第十六話 はじまりの迷宮
「そこは左だな。少し行くとモンスターが出てくるかもしれないから気をつけて進んでくれ」
俺は先頭を行くエディルナとアンヴェルに、そう声をかける。
俺たちパーティーメンバーは全員で、戦闘での連携の確認を兼ね、王都近郊のダンジョン『はじまりの迷宮』に挑んでいた。
今回は魔法使いの俺と精霊使いのアグナユディテがいるから、明かりの心配はないはずだ。
「そこは真っ直ぐ進んでくれ。通路の左端に罠があるからエディルナは触れないように右に寄った方がいいな」
すると俺の前を行くリューリットが振り向いて、俺に問いかけてきた。
「待て。アマン。先ほどから気になっているのだが、そなたこの迷宮に来たことがあるのか?」
(まずかったか。指示が的確すぎたかな)
俺はそう思ったが、知っているのに知らない振りをするのは思っているより大変なのだ。
「い、いや。初めてだけれど。どうかしたのか?」
まだ誤魔化せるだろうと、俺はそう答えるが、
「そうか。それにしては進める歩みに迷いがない。まるで自分の庭を歩いているかのようにな」
リューリットが不審そうに目を細めて俺を見詰める。そうやって見られると、彼女は顔が整っているだけに『氷の美貌』とでも言えばいいのか、逆に怖いんですけど。
「いや。ダンジョンなんて、こんなものだろう?」
俺は適当に誤魔化すが、この『はじまりの迷宮』は初期のレベル上げの定番だし、どれだけ潜ったと思っているんだ。
「前にいた世界でプレイした、この世界そっくりのゲームで見たので知っています」とか言っても到底、信じてもらえるとは思えない。
本当だと言い張れば言い張るほど、おかしくなったと認定されそうだし。
「私たちの長は、アマンには不思議な力があるとおっしゃっていたわ」
アグナユディテが珍しくそうフォローしてくれる。
「不思議な力か……」
リューリットは納得はしていないようだが、この話はとりあえず終わりにしてくれるようだ。
まあ、ダンジョンの探索中だしな。
「そういう風に言えば何となく神秘的だから、長は気を遣ってそう言ったのでしょうけれど、要は変人てことよね」
と言うことで、俺は変人認定をされてしまったようだ。
不本意だが、また蒸し返されても困るので、俺はグッと我慢した。
やっぱりアグナユディテはアグナユディテだったと思いながら。
俺たちは順調に迷宮の通路を進み、前に地下に下りる階段が見えてきた。
階段の手前、左手に小さな部屋がある。
パーティーの一番左前を進むエディルナが部屋を覗き込んで、声を上げた。
「おい。宝箱があるぞ」
宝箱に対する嗅覚は、さすがは冒険者なのだろうが、俺は「余計なものを」と思ってすぐに制止した。
「いや。あれはミミックだから」
俺が冷静にそう言うと、
「えっ。あれ、ミミックなの?」
アグナユディテが驚いて声を上げる。
「えっ。ユディが分からないのか? エルフって魔物を判定できるんじゃないのか?」
エディルナは逆に驚いたようで、アグナユディテにそう声をかける。
「失礼ね。エルフだからって魔物なら何でも分かるわけじゃないわ。特にミミックなんかは本当に擬態が巧妙だから。
生命の精霊と親しい我らの長なら、見分けられるかもしれないけれど」
確かにエディルナの言うとおり、エルフのアグナユディテがいると、ほとんど魔物の不意打ちを受けなくて済むんだよな。
アンヴェルが言っていた小動物のようというのにも一理ある。草食動物が天敵に注意を払うかのように魔物の存在に敏感だ。
だが、魔物を見つけた後の彼女は、まるで肉食獣のように見えるときがある。
もちろんアーチャーで精霊使いだから前に出ることは少ないが、率先して勇敢に戦ってくれるし、魔物を嫌悪しているのは俺たち以上なことが分かる。
「ダメだわ。やっぱり私には普通の宝箱にしか見えない」
アグナユディテが少ししょんぼりしてそう言うと、エディルナが、
「いや。やっぱり本物の宝箱なんじゃないか?」
まだ未練がありそうに言っている。
ゲーム開始後間もないパーティーが挑むダンジョンにミミックって、ゲームバランスを考えてないんだよねと俺は思ったが、逆に倒せば、この時点では大きな経験値が得られるとも言える。
全員HPもMPもほぼ完全な状態だし、やってみるかと俺は思った。
「じゃあ。エディルナはよく注意して盾に身を隠しながら箱の蓋を開けようとしてみてくれ。それで奴が襲い掛かってきたら、すぐに左側に逃れてくれ。エディルナ以外は攻撃の準備だ」
俺がそう言うと、エディルナはなんとなく嬉しそうに箱に近づいていく。
アンヴェルとリューリットが剣を構えて攻撃の態勢を整え、俺とアグナユディテは呪文を唱えはじめた。
「ヴェネ トゥーラ キュヴォファベース トゥユヴァーセ キネーセ」
「エフィロフュー ニューア フィロルーマ トゥーラツ」
ダンジョンに二人の声が響く。
俺の足下に魔法陣が姿を現して光を放ち始め、その青白い光が俺の身体を包んでいく。
アグナユディテの両手の間にも小さく柔らかい光を放つ球体が出現したかと思うと、徐々にその光度を増していく。
そしてエディルナが箱までの最後の距離を警戒しながらじりじりと詰め、その右手が蓋に掛かろうとした瞬間、
「ガー」
という叫ぶような音とともに蓋が開いて、箱がエディルナに跳びかかってきた。同時に、
「ライトニング・ミネトゥリス!」
「光の精霊よ、我に力を!」
俺が杖を振るい、アグナユディテが閉じていた目を見開いて呪文を完成させ、攻撃魔法がミミックに炸裂する。
だが、ミミックはそれをものともせずエディルナに体当たりを食らわせる。彼女は吹き飛ばされて左側の壁にその身を打ちつけた。
アンヴェルとリューリットがそれぞれ剣でミミックに切りかかるが、どれくらいダメージを与えられているのだろうか?
奴は暴れまわって今度はリューリットに襲い掛かる。
彼女はその動きを見切って、身を躱しざま一撃をミミックに見舞う。
俺とアグナユディテも続けざまに魔法を放つが、奴はさらに暴れ続ける。
アリアがエディルナに回復魔法を掛け、彼女も戦線に復帰したが、今度は俺のMPが底を突いてしまう。
アグナユディテもMPを使い果たしたらしく、今は弓で攻撃をしている。
こうなると魔法使いは役立たずだ。
アグナユディテは矢が尽きても細剣で戦うこともできるが、俺の杖ではダメージは与えられないだろう。
アリアが傷ついたアンヴェル、そしてリューリットに回復魔法を掛けるが、彼女の魔力が尽きる前に撤退すべきかなと俺が考えていると。
「ちくしょう! 騙しやがって!」
という声とともにエディルナのバスタードソードがミミックにクリティカルヒットし、奴はようやく動きを止めたのだった。
そして……、
「おおっ。戦ったかいがあったようだな」
アンヴェルがそう言ったように、俺も身体から力が湧き上がってくるのを感じていた。
ミミックはかなり無理をした相手だったので、パーティーの全員が一気にいくつかレベルが上がったようだ。
(少しはこれまでの遅れを取り戻したかな?)
だが、今日はこれ以上の探索は無理だ。
俺たちは町に引き上げることにした。
翌日、再度『はじまりの迷宮』に挑んだ俺は重大な事実に気がついた。
昨日戦ったミミックがいなくなっていたのだ。
階段の前の部屋を覗き、「あれっ、ミミックがいない」と思わず漏らした俺に、エディルナが不満そうな顔で言ってきた。
「いや。そんな嫌味を言わなくても昨日アマンを信じなかったのは悪かったと思っているから」
そしてアグナユディテにも、
「私がミミックだって見破れなかったのが、そんなに嬉しかったの? 本当に嫌な人ね」
ふくれっ面で言われてしまった。
ゲームでは迷宮を一旦出れば、クエストのボス以外のモンスターは再配置されたのだが、この世界ではどうもそういう仕様になっていないようだ。
まあ、異世界の現実だと考えれば当たり前と言えばそうなのだが、これだと思ったようにレベルが上げられない。
そう考えて、俺が深刻な顔をしているのを何か勘違いしたのか、
「お嬢さん方。アマンも反省しているようだから、もう許してあげてほしいな」
珍しくアンヴェルが取りなしてくれる。
迷宮の地下部分に入ったが、昨日、ミミックを倒してレベルが上がったことが効いているようで、俺たちは順調にモンスターを倒しながら通路を進んでいた。
俺はもう次のレベル上げのことで頭がいっぱいで、分かれ道でのエディルナの問いかけに、「右」、「ここは左だ」、「ええと、ここも左」、「ここは右」とおざなりに答えていた。
リューリットはそんな俺の姿を見て首を傾げていたが、この迷宮なら松明やライトの魔法が無くても攻略できる。
やり込んだゲーマーの俺を舐めないでほしい。
そうして進んでいった先で、ゴーゴーと水が流れる地下水脈の上に掛かった石橋を渡ると、その先に急に大きな空間が広がっていた。
俺が魔法の光を天井高く飛ばし空間を明るく照らすと、部屋の奥には人の形をした巨大な石の像があり、その像を守るかのように右手に巨大な棍棒を持つ黄土色の肌の大型モンスターが立っていた。
「トロールよ!」
アグナユディテが叫ぶと、そいつは俺たちに向かって突進してきた。
「ライトニング・ミネトゥリス!」
トロールが現れることを当然知っており、事前に呪文を唱えていた俺の魔法が轟音とともに、魔物に命中する。
レベルが上がったことで、昨日に比べ、同じ呪文でもかなり威力が強くなっているようだ。
俺の魔法で突進を止められたトロールを翻弄するようにリューリットがキビキビと動き、次々とダメージを与えていく。
エディルナはさすがに力比べでは分が悪いので、トロールの振り下ろす棍棒を上手くかわし、振り下ろされた右腕に剣を叩き込んでいた。
アグナユディテの放った矢が右頬に突き刺さり、トロールは痛みに顔をしかめるが、それでもまだ棍棒を振るい続ける。
だが、アンヴェルが「やあっ」という気合の声とともに突き出した剣がトロールの左腹を大きく割くと、奴はよろよろと後ずさりしてそのまま仰向けに倒れ、動かなくなった。
トロールが倒れたのを確認すると、俺は石像の後ろにある岩の裂け目に這うようにして入っていった。
中は人ひとりがようやく入れるくらいの空洞になっていた。
この空洞はトロールを倒して、迷宮の一番奥でコマンドの「調べる」を使わないと現れないのだが、ここでは何もせずとも存在していたようだ。
もっとも裂け目はかなり狭いので、普通は入ろうとは思わないかもしれないが。
空洞の中には銀貨が十枚と剣が一本落ちていた。
俺がそれを拾って、今度は後ろ向きに這うようにして岩の裂け目から出てくると、パーティーのみなが呆れたと言った態度で俺を見ていた。
「いや。よくそんな岩の裂け目に気がつくな。あとローブは破れたりしなかったか?」
アンヴェルがそう俺に聞いてきたが、確かに俺のローブは砂だらけになっていた。
そして俺が岩の裂け目の奥から持ってきたものを見て、
「それは銀貨と鉄でできた剣か。僕たちには特に必要ないんじゃないか?」
とも言われてしまった。
この剣はゲームでは戦士の初期の装備として重宝するのだが、アンヴェルはもちろんエディルナもリューリットもすでにかなりの業物を持っているので、今さらこんな剣は必要なかった。
銀貨10枚だって、王女捜索の時の一日分の給金だ。貴族であるアンヴェルからしたら、はした金もいいところだ。
俺は何となく淋しい気分になりながら捨てるに忍びなく、一応、それらを持って帰ることにした。
迷宮からの帰り道、アンヴェルはすこぶる上機嫌だった。
普段は真面目で、どちらかと言えば寡黙な彼がかなり饒舌に話し続ける。
「もともとこの『はじまりの迷宮』は、我が祖バルトリヒの偉業を讃える記念の地になっていたんだ。だが、何十年か経つうちに老朽化して訪問者も減り、維持が難しくなって放擲されたんだ。
利を求めてこの迷宮に絡んでいたような連中は逃げ足も速いから、最後は王宮とわがシュタウリンゲン家まで巻き込まれてかなり迷惑を蒙ったらしい。まあ、もう二百年以上前の話だがな」
じゃあトロールと戦った部屋にあった巨大な像は、もしかするとバルトリヒのものだったのか。
俺はてっきり邪悪な魔神かなにかの像かと思っていた。たしかに最後にあった橋も、今から考えれば明らかに人が造った物だったし。
俺がそう考えているとアンヴェルが、機嫌がいい理由を自ら説明してくれた。
「だが、稀にこの迷宮から魔物が出てきて、周囲の村に被害が出ることがあるんだ。そうすると、よく事情を知らない者たちのうちには、いまだにシュタウリンゲン家が対処すべき問題だと言って我が家に苦情を持ち込む輩もいてね。
ここまできれいに退治すれば当分は大丈夫だろう。助かったよ。まあ元々うちの問題ではないんだがな」
どうやら俺たちはアンヴェルにちゃっかりと利用されたようだ。
まあ、レベルが上がったから一石二鳥とも言えるのだが、俺は何となく釈然としない心持ちだった。




