン公爵家は当分、安泰のようだなと俺は思うと同時に、また大きな借りを作ってしまったな、とも思ったのだった。
俺たちが謁見の間を出たところで、いつぞや、俺を中庭に案内してくれた侍女が待っていて、「女王様が伯爵にお会いしたいとおっしゃられておりますので、ご同道をお願いします」と伝えてきた。
俺が「全員ですか?」と確認すると、「いえ。伯爵おひとりでお願いします」とのことだ。
先ほどはフォータリフェン公爵の子息の言葉で、かなり強引に物事が進められてしまったから、最高責任者の女王様としては俺にもう少し確認しておきたいことがおありかも知れないなと、俺は思った。
「じゃあ、皆は宿へ戻って出発の準備を進めておいてくれないか。俺もすぐに戻るから」
そう俺が言うと、アグナユディテがなんだか心配そうに俺を見てきた。
まあ、見たところかなりの貴族たちが俺の行動に反感を持っているようだったから、用心するに越したことはないのだろうが、さすがに王宮の中で襲われるようなことはないだろう。
ベルティラはそんなアグナユディテの姿が愉快なのか、何だかニヤニヤしていて、こういうところは性格悪いなと思ってしまう。
まあ、相手が不俱戴天の敵であるエルフだからなのかもしれないが。
侍女に案内されて王宮の中を進んでいくと、途中からこれまで入ったことのない区画へと案内される。
俺もそれほど王宮に来たことがあるわけではないが、その区画は廊下にも召使い以外の人影はなく、どうも王家の方々の私的な空間に入り込んでいるように思われる。
まあ、俺も今や伯爵だから、これまでは入れなかった場所にも入ることが許されるようになったのかも知れない。
謁見の間では女王様とフォータリフェン公爵の子息以外、誰も伯爵と呼んではくれなかったが。
そうして長い廊下を進み、突き当りの両開きの扉を侍女がノックすると、奥から「入りなさい」という女王様の声がした。
その声に侍女が扉を開けてくれたので、俺は部屋の中に足を踏み入れ、
「女王陛下。ご機嫌麗しく。アスマット・アマン。お召しにより参上いたしました」
と、まずは申し上げた。
女王様は俺にソファの席を勧めて下さり、ご自身も俺の斜め右の席にお掛けになった。
部屋の調度は優雅だが華美ではなく、落ち着いた感じで、やはりここが私的な空間であることを感じさせる。
壁の色はわずかに黄色の入ったクリーム色を基調としていて、俺は以前、中庭で見た木香薔薇のパーゴラを思い出した。
「伯爵。いえ賢者様とお呼びしてよろしいでしょうか?」
女王様は俺にそう親し気に話しかけてくださる。
「勿体ないお言葉です。陛下。私のことはどうぞお好きなようにお呼びください」
俺がそう言うと、女王様は少し悲しそうな顔をされて、
「ここは私の私室ですから、そのように畏まらず楽になさってください」
とおっしゃってくださった。
女王様はここが私室だからだろう、ベージュのワンピースをお召しになられていた。フレアスカートも膝丈くらいなので、王宮の中としてはかなりラフな格好ではあるのだろう。
だが、その美しさは相変わらず輝くようだ。
そんな美しい女王様は、これまで魔族にさらわれ、政敵には軟禁され、若くして父親である王を失い、そして今また始まったばかりの彼女の治世は、魔族と古竜の侵攻という未曽有の脅威にさらされている。
いや、いくら何でもひどすぎるんじゃないの? 制作スタッフは容赦なさすぎるだろうと思う。
最初は、ゲームでの王女様の役割は、魔族にさらわれて主人公たちに救出されることだからとか考えていたが、もう結構長いことご一緒させていただいているし、色々と助けていただいたり、優しいお人柄に触れる機会もそれなりにあったから、さすがに同情を禁じ得ない。
俺ができる限りのことは、して差し上げるべきだろう。
女王様は俺に向かって、
「賢者様をまた危険な目に遭わせることになってしまって。申し訳ないですし、私もとてもつらいのです」
とおっしゃってくださる。
だが、魔族については魔王討伐のためにカルスケイオスに向かったときに、それなりに力のあるものはあらかた片付けたし、おそらく残っている魔族の中で、魔王の四人の腹心のひとりであったベルティラが最強なのだろうから、それほど心配はしていない。
新たな魔族が現れることも考えられなくはないが、ベルティラの情報によればその可能性は低そうだ。
問題はエンシェント・ドラゴンだが、とりあえずは話し合うつもりだし、その強さは誰も知らないようだから何とも言いようがない。
ベルティラは圧倒的だったと言っていたが。
「私は賢者様とともに戦えるお仲間の方たちが羨ましいのです。私にできることは、この王宮で賢者様のご無事をお祈りすることしかありません。ですから少しでも賢者様のお役に立ちたいのです」
そうおっしゃって、女王様は部屋の奥の机から白と黒の市松模様の巾着袋をお持ちになった。
以前いただいた『幸運のタリスマン』は、俺がレベルをカンストしていたこともあって今ひとつ、その効果を実感できなかった。
だが、今回はエンシェント・ドラゴンが敵になるかもしれないし、少しでも戦力を強化できるアイテムをいただけるなら本当にありがたい。
「これは古くから王家に伝わる魔法の品で、不慮の死を一度だけこの品が身代わりとして受けてくれると言われています」
女王様はそう言って、そのマジックアイテムを袋から出して見せてくださった。
それはどう見ても『呪いのわら人形』だった。
あの、夜中に五寸釘を打ち付けて対象を呪うやつだ。
大きさは女王様の手にすっぽりと納まる程度だったので、それほど大きなものではないが、元日本人の俺にはかなりのインパクトを与える品だ。
王家に古くから伝わるとおっしゃっていたから効果は確かなのかもしれないが、できればお断りしたいという気持ちが強い。
「そのような貴重な品。私などがいただくわけには」とか言って、お断りしようかと考えてしまう。
だが、女王様を見ると、青い瞳が俺のことを本当に心配してくださっているのが分かる気がした。
仕方がないので「ありがとうございます」とお礼を申し上げ、両手でおしいただいたが、俺の顔は引き攣っていたと思う。
それに、どこにしまっておこうか迷ってしまう。何だか呪われそうだし。
女王様は俺にアイテムを渡せたことで安堵されたのか、少し微笑まれると、
「それからまた、私から賢者様におまじないを差し上げたいのですが」
とおっしゃって、俺に向き直られた。
そう言えば以前、中庭では、お花を胸に挿していただいたのだったなと俺は思い出した。
「このおまじないは目を開いていると効果がないのです。ですから賢者様。私がもういいと言うまで、目を閉じていていただけますか」
そう女王様に言われて、俺は自分が王国にとって危険人物で、監視対象になっていることを思い出した。
トゥルタークがあんなことを言うから、俺が目を閉じた瞬間、どこかに隠れている屈強な兵士が俺に飛び掛かり縛り上げられてしまうような気がする。
俺のことを心配しているように見えたアグナユディテの顔が脳裏に浮かぶ。
ちょっと薄目を開けてとか一瞬、考えたが、「ええいっ。ままよ!」とばかりに目をぎゅっと瞑る。
すると目を瞑っていても瞼の上から俺の前を動く影が感じられ、衣擦れの音がして、
俺の右頬に何か柔らかいものが触れる感覚があった。
それと同時に爽やかな、それでいて花のような優しい香りが俺を包む。
『シトラスフローラルの香り』
俺は以前ラノベで読んだ、その言葉を思い出した。
この香りがきっとそうなのだろう。俺は何となくそう思った。




