第十八話 エルクサンブルクの亡霊
魔物の襲撃は相変わらずだが、俺たちは順調に旅を進め、パルタニア地方に足を踏み入れた。
パルタニア地方は、王都のあるクレスタラントの東方に広がる、北のエルルム山脈を水源とした大河カリアが潤す森と草原の緑豊かな地だ。
大河を利用した水運の便もあり、山紫水明な土地柄から、王都の貴族や大商人のうちには、この地方の、特にエルルム山脈に抱かれたバール湖畔に別邸を持つ者も多い。
「少しだけ寄り道をしたいのだが、構わないか?」
アンヴェルが俺たちに聞いてきた。
俺は今の俺たちがこのまま真っ直ぐ進んでいきなり魔王の支配する地に乗り込んでも、とても勝算があるとは思っていない。
鍛錬が積めるのであれば寄り道は大歓迎だ。
他の皆も特に異論はないようだったので、俺たちは途中から方向を変え、北へ向かう街道に入った。
「それで、どこへ向かうんだ?」
俺は何となく心当たりはあったが、念のためアンヴェルに聞いた。
「エルクサンブルクだ」
アンヴェルがそう答えるとエディルナが、
「エルクサンブルクって、あの領民のことを顧みない築城マニアのダメ侯爵様の領地かい」
大きな声で言わなくてもいいことを口にする。
それを聞いたアンヴェルはバツが悪そうに、
「前のエルクサンブルク侯は僕の伯父、正確に言うと僕の祖母の姉の息子に当たるんだ。もう二年前に亡くなったがね。
今は彼のひとり娘、僕のまた従妹が正当な相続人としてエルクサンブルクを治めている。近くまで来たら顔を見せてくれと言われていてね」
何だか言い訳のようなことをつらつらと述べる。
エディルナもバツの悪そうな顔をしていた。まさに口は禍の元と言えよう。
エルクサンブルクは上流からしばらくのあいだ西向きに流れていたカリア川が、西から流れてくる支流を合わせ蛇行して東に向きを変え、北へ向かう街道と交わる交通の要衝で、川を見下ろす五つの丘に城壁を巡らし、古くから栄えた町だった。
だが、近年、この町がさらに有名になったのは、二年前に亡くなったヴィルト・エルクサンブルク侯爵が建てた壮麗な城のおかげだ。
侯爵が「ライアシュタイン城」と名付けたその城は、エルクサンブルクの町の最も高い丘の上に聳え、王宮にも劣らぬ規模を誇っている。
大きな鳥が羽を広げたような優美な姿は「カリア川の貴婦人」とも称され、城郭建築の最高傑作との呼び声も高い。
だが、この城の建設用地を確保するため丘の上にあった施設や住宅を強制撤去し、建築のために必要な莫大な費用を賄うため民に重税を課したことで、侯爵は重臣等からの押込に会い、その後すぐに失意のうちに亡くなったのだ。
俺たちが町を訪れた時も、まず目に飛び込んできたのは、日の光に純白の壁を輝かせる美しい城の姿だった。
「王都から来たアンヴェル・シュタウリンゲンだ。ご領主のティファーナ・エルクサンブルク様にお取次ぎ願いたい」
エルクサンブルクの町の門でアンヴェルが衛兵に名乗ると、すぐに道案内を付けてくれた。
パーティーの皆は、てっきり丘に建つ城に向かうのかと思っていたようで、別の場所にある屋敷に案内されたときには、エディルナなどは残念そうだった。
案内された屋敷は、これはこれで十分に立派なのだろうが、あの城を眺めた後では、なんだかこぢんまりとしたものに感じられてしまう。
屋敷の部屋に荷物を置いた俺たちは、すぐに領主との会見が許された。
領主とは言ってもアンヴェルのまた従妹のティファーナ嬢は、十四、五歳くらいに見える可愛らしい少女だ。
ゲームでは「ご無事をお祈りしております」とか言って、魔王討伐に旅立つ俺たちを見送ってくれる。
アンヴェルを見ては頬を染めるその可憐な姿はNPCとはいえ、とても印象的だった。
だが、俺はまたディテールまで描き切った異世界の現実に衝撃を受けることになった。
「ティファーナ様。ご無沙汰しておりました。お元気なご様子。安心いたしました」
アンヴェルが挨拶するとティファーナ嬢は、
「まあ。アンヴェル様。やっと私に会いにきてくださったのですね。とても嬉しいです。私のことは以前のように『ティファーナ』とお呼びください。私も以前と同じように『お兄様』とお呼びしたいですから」
そう言ってアンヴェルに歩み寄ると親し気に、と言うよりはベタベタと彼にくっついた。
「お兄様。今日はいよいよ良いお話を聞かせてくださるのかしら?」
アンヴェルの手を取り、そう問いかける彼女の眼には、すでに俺たちは入っていないようだった。
「良いお話って?」
アンヴェルがそう返すと、彼女は拗ねたような顔をして、
「お兄様。父上の喪が明けるころにはきっと良いことがあるよって、おっしゃってくださったではないですか」
上目遣いにアンヴェルを見る。彼はその時のことを思い出したのか、
「ああ。確かにそう言ったね」
にこやかに返事をするとティファーナ嬢は髪に手をやって、
「そう言って優しく、私にこの髪飾りを着けてくださった……。お兄様のおっしゃった良いことって、その、お兄様が私と結婚してくださるということではありませんの?」
いきなりの爆弾発言をアンヴェルに投げかけた。
「えっ、いや、あの」
突然のことにアンヴェルはしどろもどろだ。ティファーナ嬢の追及はさらに続く。
「確かに私、あの時はまだ子どもでしたから、すぐに結婚はできませんでしたわ。でも、もうそろそろ……。お兄様から見て私、まだ子どもですか? 魅力がありませんか?」
そう問いかけられると、根が優しいアンヴェルは、
「ティファーナのお祖母様と僕のお祖母様は、当時の社交界で『宮廷に咲く二輪の薔薇の花』と称えられるほどの美女だったそうじゃないか。そんなお祖母様に生き写しだと言われているティファーナが魅力的でないわけがないだろう?」
真面目な顔でそう答えてしまう。まあ、彼女はかなり可愛らしい容姿だし、嘘ではないのだろうが。
いや、でもそれは墓穴を掘っているだろうと俺は思ったが、もう二人の会話に誰も口を挟むことはできそうもない。
「本当に? 嬉しい! お兄様のお祖母様と私のお祖母様はとても仲が良かったそうですから、私たちが結婚したらきっととてもお喜びになるわ」
ティファーナ嬢は笑顔でそう言っていたが急に顔を曇らせ、
「あ。でも、父上が大変なのです。父上の喪は、実はまだ明けたとは言えないのです」
アンヴェルにそう告げた。
ティファーナ嬢によれば、彼女の父親のエルクサンブルク侯爵が亡くなった後、城内では夜中、誰もいない廊下に足音が響いたり、突然、食器棚の引き出しが開いてカトラリーが飛び出してきたりという怪奇現象が続き、ついにはメイドのひとりが侯爵の亡霊を見るに至った。
そして教会の除霊や供養の儀式も功を奏さず、侯爵の亡霊が呼び寄せたのか死霊系の魔物が次々と現れるに至って、城を放棄せざるを得なくなってしまったのだった。
アンデッドたちは幸い城の外へは出てこないので、今のところ被害者は出ていないが、このまま対魔族の結界を張ってよいものか分からず、王都の魔術師ギルドに問い合わせ中とのことだった。
この規模の町が結界を張らず、これまで魔族の襲撃を受けていないのは僥倖としか言えないかもしれない。
アンヴェルが俺たちでアンデッドを退治しようと言うと、ティファーナ嬢は、
「お兄様。私のためにありがとうございます。父上はあのお城の次に私を愛して下さっていたから、いくら相手がお兄様とはいえ、きっと私を簡単に渡す気はないのですわ。
ですからあえて愛し合うふたりに試練を与え、さらにふたりの心を固く強く結ばれようとなさっているに違いありませんわ」
目を潤ませながらアンヴェルに語り掛けていたが、俺は、
(いや。単純に城マニアが建築の途中で城造りを断念させられたから、成仏できないだけだろう。あと、お城の次って、そこは理解してたんだ)
そんな風に思っていた。
アンデッド退治に城へ向かう途中、アンヴェルにエディルナが問いかけていた。
「でも、アンヴェル。本当にこの問題、解決してしまっていいのかい? 問題が片付いたら、あのお姫様、きっとまたあんたに迫ってくるよ」
アンヴェルは彼にしては珍しく目を泳がせ、
「いや。だが、城をあのままにしておくわけにもいくまい。とりあえず亡霊どもを一掃してから考えよう」
悩ましげな様子で答える。問題の先送りと言えよう。
城を目前にして、俺たちは武器に魔法の力を付与していく。
今回の魔物はほとんどがアンデッドだ。本当は全員の武器や防具にアリアの神聖魔法の加護を掛けられればいいのだが、MPにも限りがあるので、エディルナやリューリットには俺のエンチャントの魔法で代用だ。
それでも、ただ剣や弓で攻撃するよりは格段に死霊どもには効果があるはずだ。
前侯爵の亡霊はこの城を完成させてやれば成仏していなくなるのかもしれないが、この壮大な城を完成させるほどの資金はどこにもない。
残念だが他の死霊ども同様、退治するしかなさそうだ。
城に足を踏み入れると食人鬼や動く死体、骸骨戦士や幽霊など死霊系モンスターが次々と襲い掛かってくる。まさにアンデッドのオンパレードだ。
城の中にはステンドグラスが輝く荘厳な礼拝堂や、巨大な壁画の連なる回廊、豪華すぎて少し落ち着かないのではと思われるような寝室など、あらゆる贅を尽くした内装を施された部屋が続くが、どの部屋にもアンデッドが現われ、ゆっくりさせてもらえない。
そして俺たちは、ついに城の奥に位置する絢爛豪華な大広間にたどり着いた。
大広間の壁や柱は大理石で、ふんだんに黄金の装飾が施され、アーチ状の天井に描かれた絵画には神話がモチーフなのだろうか金色に輝く雲や天使の姿が見える。
その広間の奥にただ一人で待っていたのは、侯爵の正装に身を包んだ先代のエルクサンブルク侯だった。
もちろん彼が生きているはずがない。その姿は青白く透き通り、彼がこの世の者ではないことは明らかだった。
ここに着くまでに、俺たちは散々アンデッドと戦っている。そのためMPはかなり枯渇し、HPも万全とは言えない状況になっていた。
だが、侯爵の亡霊は俺たちを逃がしてくれそうにはなかった。
「わが城を荒らす狼藉者め。生かしては帰さんぞ」
そう言って俺たちに近づいてくる。
「アンヴェル。侯爵の亡霊に挨拶してくれ」
俺がアンヴェルに囁くと、彼はそれに従ってくれた。大きな声で亡霊に挨拶をする。
「お久しぶりです。ヴィルト伯父上。アンヴェル・シュタウリンゲンです」
すると亡霊の動きが止まり、アンヴェルに向かって話しかけてくる。
「アンヴェル・シュタウリンゲン。叔母上の孫か。そう言えば灰色の瞳がわが叔母上によく似ている。どうしてお前がここに。だが、わが城を荒らす者は、たとえわが一族の者であろうと断じて許さん」
その言葉を聞いて、俺は一歩前に出てアンヴェルに並び、侯爵の亡霊に話しかける。
「いえ。シュタウリンゲン卿は、この素晴らしいお城を荒らす気など一切ございません」
突然、俺に口を挟まれ、亡霊は苦々し気に、
「何だ。お前は?」
そう問いかけてきた。俺は、
「私はシュタウリンゲン卿に仕える魔法使い。この世界一の城を築かれた大侯爵様にお目に掛かり、誠に光栄にございます」
まずは丁寧に挨拶の言葉を口にした。
「世界一の城だと。確かにそのとおりだが、お前ごときにこの城の素晴らしさ、分かりはすまい」
侯爵の亡霊はまんざらでもなさそうだが、ここから先が重要だ。俺は記憶を辿り、二十年前に何度も見たメッセージを紡ぎだす。
「さすがはご慧眼。お言葉のとおりでございます。私のような下賤な者にはこの城の素晴らしさ、すべてを理解することはできません。
ですがわが主、シュタウリンゲン卿は違います。大侯爵様の血に繋がるわが主は、いつもこの城の素晴らしさを褒め称えられておられます」
一字一句、同じかどうかは自信がないが、概ねこんな感じの言いようだったはずだ。ゲームでは俺が一人で全部のセリフを言うわけではなかったのだが。
「なに! アンヴェル殿にはこの城の素晴らしさが分かると言うのか?」
亡霊の態度が明らかに変わり、このまま上手くやれば戦闘を回避できそうだ。
「えっ、いや、あの」
アンヴェルがボロを出しそうなので、俺は素早く引き取って話を続ける。
「さようにございます。わが主は大侯爵様のお母上の妹君の孫にあたられる方。血は争えぬもので、城の建築には並々ならぬご興味をお持ちでございます。危険を顧みず、この城を訪ねたのが何よりの証拠」
この辺りのセリフを言うはずのリューリットは剣の汚れを落としたりし始めているし、俺がもう少し頑張るしかない。
「さようか。血は争えぬか……。私が生涯を掛けたこの城の素晴らしさを誰も理解してはくれなかった。だが、わが母に繋がるアンヴェル殿になら、私のこの城への想いが理解してもらえるかもしれぬ。
考えてみれば血筋からいっても、私の亡き後、この城を託せるのはアンヴェル殿しかおるまい。アンヴェル殿がこの城を受け継いでくれるなら、私は安心して休むことができる」
そう亡霊が言ってくれたので、俺は最後のとどめとばかりに、
「わが主は大侯爵様のご令嬢、ティファーナ様とともに生涯、この素晴らしい城をお守りすることでございましょう」
彼にそのように伝えた。
「そうか、ティファーナか。すっかり忘れておった。アンヴェル殿。この城の次に大切なわが娘、ティファーナのこともよろしく頼む……」
しみじみとした様子でそう言うと、侯爵の亡霊は一瞬輝き、スッと姿を消した。
「成仏したのか?」
俺がアリアに尋ねると彼女は、
「不浄なる者の気配はもう感じられません。きっと神に召されたのでしょう。」
そう言って安堵の息を吐いた。
「最後は人間の心を取り戻したんだな。あのお姫様のこともアンヴェルに頼むって」
いや。エディルナがこの町に来るときの失言の罪滅ぼしを兼ねて、なんかいい話にしようとしてるけど、民の膏血を絞って個人的な趣味である城造りにすべて費やしたダメ貴族だから。
それに娘のことはすっかり忘れていたと言っていたし、やっぱり二番目だったし。そんなことだからアンデッドになるんじゃないのか?
いやこの場合、アンデッドにまでなるとは、マニアの執念、恐るべしと言うべきか。
何とか無事に城からお屋敷に戻ると、俺はアリアから説教を受けるはめになってしまった。
「神は偽りをお許しになりません。ですから、あなたの先ほどの行いは決して褒められるものではありません。ですが、あなたはかの者に癒しを与え、神の御許に送られました。ですからご宥恕がいただけるよう、私もお祈りいたしましょう」
アリアはそう言って、俺のために祈りをささげてくれた。そして、
「アマン。あなたが嘘つきで本当に助かったわ」
アグナユディテの言い種はこれだった。
ちなみにティファーナ嬢には、アンヴェルが魔王討伐の王命を受けているので、今は結婚はできないと言うと、残念そうな顔をしてはいたが、とりあえず納得してくれた。
「い・ま・は、仕方がないですわね」
もの凄く強調して言っていたので、問題を先送りしただけとも言える。そして、
「ご無事をお祈りしております」
恥じらうように頬を染め、俺たちを見送ってくれた。その姿だけはゲームとまったく同じだった。




