こぼれ話 手紙と2人の冒険者
「ただいま~」
「マディーナさん、お帰りなさい。手紙が来てますよ」
「手紙? まあいいわ。部屋にいるから食事時には呼んでね」
「分かりました。ごゆっくり」
そのまま部屋に向かう。ここは、王都でも有数の宿”焔の湯”だ。宿なのに湯と思うかもしれないけど、その名の通り熱いお風呂に何時でも入れる宿なのだ。冒険者や貴族にはいつでもお風呂に入れると人気で、私たちはそこの三人部屋をずっと貸し切っている。
「戻ったわよ~」
「依頼はどうだったんだマディーナ?」
「駄目ね。今日も張り出されているのは貴族の警護か中央神殿へ往復依頼くらいね。前みたいにワイバーン討伐とかわくわくするのはないわ」
「それは残念だったな。それでその手に持っているのは?」
「これ? なんか受付で渡されたの。私宛の手紙何て珍しいわよね」
「依頼の調査は俺がするから、お前宛なのは確かに珍しいな」
「でしょ? 開けてみるわね」
がさっと手紙を取り出すと中身を読んでみる。
「どんな内容だ?」
「ジャネットからだったわ。予定通り旅に出たみたいね。今はゲンガルにいるみたい」
「ゲンガル? あんなところにどうしてだ。あいつが寄るようなところはないはずだが……」
「何でも水の魔石が欲しかったみたい。アスカちゃん関係よね多分」
「ふむ。しかし、ジャネットが近況を知らせるだけなんて珍しいな。そんなタイプには見えなかったが……」
「そんな訳ないでしょ。一応、依頼というか情報付きよ」
「やっぱりか。で、何が書いてあったんだ?」
「どうもゲンガルの南にある森で異変があったみたいね。森の奥にいるはずのオーガバトラーが森から出てきたって書いてあるわ」
「ということはオーガロードか?」
「まだ、調査の段階みたいだけどね。どう? 心が久しぶりに踊るでしょ?」
「手ごたえはありそうだが、大丈夫か? オーガ系はマディーナも得意じゃないだろ?」
マディーナの属性は聖・水・土だ。オーガ系統に有効なのは水ぐらいで、下手な土魔法では相手の皮膚を突き破れない。
「でも、バトラーぐらいなら楽勝だし行ってみない?」
「久しぶりに手合わせでもするか」
「あら、ジャネット達はもう出発してる頃よ」
「は? じゃあなんでお前に手紙を?」
「本当にオーガロードが出たら町の被害も増えるし、そうなったらアスカちゃんが気にするから来て欲しいって。本人たちは旅を進めたいからラスツィアに向かうみたいよ」
「体のいい使い走りか」
「でも、手ごたえのある依頼よ。どうする?」
「今月はろくに依頼も受けていないし行くとしよう。早速、準備をしてくる」
「了~解。ちょっと多めに用意しといてね」
「分かった」
うんうん、やっぱりベイは話が早くていいわ。多めにと言ったのはポーション類だ。オーガ系の魔物は皮膚が硬く力も強いので、数が出てくるとすぐに怪我人が出る。もしロードがいるのなら怪我人が大量に出るだろう。討伐途中に無くなるか、討伐後まで持つかは運しだいだけど用意はしとかないとね。
「こうやってAランクとしての余裕と気遣いを見せたら、またいい情報も集まるだろうし」
ベイと戦える人間も少ないし、彼の探し求める武器もまだ集まってはいない。ただ有名になるだけでなく、こうやって名声を高めないと集まるものも集まらないのだ。その頃、ベイリスは―。
「やれやれ、心配症というかお人好しなんだからなマディーナは。回復薬の予備なんぞ自分の実力と相手の実力を考えれば必要な量ぐらい分かるだろうに」
全く、マディーナの思いと噛みあっていなかった。お互いの考えは分かるが、なぜそうしているのかそこにおいては一切交わらない二人だった。
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「で、わざわざゲンガルくんだりまで来たわけだけど、ろくな宿がないわね」
「いや、地方の宿なんてこんなものだろう。それよりギルドに向かうぞ」
「はいはい」
「いらっしゃいませ。冒険者の方ですか? 実は今、緊急依頼が発生しておりまして……」
「あら、やっぱりオーガロードが出たの?」
「どうしてそれを……でも、確認されているのはオーガジェネラルまでです。ロードはまだ確認されていません」
「どうしてだ?」
「偵察に行った冒険者ではジェネラルの確認が精いっぱいでして……。恐らく、ロードもいるのではないかということで人を集めてる最中なんです。でも、普段から高ランクの方が来られる地方でもないので、今急いで王都まで依頼を出しているんですよ。何とか五日後の作戦には間に合う予定です」
「なるほど、ジャネットの予想通りって訳ね」
「ジャネットさんのお知り合いですか? じゃあ、あなた方が彼女の言っていた腕のいい冒険者ですか?」
「多分ね。それじゃ、当日まで待たせてもらうわ」
「えっと、滞在中の依頼は? もちろん日帰りの距離になりますが……」
「受けてもいいけど、恨まれるわよ。依頼がなくなっちゃったって」
そう言いながら私はギルドカードを見せる。
「A、Aランク……この町では久し振りに見ました」
「という訳だ、俺たちは宿で過ごしているから集合時間が分かったら伝えてくれ」
「分かりました!」
「それと、おすすめの宿はあるか?」
「おすすめというか最近話題の宿がありますよ」
「なら、そこにしてくれる?」
「分かりました。場所はこちらです」
受付からメモをもらうとその宿に向かう。
「しかし、結構いい待遇だったわね」
「ここに立ち寄ったジャネットたちの態度が良かったんだろう。宿もあの調子なら何件か紹介してもらえそうだったからな」
Aランクと一言に言っても、ピークを過ぎた偉そうにする奴とか、調子に乗った気の大きい奴らも多い。それが友好的に受け入れられるということはその下地がある場合だ。Bランクとはいえ、高ランクの冒険者の態度が良ければそのままAランクも歓迎される場合が多い。今後もあの子には頑張ってもらおう。
「いらっしゃいませ」
「泊まりで頼む。三人部屋はあるか?」
「いえ、うちは二人か四部屋人でして……」
「なら、四人部屋でお願いね」
「はい。何泊ですか?」
「そうね。七日でお願い、食事は?」
「二名ですと朝夕付きでお一人銀貨八枚です」
「面倒がなくていいな。昼はないのか?」
「昼は食堂になりますので、食事はできます。ただ、席の確保はしてません」
「この辺りで人気の食堂は?」
「つい最近ですと近くにある食堂ですね。肉や野菜を煮たものが人気です」
「ふ~ん。じゃあ、明日はそこに行こうかしら? ベイもいい?」
「構わない」
こうして、緊急依頼当日の五日後まで私たちはゲンガルの町を散策したのだったが……。
「うま~い! ちょっとベイ、なんでこんな地方都市の料理が美味しいのよ」
「俺に聞かれてもな。優秀な料理人がいるんだろう?」
「しかも、これって最近ちょっと王都で見るようになった醤油を使ってるわよね。珍しい味の調味料だけど、王都じゃ味付けがいまいちなのよね。珍しいから使ってみようって感じでさ」
「確かにな。これは、ちゃんとこの料理に合うように作られていて旨い」
「あっ、その大きい切り身は私のよ!」
「食い意地張ってるな」
「いいじゃない。折角、ジャネットに言われてきたんだもの。楽しまなきゃ損よ」
「ジャネット?」
私たちが話していると、ジャネットという言葉に店員が反応した。この人も知り合いかな?
「あら、彼女を知ってるの?」
「はい、この前まで宿に泊まられていました。今お出ししている料理もそのパーティーの方に教えてもらったんですよ。住んでいた場所ではもっと色々な料理があるとか。うちも大急ぎでこの照り焼きのために醤油を仕入れたんです」
「聞いたベイ? アルバに行けばきっとこの料理が食べ放題よ! この依頼が終わったら絶対に行きましょう」
「それは良いんだが、滞在費がかさむぞ」
「それなら今回の依頼で十分よ。ロードもいるだろうし、しばらくは大丈夫よ」
そんなことを宿で話していると冒険者からの目線を感じる。
「ん、何?」
「嬢ちゃんはお気楽でいいなあ~、俺なんかブルっちまってるっていうのによ~」
「あら、おじさんだっていい腕じゃないの?」
見た感じCランクには見えない。恐らく、Bランクでも中堅どころだと思うのだけど……。
「腕はな。だが、俺は重戦士なんだ」
「それはご愁傷様。まあ、一緒の戦場なら助けてあげるわね」
重戦士は移動は遅いものの、優れた防具と重量のある武器を使い前線の維持に欠かせない職業だ。ただし、その装備が整うまでの金銭負担が大きいので、パーティーとしては実力者を迎え入れたい職でもある。要は駆け出し時代や中堅時代はスルーして、Bランク位になったらお付き合いしましょうという感じね。
今回彼が危惧しているのは相手がオーガというところだろう。オーガ相手に人間が力で何とかなるのはウォーオーガまで。オーガバトラーからは種族差が顕著で、いくら重装備でもその衝撃で倒される。オーガジェネラルになると自慢の武器も通りが悪く、相手の方が早いため一方的になる可能性の方が高い。多分、重戦士といってもジュールさんぐらい獣じみた直感がないと生き残れないだろう。
「一緒の戦場ならって前線に出るのかい?」
「前線には出ないわよ。でも、離れてたってそこが破られたらおしまいよ。そこそこの場所にはいるわよ」
「気に入ったぜ。あんたと横の兄ちゃんは何て名前だい?」
「あたしはマディーナ、こっちがベイリスよ」
「戦場で肩を並べる時はよろしく頼む」
「あんたら王都の……」
「あら、あなたは私たちのこと知ってるのね」
「俺も普段は王都で活動してるからな。今回は里帰りだったんだ」
「そうなの? 見たことないけど……」
「マディーナ、彼が重戦士というなら北方路の依頼中心だろう。俺たちとは普段使うギルドが異なる」
「そういえばあっち方面は別ギルドだっけ。行かないから忘れてたわ」
「なんだい、ガディさん知り合いかい?」
「こっちが一方的に知ってるだけだ。二人ともAランクでも名の知れた冒険者だよ。Cランク、Bランクが無駄に集まるよりよっぽど頼りになる。王都から何組来るか知れんが、そいつらより頼りになるぞ」
「そんなに褒めないでよね。言っても二人組だしあまり大きいことはできないわよ。ねっ、ベイ」
「そうだな。二人では突っ切るわけにもいかないし、一方面のどこかで戦線を押し上げるのが役目になるだろう」
「でも、珍しいな。いつも高難度クエストを選んで受けてるっていうあんたたちがこんな町に来るなんてよ」
「知り合いに、オーガロードの噂を聞いてね。それで来たのよ」
「そいつには感謝しないとな。町の救世主だ」
「戦うのは私たちだけどね」
そんな感じで食堂で騒いだり、魔道具店でびっくりしたりした。
「なんだ、何か欲しいものがあるのか?」
「この水の魔道具なんだけど……」
「それはこの前来てた冒険者のものだな」
「へ~、ブレスレットになってるのね。ちょっと使ってみてもいい?」
「裏で試し打ちぐらいならな」
簡素に見えるけど細工も丁寧なのでちょっと試してみる。
「ベイ、ベイ大変よ!」
「どうした、マディーナ?」
「この魔道具、変換効率がおかしいの」
「悪いのか?」
「逆よ。普通魔道具ってMPを10使えば9ぐらいに変換されるんだけど、これ10使えば12で変換されるわ。原理は分からないけどムカつく位使えるわ!」
「ムカつくってお前なぁ」
「どう思う?」
「いや、アスカは水の魔法は使えないだろう」
「そうよね。大体、こんなに変換効率のいい式なんてあの子知らないわよね。一体誰が……。おじさん、これ売りに来たの小さい女の子だった?」
「ん? ああ。思ったより魔石が手に入ったから一つぐらい売ろうって言ってたな」
「うう~ん、緊急依頼がなければ追いかけたいところね」
「なら、手紙を送ったらどうだ? ラスツィアに行ってすぐに他国に行くとも思えんし、そこからなら王都付近の町に行くだろう」
「そっか、それいいわね。さりげなくちょっと付き合いなさいって書いとけばいいわね。さっすがベイ!」
うんうん、そうと決まればこれは店に置いておきましょう。こんな中途半端な魔石じゃなくて、もっといい魔石を用意しとかないとね!
こうして、オーガロード討伐までの日々を過ごしたのだった。
ここから3話、番外編となります。お付き合いください。




