第二章 その六 目標
その六 目標
エリーとどれだけ話していたかはわからないが、さすがにもう戻らないと次の日にも影響が出るし、おそらく部屋の前でメイド長が仁王立ちで待っているはずだからと、エリーは城に戻っていった。その姿を見送ったあと、雷斗も部屋の中に戻りベッドに潜り込んだ。今日は久々に気持ちよく眠れそうな気がした。ベッドに潜り込んで瞬く間に雷斗は眠りに落ちた。
翌朝、朝日が昇る少し前に雷斗は目を覚ました。驚くほど気持ちよく目が覚め、雷斗はなぜか体を動かしたくなった。着替えをどうするかは戻ってから考えることにして、玄関に向かうため雷斗はとりあえず部屋から廊下に出た。雷斗が玄関に着くと、靴を履いているガイルがいた。雷斗に気付いたガイルは話しかけてきた。
「どうした、兄上」
雷斗はガイルの兄上と言う言葉に少し驚いてしまった。思い返してみれば、会った日からこの日まで二人きりで話したことがなかった。それに兄上と言われるのは新鮮な感覚を覚えた。このはからは、あんたとかオイとかしか呼ばれたことはなく、その下の双子の弟と妹からは雷ちゃんと呼ばれていたので、兄的に呼ばれたことはなかった。そんなことを少し考えていたが、我に返って雷斗はガイルの質問に答えた。
「気持ちよく目覚めたからなのか、なんだか体動かしたくなっちゃってな。ちょっと外を走ろうと思ったんだ」
それを聞いたガイルは雷斗の服装を見て、見たままに指摘した。
「その格好で走るのか? 寝間着では走れなくはないが、もう少し格好を考えたらどうだ?」
指摘された雷斗は恥ずかしそうに頬をかきながら言った。
「それも考えなくはなかったけど、着替えがどこにあるか知らなくてな。戻ってきてからその辺りのことは考えようかと……」
雷斗がそう言うと、ガイルはあきれたように少し頭を抱えた。あきれた様子のまま、ガイルは靴を履き替えて、何処かへ向かいながら雷斗に言った。
「そのままの格好ではジーたちが困る。僕の服を貸そう。体格は同じくらいだからちょうどいいと思う。さあ、ついてきてくれ」
雷斗はわかったと返事をしてガイルの背を追った。言っていた通り、服はちょうどいいサイズだった。それを着たあと、雷斗とガイルは外に出て走り始めた。
朝食の時間までに走り終えた雷斗たちは、浴場で汗を流したあと着替えてから朝食に向かった。朝食を終えた雷斗は、あまり休むことなく部屋を出て行った。このはは、しばらくしてから雷斗の姿を探したが、どこにいるのか見当がつかなかった。昼食の時間には来ていたので、このはは昼食後にそそくさと出て行く雷斗のあとをつけた。しばらく、歩き回ったあと雷斗は一つの部屋に入った。少し待っていたが雷斗が出てくる様子がないので、出来るだけ雷斗に気付かれないように、このははその部屋の中に入った。中はどうやら書庫のようだ。高いところにまでたくさんの本が整理され、並べられていた。眺めながら雷斗の姿を探していたこのはだが、雷斗の後ろ姿をみつけたとき、雷斗は振り向くことなく何かをしながらこのはに話しかけた。
「どうしたんだ? 俺のあとをつけてまで何か探ろうとしてたのか?」
気付かれていたことに恥ずかしさを感じながらも、それを隠すように恐る恐るこのはは疑問に思っていたことを聞いた。
「この部屋で何してたのかなあと思って……」
雷斗は振り返ることもなく、あきれたように答えた。
「見ればわかると思うけど、勉強だよ、勉強」
そう言われて回り込んでみると、机には紙とペン、本が置かれていた。それを見てこのはは隣に座りながら聞いた。
「もしかしてこれからどうするか決めたから、勉強してたの?」
このはの質問に対して、本に目を通し紙に何かを書きながら、雷斗は答えた。
「そうだよ。勉強はそのためにも必要だけど、それ以外にもここで暮らしていくんだから、暮らす場所のことは勉強しといた方がいいだろ。同じ国の中で住む場所をかえたわけじゃなくて、環境も仕組みも全然違う場所で住むわけだから、そこのことを勉強しておくのが普通じゃないか?」
雷斗がそう言うと、このはは安心した様子で机にのびをした。
「そっかあ。それはよかったよかった。じゃあさ、何をするの?」
その質問に対して、勉強の手を止め、休憩に入りがてら雷斗は答えた。
「騎士だよ。守りたい人を守るために働く、俺の目指しているものに一番近かったから騎士を選んだ。それにかっこいいじゃん、騎士って」
その言葉に少し驚きつつも、昔のことを思い出しながらこのはは言った。
「そっか、騎士か。そう言えば好きだったよね、ヒーロー物のアニメとか特撮とか。でも、騎士ってなるの大変じゃないの?」
何気なくペンをいじりながら、雷斗は答えた。
「なる方法はいろいろあるみたいだけど、騎士学校って言うところで勉強してからってのが一番多いみたいだ。まあ、勉強と鍛錬を頑張れば、俺なら出来ると思う。でも、一番の問題は入学試験を受けるを受けられる稼働勝手とことだったんだけどな。そこはガイルがなんとかしてくれるって言ってたな。でも、騎士になりたいって言ったら、『騎士の先輩として、僕が一人前と認めるまで兄上のことは、貴様と呼び厳しく接することにする』って言われたよ。話を戻すけど、その学校に入る方法は2種類あって、一つは元々騎士の家系で騎士学校の小等部みたいなところから持ち上がりで入る方法。もう一つが、騎士以外の家系の者が、成人の年に一度だけ受けることが出来る試験を受けて入る方法。この世界で成人は十五歳らしいんだ。でも、俺は十七歳だからその年も過ぎている。ここで出てくるのが神現しというものなんだ。神現しとしてこちらの世界に戻ってきた者は、特別にその帰ってきた年の試験を受けることが出来る。まあ、俺も試験を受けられるわけだが、もう一つの問題が出てきた。今年の入学試験はあと一回で、それが十日後なんだ。だから、この短い間で完璧に仕上げてのぞまないといけない。だから今、必死に勉強してたんだ。それと朝食のあとにジーに頼んで剣の鍛錬につきあってもらってたんだ。実技試験もあるからな。これから十日間、午前は鍛錬、午後は勉強って感じだな。そろそろセリアが勉強見に来てくれるはずなんだけど…… 遅いな」
そう言いながら、雷斗は扉の方を見た。このはは、それを見ながら真剣に考えながら口を開いた。
「ふーん…… あたしもまじめに考えなくちゃね…… あっ、そうだ! 今日からあたしも一緒に勉強していい?」
雷斗は振り返りながら答えた。
「いいけど、どうした? 急にやる気じゃん」
このはは笑みを見せながら雷斗に言った。
「あんたがやる気だからね、あたしも頑張らなきゃって気になっただけだよ。それにいつまでも、このペンダントに頼り切りも嫌だし。これがなくても、こっちの言葉がわかるようになりたいしさ。邪魔じゃなければ勉強見てくれる?」
その言葉に雷斗は笑いながら言った。
「もちろん、いいよ。教えるのは、一人で勉強するより記憶しやすくなるからね。これから、頑張ろうぜ!」
ちょうどそのとき、部屋のドアが開き、セリアとなぜかメイが部屋に入ってきた。どうやら、ジークがあとの仕事をすべて引き受けて、メイも一緒に来させたらしい。それから四人になったところで勉強を再開した。
それから十日、午前はジークと鍛練し、午後はこのはやメイ達と勉強していた。この期間中に一、二回くらいガイルが鍛錬を見てくれた。ジーク以上に厳しかったが、確実に身になっていると雷斗は感じた。勉強のときは二回に一回のペースでエリーが来ていた。最初の方は雷斗がエリーに質問していたが、途中からはエリーが雷斗に質問していた。勉強のときはこのはも一緒にしていたが、こちらも質問の回数が減っていった。
いよいよ、試験の日がやってきた。試験の日数は二日間で、一日目が筆記試験、二日目が実技試験である。このはは明らかに心配して動揺していたが、口では強がっていた。ガイルはほとんどそういった仕草を見せることはなかったが、わずかに肩が震えているように見えた。試験会場に向かう前に少し気合いを入れるため、思い切り頬をたたいた。一日目の筆記試験は特につまずくことなくこなした。雷斗は、自身でも驚くほど冷静に集中して取り組めた。おそらく合格点に達しているだろう。
二日目、会場に着いた雷斗は、驚きの光景を目にした。昨日の筆記試験で合格点をとれていた者の名前が張り出されていた。いったいいつの間に何人動員して丸付けしたのか気になったが、その疑問は胸の内にしまって実技試験の行われる広い部屋に雷斗は向かった。そこで自分の番になるまで、雷斗は控室で他の受験生の試験を見ていた。時折動きのいい者はいたが、特に動きの見えない者はいなかった。ようやく自分の順番になって、最後だった雷斗は待っていましたばかりに剣を取り、意気揚々と試験の闘技用フィールドに降り立った。すると、先ほどまで受験生の相手をしていた試験官が、少し待っていろと言って裏に戻っていった。よくわからないが試験官が変わるようだ。そうして雷斗の相手をする試験官がやってきた。その姿を見て、また雷斗は驚いた。そこに立っていたのは、ガイルだったのだ。思い返せば、朝食のあと雷斗より早くガイルが出かけていった。それはこのためだったのかと雷斗は思った。雷斗はあえてガイルに聞いた。
「どうしてここにいるんでしょうか? 騎士団団長様?」
まじめな表情を崩さず、ガイルは答えた。
「今の私は特別試験官ガイルだ。騎士団団長と言う立場の者ではない。そして、この場にいる理由だが、どうやら今回の試験には神現しの者がいるようだ。特別にその辺りも考慮して判断しなければならない。その辺りのことも考慮して私が特別に試験官となることになった」
その答えを聞いて、雷斗はあきれながらも覚悟を決めた。
「……はあ、なるほど…… そうですか。相手があなたならば、楽勝とはいきませんね」
その言葉に雷斗を見据えながら、ガイルは剣を構えた。
「その通りだ。一筋縄ではいかないな。全力で来い!」
雷斗も剣を構えながらガイルを見据えた。
「……そんなの当たり前だろう…… いくぞ!」
そう言い放つと同時に雷斗はガイルに斬り掛かった。最初の一撃、ガイルは受け止めた。しかし、その勢いに押され少し後ろに下がった。その隙に雷斗は、畳み掛けるようにあらゆる方向から斬撃を叩き込んだ。しかし、ガイルは涼しげにそのすべてを受け止め、受け流した。それから何度も雷斗が斬撃を放つが、ガイルはそのことごとくをいなした。どれくらいの時間が経ったのか、ガイルがここまでかとつぶやいた。それまで一切攻撃してこなかったガイルが斬撃を放った。その斬撃は、雷斗の構えていた剣に鋭く入った。警戒していなかったわけではなかったが、雷斗はその動きをとらえられなかった。剣は、雷斗の手からはじき飛ばされ、雷斗の遥か後ろの地面に刺さった。雷斗は思わずその場にへたり込んだ。ガイルは、へたり込んだ雷斗を見下ろして言った。
「まだまだ打ち込みが甘い。一撃一撃にムラがある。それに何よりも技がなじんでいない。これに関しては熟練が足りないのだろう。結果はこの場で言う」
その言葉に雷斗は覚悟を決めた。少し間を空けてガイルが口を開いた。
「……合格だ」
その言葉に雷斗は思わず顔を上げた。ガイルは雷斗の顔を見据えて続けた。
「貴様に今足りないのは、熟練度だ。そのままの状態ではとてもじゃないが騎士として迎え入れることは出来ない。だが、知識も技術も学校と言う場で練度を上げるといい。これはそのための合格だ。悔しければ、さっさと卒業して騎士団に入ることだ」
そこまで言うとガイルは颯爽とその場をあとにした。雷斗は悔しさと同時にうれしさを感じていた。当然ガイルに負けたことは悔しい。だがそれ以上に久しぶりに悔しさを感じたことにうれしさを覚えた。それと、今ここから夢への一歩を踏み出せたことに。