第三十一話 大トンネルの軋轢
「ボムドーの町もひとまずは落ち着いた。いよいよ大トンネル、そして魔王の支配する地、カルスケイオスだ」
アンヴェルはそう言うと、俺たちが集まっている宿の食堂のテーブルの端で控えていた従者のランシムに声を掛けた。
「ランシム。ここまでご苦労だった。ここから先は騎乗では進めなさそうだ。パントロキジアを連れて王都へ戻っていてくれ」
ランシムは心配そうな顔で何か言いたそうだったが、結局、いつものとおり「かしこまりました」と答えた。
俺はその様子を見ながら少し考え、アンヴェルに言った。
「いや。アンヴェル。待ってくれ。もう少し時間が必要だ」
「まだ何か必要な品があるのか」
彼はそう言って怪訝そうな顔で俺を見る。
「いや。アイテムは大方揃っている。だが、魔王に挑むには俺たち自身がもう少し鍛錬を積む必要がある。このままでは到底、魔王を滅ぼすことはできないと思うんだ」
多めのランダムエンカウントと効率的なクエストの選択で、それなりにレベルを上げられたが、魔王戦の攻略推奨レベルは六十。
パーティーのレベルはどう見てもまだ精々五十台前半だろう、もう少しレベルを上げたいところだ。
やり込んだRPGでパーティーが全滅するのはだいたいがこんなときだ。クエストをあまりに早く達成できてしまうので、レベルが追いつかなくなってしまうのだ。
装備は最強、必須アイテムが揃っていても、レベルが足りなければやはり苦戦する場合は多い。
特に『ドラゴン・クレスタ』のような初期のRPGでは、魔法や武器の属性による相性など工夫できる点が少ないので、どうしてもレベル至上主義で、レベルを上げてごり押しするしかない場面が多い。
ただゲームでは、町や村の損害など気にすることもなく心行くまでレベル上げをしていられたが、実際には魔王の眷属が人々の住まう地を侵食し始めており、家屋や農地、家畜などに多くの損害が発生し犠牲者も出ている。
英雄の末裔であるアンヴェルがこの惨状を見て、レベル上げばかりしている余裕はないと言うのも理解できる。
だが、俺たちのパーティーが全滅すれば、おそらくオーラエンティアは魔王の統べる世界になってしまう。
「そんなことを言っていたら、いつまで経っても魔王になど挑めないじゃないか。もともと圧倒的な力を持つ相手と戦うんだ。最後は勇気を持って当たっていくしかない」
アンヴェルの言うとおり魔族に、ましてや魔王に戦いを挑むなど、この世界では本来は烏滸の沙汰なのだ。
だが、俺はきちんとレベルを上げアイテムを揃えれば魔王に勝てることを知っている。
乱数の出た目に左右されることのないよう、せめて攻略推奨レベルくらいは確保したい。
「リューリットはどう思う?」
俺は応援を求めて、俺たちの議論を聞いているのかこの間、ずっと剣の手入れをしていたリューリットにそう話を振ってみる。
「魔王の実力がどれほどのものなのか分からぬので答えようがないな。私はただ強い者がいれば、その者と剣を交えるのみ」
彼女は剣の手入れをする手を休めることなくそう言った。そう言えばこいつはこういう奴だった。
俺がアリアに顔を向けると彼女の水色の瞳と目が合った。
「アマンの懸念は分かります。ですが神の枝に繋がる人々が、これ以上虐げられ続けるのを神がお望みになっているはずがありません。私たちがここまでたどり着けたのも神のお導きでしょう。私はその御心に従いたいと思います」
アリアも早く魔王討伐に挑みたいようだ。
「エディルナはどう思う。俺たちが魔王に勝てると思うか?」
俺は冒険者としても優秀で、現実的な考えができそうなエディルナにも尋ねてみる。
「それは、やってみなければ分からないんじゃないか? 冒険者としては、やってみてダメだったら一度撤退するという手もあるし。あと……、依頼主はシュタウリンゲン卿だしな」
最後のひと言は少し言いにくそうだったが、冒険者としては、できる限り依頼主の要望に従いたいというのは間違ってはいない。
だが、その言葉に力を得たのか、アンヴェルが俺に向かって宣言するように言った。
「リーダーの僕が決めたことだ。魔王討伐の任務を王が授けたのは僕だ。リーダーである僕の決定に従ってもらう。勇気をもって進むんだ」
すると俺の左手から、いつもは大人しく俺たちの話し合いを聞いているアグナユディテが大きな声を出して言った。
「何よそれ。リーダー、リーダーって。私たちはあなたの家臣でもなければ下僕でもない。私たちはこれまでアマンの言ったとおりにやってきて、それで成功してきたんじゃない。ドゥプルナムの城塞のときだって、魔人チェーチスの討伐だって……。そのアマンがまだ早いって言っているのよ。どうしてもう少し待てないの」
(いや、アグナユディテ。他にも俺はいろいろやっていると思うのだけれど、ここで引き合いに出すのがその二つですか?)
せっかく応援してくれたアグナユディテの言葉だったが、俺はまず、そう思ってしまった。
アンヴェルは思わぬところからの反論に一瞬、怯んだように見えたが、すぐに不愉快そうな顔になって、
「エルフの森はその大賢者アマン様のおかげでもう安全だから、そうやってのんびりしていられるんだ! 僕たちはもう充分に強くなった。これ以上、民に犠牲を強いることはできない。一刻も早く魔王を討つべきなんだ」
そうアグナユディテに負けない大きな声を出した。
彼の嫌みに屈することもなくアグナユディテは言い返す。
「あなたはアマンに嫉妬しているのよ。英雄の血を受け継ぐ自分が、彼より称賛を受けるべきだと思っている。無謀な作戦には付き合えないわ。アマンももう少し怒るべきよ。あなたは臆病者だって言われているのよ」
そう言って俺を見る。
(いや。元が平和な日本の現代人の俺は、実際にこの世界では臆病者だから気にならないな。少しは慣れたけど、魔族が相手でも敵を倒すとか抵抗があるし)
俺はそう思ったし、アグナユディテが俺を応援して自分で思っていた以上のことを言ってくれたので、もうこれ以上言うことはなくなってしまった。
「ちっ。所詮は亜人か。敵わないと思えばすぐに敵に背を向けて逃げ出そうとする。動物と同じだ。ほかにも逃げたいやつがいれば逃げだしてもいいぞ。僕は大トンネルに向かうからな」
そう吐き捨てるように言ってアンヴェルは議論を打ち切り、自分の部屋へ戻って行ってしまった。
結論が出てしまい、皆が部屋に引き上げてしまうと、食堂には俺とアグナユディテだけが残された。
「アグナユディテ。援軍ありがとう。正直、一人だけ別の意見だったからアグナユディテが味方してくれて、とても心強かったよ。
でも、そうしてもらっておいて悪いんだけれど、俺もアンヴェルと一緒に大トンネルに行くよ。さすがに魔法使いがいないパーティーで大トンネルに挑むのを見捨てておけないし」
俺がそう言うと、先ほどはアンヴェルが部屋へ戻るのを睨みつけるように見ていたアグナユディテだったが、すっかり落ち着いた声で、
「まあ、仕方ないわよね。アマンならそう言うと思っていたわ」
と言ってくれた。
俺はそれよりもアグナユディテが無謀な作戦には付き合えないと言ったことが気になった。彼女のいないパーティーも考えられなかったからだ。
「勘違いしないで。私がアルプナンディア様から命じられたのはあなたを護ること。だからあなたからは離れない。エルフは与えられた任務は全うする。それに私はもともとパーティーのメンバーではないしね」
そう言って、俺たちから少し離れてついて来てくれるようだ。
「まあ大トンネルを抜けること自体はそれほど危惧していないんだ。逆にそれが問題なんだけど」
大トンネルでレベルを上げるという手もあるのだが、今の俺たちのレベルだと、下手な道筋に入り込むと苦戦は必至だ。
俺がそう思っていると、
「バルトリヒの一行以来、三百年間、誰も足を踏み入れたことのない大トンネルなのに。すっかり道順が分かっているような言い方をするのね」
アグナユディテが不思議そうに俺の顔を覗き込んできた。
俺はまたやってしまったと思ったが、平静を装って、
「いや。トンネルというくらいだからほとんど一本道じゃないのかな。アグナユディテなら大丈夫だと思うけれど、俺たちを見失わないように。迷うとかなり面倒だから」
そう言いながら、俺は心の中で彼女に謝っていた。
(すみません嘘です。本当は大トンネルはかなり大きく複雑な迷宮です……。それに自分で言ってなんだけど、一本道なら迷わないよね)
ゲームではパーティーの全員が常に一緒に行動しているという仕様だったから、はぐれるなんていう心配はする必要もなかったが、こんな言い争いがあった後で、さすがにすぐ側でのうのうと一緒にいられるほどアグナユディテは面の皮が厚いわけではないようだ。
俺たちの後を少し遅れてついてくると言う彼女に、俺はそう注意した。
彼女はランダムエンカウントに遭いやすいから、本当はあまり離れて欲しくはないのだが、俺が後ろに気をつけて行くしかないなと思った。
その晩、俺が宿の部屋で明日の出発に備えて荷物を整えていると、エディルナがアグナユディテと一緒に訪ねてきた。
「昼間は味方してあげられなくてすまなかった。でも、ああなるとアンヴェルは聞かないからな。一人で魔王討伐に向かうとか言いだしかねない。とりあえず大トンネルに向かってみるしかないだろう」
俺がアグナユディテを連れてきたときもそうだったし、彼はこうと決めると一歩も引かないところがある。
前世でもたまにいた「謝ったら死んでしまう人」なのかもしれない。
俺も昼間、もうこれはダメだと思ったから、それ以上反論しなかったのだ。
「彼は勇気もあるし、責任感も強い。そうでなければ魔王討伐など誰が引き受ける? もちろん自分の出自が英雄の末裔だというプライドも大いにあるだろうがね」
まあ、アンヴェルの人物評としてはエディルナの言うとおりなんだろうなと、俺も思った。
そもそも彼はゲームの主人公の英雄騎士なのだ。
だが、中身はもう四十歳オーバーの俺でさえ、こうして四苦八苦しているくらいなのだ。まだ若い彼が判断に悩んだり、苦しんだりするのは当たり前といえば当たり前だ。
ゲームでもそうして成長して英雄になっていくのだから。
「アグナユディテはアンヴェルのこと、どう思う?」
俺は何気なくそう聞いてしまってすぐ、これは地雷を踏んでしまったかと思った。ずっと冷戦状態にあるような二人だから、どんな答えが返ってくるかと思っていると彼女は意外にも、
「そうね。彼はなぜかアマンと似ている気がするわ。でも、彼は紳士だし物腰も優雅で洗練されている。エルフのことは嫌いみたいだけれど、女性としては丁寧に扱ってくれているのは分かるわ」
そう冷静な態度で言った。なんだか遠回しに俺が貶されているような気がする。
「でも、それって私たちを守られるべき存在だと思っているとも言えるのよ。上手く言えないけれどアマンは違う気がする。エルフの仲間たちに近いのかしら。私たちを仲間として男性のアンヴェルと同じように扱ってくれているような気がするわ。ときどき、もう少し気を遣ってほしいなと思うときもあるけれどね」
「俺はアグナユディテに護られっぱなしだからな」
それに俺はもともと現代人だ。俺の元いた職場でも性別に関係なく、有能な奴は有能だったし、働かない奴は働かなかった。
人格だって惚れ惚れするような、もっと言えば気圧されてしまうような高潔な人も性別を問わずいたし、思い出しても虫唾が走るような下劣な奴もそうだった。
「アマンなら自分の身くらい自分で守れることくらい分かっているわ。でも、アルプナンディア様の命令だから」
そう言った後、彼女は続けて、
「アマンはこの旅が終わったら、どうするの?」
と聞いてきた。
アグナユディテが突然、死亡フラグ的なことを言い出したので俺はギョッとしたが、せっかくの美味しい質問なので、
「俺か? 俺はこの戦いが終わったら、故郷で俺の帰りを首を長くして待ってくれている幼馴染と結婚するんだ。だから俺は絶対に死なない」
そう答えてみた。
すると彼女は絶句して固まってしまった。大きな目を見開き、長い耳までピンと伸ばして見たことのないような表情だ。心なしか顔も紅潮しているように見える。
「そ、そ、そ、そんな人がいたの? 聞いてないんだけど」
何だかあまりにびっくりしているので、逆に俺の方も驚いてしまう。
「いや。冗談だよ。そんな人、俺にいるわけがないのはアグナユディテが一番よく知っているだろ」
早々に事態の収拾を図るが、すでに遅かったようだ。
「なにその冗談。意味が分からないし全然笑えない。レディに嘘をつくなんて、あなたって本当に最低ね。アンヴェルとは大違い。最初からそうだったけど、あなた本当に嘘つきだわ」
そう言って怒りながら部屋から出て行ってしまった。
俺は先ほどの大トンネルの件は別にして、最初に会ったときから嘘はついていないんだけれどなと思ったが、俺に対する彼女の評価は大噓つきで確定しているようだ。
もう諦めた方がいいのかもしれない。
エディルナはそんな俺たちの会話を聞いて、呆れたというような顔をしていた。




