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あるいはプロローグ

「うぬぬ……」


 真っ白なシーツの波の上で、ルリーナは上体を起こした。

 春。カーテンに遮られて、窓から柔らかく差し込む日の光は穏やかだけれど、まだ少し朝は、素肌には染みる寒さ。

 ともに寝ていたはずのエセルフリーダはどうやら先に起きて、寝床から出て行ってしまったよう。

 昨晩の事を思い出して、少々頬を染めつつ、まだ彼女の体温が残っているような気がする掛け布団を抱き寄せた。


「ルルっちー……ってやっぱりこっちに居たぁ」

「おはようございますー」


 咄嗟に鼻まで布団で布団で隠しながら、扉から顔を覗かせたニナにあいさつを返す。

 ニナの後ろにはまだ年若い使用人の娘がいる。元、少年団の一人だ。ルリーナに負けず劣らず顔を赤くしているのは、まぁ、知っているからだろう。

 今や、エセルフリーダは領地を広げ、リュング城に雇用されている人数も大きく増えている。ニナとナナは使用人頭として、城の諸事を任される身だ。


「起きて、服は持ってきた」


 ナナがさっさと済ませ、と着替えを手伝ってくるのに身を任せれば、あっという間に騎士ルリーナ平日エディションの完成だ。

 ついでに、持ってきてくれた盆で顔を洗う。軽く、映りの良くない鏡で顔を確かめれば、寝ぐせがあったので手櫛で直す。


「エセルフリーダ様はどうなされたのですか?」


 足を靴につっこみながらルリーナが尋ねると、ニナとナナは少々首を傾げた。


「王城から何かぁ」

「手紙、来たみたい」


 王城からの手紙。か、とルリーナも首を傾げる。何かしら重大な用事でもあっただろうか。

 朝早くから届いた、ということは夜を徹して飛ばしてきたのかもしれない。

 よっ、と勢いをつけて寝台から立ち上がる。


「それでは、朝食に行きましょうか」

「はーい」


 ニナとナナを引き連れて部屋を出る。エセルフリーダに付いてなくてよいのか、とも思うが、彼女はあまり身の回りの世話をされるのを好む方ではない。

 ついでに、自分の部屋の前に行けば、長剣を抱えてバリーが待っていた。


「おはよう、姉ちゃん」

「とう!」


 手刀をその硬い髪の頭に軽く落とす。存外良い音を立てて突き刺さった。


「いてーな!」

「挨拶が違うでしょう」


 そう注意すれば、むっとした顔を一度しながらも、正直に言い直した。


「おはよう、ございます、ルリーナ卿」

「それでよし」


 少年団を率いていたバリーは、自分も騎士になるんだ! と息まいて、遂にはルリーナの従士という立場に収まっていた。

 年齢としても少年団では最も歳を重ねているので、槍持ちや従士としては問題あるまい。

 暇のできたときには剣や馬術を教えていた。スリーピーとスケアリーは暇な間子供たちの遊び相手になっている。

 運動をさせないとストレスも貯まるし、体重も増えるし。


「なあなあ、今日はいつから剣の練習つけてくれんだ?」

「まー、午後空いてたらつけてあげますよ」


 よっしゃ、とバリーは言うと、駆けだしていく。少年団の子供たちの世話に行くのだろう。

 このあたりまだまだ子供っぽいなぁ、とルリーナは思うのだが、人の事はあまり言えたものではないと気づいているのか。

 喧嘩剣を提げる身分ではないので、バリーから受け取っていた長剣を剣帯にかける。騎士とは馬に乗るもので、馬上では喧嘩剣では長さがたりないのだ。


「今日もやってますねー」


 廊下を歩いていれば、中庭から兵の叫び声が聞こえてくる。カメとチョーが先導して、兵らに訓練をつけているのだろう。

 リュング城を防衛するための戦力として、半常備的に領民から兵を募っている。もちろん、村民からの交代制ではあるのだが、ルリーナはかつて所属していた傭兵隊に習って恒久的に兵として雇用する者も受け入れていた。

 要は、ルリーナの傭兵隊を拡大しているようなものだ。名目上も傭兵隊ということになっている。実際はルリーナの私兵だが。


「おはよう、ルリーナ殿」

「隊長、お疲れさんス」


 正面から書類を抱えてやってきたのはヨアンとショーだ。ショーは文字書き計算、取引き全般ができるということで、今は書類仕事全般に駆り出されている。

 人数も増えて仕事は増えたが作業をする人数も増えたので、ヨアンも最近は落ち着いて書類仕事に没頭――しようとしてはルリーナやエセルフリーダに訓練に連れ出されている。

 彼も騎士なのだ。戦場でも頑張って貰わないと困る。何より、エレインの騎士として恥ずかしくないようにして貰わなくては。


「あら、ルルさん。おはようございます」

「リーナさんは本日も一段とお綺麗で」


 噂をすれば、というものか。エレインが顔を出した。相変わらず口がうまいのだから、とたおやかに笑っている。

 ヨアンと甘い視線を絡ませている気がして、軽く睨んでしまうのは仕方あるまい。


「ああ、そうだ、ヨアン卿、あとで訓練付き合ってくれます? うちの従士に見せたくて」

「お断り……したいところなのだが無理だろうなぁ」


 最早、ぼやくように言ったヨアンに、エレインが笑みを深めて耳打ちをする。何を言ったものか。


「まぁ、微力を尽くさせてもらうよ」

「ヨアンの旦那、そろそろ行かねぇと」

「おっと、そうだった。失礼」


 朝から処理しなければいけない書類があるのか、ヨアンらは執務室へと歩み去っていく。


「そういえば、お姉さまがルルさんを待っているのじゃないかしら」

「あら、そのような話は伺っていませんでしたが」


 ニナとナナからは。後ろを見てもどうだろう、と首を傾げられる。


「そこまで急ぐようなことではないから」


 お姉さまは食堂で待ってるわよ、というエレインと別れて、ルリーナらは食堂へと向かう。


「あ、隊長、いま朝食ですか」

「ええ。すみませんねー、寝坊しちゃって」

「それじゃあ、今から温めますね」

「私がやっとく?」


 前掛けで手を拭いつつ、リョーが厨房から声をかける。さらにその後ろから声をかけたのは、少年団の一員だった少女の一人だ。

 二人はすっかりリュング城の調理人として納まっている。いやはや、部下が適材適所、納まるべきところに納まって、傭兵隊長の冥利に尽きるというものだ。

 ニナとナナが食堂の扉を開き導くのに従って、食堂に入る。


「おはようございます! お姉さま!」

「ああ。おはよう」


 すっかり、エセルフリーダはお姉さまと呼んでも反応しなくなった。エレインからも言われ慣れているし。とのことだった。

 ニナの引く椅子に座ると、ナナが厨房から白樺の皮でいれた茶を持ってくる。これが意外と落ち着く味なのだ。


「お食事、お持ちしました」

「ありがとうー、そんなに畏まらなくていいのですけれど」 

「でも、そうすると、誰にどうすれば良いのか分からなくなっちゃうよ」


 朝食を持ってきた元少年団の少女に言うと、困ったように笑われた。

 まぁ、それもそうか。流石にエセルフリーダにそんな対応をしたら……あれ? 気にしないような気がする。


「本日はローイスから届いたアスパラガスを使っています」

「あらら、わざわざ送ってきてくれたのですねー」


 冬に入る前に、とルリーナが領地であるローイスを見に行ったところ、戦乱に巻き込まれて諸々を徴用されたらしく、冬越しの食料もない有様だった。

 なので、秋のうちに物資を送っていたのだが、春になったと思ったら、村長から何枚と及ぶ感謝状が届いていた。それどころかこうして食材まで送ってくれるとは。

 白いアスパラガスを茹でてバターをかけたものに、ルリーナが以前好きだ、と言った魚をとじたオムレツ。今日の食事は随分と豪華なようだ。

 丁寧に頭を下げて退出する少女を見送って、アスパラガスを口に運べば、唸るほどに豊かな大地の香りを感じる。うむ。春だ。


「お姉さま、お手紙には何が書かれていたのですか?」

「うーむ、食事を終えてからにしようか」


 エセルフリーダは今まで開いていた手紙を閉じて置き、ルリーナの食事風景を眺め始める。ちょっと恥ずかしい。

 エセルフリーダはたまにこうしてルリーナが食事をする姿を眺めていることがある。何が楽しいのだろうと聞けば、実に美味しそうに食べる姿が、と言われて何ともいえない気分になったものだ。

 ルリーナは早く食べてしまおうと食事を口に運ぶ。寝起きなのでパンは置いておく。


「うーん、満足」


 ニナとナナの給仕を受けつつ食事を終えて口元を拭う。エセルフリーダも実に楽しそうだった。ちょっと意地悪な笑みを浮かべているのに頬を膨らませてみせる。と、頬に何かついていたらしい。指で拭われる。うぬぬ。


「御馳走さまですぅ」

「……お熱い」


 ニナとナナが若干、呆れた目を投げかけつつ皿を片付けていく。この辺りの仕事は譲れないらしく、常に双子がしていた。

 他とは違って相変わらず砲兵隊長もやっているけれど、それでも随分と仕事は減ったらしい。


「で、食事中に話せないような事というと……」

「ああ。国王陛下が崩御された」


 あっさりとエセルフリーダが言ってのける。そうか、王が……と、うっかりルリーナも流してしまいそうになるが、いや、随分と重大な話ではないか。


「へ!? いや、そんな大事な事」

「食事中に話してはそれ所ではないだろう?」

「いや、そうですけれど……」


 ニナとナナ、というよりエレイン以外は知らなかったのではないか。いや、ヨアンらの持ってた分厚い書類はそういうことか。


「しかし、遂に、ですか」

「冬は越えた、と思っていたのだがな……」


 はぁ、と主従揃って溜息をつく。


「一応、伺っておきたいのですが」

「……ああ、王女殿下がこのまま実権を握るだろうな」

「竪琴王国は」

「暫く戦争はないものと思う。停戦協定はまだ有効だ」


 王女が、女王になるのか。実に厄介な話の流れとなった。もう少し、のんびりと過ごせるものかと思ったのだが。

 竪琴王国とは暗黙の了解も多く、国家元首の崩御に関しては、互いにそれにはつけこまない、というのも一つだった。

 竜王国などを相手にするときには手を組むこともあるし、逆の立場になったときの問題もあるし。ついでに言えば内輪揉めで疲弊してくれればいい。


「王女殿下から直々に呼び出しがかかっている」 

「王女殿下の騎士ですからねぇ」


 竪琴王国も手を出してこないとなると、国内にも十分に余裕があるだろう。そうなると王女派と王子派の中で事態が混乱することが、目に浮かぶようだった。


「真珠の港へ王権を授受に向かうことになるのだが……」

「そういえば、リーナさんも以前、真珠の港から王都に向かわれていましたよね」


 あくまでも、獅子王国の王も貴族も、真珠の港に座する帝国の皇帝から統治する権利を与えられているものらしい。ルリーナからしても遠い上司、ということになる。


「ああ、あれは私の代理で認可を貰いに行っていたのだ」

「今回はそういう訳にも」

「いかないだろうなぁ」


 あの時は、貴族への任命をさせまいと、前リュング卿が刺客を放っていたらしい。

 今回の話に戻れば、王族が代理を立てて、という訳にはいくまい。


「となると、私たちの仕事は」

「王女殿下の護衛、が、第一段階」

「最悪は……」


 二人して黙る。あまり考えたくはない可能性だ。

 最悪のパターン。それは内戦である。


「……ありえなくはないな」

「ええ」


 ウェスタンブリア統一、という野心を持った王女を快く思っていない者も少なくない。

 正統性、という形で言えば、本来は王子を王と戴くべきだ、とすれば、反旗を翻す名目は立ってしまうものである。


「出立はいつ頃に?」

「三日以内、というところか」


 随分と急な話である。


「部隊は」

「後から追わせる形になるかな」


 王の従士隊は王女につくはずで、王女自身も馬車で移動をするはず。

 となれば護衛は騎士で固めることになるだろう。


「歩兵隊はヨアンに任せて、ルリーナの隊を借りることになるかと思うが」

「借りるも何も、私の軍はもうお姉さまの軍ですよ」


 そうか、とエセルフリーダは笑う。


「また、力を借りる」

「ええ、例え断られても、どこまでもついていきます」


 ルリーナもまた、にっ、と笑って見せた。

ウェスタンブリア傭兵伝記~成りあがって結婚したい!(百合) 終了

最後までお読みいただき、ありがとうございました。

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