第ニ十二話 偉大なオレスティ
西に向かう街道の大きな岩の陰で、一人で休息を取っていたエディルナに、多くの馬蹄の響きが聞こえてきた。
彼女が立ち上がって通り過ぎるのを待とうとすると、二十頭ほどの馬に乗った集団は彼女の前で急に減速し、彼女を取り囲むようにして止まった。
馬に乗った男たちは人相風体からして、到底、領主に仕える騎士や良民とは思えない。
「そこの赤い髪の女。貴様、エディルナ・サローニットか!」
「そうだと言ったら?」
すると集団の中でひとりだけ身なりを整えた貴族らしき中年男性が、馬の上から声を掛けてくる。
「貴様は、わが領を訪れる監察官を害そうとする不逞の者のようだ。ひっ捕らえて連行しようかと思ったが、幸い周りには誰もいないようだ。この場で死んでもらおう」
男がそう言ったかと思うと、馬に乗った男たちは抜刀した。
「私も歴戦の冒険者だ。むざむざやられはしないぞ」
彼女がバスタードソードを抜いてそう言うと、その後、男は『ドラゴン・クレスタ』をやり込んだ俺が二十数年目にして初めて知る衝撃の事実を語った。
「ふん。娘も冒険者か。冥途の土産に教えてやろう。お前の父親を殺したのは儂だ。街道を行く貴族を少し脅してやろうと向かった配下が、たった一人の冒険者に壊滅的なまでにやられたわ。
だが、さすがに領主がその首領を兼ねていることまでは思いが至らなかったようだな。盗賊を退治してくれたお礼にと、わが館に招いたら、のこのことやって来おったわ。毒入りの晩餐が用意されているとも知らずにな」
ここまで見事にこれまでの悪事を自ら暴露する悪役に、俺はある意味、感動を覚えていた。
(そうか。このクエストは本来、エディルナの父親の仇討ちだったんだ!)
俺はそう思った。
おそらくゲームの容量だとかの制作側の都合で、シナリオの内容が大幅にカットされたのだろう。
どおりでこのクエストの後の展開で、エディルナが「恩に着るよ」とか「お互い様だ」とかお礼を言う機会が多くて少し違和感があったのだが、そのあたりはセリフが調整しきれていなかったのかもしれない。所詮はB級RPGだし。
「シミディナン卿。お聞きになりましたか?」
突然、辺りにアンヴェルの声が響く。
「確かに間違いなく。しかとこの耳で聞きましたぞ」
すると同様に、そう断言するように言う男性の声がする。
俺たちはエディルナが背にした岩の陰から姿を現した。
アンヴェルが声を掛けた、このシミディナン卿という人物こそ、王都から派遣された監察官だ。
ゲームではあまりに無能な情けない監察官だったので、俺はいまだに信用しきれていないのだが、アンヴェルによれば、彼は近衛騎士団に属する有能な騎士とのことだった。
当然、アンヴェルとは旧知の仲であり、俺たちがアポレーの町まで行って領主館に滞在していた彼を訪ね、俺たちと行動を共にしてくれるようお願いしたところ、シュタウリンゲン卿の頼みならと言って、呆気ないくらい簡単に承諾してくれたのだ。
そしてアリアとともに、この岩陰でエディルナに同行していたリューリットと三人で待機してもらっていたところに、俺たちも先ほど合流したというわけだ。
「はあ。もうだめ。私はもう今日は役に立たないわよ。ダークエルフでもあるまいし、闇の精霊は得意じゃないの」
アグナユディテは『インビジブル』の精霊魔術で、スファテペの町からここまで急行した俺たちの姿を隠してくれていた。
突然現れた俺たちに、エルムンドル男爵を中心とした盗賊たちは浮足立った。
その隙にエディルナは俺たちと合流し、戦闘態勢を整える。
「ええい。所詮は小勢。こうなれば全員踏みつぶせ!」
男爵の指示に、盗賊たちが馬を寄せてくる。
だが、いくら数が多いとはいえ普段は自分たちより弱い者しか襲わない盗賊風情が、ドラゴンを倒してレベルアップし、英雄の剣を持つアンヴェルと、幻の剣サマムラを振るうリューリットが攻撃の要となったパーティーの敵になろうはずがない。
「ルカデヴィー ヴァヨ トゥーラ ヴァヨケーブ ギュノゴーネ ストゥム キネーセ」
俺の足下から銀色の光が溢れ出し、その光は次第にはっきりとした魔法陣を形作る。
呪文を唱える俺に向かって放たれた矢は、エディルナが盾と剣ですべて防いでくれる。そして、
「ライトニング・マーヴェ!」
俺の呪文が完成し、いくつもの光の矢が盗賊どもを次々と打ち倒す。
かなりの盗賊が馬から落ち、光の矢による打撃と相まって一瞬で戦闘不能に陥る。
俺は第二撃を放とうと呪文を唱え始めたが、アンヴェルとリューリットの動きに、もうそれは必要がないと悟った。
アンヴェルの英雄の剣は盗賊を襲ってきた剣ごと弾き飛ばし、リューリットの体捌きに盗賊どもは剣を合わせることもできず、サマムラによって一太刀で打ち倒されていく。
見る見るうちに数を減らしていく味方に盗賊どもは浮足立ち、逃げ出す者が続出する。
エルムンドル男爵も俺の光の矢で馬から落とされ、周りの味方の完全に混乱した状態に到底敵わないと悟り、ついにこの場から逃げ出そうと見苦しく走りだした。
だが、エディルナが素早く逃げ道を塞ごうと走り込むと、もう配下の盗賊たちには彼女の行動を妨げようとする者さえいなかった。
エディルナは男爵の前に回り込むと、そのまま盾を前に突進し、彼を突き飛ばした。
ガシャンと大きな音がして男爵は仰向けに倒れた。そして、
「たあっ!」
気合の声とともにエディルナのバスタードソードが、倒れたエルムンドル男爵に向かって突き出された。
だが、その切っ先は男爵の顔の左頬をかすめ、地面に突き刺さっていた。
「貴様は監察官に引き渡す!」
蒼白な顔をしたエルムンドル男爵を憎しみのこもった眼で睨みつけながら、エディルナは言った。
「勘違いするなよ。貴様を許した訳じゃない。監察官に引き渡して、私だけでなく、これまで貴様の所業で悲しんできたすべての人たちに対して責任を取らせてやる!」
エルムンドル男爵を縛り上げ、監察官のシミディナン卿と今後のことを話していると、彼の配下がぞろぞろと西の方からやって来た。
戦闘になるかも知れないからと言って、視界に入らないところで待機してもらっていたのだが、随分とゆっくり現れたものだ。
スファテペの町は暫定的にシミディナン卿と彼の配下が統治し、王都への報告の後、正式な処分が下されるとのことだった。
「まあ。死罪は免れぬでしょうな」
そう言って肩をすくめるシミディナン卿だったが、彼の指示で配下たちは手際よく動く。
アンヴェルが言ったとおり、こういった面では有能なようだ。
後のことは彼に任せるしかないなと俺は思った。
そんな彼らの様子をエディルナは少しボーっとした様子で眺めていたが、突然、俺たちの方を振り向いて、明るい声で話しだした。
「みんな。ありがとう。今回はお墓参りに来られて良かったと思っていたのに、まさかこんなことになるなんて思ってもみなかったよ」
誰も口を開かない中、彼女は饒舌に話し続ける。
「母も盗賊になんてやられる人じゃないとずっと言っていたから、わたしもおかしいと思っていたんだよね。いやー。本当にみんな。ありがとう」
いつも明るいエディルナだが、今の彼女の明るさからは痛々しさしか感じられなかった。
「そして、アマン。アマンのおかげで、わたしは父の……仇を取ることができた。アマンがあの時、私を誘ってくれなかったら、私は一生、王都で何も知らないまま過ごしていただろう。
畜生……やっぱりわたしの父さんはすごい冒険者だったんだな。それを……教えてくれてありがとう……」
それだけ言うとエディルナは両手で顔を覆って、崩れるように膝をつき、声を上げて泣き出した。
アリアも腰を下ろし、後ろからそっとエディルナの傍らに寄り添い、彼女の震える肩を抱くようにして慰めている。
リューリットは腕を組んで二人を見ているが、少し上の方を眺めているのは涙が零れないように我慢しているのかもしれない。
アグナユディテは右手で鼻と口を押さえ、大きく目を見開いてエディルナを見ているが、その頬には涙が伝っていた。
アンヴェルも胸の前で両手を組み、何度も頷いているが、その目は心なしか潤んでいるように見える。
そして俺は……。泣き声こそ出さなかったが、もう情けないくらい涙が溢れてきてどうしようもなかった。
若い頃はそうでもなかったのだが、四十を超えたあたりから、こういう場面にはめっきり弱くなった気がする。ラノベでもこんな場面を読むと、部屋でひとり涙を流していたくらいだ。
(エディルナ。よかったなぁ。本当によかった)
俺は心の内でそう思いながらパーティーの皆に背を向け、涙を流し続けていた。
翌朝、町を出発する前にもう一度、エディルナの父親の墓参りに行こうと、今度はパーティー全員で墓地へ向かった。
すると以前ここで出会った老爺がまた墓地にいて、俺たちに話しかけてきた。
「ああ。あなたたちか。昨日、ご領主が王都から来た役人に捕まったそうだが。もしや、あなたたちはそれに関わっておられるのか?」
皆が顔を見合わせているので、
「まあ、まったく関わっていないわけではないな。長年の悪事がついに露見したという面が強いだろうが」
俺がそう言うと老人は、
「では、息子に代わってお礼を言わねばならんな。ありがとう。
ここに眠っているのは儂の息子でな。息子は領主の館で働いておったのだが、館の裏口から怪しげな風体の者たちが出入りし、出所の明らかでない財貨を運び込んだりすることに気づいてしまったんじゃ」
そう語り始めた。
「賢い鳥は、棲む木を選ぶものだぞ。そう言って、儂は息子に仕事を辞めるように言ったんじゃ。
だが、息子は領主に直言すると言って聞かなかった。そしてその後、すぐにサマーニの町までの使いを命ぜられ、その途中で盗賊に襲われたんじゃ」
老人はそう言って遠くを見るような目をした。
「もちろん何の証拠もない。だが、秘密を知った息子が邪魔になったんじゃろう。だから儂の言ったとおりにしておれば……。本当に愚かな息子じゃ」
アリアは老人のその言葉を聞くと、老人の息子の墓碑に近づき、エディルナの父親の墓碑を拭くために持ってきた布で墓碑に書かれた「愚かな」という文字を拭い始めた。
「あなたの息子さんは決して愚かではありませんよ。時間はかかりましたが、あなたの息子さんの立派な思いは実を結びました。神はいかなる時も私たちをご覧になっています。あなたの息子さんも、今は神の御許で祝福を受けておられることでしょう」
そう言いながら一心に墓碑を拭うアリアを見て、老人は顔を覆って嗚咽を漏らしだした。
俺は(『いやー、俺だったら上司の言いなりになるところですから、息子さん凄いですよ』とか言わなくて良かった。やっぱりこんな時は神官の出番だよね)などと考えて気を紛らせていた。
そうしないと、また涙でぐしゃぐしゃになりそうだったからだ。
俺たちはエディルナの父親と老人の息子の墓に手を合わせ、彼らの冥福を祈った後、スファテペの町を後にした。




