第四話-5
本気も思い出すと不安になる。
制服を突き破って現れた黒い翼、苦しげな表情ではあったが淫子の目は本来青かったのだが、こちらを見た淫子の目は金色の爬虫類を思わせるものだった。身悶えしたせいか、綺麗に整えたピンクの髪も振り乱していたせいで、愛らしい後輩の淫子の面影は無く魔物のソレであった。
「すまぬ。あの悪魔祓いにその様な事が出来るなど、思ってもいなかった。我の油断のせいで、ヌシ等を危険に晒してしまった」
車に乗ってから、デメキンがそうやって話してくる。
「バハムートだけのせいじゃないさ。ところで、淫子ちゃんに触れただけで、明日唐君はそこまで憔悴した、と?」
「私が見た限りでは、インコちゃんが本気くんの体力を吸収しようとして何かした様には見えませんでしたから。本気くんが逃げようとするインコちゃんを捕まえようとして、その時メッサーさんも慌ててましたから」
「どう言う事だろう。淫子ちゃんにドレイン能力それ自体は無いはずだったけど」
「でも、実際本気くんはこうですよ?それに翼も生えてきたんですから」
「翼とな?それでは淫魔である」
矢追ではなく、助手席で神楽に抱えられているデメキンが言う。
「そうみたいだね。そこまできたら、もう淫子ちゃんと言うよりサキュバスだな」
「どう言う事よ、眼鏡」
「さっきまで敬語だったのに、急にタメ口になるんだね、鴨音君」
「いいから、どういう事か説明しろ、眼鏡」
「今度は命令口調ですか。もう車から降りたらどうですか、鴨音さん」
と矢追が敬語で言う。
「言葉遊びはいいから、インコちゃんとサキュバスの違いがあるの?」
「まったく違うと言っていいよ。『色欲淫子』は僕が召喚した、召喚獣の中でも希少な、言うならオーダーメイドの矢追カスタムに対して、暴走したサキュバスは猛獣と同じだよ。サーカスの猛獣と同じだね。人の味を知った猛獣は使い道がなくなる」
「あんた、マジで言ってるの」
「マジなわけないだろう!」
矢追が珍しく口調を荒げる。
矢追は矢追なりに平常を装っていたのだ。
「なんで、こんな形で淫子ちゃんを失わなくちゃいけないんだ!畜生、ふざけんなよ!」
「せ、先生、どうしたんですか?」
助手席に乗っていた神楽が驚いて言う。
「どうもこうも無いよ。僕が苦労して召喚した淫子ちゃんは、誰にも迷惑を掛けていないはずなのに、なんでこんな目に合わせられるんだ!」
「先生、秘密の組織は先生を天才だと恐れているそうですよ」
車の中でも苦しげに深呼吸していた本気が搾り出すような声で言うと、矢追は少し落ち着くために深呼吸する。
「僕が天才?」
「何でも発想や着眼点が、通常とは異なるとか。通常と同じ考え方では諦めるしか無い状況でも、まったく違う観点から見たらどうでしょう。助けられるかもしれません。それにこちらには上位の存在らしいデメキンもいるんですから」
「うむ。我の油断からこの様な事態を招いたところもある。出来る協力は惜しまない」
本気がそう言うと、デメキンも心強い言葉で答える。
これで見た目が良ければなお心強いのだが、今はそれより考える事があった。
まず、何が原因で暴走状態になったか。
どう考えてもあの腕輪である。まずはあの腕輪をどうにかしなければならないが、鍵の様な物が無ければ外す事も出来ない。だが、頑丈なモノの様にも見えなかったので壊す事は出来るだろう。腕輪を付けられた直後に暴走し始めた淫子だが、一時的にとはいえ正気を保った瞬間があった。
そう、本気が腕を掴んだ時、ドレイン効果を受けた時である。
「あの腕輪が、何かインコちゃんに悪影響を与えているのは間違いないんです。一時的にでもインコちゃんに正気を保ってもらって、その間に腕輪を破壊出来れば、先生の方法で蓄えていたはずのエネルギーを移す事でインコちゃんを助けられませんか?」
「難しいだろうけど、難しいだけで不可能では無さそうだね。淫子ちゃんの正気を保たせる方法だけど、それが問題だね」
「俺がドレイン効果を受けた時、インコちゃんは僅かですけど正気に戻ったし、声だって出す事が出来ましたから、それをもう一回」
「それはダメ!」
強い口調で反対したのはかすみである。
「本気くん、一分くらいでこんなになっちゃってるのよ?もう一回なんてやったら、本当に命に関わるわよ?」
「じゃ、複数で挑んだら?」
神楽が助手席から言うが、矢追が首を振る。
「それも危険過ぎる。メッサー氏は明日唐君がかなり強い抵抗力を持っていたから耐えれたというだけで、他だったらほんの僅かな接触ですら命に関わると言っていたからね。僕と鴨音君と竹取君で挑んだとして、全員から均等に吸収されるとは限らない」
「うむ。我もそれは危険に過ぎると考える。まして我が主は体調が万全では無い」
「今にも死にそうなマジくんよりはマシだけど、そう言う事ならしょうがないか」
「そのメッサーさんは素手で触れるとダメだって言ってたから、手袋とかしたらどう?学校なら軍手ぐらいあるし、科学室に行けばゴム手袋もあるでしょう?」
かすみが提案するが、さすがにそこはそれで行こう、とは言えない。
「その辺はメッサーさんに確認しましょう。ここからは先生の役割は大きいですね」
「まあ、元を正せば僕が淫子ちゃんを召喚した事が全ての始まりだし、僕は淫子ちゃんの保護者だからね。頑張りもするよ」
「俺達も、大事な後輩ですからね。頑張る理由はありますよ」
「かわいいからね」
かすみが付け足す。
「ただ、淫子ちゃんは人畜無害の可愛い子だけど、サキュバスは危険だからね。探す事も難しいかもしれない」
矢追は眉を寄せて言う。
「学校に着いた」
出来る事は限られているかもしれない。そもそも万全には程遠いので、限られているどころかほぼ無いのかもしれない。
それでもこれは本気にとって、破った約束を取り戻せるチャンスでもあった。
次が最終話の第五話になります。




