第十七話 王都を発つ
『はじまりの迷宮』を攻略しパーティーメンバーの連携の確認を済ませた俺たちは、いよいよ魔王の討伐に向け王都を発つことにした。
最終的な目的地は、魔王の統べる地『カルスケイオス』。
英雄バルトリヒの率いたパーティーが、三百年前に魔王を封印した魔王の城のある場所だ。
「王都を発つ前に、よく当たるって評判の占い師のリューお婆さんに吉凶を占ってもらわないかい?」
準備も整い、いよいよ明日は出発という時になってエディルナがそう言った。
占い師と言えば、たしかゲームではパーティーが訪ねると、
「そなたが次のレベルになるには、あと〇〇〇ポイントの経験が必要じゃ」
とか言って、次のレベルアップまでの必要経験値を教えてくれて、MPを回復してくれる人だったはずだ。
いや、それは占いじゃないだろうと俺は思うが、この世界では彼女はまともな占いができるのだろうか。
「未来は神がお決めになるもの。『およそ女から生まれた者の行く先には、常に濃い霧が立ち込める』と尊い書物にも書いてあります。私は占いは信じません」
アリアはそう言って占い師を訪ねることを拒否した。
俺は教会は予言の宝庫じゃないのかなと思ったが、まあ、教会の予言と町の占い師では次元が違うのかもしれないし、アリアと宗教論争する自信もなかったので口を噤んでおいた。
「僕もそこまでこだわらないが、別にいいんじゃないか。エディルナが行ってみたいというのなら」
『はじまりの迷宮』の魔物を退治して安心したという気持ちが彼を寛大にしているのかアンヴェルは反対しなかった。
俺も出発の準備は整っているし、今日は特にすることもないので、エディルナと一緒に占い師を訪ねることにした。
まあ、ゲームでも会っているから、一度くらい見ておきたいしね。
リュー婆さんの店を訪ねると、俺たちはすぐ奥の小部屋に通された。
窓はなく、部屋を照らすのは壁際に置かれた燭台に灯る一本の蝋燭の炎のみ。
暗くて見にくいが、両側の壁に設えられた棚には水晶玉や羊皮紙の巻物など、雑多な物が積まれているようだ。
そして部屋の奥で机の上に置かれた薄紫色の水晶玉を前に座っているのは、たしかにゲームで見慣れた占い師のお婆さんのようだ。
「魔王退治に出発なさるか」
そう話す彼女の黒い服がチラチラと蝋燭の光を反射する。ラメでも入っているのだろう。
アンヴェルが魔王討伐の命を受けたことは王都中に広まっているし、まあ、占ってもらうために来たのだから、普通に目的は分かるよなと俺は思った。
部屋の中なのにフードを被ったリュー婆さんの表情は読みにくいが、口許が少し笑っているようにも見える。
「一度しか言わぬ。心して聴くがよい」
そう言うと、占い師は詩を読むように語り始めた。
……始まりから始まり、終わりで終わる者
一つの枝にとまり、はるか東へ飛べば
日の光の中、音高く羽ばたく者は地に堕ち
夜の闇の中、音もなく狩る者は天に至る
連なる枝とともに、はるか西へ飛べば
暖かき光の中、滅びし者の姿残り
冷たき闇の中、失われし者の心待つ
得られる物あらば、失われる物またあり
世の運命はすべてこれに従うもの
すべてを得んとして過ちを犯すなかれ……
「アマンは先ほどの占い、どう聞いた?」
占いからの帰り道、アンヴェルが俺にそう聞いてきた。
「いや。正直よく分からないな。断片的にしか覚えていないし」
一回しか言わないと言われたとき、スマホがあれば録音できるのにと思ったが、メモもなく、東と西、光と闇など印象深かった言葉がかろうじて記憶に残っている程度だ。
(でも、『ドラゴン・クレスタ』では無かったけれど、こういう予言ってゲームでは当たることになっているんだよね。何となくだけれど、俺たちにとってあまりいい予言ではなかった気がするし、余計なことを言って士気を下げてもなんだしな)
「そうか。賢者アマンなら何か分かるかと思ったが」
彼はそう言って少し残念そうな顔で笑う。
何だかアンヴェルの俺への評価がすごく上がっているような気がするが、『はじまりの迷宮』の魔物をきれいに退治したのがそんなに嬉しかったのだろうか?
「リューリットはどう思う?」
俺がそう聞くと、彼女は、
「いや。私は聞いていなかった。こういったものに関わっていると時間がいくらあっても足りん。そんな時間があれば、少しでも剣を振っていた方が良いからな」
と素っ気なく答えた。だが、続けて、
「まあ、すべてを得ようとしなければ、得られる物もあるということだ。それが魔王の滅びであるよう励むしかなかろう」
そう言って、また黙ってしまった。
(いや。リューリット、結構聞いているよね)
と俺は思ったが、彼女はこれ以上、口を開く気はなさそうだ。
「アグナユディテは?」
俺が聞くと、彼女はぶるぶると首を振って、
「私、ああいうのダメなの。聞きたくないと思って、もう最初から耳を塞いだのだけれど、それでも『闇』とか『滅び』とか聞こえてきて夢に出てきそう。アリアと一緒に待っていればよかったわ」
思い出したくもないという様子だ。あとは……。
「で、アマン。なんでわたしには聞かないのさ?」
エディルナが拗ねたようにそう言うが、目は笑っているようだ。
「ごめん、ごめん。エディルナは何か分かったか?」
俺がそう言うと、彼女は得意気に、
「ああ。わたしは子どものころ、友だちとなぞなぞでたくさん遊んだからな。『始まりから始まり、終わりで終わる者ってなーんだ?』なんて初歩の初歩だよ」
そうか、なぞなぞと同じかと思ったが、なぞなぞなんて俺はもう何十年もやってないから、そう言われても無理だ。
「アンヴェル・シュタウリンゲン。『あ』で始まって、『ん』で終わるだろ。始まりから始まって、終わりで終わる者さ」
確かにこの世界の言葉は日本と同じ五十音だから、始まりは『あ』で、終わりは『ん』だ。
「へー。凄いな。俺は分からなかったよ」
俺は本当に感心してそう言ったが、彼女はそうは取らなかったのか、
「そんな当たり前のことをって馬鹿にしてるだろ。まあいいや。実際、そこから先はてんで分からなかったからな。もったいぶらずに『できる』とか、『できない』とか、もっとはっきり言ってほしいよな」
なんてことを言った。俺もそう思うが、いや、予言や占いってそういうものだし、占いが聞きたいって言い出したのは彼女だから。
翌日、俺たちは予定通り王都を出発した。
アンヴェルは騎士なので、以前、エスヒシェキールに向かった時と同じように愛馬に乗り、ランシムという名の従者を連れている。
彼はアンヴェルの先代から従者として仕えているそうで、俺たちの中では一番の年長だ。もちろん前世の俺を除いてだが。まもなく四十歳になるということだった。
俺は年齢的に近い気安さから、休憩になると彼と話すことも多かった。
まあ、外見は親と子ほども年齢の差があるのだが。
彼には実際にもう二十歳と十六歳になる娘が二人に十四歳になる息子と、合わせて三人の子どもがいるとのことだった。
それを聞いて、俺は何となく負けた気になった。
彼の外見は痩せているのにお腹だけが少し出ていて、典型的なおじさん体形だったのだが。
前世の俺もこんな感じだったのだろうかと少し暗い気持ちになったが、この世界は平均寿命も短そうだし、老けるのも早いのだろうと勝手に思うことにした。
「今回の御用には最初、息子が行くと言っていたんです」
休憩中、彼はそう俺に話してくれた。
「でも、息子は若いから元気だけはありますが、どうせ戦いの役には立ちませんし、馬の世話は私の方がまだまだ上手いですから。そういうわけで、戦力にならない私でも構わないと若様がおっしゃってくださったものですから」
彼が言うとおり、どう見ても彼は戦闘向きとは言えそうにない。
従者と言うよりも馬丁と言った方がしっくりくる気がする。
「本当は、今回の御用はとても危険なものだと分かっていましたから。若様は心配する私の気持ちを汲んで、息子を外してくださったんです。私には分かっています。先代も若様もとても家臣思いの方なんです」
そう言って彼は、少し離れた場所で俺たちと同様に休憩をとっているアンヴェルを、優しい目で見遣る。
「シュタウリンゲン様を信頼しているんですね?」
俺がそう言うと、彼は少し照れたように、
「ええ。妻には若様より、付き従う私の方がシュタウリンゲン家を誇りに思っているみたいだなんて呆れられていますが」
そう言うと、まだ皆が休憩している中、アンヴェルの乗馬のパントロキジアの世話を始めた。
パントロキジアも彼をとても信頼しているようだ。
心底安心して世話されていることが、俺にさえ良く分かる。
とても大人しくて賢い馬だとアグナユディテが言っていた。
「賢いからアマンが馬の扱いに慣れていないこともきっと分かっているわよ。少し舐められているかもね」
アグナユディテにも、俺が馬の扱いに慣れていないことは丸分かりらしい。
まあ、俺は前世からインドア派だったから馬になんて乗れるはずもない。
アンヴェルは俺たちのために馬車も用意してくれたが、サスペンションもなく、王都のそばは別として街道も舗装されているわけではないので、乗り心地は極めて悪い。
エルフのアグナユディテは馬車に乗ること自体を嫌がったので、俺たちは基本、徒歩だった。それでも荷物を持たなくて済むので、大いに助かっているが。
街道を進んでいても一日に何回か、オークやゴブリンが襲ってくる。弱い魔物だし、このメンバーなら簡単に撃退できるのだが、エディルナは首を傾げていた。
「このあたりの街道にモンスターなんて、これまで出たことがなかったのに。やっぱり魔王が復活した影響なのかな」
俺はアグナユディテを見るが、彼女は澄ました表情で気がつかない振りをしている。
まあ、経験値稼ぎになるし、またアンヴェルに追い出せと言われても困るので、俺も黙っていることにした。




