国の紋章と範囲
「アスカ、そろそろ準備しな」
「は~い」
あれから三日、順調に細工をこなした私は再び街へと繰り出そうとしていた。今日も一日、細工をするのだけど、この間全く外へ出ていないので、昼食がてらの外出だ。
「ん~、日の光が眩しいですね~」
「外に出ないからそう言うんだよ。ほら、最初は市場だろ?」
「そうですね。何かあるかなぁ」
あれから夜のことを聞いたのか、翌日の夜に会う頃にはジャネットさんも普通に戻っていた。理由を聞こうとも思っていたんだけど、またこじれても悪いので聞けずじまいだ。
「ん、ぼーっと歩いてどうしたんだい?」
「何でもないですよ。でも、市場に目当ての物がありますかね。リュートにも探してもらってますけど、中々ないんですよ」
出かける時は毎回、良い魔石がないか頼んでいたけど、買ってきて貰えたのはウィンドウルフの魔石ぐらいだ。国境を越えて商売する人たちはここでの商売をメインに考えていないからか、ラインナップは微妙だ。
「そう言うのはちゃんと見てから言うもんだよ。ほら、市場に着いたよ」
「じゃあ、今日は掘り出し物を見つけないとですね」
もう朝市の時間は終わったので、メインの商品はつまみや非食品に移っている。その中を私たちは進んでいく。
「魔道具や魔石はこの辺からですね」
「あたしも見ていくけど、メインはアスカに任せるよ」
「分かりました」
こうして、市場を見ていく。それなりに良い物はあるけど、やっぱり心惹かれるものはない。
「う~ん、リュートって結構探してくれたのかな?」
「いきなりどうしたんだい」
「いえ、こうして見てみるとウィンドウルフの魔石も高騰してて、買ってきて貰った魔石の価格はないんですよね。探し回らないと見つからないですよ」
「良かったねぇ。一生懸命探してくれる奴がいて」
「本当ですね。今度何かお礼をしないといけませんね」
そんな話をしていると、目に付く魔石があった。
「あれっ? この魔石って……」
「お嬢さん、何かお探しで?」
「はい。この魔石ってオッドマックスの魔石ですよね?」
「良く知ってるねぇ。そうだよ。赤色のが金貨十二枚で茶色いのがちょっと大きいから、金貨十三枚だよ」
「あっ、そうなんですね」
んん~、オッドマックスの魔石はその色によって各属性の力を持つ、変わった魔石だ。汎用魔石や専用魔石よりは効率が落ちるけど、普通のサイズでも初級ぐらいの魔法は込められるから、火属性の方は普通もっと高いはずなんだけどな。茶色のは土属性だから使い道がないけど、火属性のは買っておこう。
「こっちの赤色のやつを下さい」
「はいよ」
おじさんに赤い魔石をもらい、お金を支払う。
「う~ん、買えたのはいいけど、どうしてあんなに安かったんだろ?」
「どうしたんだい。目当ての物を買えたんだろ?」
「はい。それ自体は良いんですけど、ちょっと相場より安かったんです」
私はジャネットさんにオッドマックスの魔石の効果を説明する。
「なるほどねぇ。あいつは普段商品を扱わないか、別の魔石の説明を受けて仕入れたのかもねぇ」
「そんなことってあるんですか?」
鑑定の魔道具もあるし、商人ギルドでも鑑定してもらえるのに、魔石の種類を間違えることなんてあるんだろうか?
「アスカ。忘れてると思うけど、鑑定の魔道具も高いんだよ。商人だって魔力が高いとは限らないし、そうそう鑑定も頼めないさ。だから、ああいう手合いは名前だけで効果を知らないこともあるのさ」
「へ~、そういう人もいるんですね」
「特に小さい商会はね。冒険者から買い上げてそのまま売る奴もいるからねぇ」
ま、そんなことしてるようじゃ、大成はできないけどねと続けるジャネットさん。確かに今回も金貨二枚は追加できるような価格だったし、損してるもんね。
「ま、こっちは得できたんだし、良いじゃないか」
「そうですね。それじゃあ、次のお店に行きましょう!」
こうして他のお店も見て回ったものの、都合よく掘り出し物はなくお昼になった。
「さて、お昼はどうしましょうか?」
「ん、その辺の屋台で食うか」
「良いですね。どこから行きます?」
「最初はあっちの肉でも食うか」
「分かりました」
屋台を肉屋さんから順に巡っていく。私はそんなに食べられないから、二軒に一度の割合で頼んでいった。
「ん~、満腹です」
「あれぐらいで情けないねぇ」
「私は小食ですからいいんです。それより、これからどうしましょう?」
「アスカは細工に戻るんだろ?」
「はい。明日には町を出ますし、貴重な時間ですから」
明日の朝にはカディル商会へ出来た細工を持っていくし、のんびりするのはルイン帝国へ行ってからだな。
「ジャネットさんはこれからどうするんですか?」
「あたしかい? そうだねぇ、ちょっと町を回ってみるよ。何か新しい発見があるかもしれないしね」
「楽しんできてくださいね。それじゃ!」
「ああ、また夜にね」
ジャネットさんと別れ、私は宿へと戻る。部屋に戻ると、珍しくアルナがおうちで休んでいた。
《ピィ?》
「あっ、今日は休んでるんだね。遊ぶのはもういいの?」
《ピッ》
どうやら明日は町を離れるから、そのために休んでいるみたいだ。本当に成長したなぁ。
「それじゃあ、私は細工をするからゆっくりしててね」
アルナに予定を伝え、細工へと移る。今日は午前中に作っていた分を完成させないとね。
「今日の午前に作っていたのはディリクシルの魔石を使ったネックレスだったけど、午後からは何を作ろうかな?」
こうしている間にも時間は過ぎて行くので、これから訪れるルイン帝国出身のリックさんに意見を聞きに行く。
「ん、ルイン帝国を象徴するものか。一応、国章は剣と大鷲だが、バルディック帝国のように出来が良ければ流通に乗せて良い物ではないぞ」
「えっ⁉ 駄目なんですか?」
あれだけ戦争に明け暮れていたバルディック帝国でも問題なかったのに、リックさんの故郷がそういうことに厳しいなんて意外だ。
「うむ。元々ルイン帝国は中流貴族が剣を持って興した国なんだ。だから、国章は大きな意味を持つ。剣はその強さを、大鷲は大空から戦場を見渡す将軍としての目を表している。その両方を使えるのは国にわずかいる、お抱えの細工師だけだ。大体の細工師は剣を模した意匠を使うな。こういう物だ」
そう言うと、リックさんは紙にルイン帝国でよく使われている意匠を書いてくれた。ただ、あまりにも剣過ぎるのでこのままだと、考えていることができない。
「えっと、こういう剣というか百合の形でも受け入れられますかね?」
私は前世で見ていた百合の紋章を参考にしたデザインを描く。
「ん、ああ。これぐらいシンプルなら構わんぞ。ただ、二点ほど注意してくれ」
「二点ですか?」
「そうだ。まず一点目は剣と盾のデザインは使わないでくれ。それは隣の帝国の紋章に使われることが多いから、好まれない。二点目は一般人向けに作る場合は、シンプルなデザインにしてくれ。凝ったものだとさっきも言ったが、国認定の細工師以外だと難癖をつけられるからな」
「分かりました」
よかった~。さっき、剣と大鷲のデザインはNGって聞いたから、折角だし盾ぐらいと思っていたのだ。作っても売り先がなくなるところだった。
「ところで、どうしてそんなことを聞いたんだ?」
「今から細工をするんですけど、ルイン帝国の人が欲しがるものって何だろうと思いまして。差し当たってはリックさんの出身の領地は魔物も強いということだったので、騎士の人が身に着けられる物がいいかなって」
「アスカには敵わんな。是非作ってやってくれ」
そういうリックさんの目は私を見ているのではなく、故郷の騎士たちを見ている気がした。
「さて、意見も聞いてきたし早速始めよう!」
今回はデザインも簡単だし、数が作れそうだ。
「とは言え、パターンは増やして細かいところは少し変えないとね。流石に全く同じのは作りたくないし」
何より、今回の作る目的にそぐわなくなっちゃうからね。という訳で、私は剣とも百合とも言えるデザインを何パターンか描き起こした。
「後はここから選ぶのと、完成形にするためのギミックだよね。必要なのは意匠の後ろのスペースだから、これは形を決めてしまおう」
簡単にアレンジできるよう、やや楕円の形にする。
「よ~し、早速開始だ」
私は銅や鉄に銀など、この間余っていた端材を適当に削って、剣のデザインを形作る。後ろの部分に関しては統一したいので、一つだけ型を作ってそれを元に作る。
「うう~ん。これなら六子は作れるかな? 難しい細工じゃないし、移動しながらも在庫が作れそうだ」
そしていよいよ、間に挟む物を取り出す。
「このサイズだと、輝石に魔石に守り石とどれも使えるね。後は使える物をより分けるだけだ」
小さいのだとぶかぶかだし、大きいのだと価格的に合わない。生活が成り立つぐらいで買えるものにしないとね。それに小さい物や傷があるものは、効果が発揮できない物もあるので、ちゃんと選り分けないとね。
「ふむ~、これはちょっと大きすぎるかな。効果は良さそうだけど、デザイン的にはまらないな」
こうして私は最後の滞在日を新しい細工に費やしたのだった。




