閑話その一 ドゥプルナムの城塞
アシオンの町で宿を取り、翌朝、出発した俺たちの前方から街道をこちらに向かって歩いてくる集団に俺の見知った顔があった。
「ペラトルカさん。こんなところで、どうされたのですか?」
街道をやってきたのは、魔術師ギルドのマスターのペラトルカ氏だった。
「あ。これはアマンさん。先日はどうも。大賢者トゥルタークの結界、大変な評判ですよ。各地の町から感謝されてギルドとしても鼻が高いです」
これも彼の処世術なのかもしれないが、王都の魔術師ギルドのマスターでありながら、あまり偉ぶらない態度には好感が持てる。
アンヴェルとは既にお互いを見知っていたが、エディルナやリューリット、アリアはそんな偉い人がと驚いていた。
「いえ。ギルドの魔術師が、この先の『ドゥプルナムの城塞』に結界を張りに行ったのですが、追い返されてしまいましてね。私が王から命令を受けて、もう一度、説得に向かったのです。
ですが城壁の上の兵士が、ゴーレムが城門を守っているから問題ないと将軍が仰っているから引き上げられよとの一点張りでして。実際、そのゴーレムがいるので、私どもも城門に近づくことさえできない有り様なのですが」
(ああ。あのクエストね)と『ドゥプルナムの城塞』という名前を聞いて俺は思い出した。
ドゥプルナムは王都から数日の距離にある、後背に岩山を擁した堅固な城塞だ。
城塞の後方と左右は岩山の切り立った崖が弓のような形で三方を囲んでおり、前方にも分厚い岩の城壁が高く聳え、唯一の入り口である鋼鉄製の城門を、同じく鋼鉄製のゴーレムが守っていた。
周囲にも身を隠す場所とてない、難攻不落の要塞だ。
だが、ゲームでは魔族の襲撃を受けて簡単に陥落してしまい、城塞を魔族から取り戻すというクエストがあるのだ。
「王都の最終防衛線であるドゥプルナムの城塞が魔族の手に落ち、王都は震撼した」
とか、ご大層なメッセージが表示されるのだが、その後、魔族が城塞から攻め寄せてくるわけでもなく、そのまま放置しても特段の問題はないクエストだった。
この城塞のゴーレムは非常に強力で、魔法防御力もHPも尋常でない。
それを抜くには何段階もの手順を踏んで謎解きをするか、ひたすらレベルを上げてゴリ押しするかの二択だったはずだ。
たしか魔族に襲われ、城壁から落ちて大怪我をした上、記憶を失っていた守将が、死の間際に記憶を取り戻し、最終的に俺たちに城塞の解放を頼むという筋立てだった。
「じゃあ。私も行ってみますからもう一度、説得してみませんか? ゴーレムがいても瞬間移動の魔術を使う魔族や、空を飛ぶことのできる魔族もいますから、結界を張らないとまずいでしょう」
俺がそう言ってからアンヴェルを見ると「王命とあれば我々もその達成に協力すべきだろうな」と言ってくれたので、俺たちは少しドゥプルナムの城塞へ寄り道をすることにした。
ドゥプルナムの城塞に近づくと俺はその威容に圧倒された。
高く聳えた城壁もその後方の岩山も、高性能の火薬がないこの世界では到底、破壊することは不可能に思われた。
その上、巨大な鋼鉄製のゴーレムが俺たちの行く手を遮るように城門の前に鎮座している。
『ドラゴン・クレスタ』では放置しても影響がないのでクリアしなかったことも多いクエストなのだが、この世界では王都が震撼してしまうかもしれないし、魔術師ギルドのマスターに恩を売ることにもなるので、さっさと済ませてしまおうと思った。
俺が一度、一人で城門に近づいて城兵を説得してみたいと言うと、ペラトルカ氏に同行していた魔術師のひとりが、先日、同じことを試みたが無駄だったと言ってきた。
だが、その後、ギルドマスターのペラトルカ氏も城壁の前に姿を見せているし、考えが変わっているかもしれないからと言って、俺は一人で城門に近づいていく。
アグナユディテが危ないから同行すると言ってくれたが、そこまで近寄らないからと言って断った。
本当はこれから俺がする事をあまり近くで見られたくなかったのだ。
俺が城門に近づいていくと、ただ立っているだけだった巨大な鋼鉄の像が腕を上げ、脚を滑らせて戦闘態勢を取る。
俺は少し下がると口に手を当てて、ゴーレムに向かって大きな声で叫んだ。
「新しい『テルモン山の花の蜜』は、甘さ控えめ、ローカロリー!」
するとゴーレムはグラリと傾き、大きな音を立てて倒れ、そのまま動かなくなった。
突然起こった轟音と倒れたゴーレムを見て、城塞は上を下への大騒ぎだ。
城門が開き、中から兵士が飛び出してくる。
俺は今度は、その兵士たちに向かって大きな声で呼びかける。
「おーい。魔術師ギルドの長が将軍に会いに来ているんだが。取り次いでくれないか」
そう言ってから後ろで見ていた皆を呼ぶ。
ペラトルカさんは俺の前でにこやかに兵士たちが連れてきた彼らの隊長と話し、俺にお礼を言うと城塞に入っていった。
彼のことだから将軍に会ってさえしまえば、結界を張ることに同意させることなど容易いだろう。
このクエストは新発売の甘味料とコラボした謂わばネタクエストみたいなものだ。
今ならもう少し洗練されたコラボの仕方がありそうなものだが、せっかくのファンタジー世界の雰囲気を台無しにする残念なクエストになっている。
ゲームではパーティーの六人全員が順番にこの合言葉を唱えるし、レベルを上げてゴリ押しでゴーレムを倒そうとすると、ダメージを与えるたびにゴーレムがこのセリフを喋るのだ。
ゴーレムは口をきかないということはスポンサー相手では通用しなかったらしい。
ペラトルカ氏はクライアントとか大切にしそうな人だし、このクエストにプレイヤーを誘うNPCとしては適任だったかもしれない。
後はギルドにお任せして、俺たちは先へ進むことにした。
アグナユディテが「ローカロリーってなんのこと?」と聞いてきたので、俺はげっそりしてしまった。
耳のいい彼女には、俺の唱えた合言葉が聞こえていたらしい。
「俺は敵ではありませんっていう合言葉さ。将軍が新しい合言葉を与えれば、ゴーレムはまた動き出すはずだ」
次の合言葉は「ノンカロリー」になるのだろうかと考えると、俺は少し憂鬱だった。




