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賢者様はすべてご存じです!  作者: 筒居誠壱
第一部 第一章 魔王バセリス
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第三十三話 英雄の末裔

「急いで王都の大聖堂へ行こう。そこでアンヴェルを復活させるんだ」


「賢者アマン。落ち着いて。アンヴェルがまだ生きているのなら慌てる必要もあったでしょう。ですが彼はすでに神の御下に旅立ってしまいました。いまは静かに彼に別れを告げるべきときです」


 彼女の言うとおり落ち着きを失い慌てる俺に、アリアがそう答えた。


「いや。王都の大聖堂で俺たちの全財産の半分を寄進すれば、蘇生の魔法を使ってもらえるのではないのか?」


 俺は彼女にゲームでの知識を確認した。だが、返ってきたのは、たしなめの言葉だった。


「全財産の半分で命を贖うなど不謹慎な言葉です。人の命はお金で買えるものではないのです。

 例えすべての財産を差し出したとしても死者を甦らせることはできません。死は厳粛なものです。

 あなたの気持ちは分かりますが、神の御下へ旅立った者を呼び戻すことはできないのです」


 魔王の支配する地、カルスケイオスに足を踏み入れたところで、俺たちは魔王討伐の切り札を失った。


 そして俺はこれがゲームではなく、異世界の現実だということを思い知らされたのだ。



 一旦足を踏み入れたカルスケイオスから、大トンネルを来た道を辿って戻りながら、俺はアンヴェルのことを考えていた。


 初めて会ったとき、今から思えば貴族に対して失礼にあたるような俺のいきなりの挨拶を、魔法使いが足りなかったからとはいえ笑って受け入れてくれたアンヴェル。


 隊の近衛騎士二人が去ったときは、少し気分を害していたようだったが、その後、エディルナとリューリットを笑顔で迎え入れてくれたアンヴェル。


 だが、俺がグリューネヴァルトからアグナユディテを連れて来た頃から、彼は人が変わってしまったような気がする。


 アリアは王から魔王討伐を命ぜられてから、彼は神経質になっていると言った。アグナユディテは彼が俺に嫉妬していると言った。

 だが、本当にそれが原因なのだろうか?


 考えてみれば彼の父も、祖父も、曾祖父も、彼の家は代々英雄の末裔ということで、クレスタラントで王家にも等しい敬意と待遇を受けてきた。


 そしてたまたま彼の代のときに魔王が復活し、突然、彼は最前線に立つことを余儀なくされた。

 名家の子息としてこれまで何不自由なく育ってきた彼がだ。


 だが、彼は逃げなかった。逃げられなかったとも言える。例えそれがどれほど苦しいことであっても。


 逃げてしまえば祖先の(いさおし)を辱めることになるし、玉座の間での決戦に間に合わなかったというだけで、これまでアルプナンディアが受けてきた嘲りを思えば到底、耐えられないと考えたのかもしれない。

 自らもこれまで散々彼を誹ってきたのだから。


 だからアンヴェルは急ぐ必要があったのだ。誰よりも早く、彼の祖先と同じように先頭に立って魔王を倒すために。

 そしてそれだけが彼をこの呪われた使命から解き放ち、以前の平穏を取り戻す唯一の方法だったのだ。


「アンヴェルがどうしてあんなに頑なだったのか。もう少し彼の気持ちを考えてみれば良かったのかもしれない」


 魔王が復活する前の彼は、鷹揚で物事に拘らない好青年だったと聞いた。だが、魔王の復活が彼を変えてしまった。


「大トンネルを簡単に抜けるようなことをせず、あそこで何度も戦っていれば、自分の未熟さにも気づいて、もっと慎重に動けたかもしれないのに」


 それに俺にはどこかに甘えがあった。これまで魔族に蹂躙される人々をいくらでも見てきたはずなのに、メインキャラクターであるパーティーメンバーは死んでも救済されると、どこかで思っていたのだ。ゲームと同じように……。


 いつしか心の中で思っていたことを俺は口にしていたようだ。それを聞いて、それまで黙々と歩いていたアリアが俺に向けてこう言ってくれた。


「賢者アマン。大切な人を失ったとき、あのときこうしていればとか違う選択があったのではと悔やむものです。ですが私はあなたの選択が誤っていたとは思いません。

 あなたの助けがなかったらアンヴェルはカルスケイオスにたどり着くずっと前に力尽きていたでしょう。誰よりもアンヴェル自身がそのことを良く理解していました。

 そしてアンヴェルは、あなたに感謝していましたよ」


 俺は驚いて彼女の目を見た。彼女の水色の瞳が濡れて光っていた。


「私はアンヴェルとは、あなたたちよりもずっと付き合いが長かったのです。彼は信仰心が篤く、子どものころからよく教会に祈りを捧げに来ていましたから。

 ですから、ときどき彼は私にだけは弱い自分を見せることがあったのです。彼は自分は到底、先祖である英雄バルトリヒに及ばないと言っていました。力も剣の腕も、皆を率いるリーダーシップ、カリスマも。

 でも、バルトリヒの傍らに大賢者トゥルタークが在ったように、自分には彼に勝るとも劣らない賢者アマンがいる。その先を見通す不思議な力で『半神』とも呼ばれる、自分たちを導くあなたが。

 そう彼は言っていました。彼はあなたを頼りにしていたのです」


 彼女の水色の瞳が俺の瞳を見詰める。きっと俺の瞳にも涙が光っているのだろう。俺の視界で彼女の顔が歪んで見える。


「彼は信仰心の篤い、謙虚で善良な青年でした。魔王が復活しなければこの先も良き当主、良き夫、そして良き父となっていたでしょう。

 彼がそうなれなかったのは魔王が復活したからです。賢者アマン。わたしたちは彼の遺志を継ぎ魔王を倒すのです」




 アンヴェルを失った俺たちは一旦、王都へ戻って来た。


 対魔王戦で絶大な威力を発揮する『英雄の剣』を持つ彼のいない状況で、ただでさえ攻略推奨レベルに到達してすらいない俺たちが魔王に挑んだところで到底勝ち目はないからだ。


 王都へ着いた俺たちは、まずはシュタウリンゲン家の屋敷に赴いた。


 俺たちを迎えた執事は、その突然の訪問と、俺たちの中にアンヴェルの姿がないことに気づき、少し青ざめた顔で「ご主人様は?」と尋ねてきた。


 俺がまずは手短にアンヴェルを喪ったことを告げると、彼の顔色は蒼白になり、いつも落ち着いた所作の彼が崩れるように玄関の柱にもたれ掛かり、それでやっと身体を支えている有り様になった。


 そうしているうちに、その騒ぎと俺たちの声を聞きつけたのか、従者のランシムも姿を見せた。

 だが彼もアンヴェルが亡くなったことを知るとやはりその場で泣き崩れ、「最後までお供すればよかった」と涙声で何度も叫んでいた。


 その声に屋敷の召使いや下女、料理人や庭師なのだろうか次々と使用人が集まり、皆、アンヴェルの死を知ると驚いて涙を流し、声を上げて泣き崩れる。


 この様子を見るに、彼は本当に使用人たちに愛される良き当主だったのだと思わされる。


 すっかり愁嘆場と化したシュタウリンゲン家の屋敷に俺たちはいたたまれなくなり、早々に屋敷を辞して、魔術師ギルドに向かった。



 久しぶりに魔術師ギルドに姿を見せると、今回はさすがに列に並ばされることもなく、受付の奥からギルドの職員が出てきて、俺に声を掛けてきた。


「これはアスマット・アマン様。ようこそ当ギルドへおいでくださいました。この度はどういったご用件で?」


 よく俺の顔なんて覚えているなと少し感心したが、それよりも俺はギルドにお願いしなければならないことがあった。


「申し訳ないですが、ギルドマスターのペラトルカさんに至急、お会いしたいのです。なんとかご都合をつけていただけませんか?」


 そう俺がお願いすると、職員は「しばらくお待ちください」と言うや否や、弾かれたように奥の階段を上って行った。そして、すぐにペラトルカ氏を連れて戻って来る。


「これはアマンさん。どうされたのです? 何か重大な事態でも起こりましたか?」


 察しのよいペラトルカさんは俺の様子にただならぬものを感じたのだろう。「とにかく、こちらへ」と言って応接らしき部屋へ案内してくれ、そこで話を聞いてくれた。



「それは困ったことになりましたね」


 ギルドマスターのペラトルカさんは、俺の話を聞いて難しそうな顔をする。


「王への謁見についてはギルドからすぐ申し入れをいたしますから、明日の朝にでも王宮へおいでいただけば、すぐに叶うように手配いたします。

 ですが、魔王討伐の王命をもう一度、しかもアマンさんに王から直接いただくというのは、さすがに私ひとりの力では。もちろん、お口添えはさせていただきますが」


 俺が彼にお願いしたのはアンヴェルの死を王宮へ報告することと、彼が受けていた魔王討伐の命令を、今度は俺に与えてもらえるように便宜を図ってほしいということだった。


 俺のギルドへの申し出に、俺以外の仲間たち四人は一様に驚いた様子だった。

 いつも温厚なアリアでさえ、少し俺を咎めるような視線を送って来た。エディルナも口にこそしないが、そんなことのために王都までわざわざ戻って来たのかと思っていることだろう。

 そして、肝心のペラトルカ氏の返答も色よいものではなかった。


「最近、魔術師が各地で不足し、一部で対魔族の結界が破れる町が出ていることもあって、正直に申し上げて魔術師ギルドへの風当たりが強いのです。

 ですから私が、魔王を封じたバルトリヒの子孫であるシュタウリンゲン卿と同じ扱いをアマンさんにするように王宮に求めても、失礼ですが貴族でもないアマンさんにという声を抑えることは難しいでしょう」


 彼はそう言って、困ったといった顔をした。


 この世界の非常時にと思うが、なによりも身分秩序が大切だという人は一定数、しかも高位の方たちにこそいるものだ。


「では、その件については、謁見の席で私から王に直接申し上げます。ですからできるだけ早く謁見が叶うよう、手配をお願いします」


 俺がそうお願いすると、


「では、明日の午前中には謁見が叶うよう手配しておきますので、明日の朝、王宮でお会いしましょう」


 そう言ってペラトルカさんは席を立って先ほどの職員を呼び、何やら手配を言い付け始めたので、俺たちはギルドを後にすることにしたのだった。



 翌日の朝、俺たちは王宮にかなり早く到着したが、結局、謁見の間へと呼び出されたのは昼も近くなってからだった。


 謁見の前にペラトルカさんが控え室にいた俺たちを訪れ、予定が遅れた理由を教えてくれた。

 昨夜のうちにシュタウリンゲン家から、アンヴェルが亡くなったとの一報が王宮にもたらされ、これまでその対応策を話し合う会議が行われていたとのことだった。


「近衛騎士団のしかるべき地位にある者とか、シュタウリンゲン卿以外の英雄の子孫を探し出すとかして、その者に魔王を討たせるべしというのが大方の意見ですが、はっきり申し上げてこれといった妙案はなく、混乱しているというのが実態ですね」


 彼がアンヴェルの仲間であった俺たちが謁見のために王宮に来ているので、その意見を聞いてはどうかと休会を提案し、それが認められたとのことだった。



 彼が控え室から去り、しばらくして俺たちに謁見の間へ続く扉の前で待つよう、係の文官から声が掛かった。


 ほどなく謁見の間から、「魔王討伐を命ぜられしシュタウリンゲン卿の同行者、アリア・ハイデリックス、エディルナ・サローニット、リューリット・ヒクサニー、及びアスマット・アマン、並びにその守護者アグナユディテ。王の御前に進み、頭を下げよ」との声が聞こえ、俺たちの目の前でアーチ型の大きな扉が開いた。


 玉座へと続く長く豪華な絨毯の上を俺たちは進んでいくが、注がれる視線は好意的なものではなかった。


 玉座が近づき、俺たちは礼に則って片膝をつき、頭を下げる。


「陛下におかれましてはご機嫌麗しく。この度はご尊顔を拝する機会をいただき、恐悦至極に存じます。シュタウリンゲン卿の同行者、アスマット・アマンでございます」


 こうして、俺は王との二度目の謁見に臨んだのだった。



「シュタウリンゲン卿は亡くなったとの報告が彼の屋敷から届いておるが、それはまことか?」


 王の左手、玉座に最も近い位置に控える背が高く法衣を着た男性が俺たちにそう問いかけてきた。


「まことにございます。シュタウリンゲン卿は、魔王の統べる地へと続く大トンネルを抜け、カルスケイオスへ足を踏み入れた直後、悪魔ジロイドが放った死の呪文をその身に受け、最期を遂げられました」


 俺がそう答えると、謁見の間にざわめきが起こる。


「それで、シュタウリンゲン卿がジロイドに襲われ、死の呪文を放たれる間、そなたらは何をしておったのじゃ?」


 予想されていた質問とはいえ、俺は一瞬、答えに詰まったが、正直に答える。


「遠距離からの魔法による攻撃ゆえ、シュタウリンゲン卿と並んで進んでいた者たちの攻撃は間に合いませんでした。魔法使いの私は後方を行く仲間に気を取られ、シュタウリンゲン卿から離れていたため対応ができませんでした」


 俺の返答に、謁見の間が嘆息とも失笑ともとれるざわめきに包まれる。

 そしてそのざわめきの中、以前の謁見の場で俺を非難した、あご髭を蓄えた人物が、また大きな声で王に具申する。


「陛下。確かに魔王を封印したバルトリヒの直系の子孫はシュタウリンゲン卿だけ。ですが、英雄の血を引く者は他にもまだいるはず。その者を探し出し、魔王を討伐させるべきです」


 彼のその言葉を皮切りに、「そんな悠長なことをしている時間はない」だの、「すぐに、王国中にお触れを出して子孫を探すべき」だの、「とりあえず、騎士団から有志を募るべき」だのと言った声がそこかしこから上がり、謁見の間は、先ほどまでの会議がそうであったのだろう混乱した様相を呈してきた。



 皆が俺たちの存在を忘れたかのように勝手に議論をする中、俺は意を決すると頭を上げ、自らを鼓舞するように大きな声で言った。


「それほど英雄の血が重要ですか? バルトリヒが亡くなって三百年が経ち、その後裔といってもすでに十数代をけみしています。

 確かに私は英雄の血を引いていませんが、魔王を封印した大賢者が自ら直接選んだ彼の後継者です。そして仲間には、魔王と戦ったエルフの長が遣わした精霊使いもいます。

 陛下。私にシュタウリンゲン卿と同様に、魔王討伐をお任せいただけないでしょうか?」


 俺がそう言って魔王討伐に名乗りを上げると、謁見の間が一瞬、静寂に包まれた。

 しかし、すぐに居並ぶ王国の重鎮たちから次々と非難の声が上がった。


 冷ややかな視線が俺に浴びせられる。中にはあきれ返ったと言いたいのだろう、大げさに肩をすくめる者もいた。


「一介の魔術師が国王陛下の御前であるぞ。控えよ!」


 膝をついて動かない俺に、王の右手の列からそう声が飛ぶと、左手の列からも、


「英雄の末をむざむざ見殺しにした魔法使いが、恥を知れ!」


 吐き捨てるように言う者がいる。



 だが、王のすぐ右後ろから上がった優しい声が俺を救ってくれた。


「父上。私は賢者アマンに助けていただきました。あの時はもう一生、この城に戻ることも叶わないかと絶望の淵におりました。その私を救ってくださったのは彼なのです。私はその御恩に少しでも報いたい」


 そう言ってくれたのはミセラーナ王女だった。


 彼女の声は決して大きいわけではないのに、謁見の間に優しく響く。重臣たちも一様に押し黙り、さすがにその発言を遮ろうとする者はいなかった。


「そして、決してそういった私情だけでお願いするのではありません。彼以外に魔王と戦うことができる者はいないとも思うのです。彼の思うとおりにさせてあげてくださいませんか? お願いします」


 そう言って、ミセラーナ王女は父親である王に向かって頭を下げ続ける。

 その光景に、さすがに重臣たちも俺を非難することはできなくなっていた。


 やがて王は根負けしたように、


「他に良策があるわけでもない。そこの者たちに魔王討伐を命じることにしよう。シュタウリンゲン卿と同様にということは、任命の儀式も必要であろう。正式の任命は明日、行うこととする」


 そう言って、玉座から立ち去った。王女様は俺たちの方を見て、少しだけ頷くような仕草を見せると王に続いて去っていった。


 そして主のいなくなった謁見の間を俺たちも後にした。


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新連載、『アリスの異世界転生録〜幼女として女神からチートな魔法の力を授かり転生した先は女性しかいない完全な世界でした』の投稿を始めました。
本作同様、そちらもお読みいただけたら、嬉しいです。
よろしくお願します。
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