領都ロウム
「アスカ様、朝でございます」
「ふぁ~い」
今日もアンバーさんの優しい声で起きる。
「アスカ様、どうかなさいましたか? 顔色が悪いみたいですが……」
「いっ、いえっ、何でもないです」
つい昨日のジャネットさんとのやり取りを思い出してしまった。だけど、一晩寝たら何かいい案が浮かぶかもしれない。髪を整えてもらいながら考える。
「うう~ん、何かあったはずなんだよね。カーティスさんも似たような状況だけど、もっといい方法があった気がする」
最終手段はあるけど、流石にそれは使いたくないし、何とか頭の中から引き出そうとする。確か前世で何とか出来ることがあった気がするんだけど……。
「浮かぶことは浮かぶけど、当てがない」
「アスカ様?」
「あっ、何でもありません。もうすぐ出発ですか?」
「はい」
「じゃあ、皆も連れて出ますね」
アルナに声をかけておうちをしまうと、ティタを肩に乗せて部屋を出た。キシャルは最近ずっとアンバーさんの肩か頭にいる。ご迷惑をといい謝罪はするものの、何故かアンバーさんは気にした様子もなく、今日までキシャルに付き合ってくれている。
「キシャルって結構色々な人にお世話されてるけど、嫌がる人はいないんだよね。野生の勘とかなのかなぁ」
中央神殿とか他の場所でもお世話してもらってたし、私は助かるけど割とどこへでも付いていくから迷惑になっていないか心配だ。
「おっと、それより馬車へ向かわないと」
時間に余裕はあるけど、お昼を過ぎると困るしね。そう思って馬車へと乗り込む。
「ん~、盗賊もいなくなって快適ですね」
「そうだな」
「そう言えばあの日は盗賊を引き渡した後、町の責任者へ会いに行ってましたが、どうだったんですか?」
「ん、ああ。貴族や要人を狙った盗賊団だからな。くれぐれも逃がさないようにと伝えただけだ」
「なるほど。逃げられることってあるんですね」
「まあ、なくはないな。あいつらも変に肝が据わっていただろ? 念のためだ」
「分かりました。それにしても領都が近いからか、道も広くなってきましたね」
馬車からの景色を見ているとどんどん街道が広くなっていく。途中には休憩できそうな場所もあり、馬車も何台か待機できそうだ。
「この辺は平和そうですね」
「商人が馬車を止めて休憩できるところですから。後は領都の騎士の野営訓練所にもなっております」
なるほど。馬車が何台も止められるって思ったけど、騎士の訓練にも使われるんだ。
「奥には林が見えますね」
「ああ、あれは人工林ですよ。騎士たちや商人たちが使う薪を用意するために植えているのです」
私の言葉にすぐに答えてくれるカーティスさん。それで規則的に木が生えていたんだ。それからしばらく馬車は走り、周囲には他の馬車も見えるようになった。
「あっ、あっちにもどこかの商会らしき馬車が走ってます」
「領都へ通じる道ですからね。東側の商会はこちらを通ることも多いですね」
ロディウム子爵領の領都は北西にあるので、それに合わせていくつかの街道は広く作られており、大体の商会はそこを使ってくるみたいだ。
「でも、きちんと整備された街道があるのは良いですね」
「強い魔物もそこまでおりませんし、領主様のお陰です」
そんな話をしながら馬車は進んで行き、とうとう領都であるロウムの町へと着いた。
「あれがロウムの町なんですね。領都だけあって外壁も立派ですね」
「古くはベンティゴ領に万が一のことがあった時の町なのです。ですから、領地の北西にありますし、あれだけ立派な外壁を今でも維持しているのですよ」
カーティスさんから町のことについて説明を受ける。ベンティゴ領は国境こそ接していないものの、国境代わりの森に強い魔物が生息しているから、万が一に南へ魔物が来た時の第二の防波堤として機能することが求められるのだという。
「じゃあ、あの外壁も結構お金がかかってるんですね」
「まあ、そこはしょうがないところです。国からも補助は出ますし、子爵家にしては町全体が活性化していますから、良い生活もさせてもらっております」
「そう言いながらも苦労はあるだろう?」
「そりゃあな。おっと、そろそろ門へ着きますね。ブライアン、門番に邸へ通達を入れるように言ってくれ」
「はっ!」
カーティスさんの指示でブライアンさんが門番さんのところへ行く。馬車の紋章を確認した門番さんはすぐに両側へと退き、門を開けてくれた。
「ご苦労だな」
「はいっ。お早いお戻りですね」
「要人を連れていてな。ブライアンから聞いたと思うが、邸への連絡を頼んだぞ」
「はっ!」
再び門番さんが敬礼すると、すぐに詰所へと連絡を入れ、一人の兵士が馬を駆って走り去る。もちろん、町中だからそんな早いスピードじゃないけどね。
「先程の兵士が邸へ着くのに時間がかかりますから、我々はゆっくり行きましょう」
カーティスさんの言葉通り馬車は町をゆっくりと進んで行く。
「あら? あれは領主様の馬車じゃないかしら?」
「本当だな。でも、二週間ほど前に出発したばかりじゃないか?」
「何かあったのかしら?」
「な、何だか噂されてるみたいですよ」
「気にされる必要はありません。ただ、領民たちも私たちが予定より早く帰ってきたことで戸惑っているのでしょう。妖精誘拐事件については、各国・各領地で掲示義務がありまして、民も事情を知っておりますので」
聞けばすでに数人、それらしき人が捕まったのだとか。一国の問題ではないので、取り調べもかなりきついのだろう。
「私は悪いことはしないようにしなきゃ」
「アスカが? ないない」
馬車の外からジャネットさんがからかうように話しかけて来た。毎回毎々、どうして断言できるんだろう。馬車の速度がゆっくりといっても町中なので、それから十分もすると目的地である子爵家の邸へと辿り着いた。
「「カーティス様、おかえりなさいませ!」」
邸に着くと連絡が行っていたので、執事やメイドたちが出迎えてくれた。
「凄いですね。きちんと招かれたのはあまりないので、見慣れない光景です」
「そうでしたか。てっきり、この程度慣れているものとばかり……さあ、手を取ってください」
「ありがとうございます」
カーティスさんに手を引かれ、私は馬車から降りる。そして、皆が降りると邸から一人の女性が現れた。
「お帰りなさい、あなた。随分と早いお帰りですね」
「ああ。急な予定の変更で詳しくは送れなかったが、要人をお連れしている。アスカ様だ。皆も失礼のないように」
「はっ!」
「アスカ様には貴賓室を使っていただく。それとカルディナ。今回は要人をお連れした件で懐かしい顔も来ているぞ」
「懐かしい顔?」
「どうも、カルディナ先輩」
「あら、ひょっとしてリチャード? 久し振りね。結婚式にも来てくれ鳴ったのにどうしたの?」
「うっ、その話は後で。ほらジャネット、リュート君。案内してもらえるそうだから入ろうじゃないか」
私たちの後に続いて、リックさんがジャネットさんの手を取り進んで行く。
「あら、リチャードったら護衛以外で女性の手を取るようになったのね」
「先輩、そういうことは……」
騎士学校の先輩っていうだけあって、あのリックさんがタジタジだ。そんなやり取りをしつつ、私たちは邸に迎え入れられた。
「カルディナ、アスカ様を案内した後は食事前に簡単な説明をするから来てくれ。もちろん、リチャードもな」
「またか。お前が説明すればいいだろう?」
「結婚式にも来なかったんだ。多少は良いだろう。それに食事の時間もある。長くはならない」
「分かった。では、また後で」
「ええ。私も準備をしてくるわ」
そう言うと、カルディナさんは私に一礼して去って行った。
「はわ~、キリッとしていてかっこいいですね~」
「まあ、先輩は騎士だからな」
「さあ、参りましょうか」
こうして私たちは貴賓室へと案内された。
「豪華な部屋ですね」
「貴賓室だからな」
「では、ここの護衛は……」
「あたしがやるよ。後はフィオナでいいんじゃないか?」
「そうだなと言いたいが、ここは子爵家の邸だ。ジャネットも客だから難しいな」
「何だい、全く」
不服ながらも郷に入っては郷に従えということで、ジャネットさんも納得してくれた。
「リュートも引き続き一人にしちゃってごめんね」
そう、ジャネットさんは御者席の隣に座っていたから、会話にも参加していたけど、リュートは馬車の前を護衛していたので、ほぼほぼ話せていないのだ。宿に泊まった時も男女別室で護衛の人とは部屋を別にしていたので、休憩中や朝の出発前に少し話す程度だ。お料理も食べられてないし、ちょっと寂しい。
「しょうがないよ。でも、良かったら呼んでね」
「うん!」
と言ったものの、貴賓室に通されるとすぐにリュートたちとはお別れだ。部屋の入り口にはブライアンさんとフィオナさんが立っていて、いつも通りアンバーさんがお世話をしてくれる。
「アルナ、おうち置いとくから眠くなったら入るんだよ。他の人に紹介してないから、勝手にお外にはいかないでね」
《ピィ》
街道沿いとはいえ、草原周辺を飛び回ったお陰でアルナの機嫌は良いようだ。明日にはまた出発の予定だから、これなら大丈夫そう。
「それはそうと……。本当にそのままで大丈夫ですか、アンバーさん」
「問題ございません」
なんてアンバーさんは言っているけど、さっきからキシャルが頭の上で寝息を立てているんだよね。そんなに重くはないとはいえ、大変じゃないかな?
「それはそれとして、お昼までにできることか。あまり時間もないし、ちょっとマジックバッグの整理でもしようかな?」
一時間ぐらいしか時間を取れないので、私はマジックバッグの中身を整理することにした。




