今日は休日?いいえ、お仕事です
翌日、私は朝目覚めると早速細工を始めていた。今日はリュートが料理をする日なので休日なのだ。このチャンスを生かして細工を進めていく。
「焦らなくていいとは言われてるけど、毎月と行かなくてもそれなりには納品しないとね」
商業ギルドに委託すれば異なる街からでも納品が可能なのだ。輸送自体はギルドから委託を受けた商人が自前の護衛たちと自分の商会の荷物とともに送る形式で、一部輸送費用も負担されてるとあって、中々人気らしい。
「まだ、レディトを出発して2週間とちょっとだけど、在庫はあると安心だしね」
町を移動している間は時間をかける細工が出来ないからこういうチャンスは生かしていかないとね。
「まずはティタが加工してくれた魔石をはめ込めるブレスレットだね。細工は一緒だともったいないからちょっとずつ変更を加えていこう」
細工も同じものばっかりだと飽きてくるし、技術の向上には別デザインの方がいいのだ。といっても、魔道具の特徴が分かるようにしないといけないから、出来るだけ水に関係するデザインにしないとね。
「前は川をイメージした作りだったよね。今回はどうしよう?」
水からイメージできるものを色々と考えていく。
「う~ん、湖とかってイメージしにくいな。水…水滴…そうだ!水滴の落ちた波紋を使ってみよう!」
一滴の水が水面にぶつかるそのイメージをブレスレットに彫っていく。デザインが決まるまでは悩んだりするけど、一旦決まってしまえばスイスイと手が動く。波紋の形に円を彫っていき簡単な彩色もする。特に水の魔石を砕いて作る塗料は魔石が安く手に入ったので、試験も兼ねて使ってみる。
「一応、魔石からの塗料の作成は一定の濃さだけど、色味が濃く出たりしないとも限らないしね。クズ魔石は地方ごとに入手しやすい魔石が手に入るから、色も変わってっちゃうしね」
アルバ周辺だと落とすのはオークメイジぐらいだった。やや赤みがかった魔石であっちは回収率が良くなかったのだ。というのも魔石は小さく、オークメイジは肉も食べられないので冒険者もあんまり意識しないのだ。魔石の入手頻度も魔力に寄るので、あまり魔力の強くないオークメイジが滅多に落とさないのも関係している。
「それに、オーガ系はメイジがいないから基本魔石は落ちないんだよね。唯一、オーガロードが落とすらしいけど、相手にしたくないし」
それでも、クズ魔石を取り扱う商人もいるので各種扱ったことはあるけど、向こうも大した儲けにならないから分別も色別に適当なのだ。ファイアリザードの魔石だろうがオークメイジの魔石だろうが色味が近ければ混ざっているのである。いくら魔力が抜けているとはいえ、元が違うので多少の差異は出てきてしまう。
「うん!いい色だな。折角だし対のブレスレットにしてみようかな?」
別に片方で十分だとは思うけど、左右対称に身につけたい人もいるだろうし、チャレンジだ。まあ、費用が倍で同じ魔道具ならまず誰も買わないと思うけど。
「アスカ、じかん」
「ん?もうお昼なの」
ティタにぐいっと袖をつかまれて空を見る。確かにお昼ごろのようだ。今日はちょっと遅めっていわれたから片付けを先にしてしまおう。
「まずは、削った銀の破片を集めてと…。これは再成型するからこっち、こっちのはもう使えないから捨てる方へ」
片付けを終えたら、着替えて下に降りる。
「すみません。下で待っててもいいですか?」
「あら、いいわよ。ピークは過ぎたしね。えっと…そこの席に座ってくれる?」
「分かりました」
ちょっと待つ間に食堂を見回してみる。ほとんどの人が食べ終わりかけていて、席は8割埋まってる感じだ。飲み物を注文する人と、それを片付ける店員さんがやり取りをする姿が見られる。
「ちょっと懐かしいかも。長く入ってないからなぁ」
以前はアルバの宿に泊まるかたわら、食堂のホールや掃除や洗濯をしていたのだ。細工や冒険が忙しくなったし、宿の方でも孤児院の子たちを雇ったりしてほとんど入らなくなっちゃったけどね。そんな風に見ていると、目の前を通ろうとした店員さんがバランスを崩した。
「わっ!」
「危ない!」
とっさに風魔法を使って落ちそうだった食器を浮かせて、倒れそうな店員さんもふわりと浮かす。
「あ、ありがとうございます」
「いえ、お昼は大変ですから」
そういうと店員さんをゆっくり床に下ろして、食器はカウンターテーブルの上に置く。他の店員さんも疲れが見えたので、空きテーブルにあった食器は同じように浮かせて運んで行った。
「へぇ、お嬢ちゃんやるねぇ。冒険者かい?」
「はい。ちょっと前にこの町に来たんです」
「にしては、えらく食器を運ぶのが堂に入ってたな」
「えへへ、そうですか?前にいた街でもたまにやってたんですよ」
「アスカちゃん、お待たせ。あれ?何かあった」
「メイベルさん、この方がこけそうになった私を助けてくれて」
「ミレー、またいっぱい持ったんでしょう。注意しなさい」
「へへっ、今度は行けると思ったんですけど…」
「はぁ。ありがとう、アスカちゃん。これ、約束してた昼食ね」
「わぁ!おいしそう」
「リュート君がちょっと味付けを工夫してくれたの」
「美味しそうです」
「あなたはこっちね。全く、無茶して…」
用意されたデザートリザードのステーキは醤油ベースのステーキソースがかかっていた。
「コショウも効いてておいしい!肉はやわらかいんだね。どっちかというとサンドリザードの幼体を思い出すなぁ」
いい部分だからか程よい脂肪分でジューシーだし、リュートに頼んでもらってよかった。付け合わせの野菜もいつもよりおいしく感じるよ。
「どうだった?」
「美味しかった!あれ?リュート」
「ちょうど、厨房の仕事が終わったから来たんだ。隣いい?」
「うん。でも、美味しいけど醤油を使ってるから普段は出せなさそうだね」
「そうだね。ま、そのメニュー自体アスカ用だから構わないけどね。やっぱり、知られてないみたいだったし」
「流通し始めたのは最近だし、輸入品はこっちまで来ないんだね」
「バーバルの港町からアルバやレディトを経由して、王都を通過しないといけないからね。買えるとしてもかなり高くなると思うよ。王都から直通路のあるラスツィアならあるかもしれないけど」
「うう~ん、まだまだ難しいかぁ」
「それに、他の調味料とも毛色が違うし、研究する時間もいるからね。塩も多く入ってるみたいだし、この町で作るのは難しいかも」
「折角、海が近くにあるのにね」
ゲンガルは1日歩けば海につく。ただし、砂漠地帯を越えて行かなくてはならない。馬車が簡単に通れるわけもないし、魔物も強いので一向にそちら側の開拓は進まないのだ。お陰でレディトがにぎわっているのだけど、もったいない気もする。
「そうそう、夕食は3タイプ用意するつもりだから楽しみにしててね」
「そんなに張り切って大丈夫なの?」
「僕なら平気だよ。明日の食事時に宿がどういわれるかは知らないけどね」
悪戯っぽくリュートが笑う。アルバでもオークアーチャーの肉とか差し入れた翌日は微妙な顔をしてる人もいたからなぁ。まあ、あっちはメニューが豊富で2月は同じ料理が出ないから、不満は少なかったけどね。それから、部屋に戻って細工を再開して細工3つ分のブレスレットを作り上げた。今日と昨日で2つ分は直ぐに完成させてもう一つは明日以降にティタが魔石を加工してくれたら仕上げだ。
「でも意外だったな。ティタは石のままの方がいいんだね。私はどっちかというと形が出来上がってからの方が魔力を込めやすいから」
「いしのほうが、きょうみある」
そっか、ティタは主食が魔石とかだし細工物になっちゃうとあんまり興味が持てないのかもね。うんうんとうなづいているとドアが開いた。
「ふぅ、この規模の町にしちゃまあまあかね」
「ジャネットさん。街はどうでした?」
「どうでしたってあんたねぇ。折角、旅をしてるんだからもうちょっと街に出なよ」
「でも、細工もありますし…」
「それじゃ、アルバにいるのと変わらないだろ。明後日は付き合いなよ」
「は~い」
明日は再び依頼を受けに行くので次の休みは明後日だ。その日もリュートは宿で料理をするみたいだし、同じことをリュートにも言ってあげて欲しい。
「リュート?ああ、あいつはしっかりしてるし、見たいものがある時はほっといても自分で見に行くさ」
ううっ、ジャネットさんのリュートへの信頼と私への信頼の差がひどい。まあ、アルバにいた時もたまに食事だと呼びに来てくれたり、迷惑かけてたけどさ。
「大体、言葉にしていないのによくリュートのことだってわかりましたね」
「アスカの顔を見てりゃ簡単だよ。もうちょっと、顔に出ないようにした方がいいかもね」
そういうとジャネットさんは私のほほをむにむにと引っ張る。
「なにしゅるんれすか」
「しっかし、適当にものを食べてる割にハリの良い肌だなって」
「ま、まあ、適度に運動してますし」
「よく言うよ。週に一回だけだろ」
そんなことをしていると街に鐘の音が鳴り響く。
「おっ、そろそろ飯だね。混む前に行くとするか」
「分かりました」
2人で食堂に向かうとまだ時間になったばかりなので席は空席がほとんどだった。
「いらっしゃい。好きな席にどうぞ」
「なら、あの奥側に行くかね」
席に着くとすでにいい匂いがここまでやって来た。
「アスカはどれを食べるんだい?」
即席のメニューを見てジャネットさんが聞いて来た。
「やっぱり照り焼きですよ!鶏肉なら間違いないですし」
「このスパイサーってのにしないのか?」
「何ですかその料理?」
「リュートさんが作った料理ですよ。何でも、ショルバで買った珍しい調味料を合わせたものなんですって。アスカさんにはお世話になったし、ちょっとだけ味見します?」
「良いんですか!」
店員さんが持ってきた小皿を見て私は驚愕する。
「こ、これってカレーだよね?」
色はやや黄色っぽいけど、色といい香りといいどう見てもカレーだ。ただ、スパイスの配合が異なるようで匂いの方はやや嗅ぎなれなかったけど。
ぱくっ
「ふわっ!?」
口に入れるとたちまち広がるスパイスの香りと味。ややピリッとするものの辛すぎずいい感じだ。どっちかというと日本のって言うよりかはたまに出る本格カレー味のお菓子っぽい味だけど。ちょっと食べなれないけど、まさしくカレーを前にして私はおののいた。
「こ、これって照り焼きとは別ですよね」
「もちろんよ。こっちも材料費は貰ってるけど、結構高いみたいで一番量が少ないのはこれよ」
確かに醤油は量の割に高いけど1種類だもんね。こっちのスパイスは1瓶当たりは少ないけど何種類も入っているから高そうだ。
「ど、ど、ど、どうしましょう、ジャネットさん!」
「どうしようって言ってもね。2皿は食べられないんだから好きなもん食べなよ。あたしは珍しいみたいだしこいつで良いよ」
「それじゃあ、ジャネットさんはこっちのスパイサ―ね。アスカちゃんは?」
「どうしよう。照り焼きは久しぶりだけどまた食べられる。こっちはいつになるか…でも、食べなれないスパイスでお腹壊すのもなぁ」
「スパイサ―お待たせしました!」
その時、他のお客さんの注文した料理が届いたようだ。そっちに目を向けてみると横にサラダと小皿が置かれた。
「この小皿は?」
「ブルバードの肉を調味料で香ばしく焼いたものですよ。スパイサ―に付けて食べても、そのままでもおいしいですよ」
「わ、私もスパイサ―にする!」
「はい、かしこまりました。少々お待ちください」
運ばれてきたスパイサーもといカレーは美味しかった。ご飯はないけどパンを切ってそこにカレーを乗せて、その上に焼いたブルーバードの肉を乗せてサンドにするとたまらない味だ。
「ん~、美味しい!」
「ああ、アスカの食べ方を真似したけど、確かにね。ちょっと、汁っぽいからもう少し煮詰めたのだともっと良かったね」
「はいっ!」
「あれ?アスカ、照り焼きは?楽しみにしてたんじゃなかったの」
「うう~、リュートのバカァ!何で一緒の日に出すの」
「???」
ちなみにリュートが私が食べると思って作った、ちょっと手の込んだ照り焼きは、常連さんがおいしくいただいたとのことだった。
「くすん。いいもん、どうせまた食べられるし」
「やれやれ、これもいい旅の思い出かね」
「僕、何かしました?」
最後までよくわかっていないリュートだった。




