第五百二話 仲間たちの危機
「えっ。じゃあララティーたちはどうなってしまうんだ?」
俺は皇宮の執務室でセヤヌスと、以前行った彼女の世界について話しているうちに容易ならざることに気づかされた。
あの世界には、それ以前に俺の行った世界とは違い未来がないと彼女は言うのだ。
「未来がない」ってのは比喩ではなくて、本当にあの時点、俺が今いる世界へ戻った時点で終了ってことらしい。
「いえ。冒険が終わると同時に彼女たちも存在意義を失いますから、消え去ってしまうのです」
ゲームなんだから当然だろうって言われればそれまでだ。
きっと七賢者たちもそう言うのだろう。
でも、俺にとってはこの世界での経験同様、あの世界のことだって大切な記憶なのだ。
「だってほかの世界は違うじゃないか」
俺がこれまでに行った別の異世界はそれぞれ存在しつづけている。
って言うか、俺はベルティラやミセラーナの願いに応じて、すでにいくつかの世界を訪れているし。
しかもプロメイナとはあのシャルアンと涙の別れを経験した世界へ同行するよう求められたのだ。
俺はどの面さげて彼女に会えば良いのだろうか?
「ええ。姉の世界やセフィーリアさんの世界はそうです。あなたがそれを消し去りたいと望まないかぎりは残っています。もちろん数に限度はありますが」
彼女はそう言って、俺が訪れた別の異世界は再訪可能なのだと改めて教えてくれた。
「じゃあ、どうして?」
きっとセーブみたいな感覚で、ほかの世界は残っているはずなのだ。
彼女が言うように数に制限はあるのかもしれないが。
「それは……、私の世界だからです……」
セヤヌスはそう言って申し訳なさそうな、哀しそうな顔をした。
「あ、ああ。そうなのか。それなら仕方がないな」
俺は彼女の表情から何となく察しがついた。
おそらく彼女の世界である『ドラゴン・クレスタⅡ』は、発売されることがなかったから、そのせいなのだろう。
ゼルフィムは彼女のことを「出来損ない」と言っていたが、たとえ駄作としてRPGの賢者から消滅させられたゲーム世界であっても、完成し販売されたものと、そうでない『ドラゴン・クレスタⅡ』との間には埋め難い距離があると言うことらしい。
「でも、そうするとララティーやリズ、セレンやアデーレはどうなってしまうんだ?」
仕方がないとは言ったものの、あの世界の皆が消えてしまうのは辛すぎる。
俺は彼女たちとそれなりの期間、行動を共にし、信頼関係を築いてきたのだ。たぶん。
「それにペルティリャだよ。せっかく母親と再会してこれから幸せに暮らすはずなのに、消え去ってしまうって、それじゃあ何のために……」
ゲームなんだから当然だろって言われるのかもしれないが、俺がいるこの世界だって元はゲームの世界なのだ。
それがこうしてエンディングの後も継続しているのに、あの世界だけはお終いだなんて。
「残念ですがどうしようもありません。お望みならもう一度、あの世界を訪れることはできますが」
セヤヌスの言葉は珍しく冷たく感じられる。
「もう一度って、それはもう別の世界なんだろう?」
俺は何度か『ドラゴン・クレスタ』の、強いて言えば『Ⅰ』の世界を訪れているが、そこは元の世界とは微妙に違いのある世界なのだ。
いや、どちらかと言えば今いるこの世界は原作とはかなり差があるから、原作に忠実な世界と言えなくもない。
特にアグナユディテの性格だな。
「いいえ。まだ辛うじて残ってはいますから、今すぐであれば再訪が可能です。もうしばらくしたら消えてしまいますが」
「なんだって!」
セヤヌスは当たり前だって顔で言ったが、俺にとってはとても見逃せない話だ。
もうしばらくしたら、あのララティーたちには二度と会えなくなってしまうと言うのだ。
「こうしてはいられない。おーい! メーオって。いや、カトリエーナ! 早くお茶を」
俺はとにかく早くあの世界へ行かないとと思って、もう大慌てでメーオにお願いすることにした。
こんなことならセヤヌスの話を一緒に聞いてもらえば良かったのかとも思ったが、彼女がいると話が進まないからな。
「アマン。どうしたの?」
俺が大きな声を出したからか、アグナユディテが顔を出した。
「いや。どうしたもこうしたも、ペルティリャがいなくなって、ララティーもリズも……」
俺は慌てていたものだから、途中から自分でも説明になっていないなって思ったのだが、アグナユディテの反応もそうだった。
「いなくなったって、私たちがこの世界へ戻ってきたのだから当然じゃないの?」
事情を知らないのだから仕方がないが彼女の反応も素っ気ないと言ってよいものだ。
「いいえ。お二人に行っていただいたあの世界は、間もなく消滅してしまうのです」
セヤヌスが説明してくれて、今度はアグナユディテが驚いていた。
「えっ。あんなに苦労したのにそれが消えてしまうって」
彼女は呆然とした様子だったが、でもゲームってそういうものだよなと俺は一瞬、そう考えた。
でも、これはゲームであってゲームではないのだ。
自分でも何を言っているか分からないが、俺の心の問題なのだ。
「そうなんだよ。だからメーオにお願いして、早くみんなを救わないと」
俺がそう言って早くカトリエーナにお茶を用意してもらおうと伝えるとアグナユディテは、
「待って。それよりもっと手っ取り早い方法があるわ」
そう言っていきなり俺に抱きついてきた。
「うわっ! ユディ! なにを?」
俺がパニックに陥って騒いでいると突然、背後から声が掛かった。
「お父様は何をしてるんですか? すぐに離れてください!」
俺が大きな声を出したからか、メーオが顔を出した。
いや、やっぱり俺って彼女に見張られているんだろうか?
「お父様に報告があります」
突然、現れたメーオは唐突にそんなことを言い出した。
「いや。俺の方がメーオにお願いがあるんだ。すぐにセヤヌスの世界に行かないと……」
俺がこうしてメーオと議論? をしているうちにも、あの世界は消滅してしまうんじゃないかと気が気ではない。
「でも、メーオの報告もとっても大切なことなのです。いつもの報告みたいに」
メーオの報告なんて聞いていたら、ララティーたちを救いに行けるのはいつになるか分かったものではない。
やたら冗長な前置きの後、結論は近所の猫が子猫を産んだとかそんな報告であることが常だからな。
大切な情報だと言われればそうなのかもしれないし、世に多い愛猫家の方々を敵に回す気はないけど。
「アマンは急いでいるの。手短かに話せる?」
俺にいきなり抱きついておいて、アグナユディテはもう平気な顔でメーオに尋ねていた。
それにしても本当にあれでメーオを呼び出せたんだろうか?
「それは難しいです。とっても大切なことですから」
メーオの返事に俺はますます聞く気を失くしていた。
これは今朝食べたサラダにセロリがいっぱい入っていたとか、その手の苦情に違いないって思えたのだ。
「いや。それならあの世界から帰ってから聞くよ。今はとにかく時間がない。一刻を争うんだろう?」
俺がセヤヌスに尋ねると、彼女は首を縦に振った。
「そうですね。時間が経てば経つほど、上書きされる領域が増えますから」
アグナユディテが理解できないって顔をしていたが、俺は何となくキャッシュとかメモリー上に残されたデータってイメージを持った。
とにかく急いだ方が良さそうだ。
「とにかく俺をあの世界へ送ってくれ、仲間たちを救うんだ」
「アマン。どうする気なの?」
アグナユディテが尋ねてくるが、もう答えている時間も惜しい。
「どうするもこうするも。ララティーたちを連れてくるんだ! 早くしないと……」
この世界なら安全だからと俺は焦って口にしたのだが、
「そんなことできるの? だってあの世界は三百年後の世界なのでしょう?」
彼女の言うことが正しいのかもしれない。
でも、別の異世界からも多少の品物なら持ってこられたのだ。
「いや。だって『奇跡のクリーム』とか持ち帰れたじゃないか」
俺の返事に彼女も思い出したようだ。
「そうね。ウェディングドレスもね」
こう返されることは分かってはいたが、今はとにかく時間がない。
「でも、人も同じなの? 危険な気がするけど」
アグナユディテは不安そうな顔を見せた。
確かに俺がセヤヌスの世界へ行った時、あの世界のアスマット・アマンとは会わない方が良いとのことだった。
だから同じことがこの世界にも言えるのかもしれない。
「それは大丈夫です。お父様が考えているのはあの五人だけでしょう?」
メーオが突然、口を挟んで保証してくれた。
あの五人が誰を指すかなんて聞くまでもないよな。
「あの五人なら、この世界には同じ人はいませんから。現在も未来も」
そう言った彼女は自信がありそうだ。
考えてみればあの世界では三百年前、アンヴェルが王位に即いてミセラーナと結婚しているのだ。
エディルナはミセラーナの親衛隊長になったのだろうし、リューリットは王家の剣術指南役を引き受けたのだろう。
ゲーム的にはそれが正しい世界なのだし。
「そうか。それなら早く、俺をあの世界へ送ってくれ」
俺の依頼にだが、メーオはまた難色を示した。
「メーオのお話は聞いてくれないのですか?」
哀しそうな彼女の様子に、俺は一瞬、可哀想かなって気持ちになるが、それは彼女の容姿に騙されているのだ。
どうせ大したことじゃないだろうし、ララティーたちを救う以上に重要なことなんてあるはずもない。
「ああ。帰ってから聞くから。とにかく早く! メーオ。たのむ!」
俺が必死に頼み込むと、彼女はやっと重い腰を上げるように呪文を唱えてくれた。
「分かりました。約束ですよ。パラティク ルポララ パルポラ ランパル〜」
俺とアグナユディテを虹色の光が包み、俺たちは再びセヤヌスの『ドラゴン・クレスタⅡ』の世界へと旅立った。




