納品?ノー品?
「さて、今日はオリーブの髪飾りを見せに行かないとね」
「ごめんねアスカ。僕の用事で早くになっちゃって」
今日のお昼はリュートがカレー作りのために宿の厨房で働くから、開店ぎりぎりの時間を狙っていくのだ。私はそのあと戻ってきて細工に入る予定。
「とか言ってもまだ開くまで3時間ぐらいあるし細工してるね」
「じゃあ僕はちょっと厨房のぞいてくるよ。早めに道具とかも馴れておいた方がいいしね」
「了解。味見が必要になったら呼んでね」
「OK」
「さて、細工というかまずはデザインだね。雪の結晶の形を思い出さないとね。それとディリクシルの小さい魔石のイヤリングだね。こっちは出来るだけ魔石が目立つようにして、金属部分は少なくしないとね」
イメージとしては真珠だ。淡く光った感じはライトに照らした真珠ではないかと今は思っている。こっちのデザインはシンプルなので簡単に終わるため先に仕上げてしまう。
「ん、完成。予定通りというか簡単だったね。次は雪の結晶だね。これは中央に好みの宝石を入れるとか色々出来そうだから大き目の絵にしておこう」
今回作るのはネックレスだけど汎用性の高いデザインなので、イヤリングにも模様にだって使えるからね。線を引いて…うん。これまでのより直線が多いな。線を引くものを出して描いていくか。
「ん~、ちょっと休憩」
ピィ
「アルナどうしたの?」
ピィ
「折角行くんだから前に買った服を着ていけ?まあ、その時でいいよ。汚しちゃったら嫌だしね」
ピィピィ
「やけにこだわるね。まあ、別にいっか。細工してるわけでもないし」
アルナのリクエストに応えて早速お着替えだ。
「裏を留めて、両袖を通してと。後は頭を抜けば…」
「アスカ、用意まだだよね?もうすぐ、出られるから…」
「あっ、その声はリュートだね。ぷはぁ、ちょうどいま用意してたところだからもうちょっと待ってね」
「あ、うん。僕もまだ着替えてないから…」
「そうだった。それじゃ、私は着替え終わったから外で待ってるね」
「うん」
またリュートがちょっと変だったけど何だったんだろ?リュートの着替えを待って私たちは店に向かう。
「いらっしゃいませ~…ようこそいらっしゃいました」
なんで、この人いつも言い直すんだろ?まあいいか。
「こちらが前回話していた細工です。今は実が1つですけど、オプションで2つにすることも出来ますよ」
「あら?そうなのですね。って、この細工お綺麗ですね」
「そ、そうですか?知り合いに作ってもらったんですが…」
「なるほど、お抱えの…。ご存じかもしれませんが、現在ショルバから入ってくる細工が低迷しておりまして、ラスツィアでも細工師はもとより良い細工の確保にも多くの店が動いておりまして…」
「そ、そうなんですか!でも、知り合いの人はちょっと気難しくて…」
「そうですか…。わずかでもと思いましたが仕方ありませんね。お忘れください」
私はくるっと反転して考え始める。
『えっと、アルバのおじさんの納品数がこれ。レディトのドーマン商会がこの量。余裕は移動中を考えると、月に5つ前後かぁ…。隔月3つぐらいならいけるかな?』
瞬時に計算した私はこそっと耳打ちする。
「隔月3つぐらいなら交渉しますよ」
「ほ、本当ですか?しかし、この都市に在住の方で?」
「いえ、旅に出るって言ってたので、多分輸送時間とか輸送料とか掛かっちゃうと思いますけど…」
「店の品ぞろえには代えられません!ぜひお願いいたします」
確か商人ギルドの話では小物だと、ついで感覚で輸送料が安いって聞いたっけ?
「じゃあ、出来るだけ小物で連絡は取りにくいので、あらかじめデザインとか色を指定してもらえるとそれに近いものをお届けできると思います」
「まあ、ありがとうございます。これで姉に大きな顔をされなくて済みます」
「お姉さんがいらっしゃるんですか?」
「はい。私の店では何かが足りないといつも言われていて…。自分は必要な品ぞろえを周りの店と協力してるからって、いつも上からなんです」
「そ、そうなんですか。頑張ってくださいね」
今のくだりは聞かなかったことにしよう。絶対にだ!妹の店には3つならせめて私は2つとか言われたら逃げ切れる自信がない。
「あて先はトレンド商会でお願いします。宛名はヴァネッサで」
「分かりました。伝えておきますね」
「それにしてもそちらの男性の服は中々でございますね。合わされたのですか?」
「この服とは違うんですが、彼にも街行きの恰好をする楽しさを覚えて欲しかったんです!」
「分かります。女性としてはそうでなくては格好も付きませんものね」
「もし間に合えば、この町を離れる前に商人ギルドに預けるように伝えておきますね」
「よろしくお願いいたします」
とりあえず、オリーブの髪飾りも買い取ってもらえたし、これでこの店の用事はひとまず終了だね。でも、銀に彩色したものだからかやたらと買取価格が高かったのが気になったなぁ。
「アスカ、もういいの?」
「うん。秋物って言ってもここに売ってるのは他のところじゃ冬用になっちゃうからね。この後は本格的な冬になるところには行かないし」
「そっか、なら宿に戻ろうか」
リュートと2人で宿に戻る。リュートは直ぐにカレーの仕込みに入り、私は細工に入った。
ピィ
「あれ?そういえばあれだけ騒いでたのにアルナついてこなかったね」
ピィ
「2にちそとで、あそんだからつかれた」
「まあ、外で暴れるよりはいいけど…。お水いる?」
「ティタがさっきだした」
「そうなの?ありがとう、ティタ」
店に行く前にデッサンは終わらせたので、今からは制作だ。
「まずは昼の間までに出来そうなイヤリングからだね。まずは丁寧に魔石を磨いて行かないとね…」
魔石は形が不ぞろいなので、まずは大きさを揃える必要があるのと、照りがまだらなのを安定させる効果も狙う。こっちも一応魔道具扱いになるので金属部は銀で作る。2セットほどできたところでリュートが部屋に戻ってきたので、一旦作業は中断だ。
「アスカ、ちょっと見てもらえる?」
「は~い、とその前に…」
流石にこの服がカレーで汚れるのは良くないので、古くなった服に着替える。
「リュートお待たせ」
「早速で悪いけどこれどう?」
リュートから小皿に入れてもらったカレーを味見する。
「う~ん、ちょっとスパイスチックかな?3種のやつをもう少し入れてもらえる?」
「分かったよ」
リュートは追加の分もきちんと匙で測っている。
「そんなにきっちりしてるんだ?」
「一応登録の分量も兼ねてるからね」
「へぇ~」
それからちょっと煮込んで再び味見だ。
「うん!いい感じ。これなら合格だよ!」
「あたしたちも味見していいかい?」
「どうぞ」
この宿の料理人と思われる人にも味見してもらう。
「あたしは前の方が好みだね」
「俺は、こっちのがいいな。食べやすいし、食材や味付けも合わせやすそうだ」
「あ~、そうですね。料理的にはスパイスを多く使う料理なので、そちらの女性の言うことも分かります。店で食べるなら私も最初の方がいいかなって思いますし」
「じゃあ、なんで味を変えたんだい?」
「馴染みのない味ですし、香りとかが強いスパイスが多いと苦手な人も出るんです。地域性とか店によってはありだと思いますけど、日常食べるならと思いまして」
「なるほどねぇ~」
「そういえば肉が入ってなかったですけど、入れないんですか?」
「ああ~、肉はね。うちじゃ先に入れておくと入れた量で客同士が揉めたことがあってね。スープとかは器に入れておいて最後にかけるんだよ」
「うう~ん。でも、先に入れておいた方が油とかいい味がつくと思うんですが…」
「やっぱりそうだよねぇ。うちとしても手間なんでやりたくはないんだけどね」
「この際だ。レシピに合わせるということでやめてみるか?味が変わらないものは見栄えが良くなるならやろうじゃないか!」
「そうだね!ありがとね、お嬢ちゃん」
「いえ、お昼。楽しみにしてます」
今回のカレーは試作メニューとして宿の客と訪れた客に安価で提供する。その際に意見とかを聞くらしい。
「ほっ、食べられる味に出来てよかったよ」
「どうしたのアスカ?」
「リュートはもういいの?」
「うん。レシピの分量は取ったし、あんまり厨房に入り過ぎるのもね」
「そういえば、最初ライギルさんもエステルさんが入った時、微妙な顔してたもんね」
入っていいといった割には、器具の置き方とか色々目線が動いていたのを思い出す。
「それで何考えてたの?」
「えっとね。ちゃんと味見させてもらってからでよかったなって」
「ああ、アルバで最初に醤油を使った時は2人とも大失敗だったもんね」
「もうちょっとでお客さんの食事も足りなくなるところだったからね。お昼に出せる味になってよかったよ。それで、今日はいくらで提供するの?」
「銅貨5枚だって。安いよね、これでパンが1つついてるんだから」
試作品の特別価格とはいえ結構スパイスが使われているのに頑張ったなぁ。こうして昼に運ばれてきたカレーはちょっと本格仕様ながらも安心できる味だった。
「何よりこのブルーバードの焼き鳥にかかってるって言うのがおいしいよね~」
欲を言えばもうちょっと欲しかったけど、厨房を使わせてもらったりもしたし我慢だ。食後には早速リュートと宿の人が商人ギルドに登録に行った。客の反応が良くて、出来るだけ早くに出したいとのことだ。
「これまで塩中心の料理が多かったから、スパイス中心の料理が珍しいって言ってたしね。味付けは結局もう少しスパイス寄りにするから、価格に響くだろうけどね」
まあ、これで名物が一つ増えるならいいことしたのかな?
そろそろ神殿に行くために加速します。するよね?




