第四十四話 ドラゴンとの接触
エンシェント・ドラゴンとの盟約が破られたことが分かった以上、とにかく早く古竜王と接触した方が良いだろうということになり、俺たちはグリューネヴァルトの聖地にある神木を訪れることになった。
『ドラゴン・クレスタⅡ』のキャッチコピーによれば、古竜がいるのは『カーブガーズ』という場所だったはずだ。
なのに、どうしてエルフの森の聖地なのだろうと思ったが、トゥルタークは「行けば分かる」と言うし、エルフの聖地自体に興味があったので、黙ってついて行くことにした。
(エルフの聖地って、世界樹のことだよね)
俺は頭の中で、天に向かって遥かに高くそびえ立つ巨木に金色に輝く葉が生い茂り、同じく金色の果実がたわわに実った様子を想像していた。
俺がそうして想像を膨らませている間にも、聖地に向かって歩きながら、トゥルタークとアルプナンディアは盟約についての会話を交わしていた。
「人間の日常はドラゴンの非日常、人間を依り代に日々の生活を送るだけで、彼らにとっては、退屈しのぎくらいにはなると思ったようじゃな」
「ええ。でもときどき人間にとっては非常識なドラゴンの意識が顔を出すのか、バルトリヒの子孫が王国で騒ぎを起こしたというようなことを、ここグリューネヴァルトにいても小耳に挟んだことがありますよ」
俺はふたりが話しているのを聞きながら、アンヴェルが言っていた何代か前の先祖がバール湖畔の別邸を手放すことになったり、英雄の剣を王家に差し出すことになった失態って、それが原因だったのかもしれないなと考えていた。
「おお。あそこじゃな。久しぶりじゃな」
「えっ。近いですね」
聖地と言うくらいだからかなり森の奥まった場所にあるのではと俺は思っていたのだが、俺たち四人が行く先に、ほどなく聖地への入り口が見えてきた。
エルフ族の長であるアルプナンディアの住まいは聖地からほど近い位置にあったようで、本当にご近所の氏神様といった感じだ。
「ここがエルフの聖地……」
「ええ。まだ入り口に過ぎませんがね」
アルプナンディアはそう言ったが、入り口の左右には左右対称と言っていいほど高さも樹形もよく似た二本の木が生えており、その間の空間には不思議な金色の靄のようなものが漂っていて、既に神秘的に見える。
そして、俺たちがさらに近づくと、左右の木の下にどこからともなく二人のエルフの女性が現れた。
「えっ。彼女たちは?」
俺は突然現れた二人に驚いたが、俺以外の三人は特にそんな様子もない。
おそらくは聖地を守る結界の中から出てきたように思われた。
「この二人は神木に仕えているの。聖地を守ってくれているのよ」
アグナユディテが教えてくれたが、神職といった役割なのであろう彼女たちは、左右にある木と同じように双子かと思われるほど瓜二つだった。
(アグナユディテも象牙のように肌が白いと思っていたけど、彼女たちの透明感はそれ以上かもな)
真っ白な肌は本当に透き通るようだし、ガラスでできているのではないか思うような赤い瞳には、俺たちのことが映っているのだろうが、整った顔にはあまり表情が感じられない。
そして肌と同じように真っ白で長い髪を垂らした頭には、アルプナンディアが着けている植物を模した冠によく似た黄緑色のティアラが乗っており、足下には華奢な白いサンダルを履いていた。
そして彼女たち二人の唯一の違いが身に着けている衣装の色だった。
俺たちから見て右側の女性は淡い桜色、左側の女性は薄黄緑色の衣装をそれぞれ身に着け、腰のところを紐で引き絞っている。
光沢を放つ衣装はとても薄い生地でできているらしく、身体のラインが透けて見えるようだった。
別に堂々としていればいいとは思うものの、俺はちょっと目の遣り場に困ってしまう。
「この中に邪念を持つ者がいるため、聖地に入ることができません」
なんてアグナユディテの前で言われたら目も当てられないと思ったので、俺は彼女たちを元いた世界の神社の狛犬だと思うことにした。
(狛犬、狛犬、狛犬……)
そう唱えていると、彼女たちの長い耳が何となく動物のそれのような気がしてくる。
だが、危うく彼女たちの後ろ姿に尻尾を想像しそうになり、俺は固く目を瞑り、頭を振って、その想像を打ち払った。
目まぐるしく顔色を変える俺をアグナユディテが呆れた表情で見ていた気がするので、すべては手遅れなのかも知れないが。
二人の女性がアルプナンディアを入り口へと誘うと、金色の靄が晴れ、奥へと続く道が現れる。
「さあ。参りましょう。ここから先は私たちエルフの聖域ですからね。エルフと、エルフから認められた者しか入ることは許されません。ですが、わが友トゥルタークとアマンさんは大丈夫ですね」
トゥルタークはアルプナンディアが、俺にはアグナユディテが真の名を教えてくれたからなのだろう。俺はエルフの聖地に入ることができるようだ。
入り口を過ぎると空の色も外とはなんだか違っているように見える。
先ほどまで聞こえていた鳥の声や風の音だけでなく、何故か俺たちが土を踏みしめる足音さえもしない。
完全な静寂が支配する世界だ。
何だか前に進んでいる気がしないのだが、それでも少し行くと巨大な樹木が俺の前に現れる。
(さすがは世界樹。すごい高さだ)
俺がそう思って感慨に耽っていると、アグナユディテが俺の横に並び、
「アマン。なにを立ち止まっているの? それはただのカラマツの木よ。神木はこっち」
そう言って、先に進むよう促された。
(えっ。これが世界樹? ただの木にしか見えないのだけれど)
アルプナンディアが立ち止まった場所にあった木は、お世辞にも巨木と言えるような代物ではなく、どちらかと言えば、みずぼらしい感じさえする葉もまばらな細い木だった。
だが、彼が胸の前で手を組み、祈りを捧げると、その木は金色に輝き、周りの空気さえ清浄なものに変わった気がする。
そして、いつから俺たちについて来ていたのか、入り口にいた二人のエルフが俺たちの前に現れ、大事そうに抱えていた何やら箱のようなものをアルプナンディアに恭しい態度で手渡した。
どう見ても電話機だ。
アルプナンディアに手渡された物を見て、俺は思わず見間違いかと目を擦り、二度見してしまった。
だが、やっぱりそれは電話機だった。
ファンタジー世界に電話機って、これはオーパーツだと思うしかないのだろうか。
よく見ると、神木の根本にモジュラージャックがあって、そこにケーブルを接続するようだ。
モジュラージャックなんて、俺は中身がおっさんだから分かるからいいけれど、若い人だったらどうなんだろう。
まあ、二十年以上も前のゲームだから少なくとも当時、wifiはなかったが。
それに電気もないのにどうやって動かすのだろう。
……魔法だな。
俺が突然の電話機の出現に固まっていると、トゥルタークは受話器を持って、なにやらゴソゴソやっている。
「先生。たぶん逆さまだと思います」
コードが上になっているから、そもそも持ちにくいだろうに。
「おお。アスマットよ。よく分かったな。なにせ三百年ぶりなので記憶が曖昧でな」
さすがにダイヤル式でなくて良かったとか思っている場合でもないのだが、使い方を知っている俺からすると、慎重の上にも慎重に確認作業ばかりが続いているような気がする。
それでもようやく準備が整ったのかトゥルタークがボタンに手を伸ばし、番号を押していく。
「イチ、ゼロ、ゼロ、ゼロっと」
内線番号だろうか。「一千番」って、なんだかすごく偉い人に掛かりそうな気がする。
静かな空間に受話器から漏れる「トゥルルル、トゥルルル」という呼び出し音が響き、しばらくすると、
「わしだ」
いきなり名乗りもせず、「わしだ」とか、やっぱり偉い人みたいだな。
「ご無沙汰しております。人間の魔法使い、トゥルタークです。その節は大変お世話になりました」
(うわっ。トゥルタークが敬語を使ってる!)
俺が思ったとおり、やはり電話の先は相当な相手のようだ。
「ああ。お前か。自分から言い出した盟約を破っておいて今さらなんだ!」
怒鳴るような大きな声が受話器から漏れ、俺たちにもはっきりと聞きとれた。
トゥルタークは受話器を少し耳から離し、しかめ面をしながらも会話を続ける。
「いえ。こちらに手違いがございまして。申し訳ありません。私も先ほど知ったばかりでして。その件でご相談をと思いまして」
「盟約を守らない者の言うことなど聞きたくはない! もう、掛けてくるな!」
ガチャン、ツー、ツー、ツー。
どうやら通話は終了したようだ。
完全に理不尽な取引先って感じだな。
しかもトゥルタークがすぐにもう一度、掛け直したところ、
「お掛けになった番号は現在使われておりません。番号をお確かめになって、もう一度、お掛け直しください」
との音声が流れてきた。異世界なのに、こんなところだけ仕事が早すぎる。
念のためトゥルタークに確認したが、彼が話した相手はやはり『エンシェント・ドラゴン・ロード』だということだった。
四人はアルプナンディアの住まいに戻りテーブルを囲んだが、古竜王との接触が失敗に終わり疲労感が強い。
「トゥルターク。ドラゴン・ロードとの盟約は、彼の眷属を貴族として遇するというものだったと思うのですが。内容を正確に思い出せますか?」
アルプナンディアは何か考えがあるのかトゥルタークにそう問いかける。
「ナンディよ。三百年も前のことじゃぞ、無茶を言うな。まあよい。だが、対象となるのが彼の眷属だったのか、その依り代だったのか、そう言われてみると記憶が曖昧じゃな。
なにしろ成功するとは思っていなかった乾坤一擲の試みじゃったからの。その後の高揚感はよく覚えておるのだが。
賢者の塔に戻って当時の備忘録を見返せば、分かるかもしれぬがの」
トゥルタークの言葉を聞いたアルプナンディアは、急に俺の方に向き直った。
「もし、彼の眷属、エンシェント・ドラゴンを貴族として遇するというのがロードとの盟約であるならば、アマンさんに王国貴族になっていただけば良いのではないですか」




