第三十話 ボムドーの陥穽
エルジャジアンの町を出た俺たちは、魔王の統べる地に接するピルト地方に入った。
遠くには魔族の支配する地と人の住まう地を隔てる「黒い壁」と呼ばれる山塊が見える。
サマルニア地方の北の街道を行ったときにも、なんだか緑の少ない寂れた貧しい感じのする場所だなと感じたが、それでもこの地方に比べれば、まだ緑が多かったのだなと思う。
起伏の多い街道に疲れているのか、皆も無言で歩みを進めていた。
リズニーデという町まで来た時、隣り町のボムドーが魔族に襲撃されたとの噂を聞いた。
「旅のお方。悪いことは言わん。ボムドーに行くのは止めなされ。もうあの町は終わりじゃ」
「結界はどうしたんだ」
「わしも逃げ出すのに精いっぱいで詳しいことは分からんが、結界を維持する魔法使いになにかあったらしい。とにかく魔族の大群が攻め寄せてきて、町は地獄絵図じゃった」
「アマン。どうする?」
リューリットが俺に聞いてくるが、俺は黙ってアンヴェルを見遣った。
「魔族の襲撃と聞いては放ってはおけん。すぐにボムドーに向かうぞ」
アンヴェルなら、そう言うだろうと思っていた。俺は頷くと、そのままボムドーに向かった。
ボムドーの町が見えてきた。
町の門は出入りする者もなく閑散としているが、門衛はいるようだ。
アグナユディテが目を細めて、門を守る者たちを凝視する。
「意外と言ってはなんだけれど間違いなく人間ね」
魔族が門衛に化けている可能性も考えたのだろう。だが、エルフの彼女が言うのだから間違いないだろう。
「王より魔族の討伐を命ぜられたアンヴェル・シュタウリンゲンである。領主に取次ぎを願いたい」
アンヴェルがそう告げると、隊長らしき人物が進み出てきた。
「領主より西門の守備を任されておりますハヘアと申します。遠路はるばる、お役目お疲れ様でございます。では早速、領主館へご案内いたします」
ハヘア隊長を先頭に、俺たちはボムドーの町の中を進んでいく。
街路にも立ち並ぶ商店にも人っ子一人見えず、まるですでに滅んだ町のようだ。
「気味が悪いほど静かだな」
エディルナがそう言って不審そうな顔を見せた。
「魔族の襲撃に備え、領主より外出禁止令が出ております」
ハヘア隊長はそう答えをくれる。
確かにこの静かさは、そうとでも考えないと不自然だ。
「そう言えば隣り町で、この町が魔族の襲撃を受けたという話を聞いたのだが、それは本当なのか?」
続けてアンヴェルが聞くとハヘア氏は、
「はあ。確かに襲撃はありましたが小規模なもので、なんとか撃退いたしました。大方、話が大きくなっているのでしょう」
先ほどと同様に、何ともないといった顔で答えてくる。
そんな会話をしている間にも俺たちは町の中を進み、前方に広場が見えてきた。
(うん。中央に噴水もあるし。あの広場で間違いないな)
俺は広場に入る直前にパーティーの一番前に出ると、ハヘアの肩を右手で掴んだ。
「ハヘアさん、お疲れ様。あなたの役目はここまでです」
そして左手でパーティーの皆がこれ以上進まないよう制止する。
「えっ。何のことで? さあ。もうすぐです。お早く」
ハヘアはとぼけて俺たちを広場へ誘うが、おれは彼の肩を掴んだまま広場に向かって大声で呼びかける。
「おい。魔族ども! そこにいるのは分かっているんだ。この男がお前たちを裏切って、待ち伏せを教えてくれたからな」
「なっ!」
ハヘアの顔色は真っ青だ。図星を突かれて、二の句が継げないでいる。
いや、勝手に裏切り者にされて思考が跳んでしまっているのだろう。
しばらくすると建物の陰から魔族どもがわらわらと姿を現す。
そして奴らの中央にいる魔族が言った。
「まさか我らを裏切るとはな。まあいい。どうせお前の役目はここまでだ」
魔族の吐くセリフが俺とまったく一緒なのが少し気になった。
門を守る兵士について行くと魔族が待ち伏せする場所へ導かれ、一斉攻撃を受ける。
怪しいとは思ってもMPにも限りがあり、ずっと防御魔法を展開するわけにもいかないので、一斉攻撃を受ける場所を知らなければ大ダメージを受けることが必至なイベントだ。いわゆる初見殺しというやつだ。
そうは言っても、この町を素通りして進めば『大トンネル』の入り口で、そこを守る魔族と、この町から追撃してきた魔族の挟み撃ちに遭い、大群と連戦することを強いられる。
「私は魔王様の右腕、大魔導士スタルボー・ド・ウィンリー。魔王様に歯向かう愚かな人間ども。ここから先へは行かせないよ!」
そう名乗った魔族は耳の先が少し尖っているくらいで、姿は人間とそれほど変わらない。しかし、ターコイズブルーの肌と金色に輝く瞳があまりに特徴的だ。
魔術師であることを主張する黒くつばの広い三角の帽子から流れる髪も藍色だ。
金色の装飾のついたショルダーガードと帽子と同じ黒色のマントを羽織り、同じく黒いロングブーツを履いている。
そしてマントの下は黒く光るレザースーツだった。
(ベルティラといい、黒のレザー、流行ってるのか?)
「お前たち。やっておしまい!」
悪役然とした彼女の言葉で戦いが始まった。
「アグナユディテ。奴を狙え!」
俺は彼女にウィンリーを射るように指示をする。
「言われなくても、やってるわ!」
彼女が俺がエンチャントを掛けた矢を次々に放っていくと狙いは違わず、ウィンリーが「ギャッ」と声を上げ、膝をついた。
本当に惚れ惚れするような弓の腕だ。
だが、用心深く防御魔法を使っていたようで致命傷は免れたようだ。
そしてなんと彼女は俺たちに背を向けると、傷ついた脇腹を庇うようにしながら巨体の魔族を盾にさっさと逃げ出した。
(おい。魔王の右腕! 逃げるの早すぎだろ!)
だが、彼女の選択は正しい。待ち伏せ&集中攻撃の大ダメージがなければ、そもそも彼女に勝ち目はない。
なんだか遠くの方で腕を振りながら叫んでいるが、どうせ「覚えてろー」とか言ってるんだろう。
小物感だけが残る残念な敵だ。本当に魔王の右腕なのだろうか?
「しかし、よく気がついたな」
アンヴェルが感心したといった様子で俺に話し掛けてくる。
「結界の張られていない町にあの程度の衛兵では到底、魔族の侵攻を防ぐことはできませんから。あの程度の警備で済んでいるということ自体が、すでに町が魔族の支配下にある証拠です。
それにリズニーデの町で貴重な情報が得られましたからね」
本当はゲームの知識なのだが、そう答えておく。
そして魔族はウィンリーを追ってすべて町から逃げ出し、俺たちの前には膝をつき、両手を顔の前で組み合わせて許しを請うハヘアの姿があった。
「すみません。あなた達を広場まで連れてくれば解放してやると。本当にすみません。何人も惨たらしくなぶり殺しにされて、俺、怖くて……怖くて。すみません。許してください」
アンヴェルがなにか言いかけたが、その前にアリアがハヘアの前に進んでかがみ、彼と目の高さを合わせて言った。
「人は弱いものです。そして神はそれをよくご存じです。食べ物を求める子どもに石を与える親がいないように、真に悔い改める者には神は赦しをお与えになるでしょう。赦しが得られるよう、私もともに祈りましょう」
アリアにこう言われてしまうと、許せないという方が難しい気がする。彼女は聖女と呼ばれるだけはあって、やはり人間の度量が違うなと思ってしまう。
エディルナとリューリットも仕方がないといった表情だ。
まあ、けが人も出ていないし、そもそも俺は最初から分かっていたので怒りも湧いてこない。
ボムドーの町の結界が解けたのは、結界を張っていた魔術師が病に倒れたことが原因だった。
結界を張る魔法自体は難易度も高くなく、それなりの魔術師なら教われば使えるようにはなる。
だが、魔族を完全に防ぐ精度とひとつの町を覆う規模、そしてそれを毎日、休みなく維持するとなるとそれほど容易とは言えず、魔族との戦いが長引くにつれ、疲弊する魔術師が増えているようだった。
ボムドーの町の魔術師が倒れたときも、すぐに近隣の町に魔術師の派遣を要請したそうだが、各地で魔術師が不足してきており、補充が来る前に魔族の襲撃を受けてしまったとのことだった。
俺はだんだんと限界が近づいているのを感じていた。
町の中で暮らす分には結界に守られているが、街道や近隣の集落、郊外の農地などは魔族や魔物に蹂躙されるがままだ。
このままではトゥルタークが心配していた人と人が争う事態に陥りかねない。
そもそも町の中だけでは自給すら不可能だ。遅かれ早かれ町は立ち行かなくなってしまう。
そう言えば、魔族に接収されていた領主館でマジックアイテム『魔族の羅針盤』をゲームどおり無事に入手した。
『魔族の羅針盤』は魔王の支配する地、カルスケイオスへの唯一の道である大トンネルに数多く設置された厄介な罠の一つ、『回転する床』を無効化してくれる重要アイテムだ。
ハヘアに領主館に案内させ、領主の執務室の机の上にあった『魔族の羅針盤』を俺が無造作にポケットに入れたところ、パーティーの皆に引かれてしまった。
「アマン。僕は騎士としてそのような行為、見過ごすわけにはいかない」
「アマン。いくらなんでも堂々とやりすぎだろう」
「賢者アマン。その行い。神はご覧になっていますよ」
「アマン。やっぱりあなた泥棒だったのね」
「…………」
リューリットのジト目を含め全員から非難の集中砲火を浴びてしまい、俺は思わずたじろいでしまったが、
「いや。これは魔族が残して行ったものだから」
努めて冷静に返した。
ゲームでは王宮の中だろうが、他人の家だろうが宝箱やチェストがあれば開けて中の物をいただくのは当たり前だったが、異世界の現実ではそれは窃盗の罪になるようだ。
多くのプレイヤーが『大トンネル』の回転する床によってあらぬ方向へ進まされ、繰り返される魔物の襲撃に徐々にHPを削られて全滅の憂き目を見てきた。
そのために『魔族の羅針盤』は必須アイテムとされているのだが、やり込んだ俺にとっては実は必要のないものだ。
どの床が回転するかなんて俺には自明のことであるし、万が一、罠に掛かったとしても、マップはすべて頭に入っているから迷うなんてことは有り得ない。
一瞬、机に戻した方がいいかなと思ったが、もうこのまま押し通すことにした。
何だか皆の俺への評価が急低下しているような気がする。
俺は少し涙目になりながら、実はこれこそが魔族の罠だったのではないかと思った。




