第三十六話 魔王城への道程
大トンネルを抜けた俺たちは、ついにカルスケイオスに足を踏み入れた。
正確には二度目なのだが、あの時はトンネルの出口からすぐの場所でジロイドとエンカウントしてアンヴェルを喪い、そのまま引き返してしまったから、実質的には初めてと言っていいだろう。
大トンネルは最短距離で踏破した。
魔王の攻略推奨レベルにようやく達した程度のパーティーならいざ知らず、カンストした俺たちの前に大トンネルの強制エンカウントなど障害にもならない。
まして場所や種類の分かっているトラップなど避けるか、遠くから魔法で破壊してしまえば、初めから無いも同然だ。
確かに左側の壁に沿って進めば、強制エンカウントにもトラップにも遭わないのだが、さすがに距離はかなり長くなる。
俺たちはこれまでの鬱憤を晴らすかのように、とにかく俺が指し示す最短ルートで大トンネルを攻略していった。
そして今、俺たちの前に広がっているのは黒い岩に覆われた一面の荒野だ。
それは魔族とはいえ、こんな土地で生きていくのは大変だろうなと思えてしまうような、荒涼とした風景だった。
三百年前、俺たちと同じようにこの地を訪れたバルトリヒの一行も、俺たちと同じ感慨を抱いたのだろうかと思わされる。
「来たわ。魔物? いえ、魔族かしら?」
アグナユディテが指差した方を見ると、俺たちがそんなもの思いに耽ることは許さないとばかりに早速、暗黒騎士の集団が襲い掛かってきた。
「リューリット。援護するぞ」
「いや。おそらく必要あるまい。あの程度の動きなら一手、合わせてからで十分だ」
俺の申し出を断った彼女の判断は正しいのだろう。
身の程知らずとはこのことだ。
動物であるスニユ山のジャイアント・ゴートたちの方が賢かったなと俺は思った。
彼らは俺たちに敵わないとすぐに悟り、ほとんど戦うことなく引き上げたのだから。
リューリットの剣が一閃する度に、暗黒騎士はその数を減らしていく。
サマムラを振るう彼女の攻撃力はまさに凄まじいの一言だ。
堅い鎧を装備し、高い物理抵抗を誇るはずの暗黒騎士さえ、彼女は自分の前にものの数秒も立っていることさえ許さない。
それに彼女は技量が突き抜けているからか、常に敵の急所や弱点を、まるで針に糸を通すような精度で狙っていく。
常人なら考えてもできはしないそんな芸当を、彼女はいとも簡単にやってのけ、しかも涼しい顔だ。
これこそ本物の天才だと、もう脱帽するしかない。
(やっぱり『幸運のタリスマン』はリューリットが持つべきだったんじゃないかな?)
彼女とエディルナの攻撃で、ここまでほぼすべての敵が排除される中、トラップを破壊する以外ほとんどすることのなかった俺には、そんなことを考える余裕があった。
でも実際には第二撃を要することさえ稀な今の状況だと、特段、攻撃のクリティカル率や与えるダメージの増加が必要とも思われない。
あのタリスマンは王女様からいただいたものだし、皆がドン引きした様子を見ると、少なくともこの世界では俺が持っているのが正しいのだろう。
(俺ってやっぱりゲーマーとして、攻略の効率重視に思考が傾く面があるみたいだから、「常識」については人の意見を聴くことも大切だよね)
そんなことを考えた中の俺はもう四十歳を超えているのだから、それもちょっと情けない気もするが。
「リューリット。大丈夫ですか?」
ほとんど一人で暗黒騎士の集団を屠った彼女をアリアがそう気遣うが、まあ、大丈夫なのだろうなと俺は思っていた。
案の定、ほとんど息を乱すこともなく、彼女は、
「問題ない。やっと魔王と戦えるのだ。疲れなど微塵も感じないな」
そう言って、すっかり戦闘モードのようだ。
今の彼女を止められる者など魔王を含めて、この世界にいないのではないだろうか。
続けて、性懲りもなく悪魔ジロイドが俺たちの前に現れる。
その姿に俺はアンヴェルのことを思い出す。黒い死に包まれ、前のめりに倒れていく彼の姿が目に浮かぶ。
咄嗟に、あの時は掛けられなかった「サイレント」の呪文を素早く唱える。
だが、そんな俺の呪文さえ効果を現したか定かになる前に、今度はエディルナのバスタードソードが悪魔の身体を両断した。
低位の魔族どもが相手なら、カンソンさんが鍛え直してくれたエディルナの得物で一撃だ。
彼女の攻撃に耐えられる程の高位の魔族なんて、俺のゲーム知識によれば残るはたった二人だけだろう。
攻略推奨レベル五十の美貌のダークエルフ「ベルティラ・デュクラン」と、同じく五十五の漆黒の羽を持つ悪魔「ドゥーゲル」だけのはずだ。
そして、奴らの現れる場所も俺は知っている。
ダークエルフは魔王の城の正門で、漆黒の羽を持つ悪魔は魔王の玉座で、それぞれ俺たちを待ち構えているはずだ。
だが、魔王よ。最も危険なものは常に身近に置いておくべきなのだ。
俺たちを騙そうと、自らの四人の腹心のひとりとはいえ力の劣る者に玉座を任せたことが、奴の敗北を決定づけることになる。
まさに策士策に溺れるというやつだ。
アリアの守護の力もあるから、正直言って魔族どもの攻撃はまったくと言っていいほど通らない。
カンストパーティーでの戦いは俺もゲームで何度も経験したが、その時もこれは最早戦闘とは言えないなと思ったものだ。
それを現実の異世界で経験すると本当に気分が悪くなるくらいだ。
俺は魔族たちに(もう出てくるな)と思いながら、カルスケイオスの地を魔王の城へと真っ直ぐに向かっていた。
「なんだい? この建物は!」
たどり着いた魔王の城の前に広がる町の中で、急にエディルナが素っ頓狂な声を上げた。
ここはカルスケイオスの中心地だし、あまり大きな声を出されると魔族どもが集まって来て、面倒なことになりかねないのだが。
そう思って、驚くエディルナの方を見ると、確かにその建物は異様なものだった。
いや、カルスケイオスの建物って、やっぱり魔族の趣味なのか、おどろおどろしい姿をしているものが多い。
色合いも暗いし、よく言えば落ち着いた、悪く言えばお化け屋敷みたいなものばかりだ。
だが、その建物は壁の色もピンクだし、窓の上に架かった庇も青と白のストライプで、普通の町にあっても目立つ可愛らしい洋館といったたたずまいだ。
異様と言うのは言い過ぎかもしれないが、少なくともここでは異質であることは確かだ。
テーマパークなら、例えば「ホーンテッド・タウン」なんていう、お化け屋敷を中心としたホラーをテーマにしたゾーンに、「メルヒェン・ランド」とか言う名前のおとぎ話の世界をイメージしたゾーンの建物を間違って建ててしまったように見える。
もう俺は前に見える魔王の城の正門に意識を集中させていて気づかなかったのだが、こんな城の前の中心地に、誰が何の目的でこんな建物を建てたのかと考えると不思議な気もする。
「『シュガー&シナモン・ハウス』って、この建物の名前だよな」
確かに彼女の言うとおり大きく立派な、だが曲線を中心とした繊細な格子で形作られた扉を備えた門の柱には、そんな表札か看板のようなものが掛かっていた。
そう言うエディルナは随分と、この建物に興味を引かれているようだが、今は魔王を倒すために城へ乗り込むことが先決だ。
それに俺たちの前にはこの後、強力な魔族が立ちふさがるのだ。
『ベルティラ・デュクラン』
攻略推奨レベル五十の美貌のダークエルフ。
トゥルタークを死に追い遣った魔王の僕。俺にとっては恩人であり、そして師であった彼の仇と言っていい魔族だ。
初めて彼女と対峙した時、この世界に召喚されて日も浅かった俺は彼女を相手に為す術もなかった。
だが、レベルも最大となり、強力な仲間を得た今、彼女を倒すことは容易いはずだ。
(ベルティラ・デュクラン。お前だけは俺の手で倒す!)
俺は復讐の想いに燃え、彼女が待ち伏せている城門に近寄った。
不用意に近づいたように見せかけているが魔法防御は完璧だし、エディルナもリューリットも隙無く周囲に目を配ってくれている。
だが、もう城門を通り過ぎてしまおうというのに奴は現れる気配さえ見せなかった。
「我が師、トゥルタークの仇、ベルティラ・デュクラン! いつまでも隠れていないで姿を現したらどうだ」
俺はそう見得を切るが、
「……………………」
辺りは沈黙が支配し、ダークエルフの現れる気配はやはり感じられなかった。
俺の額を汗が流れ落ちる。
大トンネルからカルスケイオスを縦断して、この魔王の城まで。
戦闘では大して活躍することができなかった俺の一世一代の見せ場のはずなのに、一体これはどういうことだ。
パーティーの皆の視線が痛い。
「どうやら我らに恐れをなしたようだな。魔族の中にも己が身の程を知る者はいるようだ。ならば遠慮なく、城へ入らせてもらおう」
リューリットがそう言って門を抜け、城の中へと向かう。
(そう。そうだよ、リューリット。さすがに狡猾な彼女には自分の不利が分かり、さっさと逃げ出したに違いない)
そう自分を納得させながらも、相変わらず汗を流す俺の横でアグナユディテが、
「今回は海が見えるわけでもないのに……。アマンにはここで、何か私たちに見られたくないものでもあるのかしら?」
小声でブツブツとそんなことを言っている。
まだ、あの北の街道で、美しい海をゆっくり眺められなかったことを根に持っていたようだ。
「いよいよ来たのですね」
アリアも感慨深そうだ。彼女はアンヴェルと親しかったから彼のことを思い出して、そう言ったのかもしれない。
「これがバルトリヒの英雄譚に唄われた魔王の城か……」
エディルナが身震いするような様子で、そう声を出す。
「さあ。待っていても仕方がないわ。いよいよ城に入るわよ!」
いつも慎重なアグナユディテも珍しく、そうパーティーメンバーを鼓舞するように声を掛けてくる。
いや、彼女は魔族を嫌悪することは俺たち以上だったから当然なのかもしれない。
だが、そう言って逸る心の内を表す彼女たちに俺は声を掛けて、一旦、話す時間を取った。
「魔王の玉座へ向かう前に、アリアとリューリットにお願いしておきたいことがあるんだ」
そう言って二人に伝えたのは、俺のゲーマーとしての知識を使った最後の秘策だった。




