第四十六話 再び王都へ
俺から顔を背けてあらぬ方を向くベルティラと、何だか恍惚としているように見えたであろう俺の姿に、書斎から戻って来たアグナユディテは少し不審そうな顔をした。
そして、ダイニングに少し入りベルティラの死角になっている場所で手招きして俺を呼ぶ。
俺がゆっくりと席を立ち彼女に近づくと、俺だけに聞こえる小さな声で言った。
「ねえ。アマン。彼女も王都へ連れて行くの?」
「ああ。そのつもりだ」
彼女が本当に俺たちの味方なのかは分からない。
だが、おそらくは『ドラゴン・クレスタⅡ』の開始の合図であろう古竜の侵攻を、俺たちに知らせた彼女をパーティーのメンバーに加えるのは間違っていないと思う。
根拠は俺のゲーマーとしての勘だけなのだが。
もちろん途中で離脱したり最悪、裏切ったりすることも考えられる。
だが、どちらにせよシナリオの進行には、彼女がパーティーに参加することが必須である可能性が高いと思う。
「そう。アマンはそう言うのだろうなと思っていたわ」
「反対はしないのか?」
「反対する気持ちがないと言うと嘘になるわ。でも、私はアマンを信じる。たとえ、あなたがエンシェント・ドラゴンであってもそれは変わらない」
そう言って彼女は俺の目をじっと見詰めてきた。
長い睫毛の下のエメラルドグリーンの瞳に俺の姿が映っている。
そして……、
「アスマットよ。手掛かりはなし。お手上げじゃ!」
バタンと扉を開けて入って来たトゥルタークの声がダイニングに響いた。
「エンシェント・ドラゴンの助力が得られることになって、これでオーラエンティアも安泰じゃと少々浮かれておったからの。そのあたりの記録がすっぽりと抜けておる」
トゥルタークはお茶が冷めてしまったからと、俺にもう一度、お茶を沸かすように言って、テーブルでそう話していた。
どうせついでなので、俺はもう一度、五人分のお茶を淹れ、順に配っていった。
「唯一、記録を残していたのは、あのエンシェント・ドラゴンと話をした四角い箱のことじゃった。
箱と紐で繋がった物を手に持って、紐から近い方を口に当て、遠い方を耳に当てるとちゃんと使い方が書き残してあったぞ。三百年前も逆をやって難儀したことを思い出したの」
トゥルタークは美味しそうにお茶を飲みながら、そう自慢気に話す。
結局、その記録も役に立っていなかったし、何のための備忘録なんだか。
「そうすると、俺が貴族になっても何の解決にもならない可能性があるのですね?」
「アスマットよ。言い方が逆じゃ。まあよい。そなたが貴族になれば、問題が解決される可能性が残っておるのじゃ」
トゥルタークは俺に向かって真顔でそう言った。
エンシェント・ドラゴンとの盟約が破られたことで、どういったことが起こるのか、今のところは分からない。
だが、ベルティラから聞いたカルスケイオスの例を見ると、人間にとって好ましい事態が発生するとはとても思えない。
俺が貴族になることで、それを防げる可能性があるというのなら、そうするしかないだろう。
領地の経営だとか、王宮への出仕だとか、煩瑣な礼儀作法だとか、そういったことを考えると頭が痛いが、できれば名前だけとか、お飾りとかにしてもらって乗り切れればいいのだが。
「では、先生が王宮に事情を説明して、俺を貴族にしていただけるようにお骨折りいただけるのでしょうか?」
俺は何となく嫌な予感がしてそう言ってみたが、トゥルタークは案の定、
「何を言っておるのじゃ。アスマットよ。わしはこの姿じゃぞ。そのようなこと、できるはずもなかろう」
確かにそうだ。アルプナンディアならいざ知らず、この可愛らしい少女が大賢者トゥルタークだと納得してもらうことの方が、俺を貴族にしてもらうことよりも余程、難しいことかもしれない。
下手をすれば、いや、そうでなくても、彼女がトゥルタークだと主張すればする程、危ない人だと思われそうな気がする。
唯一の救いは魔王バセリスの姿であることが世間に知られていないことだろう。見た目はツインテールの可愛らしい少女だし、迫害を受けることはなさそうだ。
だが、そうすると結局、また俺が一人で王宮へ行って、自分を貴族にしてくださいと言うしかないようだ。
エディルナはそんなことをする気は毛頭なさそうだし、エルフのアグナユディテもそういった立場になければ、ダークエルフのベルティラは問題外だ。
まあ、今に始まったことでもないし仕方がないと、諦めのいい俺はもう深く考えないことにした。
アルプナンディアが言ったとおり、頼めば貴族にしてもらえるような気もする。
魔王を封印したバルトリヒも貴族に叙されたし、案ずるより産むが易しという言葉もある。
「じゃあ、出発の準備を整えたら、ベルティラのブレスレットの力で王都まで連れて行ってもらっていいか?」
俺がそう言うとベルティラは訝し気に、
「お前が何故このブレスレットの力を知っているのだ。これは本来、魔王様の物。その力を知るのはごく限られた者だけのはず」
(あ。やってしまった)と俺は思ったが、アグナユディテが、
「アマンは不思議な力を持っているの。我らエルフの長がそう言っていたわ」
珍しく、そうフォローしてくれる。
ベルティラが相手ならアグナユディテは俺の味方になってくれるのかもしれない。いい傾向だ。
「王都まで五人か。できないことはないが、着いた先で何かあった時のことを考えると、ある程度の魔力を残しておきたいところだな」
ベルティラによれば、瞬間移動に必要な魔力は距離と人数に比例するらしい。
魔族であるベルティラにとって王都は危険な場所だろうから、魔力を温存したいというのは理解できる。
「では、わしは遠慮させてもらおうかの。このところ忙しかったから、少しの間、この塔でゆっくりしたいしの。年寄りはいたわってもらわねばの」
普段は年寄り扱いすると不機嫌になるくせに、こういうときだけは別のようだ。
(いや。じいさん。あんたが引き起こした事態だろう)
俺はそう思ったが、よく考えたらトゥルタークは三百年、この塔からほとんど出たことのなかった筋金入りの引きこもりだったから、できれば王との謁見などしたくはないのだろう。
「では、先生は少しお休みになって、後からゆっくりと王都へいらしてくださいますか? やはり先生も一度、王宮やギルドにお元気な様子をお見せになった方がよいと思いますし」
相当丁寧に説明しても納得してもらえるかどうか分からない気もするが、最悪、俺の弟子でトゥルタークの名を継いだ魔法使いとして紹介する手もある。見た目の年齢からしたらその方がよほど説得力がありそうだ。
トゥルタークに拒否されそうではあるが。
「うむ。まあよい。では、わしは後から行くから王都で落ち合おう。アスマットは王都へ着いたら、まっすぐ王宮へ行くのだぞ」
そう念を押されてしまう。やっぱりトゥルタークは王に謁見して説明をしてくれる気はないようだ。
「じゃあ。わたしもエリスちゃんと一緒に後でゆっくり行くから」
そう言ったエディルナも謁見は堅苦しくて嫌なんだろうな。あと、何度も言うけどエリスじゃないから。
王都に着いて『銀狼亭』に部屋をとった後、俺は魔術師ギルドを訪れた。
こう書くと簡単そうだが、今回はダークエルフのベルティラを連れているのだ。
まあ、実際には彼女の瞬間移動で王都まで「連れられて」来たのだが。
エルフのアグナユディテでさえ、以前、王都の門では門衛が町へ通すのを渋ったし、ディヤルミアでは住民と一触即発になり、逃げ出すしかなかった。
今回は、以前ベルティラが王都へ潜入したときに使ったという倉庫街の路地裏にある廃屋の中に跳んだから門は通らずに済んだのだが、『銀狼亭』ではアグナユディテとベルティラには深くフードを被ってもらい、亭主にだけは二人がエルフであることを告げ、一番奥まった部屋に案内してもらった。
さすがにダークエルフとは言えなかったが。
そういう訳で、魔術師ギルドには俺ひとりで向かったのだが、今回も俺は受付に並ばされることはなく、すぐに奥の応接へ通され、ほとんど待たされることもなくギルドマスターのペラトルカ氏に会うことができた。
こういった対応を見せられると、かえって初めて王都に来たときは、やっぱり会う気はなかったんだろうなと思い知らされる。
「アマンさん。お久しぶりです。先日のギルド主催の祝賀会には、お忙しかったでしょうに、ご出席いただいて、ありがとうございました。魔術師のアマンさんが中心となって魔王を討伐されたことで、このところ魔術師への評価がうなぎ登りで、ギルドとしても非常に鼻が高いのです」
この人の如才のない挨拶は相変わらずだ。
だが、こういう人だから、今回のような厚かましいお願いでも話しやすいのはありがたい。
俺は恥を忍んで、今さらだが王国から爵位を賜りたいと思っていることを彼に伝え、そのために力を貸してほしい旨、依頼した。
俺の話を聞いたペラトルカ氏は、
「そういったことでしたらギルドから王宮にお伝えいたしましょう。問題なくお認めいただけると思いますよ」
と応じてくれた。
だが、すぐにそれに続けて、
「ですが、今すぐにというのは難しいかもしれません」
と付け加えた。
「特別な儀式かなにか必要なことでもあるのでしょうか?」
「いえ。そうではありませんが。ここだけの話ですが、実は今、国王陛下の不予のため、そういった儀式などはすべて日延べされている状況でして」
ペラトルカ氏は声をひそめてそう言った。
「王国各地への巡幸などは王女様が代行されているのですが、貴族の叙爵となると、おそらくそういう訳には」
そう言う彼の言葉を聞きながら、俺は何となくゲームのイベントが起こっているような感覚に囚われたのだった。




