船旅へと出発
「ん~、美味しい。相変わらず元とはちょっと味が違うけど、リュートは料理上手だね~」
「ちょっと引っかかるけど、アスカが喜んでくれてうれしいよ」
リュートの作ってくれたアヒージョは油の種類が違うため、味に差こそあるもののそもそも食べ慣れた料理でもないので満足だ。
「後は減ってきた油をこうしてパンに付けてと……ん~、美味しい! 硬いパンも柔らかくなるしありがたいよ~」
「へぇ~、こりゃ確かに。パンを煮込み料理のソース以外に付けて食べるやり方があるなんて、アスカは物知りだねぇ」
「えへへ。ここは港町ですから、レシピも登録しておけば広まるのも早いかもですね~」
「ぜひお願いします! この宿の名物料理にしますね。他の店と違ってこの店が元祖だって宣伝しますから!」
「頑張ってくださいね。油の種類も変えるといいと思います。後は魚と野菜の分量を変えるとかですね」
お姉さんは私の言葉を熱心にメモしている。もし、次に来る時があったら今日より美味しいアヒージョが食べられることだろう。今から楽しみだ。
「小さい魚をそのまま放り込めるのもいいですね。骨とかって結構手間ですから」
「ああ、そうですよね。僕も取るの大変でしたよ。使ったのは両側に小骨が多い魚でしたし」
「へ~、そんなのいるんだね~。あむっ、料理人さんは苦労してるなぁ」
「それだけ美味しそうに食べてもらえれば、苦労も吹き飛びますよ。それに器のアイデアまでいただいて」
「持ち運びには気を付けてくださいね。鉄は熱くなりますから」
「はい。他の料理にも使えそうなので、料理人ともどもアイデア出し頑張ります」
「ねえちゃん、こっちもそれくれ! まだあんだろ?」
「ただいま! では、失礼しますね」
さすがに衛兵隊長さんおすすめ宿のだけあって、夕刻の客の入りも多い。特徴的なのは港町で肉体労働が多いからか、サイズが普通と大の二種類ということだ。大は普通サイズの二倍近くあって、仕事上がりの人はほとんど大を頼んでいる。
「リュートもあっちじゃなくていいの?」
「流石に外出してないのにあの量は無理だよ」
「そっか、そうだよね」
食事も無事に済ませて私たちは明日の準備をする。
「お留守番ありがとうティタ。いつも連れて行けなくてごめんね」
「いい、いしとかもらえてるし」
最近ティタはマディーナさんとテルンさんから、魔道具制作用のスクロールのお礼に魔石をもらってご機嫌だ。珍しいのは眺めたり、ちょっとかじったりとお部屋にいる時も研究熱心だ。それに以前にもこの辺に来たことがあったらしく、辺りの石は質が悪いのとのことで外に全く興味を示さなかった。
「リュート、荷物大丈夫?」
「僕の方は問題ないよ。アスカの方は用意終わった?」
「私ももう終わるところ」
《んにゃ~》
「ん、キシャルったらどうしたの? おやつ? ん~、ちょっとだけだよ」
キシャルのおねだりに負けて、ちょっとだけ氷を出してあげる。一応この氷もキシャルが作ったのをコールドボックスに入れているものだ。キシャルは面倒臭がりで、氷を作らない日があるので在庫が切れないよう保管しているのだ。よく注意していたティタも最近は魔石に夢中だし、少なくともバーバルに着くまではこの調子かな?
「そうだ! アルナ~」
《ピィ?》
「明日からは船旅になるけど絶対に船から離れないようにね?」
《ピィ!》
う~ん、いい返事だ。後は本当にこの返事通りに動いてくれるか明日見ておかないとね。船旅は順調にいけば三日程度、しっかり見ておかなきゃ。
「ほらアスカ、気合い入れてないで寝るよ」
「は~い」
ジャネットさんの言う通り、明日に備えて寝なきゃ。アラシェル様、どうか無事に船旅を終えられるよう見守っていてくださいね。
「アスカ、朝だよ」
「ん~、ふぁい」
私は返事を返すと伸びをして、いそいそと着替える。
「ん~、装備はこっちでいいかな? 流石に甲板でアースグレイブってこともないだろうし、フライブーツだよね」
私は少し悩んだ後、装備を整えると食堂へ向かう。
「おはようございます」
「おはようございます! お食事お持ちしますね。それと今日は人も少ないですから従魔たちもここで食べてもらって構いません」
「ありがとうございます」
お姉さんの言葉を受けて、アルナたちを呼んできた後、席についているとお姉さんが奥から朝食を持ってきてくれた。
「あ~、今日もおいしい食事です。アルナもはい!」
《ピィ》
アルナの分も用意されてるけど、ちょっと違うものも食べたいと思い、私のお皿からちょっと野菜をあげる。ゆっくり食事を取った後はいよいよ乗船だ。
「うわ~、昨日も見ましたけど船! 船ですよ! おっきいですね~~」
「はいはい、わかったから大人しく並んでおくれよ」
「分かってますって。でも大きいですね。こんなのが風の力で進むんですから不思議ですよね~」
「頭痛くなってきた……リュート、相手は頼むよ」
「えっ!? ジャネットさんは?」
「どうせ、船中を見て回るだろうから部屋にいるよ。同類には思われたくないんでね」
「そんな……」
「ん?あんたら乗船のチケットは?」
「チケット?これのことですか?」
私たちが船に乗ろうとしたらチケットを確認されたので以前もらったチケットを提示する。
「こ、こいつは……失礼しやした。お話は伺ってますんでこっちの方からどうぞ」
私たちは列から離れ、直通で船の上部の部屋へ案内された。
「ここが一等船室です。下が二等船室でさらに下は三等船室でさぁ。あんまり下に行くと危険なんで注意して下せぇ」
「分かりました。ありがとうございます!」
「いいえ、貴族のご令嬢を案内できるなんて光栄でさぁ。普段は絶対させてもらえねぇんで」
「そうなんですか? 丁寧に案内されているのにもったいないですね」
その後も船員さんは室内の設備について説明してくれて、名残惜しいけど仕事があるのでと戻っていった。
「親切な人でしたね~」
「まあ、あんたのことを貴族だと思ってたしねぇ」
「えっ!? あっ、そういえばそんなこと言ってましたね。どうしてでしょうか?」
「まあ、あの乗船証自体簡単に手に入るもんでもないしね。それにアスカ、今は街行きの恰好だろ?」
「だって、船旅ですもん! やっぱりこういう姿がいいですよ。最高じゃないですけど」
アスカは船旅と言えば、ちょっと色白な少女が甲板で帽子を被って風を感じる。などと言う幻想を抱いていた。このために昨日、服屋に寄って帽子を見たのだが残念ながら思ったようなものは無かったのだ。
「そんじゃ、あたしはここにいるからアスカは船内でも見に行きなよ」
「ええっ!? ジャネットさんは行かないんですか?」
「あたしは船に乗ったことがあるんでね。リュートも初めてだろ? 一緒に行きなよ」
「分かりました。アスカ、一緒に行こう?」
「分かった。それじゃあ、行ってきますね。アルナとキシャルも行こう」
《ピィ》
《にゃ~》
アルナは肩に乗ってきたけど、キシャルはジャネットさんの膝に乗ってしまった。
「キシャルは来ないの?」
《んにゃ~~》
「こっちの、ひざのほうがいい」
「そっか、じゃあ仕方ないね。ティタ、キシャルをお願いね」
ティタにキシャルをお願いして私たちは船室を出る。
「最初はどこに行こっか?」
「う~ん、三等船室は危ないし、二等船室へ行ってみる? 僕らも最初はそこの予定だったし」
「そうだね。作りもこっちとは違うだろうし、行ってみよう!」
私は早速、リュートの手を取って二等船室に向かう。一等船室は廊下も広めだし、ドアも豪華だけど下はどうなってるのかなぁ。
「おや、二等船室に何か御用ですか?」
「ちょっと見学したいと思って……」
「構いませんが、あまりうろつかない方がいいですよ。冒険者もいっぱいいますし、特に三等船室は危険ですよ」
「分かりました。その辺を見るだけですから」
「護衛の君もしっかりお嬢様を見ておくんだよ?」
「あ、はい」
私は街行きの格好だけど、リュートは冒険者の格好だったので護衛と間違われたみたいだ。でも、船の上くらいお嬢様でもいいかな?
「そうだ、このフロアで見てもいい部屋ってありますか? 中が気になるんですけど……」
「それなら奥から三番目の部屋ならいいですよ。今は空き部屋なんです」
「今は?」
「明日寄港する町で乗って来られるんですよ」
「そうなんですね。ありがとうございます」
船員さんにお礼を言って二等船室のエリアを見て回る。
「ん~、ちょっと部屋と部屋の間もつまってるね」
「そうだね。一人部屋なのかな?」
「それにドアもただの木でできてるし、二等船室でこれなら三等船室ってよっぽどだよね」
「僕らでいう安宿みたいなところかもね。アスカは絶対行かないようにね」
「分かってるって。それじゃ、実際に部屋に入って見ようよ!」
「はいはい。はしゃがないでね」
「はしゃいでないよ! ねぇ、アルナも気になるよね?」
《ピィ…》
「小鳥が部屋なんて気にしないでしょ」
リュートの言葉は聞こえないふりをして、私はドアを開けて部屋の中へと入っていく。
「わっ、狭~い。っていうか、二等船室って二人部屋なんだね」
二等船室内部は二段ベッドと壁に備え付けられた机があり、後はその机用の椅子があるだけの簡素な部屋だった。
「アスカこれ鳥の巣の一人部屋より狭いよ。これが二等ってことは三等は大部屋にみんなが入る感じじゃない?」
「へ~、楽しそう! みんなでおしゃべりできるよね?」
「みんなって言っても顔も知らない人だよ? 荷物とかどうするのさ。貨物室への積み込みは別料金だったでしょ?」
「そっか、修学旅行みたいにみんなでワイワイガヤガヤって感じを想像してたけど、知らない人同士だもんね」
「それが何かは分からないけど、冒険者も一般の人も色々な人が混ざっているんだから絶対危ないよ」
「でも、それならどうしてそんなところに乗り込むのかなぁ?」
「価格だよ。料金だけ調べてたけど、二等船室の半分以下の値段で乗船できるんだよ。危険だって言っても、それは高価なものを持ってる場合だし、目的地へ行くだけなら安い方がいいんじゃない?」
「むむ~、大変なんだなぁ~」
「さあ、そろそろ船内の見学は終わりにしよう。あんまりここにいてもよくないしさ」
「そういえばこの部屋も人が乗り込むんだもんね。それじゃあ、船内の見学は終わりにして甲板へ行こう!」
《ピィ》
アルナも外に出られると判って元気に飛び回る。
「ほら、あんまり飛び回らないでね。船に置いてかれちゃうよ」
「それじゃ、行こうか」
「う、うん」
「どうしたの? ほら」
「うん!」
船が揺れるからだろうか。リュートが出してくれた手をつかむのに一瞬、躊躇してしまった。自分からは自然と出てたのにな。
「変なの……わっ! リュート、早いよ」
「ん、そう? それじゃゆっくり行こうか」
「どうせまだまだ時間はあるんだし、ゆっくり行こうよ!」
私たちはしっかりと手をつないで甲板へと歩き出した。




