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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第三十五話 聖女の解放

 俺には再度、皆でカルスケイオスに突入する前に、一か所だけ行っておきたい場所があった。

 ピルト地方にあるスニユ山の中腹にある谷だ。


 スニユ山はピルト地方の北辺に連なるイラピセタル山脈の峰のひとつだ。


 パルタニア地方のエルルム山脈とは違って周囲には森が少なく、王都からあまりに離れていることもあって、イラピセタル山脈の側には貴族の別邸などがあるわけではない。


 だが、高地には氷河を抱くその山々の美しさは、バール湖から望むエルルム山脈に勝るとも劣らないと言う人も多かった。


「ユニス山にはジャイアント・ゴートがいて、群れの縄張りに入ると攻撃されるんじゃなかったかい?」


 エディルナが言ったとおり、そこに生息しているジャイアント・ゴートは危険だが、今の俺たちなら余裕で彼らを倒して目指す谷にたどり着くことができるはずだ。


「まあそうなんだが、それほど回り道にはならないから……」


 俺は皆をそう誘った。

 レベルを一気に引き上げたことで多少は俺の信頼度が高まったのか、魔王に早く挑みたいであろうリューリットやアリアを含め異論なくそれに乗ってくれた。


 装備もアイテムも揃いレベルも最大の俺たちに、これ以上できることは少ないが、この谷の景色を眺めることで、実はアリアの魔力が五%ほどアップするのだ。


 たかが五%ではあるが、最大レベルに到達したアリアの魔力の五%は結構なアドバンテージになるはずだ。



 だが、スニユ山の中腹まで登るのは思っていた以上に大変だった。


 ゲームではクリックひとつで登山が完了してしまうので甘く見ていた。

 登山道らしきものはあるのだが、普段の服装で装備もそのまま、ピクニック気分で向かった俺は途中で音を上げそうになった。


(まさか、ここまで厳しいとは……)


 俺以外の四人は文句も言わず黙々と登り続ける。

 悲しいがやはり魔法使いの俺が、この中で最も体力が劣るのだろうか。


 唯一の救いは、やはり山の自然の中だからかアグナユディテの機嫌が良かったことだ。

 登山で疲労した上、彼女に苦情を言われ続けていたらと思うとぞっとする。



 そうして苦労してたどり着いたスニユ山中腹でのジャイアント・ゴートとの戦いは、あたり前だが呆気ないほどの俺たちの圧勝だった。


 少し戦うととても敵わないと分かったようで、彼らは次々と逃げ出してしまったのだ。

 おかげでHPは減らなかったが、経験値もほとんど得られなかった。


 考えてみれば経験値はこれ以上必要ないので、別に構わないのだが。



 ジャイアント・ゴートの群れを排除した俺たちは、彼らが余所者の侵入を拒むように立ち塞がっていた細い尾根を先へ進んだ。すると、これまで尾根とその先の崖に視界を遮られて見えなかった盆地のような広い谷が右手に見えてきた。


 なだらかに大きく広がった谷には、一面に小さな白い花が咲き乱れていた。

 緑の葉と純白の花のコントラストは息を吞むほど美しく、心が洗われるようだ。


 空には雲が多く、辺りにも靄のように漂っていることもあり視界は今ひとつなのだが、逆にそれがこの谷を、そこだけが天空に浮かぶお花畑といった様子に見せていた。


 この光景はゲームでも何度も見たが、やはり異世界の現実は圧倒的に素晴らしい。

 そよぐ風、ほのかに香る小さな花々、ひんやりとした澄み切った空気もとても心地良く感じられる。


「これはすごい。ここまで来たかいがあったな」


 別世界と言っていい光景にエディルナもそう言って、辺りを散策しはじめた。


 アグナユディテも風や氷の精霊と話しでもしているのだろうか。とても楽しそうに谷の中をゆっくりと歩いている。


 リューリットでさえ谷を少し下って、そこに咲く小さな花々を愛でているようだ。


 地上の様々な雑事からここだけは切り離されたかのような空間に、俺たちはしばしこれまでの戦いのことを忘れて思い思いの時間を過ごしていた。



「野の小さな花々さえ、あれほど見事に咲き誇る……か」


『ドラゴン・クレスタ』のこのシーンを思い出し、谷を覆う白い花を眺めながら俺はそうひとり言を言った。


 途端に後ろでガタンと音がした。


 振り返るとアリアが手にしていた錫杖を取り落とし、目を見開いて俺を凝視していた。


(まずい。いまの台詞はゲームでアリアが心の中で思っていたことだった)


 まさかアリアが側にいると思わず、俺は何度も見たこのシーンの台詞を思わず口にしてしまったのだ。


「そのフレーズは……」


 そう言ったアリアの目じりから頬にスッと涙が流れた。


(えっ。これはもしかして、本当になにかまずいのかも)


 アリアの涙を見て俺は気が動転してしまい、何とか上手い言い訳をと考えたが、そんなものが急に出せるはずもない。


「えっと。いや、これはずっと前……に……聞いたことがって、えっ。アリア?」


 俺の言い訳の途中で彼女は気を失ったのか、崩れ落ちるように倒れてしまった。


 俺は慌ててアリアに駆け寄った。

 ざっと見たところ怪我はしていないようだ。


「アリア。目を覚ましてくれ。アリア」


 こんな場合、安静にしておいた方がいいのだろうかと迷いつつ、俺は彼女の上半身を少し抱き起し、肩を叩いて声を掛ける。


「アリア。頼む。目を開けてくれ!」


 すると俺の願いが届いたのか、彼女の目がパチリと開き俺と目が合った、そして彼女は両手を前に伸ばしたかと思うと、そのままその手を俺の首に回し……、ありていに言えば俺に抱きついてきた。



「えっ。アリア? あの。いったい?」


 アリアにしがみつかれながら狼狽する俺とは対照的に、彼女は自信に満ちた声で言った。


「神は祝福をお恵みくださる! 私たちが気づいていないだけで、神の恩寵は常に私たちの身にあるのです!」


 凛とした彼女の声が、美しい谷に神聖な宣言のように響く。


 そして彼女の声が谷間全体に届いたと思われたその瞬間、雲間から射した日の光が谷の中央に届き、その姿は突然、谷から天へと続く階段が現れたかのように見えた。


 そしてザーッと風が吹き、周りに霧のように漂っていた雲が流れたかと思うと、そこには大パノラマが広がっていた。


 右手には大きな弧を描くように遥か彼方まで続くイラピセタル山脈の雄大な景色が。

 谷に目を移すと、そこにある小さな花々は日の光を浴びてその白さを際立たせ、表面に残る水滴がキラキラと輝いて、小さな宝石が一面に撒かれたように見える。


 そして、これまで見えなかった谷を下った正面遥か先では、雪を頂く山々の白い峰が、深い青色の空にくっきりと映えていた。


 俺はその風景のあまりの美しさに一瞬、我を忘れて見入ってしまいそうになったが、俺にしがみついたまま話し掛けてくれているアリアに注意を戻した。


「ああ。賢者アマン。私はあなたに導かれ、ここまでやってきました。そう、初めてお会したときのあなたの言葉に導かれて。

 そして今、ここで、あなたは私にあの言葉を示してくださった。それだけでもう充分です。私はあなたが神の御業を顕かにしてくださったと信じることができます。

 神はこんな私にも祝福と恩寵を、そして赦しをお与えくださるのです」


 そう言う彼女の声は震え、抱きつかれた俺からは見えないが、彼女は涙を流しているように思われた。


 アリアがアマンに抱き着くシーンなんてゲームにはなかったと思うが、何だか彼女が喜んでくれているようなので、結果としては良かったのだろう。


「アリアは神様は弱い俺たちをお赦しくださると俺たちにはいつも言ってくれて、赦しが得られるように俺たちのために祈ってくれるけれど。アリア自身はちっとも赦してもらえると思っていないんじゃないかと時々思っていたんだ」


 俺がそう言うと彼女の腕にギュッと力が加わり、俺は少しむせそうになってしまった。


 本当にそうなのだ。彼女はエルクサンブルクでもボムドーでも、人に赦しが与えられるよう祈っていた。


 だが、彼女はいつも自分をとても厳しく律し、常に聖女と呼ばれるに相応しい振る舞いをしていた。

 まあ、最近は少し俺たちの影響を受けているのかなと思うときが無きにしも非ずという気もしていたが。



 そうしてアリアが少し落ち着いて俺から離れ、ふたりが立ち上がったところにアグナユディテたちが俺たちに近づいて来た。

 アリアの声は谷じゅうに響いたようだったから、さすがに皆、気づいたのだろう。


「ちょっと、アマン。あなたアリアに何をしたの?」


「いや。俺は何もしてないよ」


 まさか彼女が思っているはずのことを口に出してしまったなどと言う訳にもいかず、俺はそう答えるしかなかった。


「まあ。あなたがアリアをどうこうできるとは思っていないけど。それにしても……」


 そうなのだ。アリアはどう見てもつい先ほどまでのアリアではないのだ。


 ひたすら真面目という感じだった表情も、口許に微かに笑みを浮かべた柔和なものになっているし、特にあの、すべてを見通すようだった水色の瞳がすっかり柔らかな眼差しに変わっているような気がする。


「賢者アマンは私に神のお言葉をお伝えくださったのです」


 アリアはそう言って俺たちに微笑むが、俺がそんなご大層な者であるはずがない。

 ゲームの制作スタッフがこの世界の造物主だとすれば、確かに俺はその言葉を伝える者なのかも知れないが。


「アマンが? 彼はただの嘘つきの変人じゃない」


 いや、俺は嘘つきでも変人でもないと大きな声で主張したかったが、今のアリアは俺にそんな口を挟ませなかった。


「ユディ。偽りはよくありませんね。あなたはもっと素直になるべきです。それを神は祝福してくださいますよ」


 さすがのアグナユディテもアリアににっこりと微笑まれながら返されると、言葉に詰まるようだ。



「聖女というより慈母といった感じだな」


 リューリットもアリアを見てそう感想を漏らす。


「アリア。大丈夫なのかい?」


 エディルナも彼女の変わり様に心配そうだ。


「そうだ。アリア。神聖魔法は使えるのか? なんだかだいぶ雰囲気が変わった気がするから少し心配なんだが」


 俺がそう言うと、アリアはまた微笑んで、


「はい。大丈夫ですよ」


 と返事をし、そのまま神に祈りを捧げる。


「デウ パテール ピウデュ 貴方の忠実な僕に、大いなる癒しの力を」


 彼女がそう唱えると、彼女の両手の間に暖かい色をした光が現われ、それが段々と大きくなっていく。そして、


「ヒール・マールニュ」


 彼女の声とともに、その光が彼女の胸の前から十メートルほど飛んで地面に落ちると、一瞬、谷全体が淡く光ったような気がした。


 光が収まった後、特段、谷に変わったところはないように見えるが、少し谷全体の白さが増したのかなと俺が思っていると、アグナユディテが、


「えっ。アリア。まさか谷の萎れた植物を全部、回復させたの?」


 驚いた様子で彼女に尋ねた。

 その言葉にアリアは微笑んだまま頷くと、


「はい。神の祝福は常に私たちとともにあります」


 そう答えた。


 エディルナもリューリットも周りを見渡して驚いて言葉もない様子だ。

 俺も(これは五%どころじゃない気がする。)と思っていた。


 一時はどうなることかと思ったが、ここまで山道を苦労して登って来て良かったようだ。


 輝きを増した谷に咲き誇る小さな花々が、俺たちの行く末を明るく祝福してくれているような気がした。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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