第四十七話 ギルドマスターの依頼
魔術師ギルドのマスターであるペラトルカ氏は、国王陛下の病は度重なる心労がその原因ではないかと考えていると言った。
「王女の誘拐、魔族の跳梁、民衆の不満など、陛下におかれてはお心の休まる暇もありませんでしたからね。
それに申し訳ないのですが、アマンさんが王宮魔術師への就任をお断りになったのも」
「それがどうして陛下のお心を煩わすことになるのでしょうか?」
俺は少しムッとして、そう聞いた。
「いえ。王宮魔術師への就任を断ったのはもっと上を、至尊の位を目指す野望を抱いているからだなどと言う阿諛諂佞の輩もいましてね」
魔王を倒してまだ二か月くらいしか経っていないのに、なんだか俺の知らないところで面倒なことになっているようだ。
「私のような者にさえ、アマンさんが私に代わって魔術師ギルドのマスターになられるのではなどと言う者もおりましてね。
いえ。私はアマンさんにギルドの代表者になっていただけるのなら喜んで身を引くつもりですよ。ですが、このようなつまらぬ立場には、救国の英雄たるアマンさんは興味をお示しにならないだろうと、そう思っているのですよ」
「いえ。私にはペラトルカさんのような人望も組織を運営する能力もありませんから」
俺は何となくサラリーマンだった頃を思い出してそう答えながら、実はペラトルカさんも、俺にギルドマスターの地位を奪われるのではと危機感を抱いていたのかもしれないなと感じていた。
俺にはそんな気はまったくないのだが。
俺の言葉に安心したのかどうかは分からないが、ペラトルカさんは王宮に俺の願いを伝えると言ってくれたので、俺はひとまず「銀狼亭」に戻ってギルドからの連絡を待つことにした。
宿へ戻った俺はアグナユディテとベルティラにそれぞれ声を掛け、俺の部屋に招き入れた。
ふたりはそれぞれ俺の部屋の反対側の角の辺りに椅子を据えて陣取った。
そうやって両側に離れられると、とても話しがしにくいんだが……。
俺はとりあえず魔術師ギルドのマスターが動いてくれることになったので、その連絡待ちになったことを、ふたりともに聞こえるよう少し大きめの声で簡単に説明した。
「ところで、ふたりはずっと部屋にいたのかい? 王都の人の多い場所は別にしても、郊外の森とかなら行ってみてもよかったんじゃないか?」
俺がそう言うと、アグナユディテは不本意だと言うような表情で、
「アマンは私に彼女とふたり、お手々繋いで仲良く森へハイキングに行けとでも言うのかしら?」
そう言ったが、彼女が言ったことは比喩ではなく、実際にベルティラのブレスレットの力で彼女と一緒に移動するには、その身体に直接触れているか、そうして一緒に移動する者に触れているかしている必要があるようなのだ。
簡単に言えば、彼女を先頭に数珠つなぎになっていなければならないと言うことだ。
賢者の塔から王都へと移動したときも、
「お前が私と手をつなぐのが確実だな」
ベルティラがそう言って左手を差し出してくれたので、俺は右手でその手を握り、彼女の横に並んで立った。
アグナユディテは俺の左手を握って、ちょうどベルティラの反対側に俺と並んで立つ。
「これでいいのか?」
俺が尋ねるとベルティラは頷いて、いきなりブレスレットを嵌めた右手を高く掲げ、次の瞬間には俺たちは見たことのない場所に立っていたというわけだ。
初めての瞬間移動で柄にもなく緊張していて、そんな余裕はなかったが、考えてみればエルフとダークエルフと同時に手を繋いだ人って、有史以来、初めてかもしれない。
それでなくても、いわゆる両手に花だったなと、今になってみればそう思える。
「私は別に構わないのだがな。さすがに今日は、もう魔力にあまり余裕がないので遠慮させてもらいたいがな」
ベルティラはそう言って、アグナユディテを挑発するかのような笑みを見せる。
闇魔法の呪文を教えてもらったから言う訳ではないが、ベルティラは別にそこまで悪い奴ではないと思うのだが……。
やっぱりエルフのアグナユディテとの相性は最悪なのかもしれない。
俺一人で、この二人と王都で過ごすのは無謀だったかもしれない。早くトゥルタークとエディルナが来ないかなと俺は思った。
だが、トゥルタークとエディルナが王都に着く前に、事態は急展開を見せた。
事の発端はペラトルカ氏が宿に俺を訪ねて来たことだった。
朝食を食べ終わって、まだそれほど時間も経っていなかった午前中の早い時間だった。
突然、俺の部屋のドアがコンコンッとノックされ、宿の主人の「お客様。ご面会の方がいらっしゃいました」という声の後、聞き覚えのある声で、
「アマンさん。入ってよろしいでしょうか?」
と、入室の許可を求められたのだ。
俺はその時、珍しくベルティラと話をしていて、これからまた闇魔法のことでも教えてもらおうかと思っていたところだったのだが、突然の来客にびっくりして、彼女が部屋にいるにも関わらず思わず、
「は、はい。どうぞ」
と答えてしまった。
後になって考えると、宿の主人もいきなり訪問者を部屋に通すのは勘弁してほしかったのだが、ペラトルカ氏はギルドのマスターという地位のある人だ。
それに俺がギルドからの連絡を待っていることを主人に伝えてあったから、すぐに案内してしまったのかもしれない。
「アマンさん。先日はどうも」
そう言いながらにこやかに部屋に入って来たペラトルカ氏は、ベルティラの姿を見て固まってしまった。そして数秒の沈黙の後、
「あはははは。アマンさんは少し変わったご趣味をお持ちなのですね」
そう言って、引き攣った笑い声を上げた。
彼の視線がベルティラの首枷に注がれているように思えたし、何だかとんでもない誤解をされているような気がするので、一応、彼に説明をする。
「ペラトルカさん。彼女はベルティラと言って、私の大切な仲間です。信頼していただいて大丈夫です」
そう言いつつ、俺は自分でも説得力がないなと思っていた。
この世界でベルティラを仲間にする最大の問題が、この信用のなさだろう。俺自身がいくら彼女を信頼していても、世間はそうは見てくれない。
この状況を変えるには一朝一夕どころか、数十年単位の地道な活動が必要なのかもしれない。
「アマン。ドアの開く音がしたけれど、エディルナたちが着いたの?」
そう言いながらアグナユディテも俺の部屋に入って来たので、ペラトルカさんはますます居心地が悪そうだった。
そうして部屋に皆が揃った中でペラトルカさんが語った内容は、俺を驚かすのに十分なものだった。
ミセラーナ王女が行方不明になっていると言うのだ。
そして、国王が病に伏し、そのひとり娘の王女様の行方が分からないことから、王室に連なるナヴァスター公爵が摂政として政務を執ることになったとのことだった。
正直、俺にとっては後半はどうでもいいことだったが、ペラトルカさんにとっては、そちらの方が重要らしかった。
「ナヴァスター公爵からは、以前からギルドに彼と親しい貴族に様々な便宜を図るよう、何度も横やりがありまして。国王陛下の意向を蔑ろにするような依頼も散見されたものですから、丁重にお断り申し上げていたのです」
要するに、以前から王家の内で派閥を形成する動きがあり、ペラトルカさんをはじめとする魔術師ギルドはナヴァスター公爵派の勧誘を断ったということのようだ。
それがここへ来て、彼が一気に政権を奪取しそうになっているので慌てているということなのだろう。
元いた世界のサラリーマンにだって、そういった権力闘争はあったが、それに敗れた連中は、いわゆる冷や飯食いとされて、最悪、その後生涯、日の目を見ないこともあるようだった。
出世などとうに諦めた俺には無縁の世界だったが。
だが、この世界の権力闘争ってどうなのだろう?
俺は「あーあ。ペラトルカさんはギルドマスターから失脚かな」と思ったが、もしかしたら命の危険もあるのかもしれない。
「粛清」って、いまだにニュースでも聞く単語だったからな。
「それで私にどうしろと?」
何となく彼の要望は分かる気がしたが、俺から言うのも癪なので、敢えてそうペラトルカさんに聞いてみた。
「今回の出来事で私、以前のアマンさんのご活躍を思い出したのです。ですからまた、そのご手腕に期待させていただきたいと思いまして」
ペラトルカ氏はベルティラをチラチラと見ながら、そう言った。
そう言えばあの事件の下手人はこいつだったなと俺も思い出した。
俺はエディルナが、仕官するようしつこく勧誘してきた公爵がいると言っていたのを思い出した。
そうやってレベルによる圧倒的な力を持つエディルナのように、自分の邪魔ができそうな者を取り込んでしまおうとしていたのだろう。
俺は王都を離れて正解だったのかもしれない。
そしておそらくは国王が病に倒れ、王女が王都を離れるという千載一遇のチャンスに計画を実行に移したように見える。
ペラトルカさんは、
「ナヴァスター公爵のご令室は、『貧しい者はパンがないと言うのなら、なぜブリオッシュを食べないのか』とおっしゃったとか。そのような方々に、この国の政治を壟断させてはならないと思われませんか?」
とか言い出して、いつもの彼らしい落ち着いて洗練された物言いができないくらい焦っているようだ。
しかし、この世界では俺が「銀狼亭」で魔術師ギルドの連絡を待っていると、ミセラーナ王女が行方不明になるという決まりでもあるのだろうか。
いや、でもよく考えてみれば『ドラゴン・クレスタ』のプロローグは王女の誘拐だったし、もしかして俺がこの世界に存在することで、あの美しい王女様がひどい目に遭っているのだろうか?
なんだか根源的な問題のような気がするが、とりあえずはそんなことより王女様を助け出す方が先決だろう。
どうせ俺の頭で考えられることなんて、たかが知れているのだし。




