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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第ニ章 カーブガーズの古竜王
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第四十話 不穏な蠢動

 ガクン……


 地震のような揺れを感じて、寝ていた俺は目を覚ました。


 辺りは真っ暗だ。

 だいぶ眠った気もするが、まだ夜中なのか。


 だが、周りを見回すと少し変だ。

 真っ暗で何も見えないだけでなく、俺が寝ていたベッドも枕も布団も、その存在を感じられない。


 まるで上も下も分からない真っ暗な空間に浮かんでいるようだ。


 ガクン……


 また、揺れを感じたと思った瞬間、急に霧が晴れるように辺りの物が目に入ってきた。


 夜明け前なのだろう、暗くはあるが、そこは確かに見覚えのある賢者の塔の寝室だった。

 あまり寝心地のよくない寝具の感触もいつもどおりだ。


(寝ぼけて夢でも見たのかな? でも異世界まで来ても夢は見るんだな)


 俺はそう思って、朝までもうひと眠りすることにした。




 賢者の塔に着いて二週間が経った。

 俺たちはまだ塔に滞在していた。


 トゥルタークはすぐにでもエルフの森に行きたがったのだが、アグナユディテが自分も賢者の塔に住みたいから、その準備をしてからにしてほしいと言ったのだ。


「えっ。ユディはグリューネヴァルトに戻らないのかい? ここには先生もいるし……」


 俺がそう言うと、彼女は驚いた顔をして何故かため息をついていた。

 逆にトゥルタークは、


「先生もいるとはなんじゃ! まあよい。女の子が二人いれば安心なのじゃ。ユディお姉ちゃん。これからもよろしくなのじゃ」


 とか相変わらずハイテンションだ。確かに見た目ではそうだけれど、三百歳を超えているくせに「お姉ちゃん」もないもんだ。

 もう少ししたら、この状況に慣れることができるのだろうか。



 俺は何だか不機嫌なアグナユディテと一緒にシヴァースの町へ行って、衣類や食器、櫛などの細々とした雑貨から、果ては寝具や姿見からベッドまで生活に必要なものをひと揃い買い込んだ。


 搬送は俺のレビテーションの魔法でできるから、その点は異世界の方が有利かもしれない。

 いや、やっぱりネットで買って家まで届けてもらう方が便利か。


 うららかな空の下、町からの街道を行く俺たちの前をベッドが空中に浮かんで行くのは、とてもシュールだった。



 家具屋では店主に「お代はいりません」と言われ、俺は(ラッキー。これも魔王を倒したおかげだよね)と思ったのだが、アグナユディテが、


「そういう訳にはいかないわ。あなたたちにも生活があるでしょうし。正当な対価をお支払いするわ」


 と言ってしまい、代金の代わりに店主が幹部をしている商業ギルドの依頼を受けてほしいとのことで、魔物退治を引き受けることになった。



 シヴァースの町は王都から多少離れてはいるが、王都と同じクレスタラントにあるし出現する魔物も大したことはない。オークやゴブリンが精々だ。


 案の定、ギルドの依頼はゴブリン退治だった。

 西へ向かう街道の側にゴブリンの姿を見た者が複数おり、このまま放置しておくと人の往来や商品の輸送に支障が出かねないので、早めに対処したいとのことだった。


 実際のところは家具代を受け取らない言い訳のような依頼だ。

 賢者の塔を訪れ、依頼内容を伝えてくれたギルドの職員も、


「魔王を倒された賢者様にお願いするのは、かえって申し訳ないのですが」


 そう言って、しきりに恐縮していたくらいだ。

 まあ、少しは地元にも貢献しないと嫌われるしね。


 だが、俺は依頼内容にちょっとした違和感を覚えた。

「魔物退治」という依頼内容にだ。


 魔王を滅ぼした後、ゲームでは魔物は世界に現れなくなっていたはずだ。

 実際、アグナユディテと一緒だったにも関わらず、王都から賢者の塔への道中、魔物に遭遇することはなかった。


 これまでずっと魔物の存在が普通だったこの世界の人からしたら、魔物がいることの方が当たり前で特段、魔物退治を依頼することに違和感はないのかも知れないが。

 見間違いかもしれないし、これもゲームとの差異なのかも知れないのだが。



 トゥルタークも退屈をしていたのか一緒に来ると言ったので、俺たちは三人で西の街道に向かった。


 魔王が滅んで魔族対策として町に張られていた結界も必要がなくなって、街道を行く人々もどことなくのんびりとしているように感じられる。


 減っていた交通量もすっかり元に戻ったようで、川から吹いてくる爽やかな風の中をゆっくりと歩く俺たちを、馬に乗った役人風の男が追い抜いていったかと思えば、向こうからは王都へ向かうのだろうか何人かの旅人を乗せた乗合馬車がガラガラと音を立ててやって来る。


 アグナユディテがいるから、もし本当に魔物がいるのなら、そいつらを見つけるのにそう苦労はしないだろうと思っていたが、予想どおり街道にすぐに何体かのゴブリンが現われ、俺たちの行く手をさえぎった。


 今の俺の魔力なら一瞬で奴らを戦闘不能にできるのだが、そうしたらせっかく一緒に来てくれたトゥルタークやアグナユディテが、することがなくなって気分を害するかもしれないなと思って、俺はチマチマと一体ずつ倒していく。


「ルカデヴィー ヴァヨ トゥーラ ヴォネドゥーロ トゥーリ ギュノ」


(えっ。その呪文は?)と俺がトゥルタークの方を見ると、少女の顔に勝ち誇ったような笑みが浮かび、


「アイシクル・マーヴェ!」


 力ある言葉とともに、魔王バセリスの暗黒魔法を彷彿とさせる嵐のような氷の矢が出現し、魔物たちを瞬時に文字通り消し去った。



「ふん。早い者勝ちなのじゃ」


 そう言って自慢気だったトゥルタークの表情が、すぐに不審なもの感じたように変わった。

 アグナユディテも自分の両手を見ながら腑に落ちないといった顔をしている。


 そして、その理由は俺にも分かった。

 身体に力が湧いてくるような感覚。レベルアップをしたことを俺も感じていたからだ。


 俺たち三人は全員、すでに最大レベルになっていたはずだ。


 実際、俺は最大レベルに達した後も大量の魔物や魔族、さらには魔王まで倒したが、レベルアップした覚えはない。

 さすがにあれだけの敵を倒し、レベルアップしないことは考えられないので、それが最大レベルに達していた証拠でもある。


 だが、先ほどの感覚はレベルアップで間違いないだろう。

 俺は何か碌でもないことが起こっているような気がした。



 トゥルタークがゴブリンどもを跡形もなく消し去ってしまったので、奴らを退治したという証拠がなにもなかったが、町の商業ギルドは特にそれを問題にすることもなく、笑顔で俺たちを見送ってくれた。


 賢者の塔に戻った俺はとりあえず三人分のハチミツ入りのお茶を用意した。


 考えごとをしているうちにキッチンにはもうもうと湯気が立ち込め、「アマン、もう沸いているわよ!」とアグナユディテに指摘されて、慌てた俺は危うくポットで火傷をしそうになった。


 ミトンを使ってお茶を淹れ、ハチミツを入れると、いつもの香りがダイニングに広がっていく。

 少し慌てたが、味には影響がないようだ。


 俺は二人にもお茶をすすめると、ダイニングの壁を見ながらゆっくりとお茶を飲み、先ほどのレベルアップについて考えていた。


「ねえ。アマン。私、ゴブリンを倒した後、力が増したように感じたのだけれど」


 やはりアグナユディテもレベルアップの感覚があったようで、俺にそう聞いてきた。


「王宮の儀式の後、これでもう最大の強さになったとあなたが言ったし、その後はもう力が増したことはなかったと思うから、そうなのかと思っていたけれど。どうしたのかしら?」


(うん。これは俺が嘘つき呼ばわりされる流れだな)と思ったが、アグナユディテは気味が悪そうな顔をして、それ以上、俺を詰めてはこなかった。


 俺も散々RPGをやってきたから、いくつか思い当たることがないわけではない。


「先生。人が持っている力を吸い取るような魔物や装置なんてあるのでしょうか?」


 レベルドレイン系の魔物やイベント。初期のRPGである『ドラゴン・クレスタ』には、そんなものはなかったはずだが、現実の異世界にはあるのかも知れない。


「いや。その発想は面白いが、そのようなことは聞いたことがないな」


 フーフーと熱いお茶を吹いてはチビチビと飲んでいた少女は、俺の方にチラリと視線を投げてそう言った。

 魔王を倒した呪いということも考えられるが、トゥルタークもレベルアップを感じたようだし、その可能性は低そうだ。


「では、鍛錬を怠ったり、魔物や魔族を倒さないと徐々に力を失って弱くなってしまうということは?」


 お茶が少し冷めるまで待つことにしたのかトゥルタークはティーカップをソーサーに戻すと、


「いや。アスマットよ。そのようなことがないことは、そなたも分かっておるのであろう。まあよい。もっとも年を取れば誰もが衰えるが、まだそのような年齢でもあるまい」


 この世界のウォーキング・ディクショナリーとも言うべきトゥルタークにも心当たりはなさそうだ。


(そうなると考えられることは、やっぱりあれか)


 レベル上限解放。

 最近のRPGなら普通にあることだ。


 もちろん『ドラゴン・クレスタ』にはそんなものはなかった。

 だから曲りなりにもエンディングを迎えた俺たちは、これから静かに暮らすことができるのだと漠然と思っていた。


 だが、ここがゲームの世界だと考えるのならば、最終目的だった魔王を倒したのだからアップデートがあってもおかしくはない。


 アップデートがあったと言うことは……。

 そう考えると俺は憂鬱な気分になった。


「美麗な新エリア」、「最強の新たな敵」などといったキャッチコピーが目に浮かぶ。

 そう考えないと、魔王がいなくなったのにレベル上限を解放する意味がない。


 サラリーマンだった俺にとってと考えてみると、せっかくの夢の悠々自適の生活の始まりを邪魔された気分だ。

 だが、悠々自適と言ったってよくよく考えてみれば、この世界にはラノベもRPGもないのだ。


 救国の英雄となり、強力な魔法が使えるとはいえ、スマホもない世界で果たしてこれから楽しく暮らしていけるのかと考えるとあまり自信がない。


 ゲーマーの俺にとってと考えてみれば、ニューゲームのスタートは望むべきことなのかも知れない。


 エディルナやリューリット、アリアと早めに合流した方がいいかも知れないなと俺は思った。


 相変わらずティーカップを吹いては少しずつお茶を飲む少女の姿を見て、次からはもう少し冷ましてからあげないとなとも、思っていた。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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