第五話-1
第五話 インコちゃんを救え
「本気くん、休んでた方が良いでしょ?」
「そうも言ってられないでしょう」
本気は倒れている教員を見て呟く。
呼吸は浅く、顔色も悪いが息はある。おそらくドレイン効果によって意識を失っているのだろう。
「ほ、ほら、悪魔なんてこんなにも実害を振りまくんだからね!」
「誰のせいだと思ってんのよ」
最後尾を歩くアリアを、かすみが睨みつける。
本気もアリアの方に目を向けるが、アリアはビクッと体を震わせ、同行者の中でもっとも接点の少ない風船に擬態しているデメキンを持つ神楽の後ろに隠れている。
神楽も迷惑そうではあるが、ここで問題にするほど優先順位は高くない事は分かっているらしい。
外ではメッサーと矢追がそれぞれに行動を起こしている。
車の中での話をメッサーにしたところ、やはりサキュバスのドレイン効果で正気を保たせるというのは危険極まりないと、強く反対された。その一方で、素手でさえなければ捕まえられると言い、早速本気達は軍手を入手している。
ゴム手袋でも良かったが、丈夫さと入手の容易さから軍手で良しとしていた。
学校への不法侵入はさすがに注意を払ったが、北高のセキュリティーは私立の最新式と比べると無いに等しく、防犯カメラを付けるかどうかを今話し合っているレベルである。それだけ問題の無いのが北高という事なのだが、今回はおそらく想定外の事だろう。念のため矢追に一緒に来てもらおうかとも思ったのだが、矢追からはこっそり作ったらしい校舎の鍵と屋上の鍵だけ受け取っている。
だが、面倒が無いので今回は有難い。
倒れていた教員を廊下に倒れたままにしておくのは後後面倒そうなので、職員室に運んで椅子に座らせて机に突っ伏しておく。
強引ではあるが、居眠りしていたとでも思ってもらう事にして、目指す場所は屋上である。
部室の可能性も考えて移動してみたが、その様子は無かった。
「でも、どうやってドレインでさっきの先生を気絶させたんだろう」
神楽はポツリと呟く。
「そりゃ、触ってでしょ?」
「先輩、それはわかってます。でも、話で聞く分にはドレイン効果は接触でこそ出せるんでしょ?」
「サキュバスがうろついている可能性、か。考えるべきだろうね。竹取さん、冴えてるね」
本気が言うと、神楽は笑う。
「私って、結構ホラー好きだからね。襲われやすい状況ってあるから」
神楽の案で、適当に歩いていた本気達は、前衛がかすみと本気、後衛を神楽とアリアと言う形で歩く。
一応、武器も手に入れている。
と言ってもモップやデッキブラシ、長柄の庭箒といったものだが、ゲームの様に机の引き出しにベレッタが入っていたり、ロッカーに真剣が入っている様な事は期待できないのでこれ以上は望めない。
それにモップやデッキブラシというものは意外としっかりと作られているので、実際には材質にもよるが、武器として考えるなら竹刀などより強力な武器であり木刀よりリーチも長い。仮にこの場に真剣があったとしても、真剣は重く、武器として使う事を考えるならよほど扱いなれていない限り真剣よりモップの方が強いのが実際のところである。
「悪魔祓い、あんたくらいしか情報源が無いから聞くけど、悪魔ってやっぱり手から炎とか出したり出来るものなの?」
かすみが敵意を含んだ声で、アリアに尋ねる。
「そんなのも居るって事はきいてるんだけど、そんな態度だと答えてあげないんだからね」
「なんだと?まだ痛い目にあい足りないみたいね」
かすみが拳を振り上げると、アリアはすかさず神楽の後ろに隠れる。
「隠れるくらいなら、最初から強がらないでよね。私も別にあんたの味方じゃないんだし。どっちかと言えば、私もあんたを殴ってやりたい側なんだから」
神楽が迷惑そうに言う。
「さすがに悪魔の仲間達、野蛮極まるんだからね」
「先輩、私に殴らせて下さい」
神楽の後ろから言うアリアに、神楽が言う。
「ボッコボコにしてやっていいわよ」
「ダメですって。実際に悪魔と戦う事になったら、一番の戦力はその子なんだから」
正直に言うとデメキンが戦力になるかどうかが、まだわからない。悪魔祓いとしてメッサーが同行しているのなら、戦力として期待できるのだが、アリアでは足を引っ張る事があっても有効戦力にはならないだろう。それでも悪魔という存在の知識は、デメキン以外のUMA研究部の三人より持っているはずである。
理想で言えば淫子から変貌したサキュバスとの戦闘になる前に捕まえる事である。アリアに期待しては、また暴走して事態が悪化しかねない。
「上だ!」
忍び寄ってくるモノに最初に気付いたのは、擬態していたはずのデメキンだった。
天井に張り付いている『何か』が近付いてくるのが見えたのだ。
神楽は振り返り、かすみも神楽の方に行く。
「インコちゃん?」
かすみが声をかけたが、ソレは答えずにカサカサと天井を動いて近付いてくる。
動きはゴキブリを思わせるが、大きさは人間である。
すっかり日も暮れ、電気もつけていないので正体が何かを見極められなかった。
「金髪、あんた懐中電灯渡してたでしょ?」
「お願いしますは?」
「わかった。まず、あんたからぶちのめす」
かすみがモップをアリアに向ける。
「先輩、インコちゃんじゃなさそうですよ」
神楽がデッキブラシを構えると、天井から黒い何かが降りてきた。
どれほどグロテスクな魔物が現れたのかと身構えたが、現れたのは黒い全身タイツとでも言う様な姿の、異様に手の長い何かだった。
人ではない。見たところ、天井に張り付いていたれる何かもない。だが、コレは天井から忍び寄ってきた。
「ソイツはボコッていいですよ」
「UMAよね。生け捕りにできたら有名人になれそうだけど」
かすみは暗い廊下にいる、異形の何かにモップを向ける。
「先輩、なぎなたとかやってたんですか?」
「やってないよ。中学の時には剣道をやってたけど、こんなもんは度胸の問題でしょ?」
かすみは頼りになり過ぎる言葉で言う。
「竹取さん、その金髪からライトを奪い取って。本気くんは屋上を目指して」
「俺達の方、ライト無しですか?」
「携帯を上手く使ってね」
「了解。俺一人で十分なんで、三人でそこをお願いします」
「私と竹取さんでどうにかするわよ、金魚だっているし。本気くんは金髪の面倒もお願い。ジャマなら捨てて行っても良いから」
かすみは黒い異形の方を見たまま、そう言う。
「了解。マジくん、インコちゃんの事をお願いね」
神楽はアリアが隠し持っていたはずの懐中電灯を奪い取ると、黒い異形を照らす。
お前もスリの素質を持ってたか。
そう思ったが、事は一刻を争う事態なのでここでの口論は避け、屋上へと急ぐ。
同行者が一人いるようだが、とりあえずそれは気にしないでおく。情報量は同行者が多いはずだったが、ソレは先程の悪魔の情報や懐中電灯の件で役に立つか立たないかは予想出来る。
しかし、夜の学校と言うのはかなり不気味である。
おそらく怪談の存在しない学校など存在しないだろうが、夜の学校の中をごくわずかな光量で歩くとその理由も分かるだろう。しかも今は正真正銘の異形がうろついているのだから、その恐怖は尋常じゃない。
せめて体力が万全か、隼人クラスの同行者がいればまだマシだが。
「ふ、ふん。怖いだろうから、ついて行ってあげるんだからね。でも、貴方の狼藉は許されないんだから、勘違いしちゃダメなんだからね!」
と、わめいているくせにアリアは本気の制服をつまんで離そうとしない。もちろん、悪魔祓いに来ているわりには、先頭を歩こうともしない。
歩く事にも苦労している本気ではあるが、今は庭用の長柄の箒を杖替わりにしているので何とか自力で歩いている。しかし、先程の異形が現れては逃げることさえままならない。
狼藉って、難しい言葉知ってるな。
ついどうでも良い事を考えてしまう。
具体的に暴走ってどう言う事だろう。もし本当に暴走している、もしくはそれに近い状態だったら学校に留まるモノなのか?あの異形はインコちゃん、サキュバスが呼び出したモノなのか?
もしそうだとしたら、魔力を吸収するという異界門を開いた場合、インコちゃんは消滅してしまうんじゃないか?正気を保たせる方法ではなく、動きを止める方法としても上手い方法じゃないような気がする。先生に連絡するか?
「な、何止まってるのよ。恐れをなしたの?情けないんだからね!」
アリアが後ろから押してくる。
くそ、元気なら殴り倒してやりたい。これなら博識そうなデメキンの方が百倍マシだ。
腹は立つが、感情の昂りで動ける様になるのならそれも有難い。今はどんなものを利用してでも動ける事が最優先である。
いっそ置き去りにして走っていくとか出来れば、それの方が面白いかもな。
意地の悪い事を考えながらだが、本気は屋上を目指す。
ここで異形に出会ったら終わりではあるが、異形を多数呼ぶことなど今のサキュバスに出来るはずはない。サキュバス自身がいつまで存在できるか分からないはずだから、と言うのが本気の根拠だが、保障は無い。保障どころか、希望的観測でしかない。一応同類であるデメキンの予想なので、まったくの予想という訳ではないのだが、さすがにデメキンに言われたから大丈夫、と思う事は難しい。
下からはかすみ達が異形と戦っている音がするが、この近辺には動いているモノの気配は無い。
本気は周囲に気を配りながらだが、出来るだけ早足で屋上へ向かっていた。
階段はかなり辛かったが、それでも前に進む。
本気の記憶にある、淫子に何か引っ掛かっている記憶をたどると、何故か自分の今の状況であってもまだマシな気がしているのだ。
多分、俺と竹取さんは淫子ちゃんの原型に会っているんだろう。矢追先生は、自分の目的のためとは言ったけど、具体的な事は何も言っていない。『願い』によって召喚を行うと言うのなら、淫子ちゃんは先生に関わる人だったはず。
前に進みながら、本気は考える。
そう考えていると、思い浮かぶ女性がいた。正確には思い出せないが、それが女性であった事は覚えている。何か話した事もある気がするが、それは沢山の記憶では無い。その時におそらく神楽と矢追もいたはずだった。
もう少しで思い出せそうなんだけどな。
本気はポケットの中の、軍手と共に手に入れた小型ハンマーを確認する。
ハンマーと言っても釘を打つための小型の物なので、武器として使う場合、最も効果的な使い方は一回限りの飛び道具としてくらいしか使い道は無い。
もっともこれは武器として使う物ではなく、淫子の腕輪を破壊するための物である。
屋上へ出るための扉を前に、本気は矢追から受け取っていた鍵を取り出す。
ここまでは妨害は無し、か。でも、この先にはサキュバスが待っているはず。
本気は覚悟を決めて、屋上への扉に鍵を差し込む。
ん?鍵が開いてる?
本気は鍵を回してみて、首を傾げる。
ああ、サキュバスか。
サキュバスは学校の屋上へ来て、一度屋上側から鍵を開けて校舎に入り、宿直だった教師をドレイン効果で気絶させた、という事だろう。
だとすると、校舎のどこかにいるのか?いや、一度屋上は確認しないとな。
本気はそう思って、扉を開く。




